【26 昼食会】
それから5日ほどは何事もなく過ぎた。
昼は授業の準備、時折、奥方様に呼ばれてお茶とお話。夕食のあとはアルフェネル様への授業。
アルフェネル様のご希望で、まずは魔法に関する理論を、ということになった。
わたしたちが最初にしたのは、アルフェネル様に魔法を扱う資質があるのかどうかを確かめること。結論から言うと、アルフェネル様には魔法の素質がなかった。ただ、20人にひとりの確率だから、驚くには当たらない。大半のひとは魔法を扱えないという、その大半の側に入っていた、というだけだ。
ご自身に魔法の素質がないとわかっても、アルフェネル様の態度は変わらなかった。だから、わたしは毎回、魔法を扱うための理論を説明している。授業とは言っても、一方的に教えるようなものではない。説明のさなかに疑問が差し挟まれ、それを解消できるような説明を加え、その説明にまた質問が飛ぶ、というようなこともある。
わたしとしても、熱心に聞いてくれるとわかるから、そういう質問は歓迎だ。問われ、そして答えるやり取りの中で、わたし自身の頭の中も整理されてゆくようでもある。
いささか返答に困る質問、というのもあった。もちろん、アルフェネル様に悪意がある、というわけではない。純粋な疑問をそのまま投げかけたらわたしが困った、というだけの話だ。たとえば。
「魔術師たる資質を持つのはおよそ20人にひとり、ということですが」
「はい」
「その割合というのは、増やせないものなのでしょうか。なにか要因があるのだとすれば、その要因に沿った対応をすれば、と思うのですが」
わたしは一瞬、答えに詰まった。答えを知らないからではない。
「……ええと」
言葉を切り、息を継いで、気持ちを落ち着ける。
「方法がないわけでは、ありません。魔術師の家系……と言いますか、魔術師が出やすい家系、というのはあります。また、その……両親が魔術師の子は、魔術師、と聞きます」
ほんの一瞬、怪訝そうな表情を浮かべたアルフェネル様は、すぐに気付いたようだった。
「ああ、やめましょう。そういうことなのですね」
「――はい」
つまりは血統の問題なのだから、魔術師の血を濃くすればよい。そういうことを辺境伯領として行うのなら、まず筆頭はわたし。即座に拒絶してくださったことにほっとする。
「エリューシアでそういったことが行われていないのには、理由がありまして」
「――どのような?」
気を取り直してわたしが変えた話題に、アルフェネル様が興味を示す。
「ひとつには、古王国の衰亡の原因があります」
「疫病によって魔術師がほぼ死に絶えた、という?」
アルフェネル様が口にしたのは、魔法によって栄え、人口の多くが魔術師であったという古王国の、その衰亡の原因だ。正確には、そのように推測されるもの、なのだけれども。
「はい。魔術師であることは、ある種の疫病への抵抗力を失わせる要因なのではないか、と考えられています。今のような比率であればさほど問題はなくとも、魔術師の比率が高まったときにそのような疫病が流行したならば、と考えると」
「なるほど。魔術師の血統は、特定の病に弱い血統でもある、と?」
「ええ。試すわけにも参りませんので、仮説ではありますが」
それを否定する理由もない、というのが現状だ。
「いまひとつ、魔術師というのは血統的な要素が強いもの、と考えられております。魔法が重きを置かれる国であればその血統は、国にとって重要な血統、ということになるかと」
たしかに、とアルフェネル様が頷く。
「魔術師の血統は、身分の貴賤を問いません。その血に重要視すべきものがあるとして、保護するなり純化を進めるなり、といったことを行うとしましょう。それは、いまの貴族の正当性を揺るがせる可能性がある。エリューシアでは、そのように考えられております」
貴族が貴族たる正当性を担保するものは、その血統に他ならない。だからこそ貴賤婚は忌避される――むろん、それゆえに物語の題材としてもよく取り上げられたりもするのだけれど。そのような社会に、別の価値を持つ、これまでとは全く異なる血の系統を持ち込んだときに何が起きるか。
試した者はなく、ゆえに実際のところを知る者もいない。でも、今すでにある血統を乱しかねない、という懸念は、説得力のあるものだとわたしは思う。
「よくわかりました」
息をついて、アルフェネル様が頷く。
「たしかに、ある種の危険がありますね。ユーラリア嬢、この話はこの場に留めていただければ」
「承りました、アルフェネル様。そのようにいたします」
その場の話は、それで終わった。
そのようにして過ごした5日後、わたしに宛てて、手紙が届いた。見覚えのある封筒に、見覚えのある署名。ルシール・オルランディ、ルーチェからの手紙だった。用件は単純なものだ。
『借りた衣装の用が済んだのでお返ししたい。ついては、簡素ながら昼食会を催したいので出席いただけないだろうか』
要約すれば、そういう趣旨になる。もちろん、わたしはその場で承諾の返事を書いた。
※ ※ ※ ※ ※
翌々日。
わたしはオルランディ家を訪れている。オルランディ家から馬車を差し回してくれたから、わたしたちはありがたく馬車で案内されることにした。わざわざそのようにしてくれたのは、やはりお礼の意味合いが強いから、なのだろう。
今日の服装は、グレーの訪問着に同じ生地で仕立てた長めのスカート。襟元と裾、そして袖口に、金糸でシンプルな刺繍を施してある。小さなバッグを手に、耳には真珠のイヤリング、胸元には金のブローチ。足下は丈の短い革のブーツ。あまりかしこまらず、くだけすぎず、友人が開いてくれるちょっとしたお食事の会に出向く、という装いだ。
こういう組み合わせを考えるのは、もちろん、わたしではない。
同行してくれるフランは、濃い紺色のワンピースの上から同じ生地で作った訪問着を羽織り、小さなバッグを手にしている。足下は黒い革靴。服の装飾も、装身具も、一切身につけていない。それでも、背が高く、体型もいい彼女は、十分に美しかった。
エリューシアにいた頃、わたしは彼女に、あなたももっと自分を引き立てるようなアクセサリーをつけたらいいのに、と言ったことがある。
「ユーラお嬢様とご一緒のときは、お嬢様を引き立てるのが私の役目ですから」
彼女は笑顔でそう答えた。ひとりで出かけるときは、案外好きに尖った装身具を身につけている、とも。彼女の仕事に対する意識というのは、そういうものなのだ。一緒にいるときは、いつもわたしと彼女の組み合わせで、わたしを主役にするように、と考えてくれる。
※ ※ ※ ※ ※
オルランディのお屋敷に着くと、前回と同じ部屋に案内された。
ルーチェは明るいブラウンのワンピースに細い金鎖のペンダント、アスティはダークブラウンのワンピース。このふたりの関係も、わたしたちと似ているところがあるのだろう、とふと思う。前回もたしか、ある程度対等に話しているようなところがあった。
型通りの挨拶を交わして席につき、まずは食事を楽しむ。
仔羊と冬野菜の煮込み、玉ねぎのポタージュ、芋を使ったグラタン。寒い冬場のお食事には、身体が温まる料理が嬉しい。
食後に運ばれてきたお茶と、そしてデザートの温かいリンゴのコンポートを前に、わたしたちは本題の話を始めた。
「ユーラ、ありがとう。借りてた服をお返しするわ」
ルーチェがそう言い、アスティが綺麗に畳まれたドレスをワゴンに乗せて運んでくる。目の前で一度広げ、傷や汚れがないことを確かめてからまた畳み、布に包んだ上で袋に入れてくれた。
「ここまでしてくれなくても大丈夫よ、ルーチェ」
「わかるわ、ユーラ。でも、友人だからこそ、引かないといけない線もあるでしょう?」
たしかに、それはそうだ。親しい仲であっても礼儀が無用にはならないように、気安い間柄でも引くべき線はある。
「あなたの言うとおりね、ルーチェ。それじゃ、あなたが書いてくれた借用書はお返しするわ、わたしがたしかに返してもらった証に。それと、わたしからも、あなたに渡すものがあるの」
「……何か、あったかしら?」
首を傾げるルーチェの前に、わたしは大きさの違うガラスの小瓶をみっつ並べた。
「あ、これ……!」
小さく声を上げたルーチェに、わたしは笑顔で頷く。
「向かって右から、下地用、化粧落とし用、化粧水用の魔法薬ね。下地用は下地を溶くときに水の代わりに使って。もう濃さは調整してあるけど、なにか気になるところがあったら言ってね。化粧落とし用は、お化粧を落とすときのお湯……このくらいの、」
言いながら、手ぶりで器の大きさを示す。
「器にお湯を張って、そこに3滴か4滴くらいね。少なすぎると効かないし、多すぎると肌が荒れるから気をつけて。お化粧を落としたら、化粧水に魔法薬を混ぜて使ってね。わたしはその、向かって左の魔法薬を1に対して、いつも使ってる化粧水を4の割合で使ってた」
「ありがとうユーラ、助かるわ! ……でもこれ、覚えきれるかしら」
「手控えにしてありますから、よろしければこちらを」
心配そうな表情で呟いたルーチェに、フランが畳んだ紙片を手渡す。ルーチェがもう一度お礼を言って頭を下げた。
遺伝的なアレなので、血統のコントロールも不可能ではないんですが、それってつまり「そういうこと」なので……。




