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異国令嬢ユーラリアの日記  作者: しろうるり


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【22 最初の授業(1)】

「ねえフラン」


 食事を終えて部屋へと戻り、わたしはフランに話しかける。


「どっちだと思う? アルフェネル様が魔術師になりたいのか、魔法を使ってこの領地を豊かにしたいのか」

「前者はまず考えられませんね。お立場としては、魔術師を使う側ですから」


 まあそうよね、とわたしは頷く。


「素質の問題もありますし。まあ、魔術師の実力のほどを見極めるのには、役に立つかもしれませんが」


 わたしが外した装身具や小物を軽く手入れして片付けながら、フランが続けた。

 魔法を扱えるのは、割合にしておおよそ20人にひとり。極端に少ないわけではないけれど、それは決して多いと言える数字でもない。フランの言う「素質の問題」というのはそのことだ。いかに優秀で理論の飲み込みが速くとも、魔法を扱うための素質がなければ、その理論を実践に移すことはできない。


「前者なら教えられることはあまり多くないし、専門家でもないのよね」


 学術院で魔法の扱い方は学んだし、それを他人に伝えるための訓練も、一通り受けてきてはいる。だから専門家ではなくとも、ひとりに教えるくらいなら、きっと何とかなるだろう。


「後者なら?」

「知っているでしょう、フラン。わたしの専門よ」


 正確には、わたしの専門――研究していたテーマは『魔法が社会にもたらしたもの』だ。魔法の復興はエリューシアを大きく発展させ、さまざまな利益をもたらした。他方、魔法を活用することによって失われたものもある。

 いくつもの調査や統計から魔法がもたらしたものを洗い出し、よりよく魔法を扱うためには何が必要なのかを突き詰めてゆく。それがわたしの研究だった。

 半年ほど前、魔法科での研究の1年目を終えたところで行った中間発表では高く評価され、教養科での実績と相まって「順当に研究を終えれば首席」という評判をいただいている。

 あと半年。願って得られなかった半年があれば、わたしは研究の成果を公にできていたはずだったのだ。


「アルフェネル様のお考えはわかりかねますけれど、お嬢様」

「なあに、フラン?」

「ユーラお嬢様が、教師役として十分以上の資質をお持ちだ、ということは、フランがよく知っています」

「……どうしたの急に」

「どうもしません。ですから、ユーラお嬢様」

「ひゃ」


 いつの間にか椅子の背後に立っていたフランが、後ろから覆いかぶさるようにわたしを抱きしめる。思わず声が出てしまった。


「不安に思われることなど、何もないのです」

「……うん」


 その姿勢のままで、フランが囁いた。身体の前に回された琥珀色の手にわたしの手を重ねて、わたしは頷く。フランの体温が、わたしを落ち着かせてくれた。


※ ※ ※ ※ ※


 翌日は、まる一日を準備に充てた。


 ルーチェの――オルランディ家の使いの方が午後に訪れて、用意してあった衣装を、丁寧に包んで持っていった。宝物かなにかを扱うような、丁重な態度だった。あらかじめルーチェが署名した借用書まで用意されていて、彼女の義理堅さの程が知れた。わたしとしては口約束で十分、と思っていたのだけれど、彼女にとってはそうではない、ということなのだろう。


 エリューシアから持ってきたものの中から、学術院で使っていたノートといくつかの歴史書、そして魔法理論の教本を取り出して読み返す。もちろん、全てを最初の授業で使うわけではない。ただ、全体の流れを想定しておかなければ、はじめにどこまで何を話すのかも決めようがないのだ。

 授業は、わたしとアルフェネル様がうまくやっていけるかどうかを量るためでもあるけれど、アルフェネル様自身が熱心に学ばれるつもりでもいる。だとすれば、わたしが準備を怠るわけにはいかない。


 そうして、わたしがアルフェネル様の教師としてのお役目についたのは、予定通りに翌々日の午後。約束の時間の少し前に侍女が呼びに来て、お部屋へ案内してくれた。案内されたのはわたしひとり。場所はアルフェネル様の私室ではなく、お屋敷の中にいくつかある談話室のひとつだった。

 一礼して中へ入ると、アルフェネル様はわざわざ席を立って出迎えてくれた。


「改めて、どうかよろしくお願いします――先生」

「な」


 丁寧に一礼するアルフェネル様に、わたしはどう応じてよいかわからない。


「せ、『先生』はその、少々――」

「お嫌ですか?」

「嫌では、ありませんが……呼ばれ慣れておりません。どうかいつものように、ユーラリアと」

「わかりました、ユーラリア嬢。では、改めて、よろしくお願いいたします」

「こちらこそ、アルフェネル様。精一杯、お伝えできればと思っています」


 お互いに礼をして、わたしたちは席につく。部屋には侍女と従者が残ったままだ。人払いをするようなお話でもないし、ふたりきりというのはまだいささか問題がある。侍女も従者も壁際に控えていて、普通に話すかぎり、声が届く心配はない。


 少々ぎこちなく始まってしまったお話だけれど、まずは最初に、尋ねるべきことを尋ねなければいけない。わたしは姿勢を正して、アルフェネル様に問いかける。


「まず最初に伺いたいのですが、アルフェネル様」

「なんでしょうか、ユーラリア嬢?」

「アルフェネル様は魔法学を修めることをお望み、と伺っています。それは、アルフェネル様ご自身で魔法を扱うためでしょうか? それとも、魔法を用いて、ご領地を豊かにされることをお望みなのでしょうか?」


 尋ねた瞬間、アルフェネル様の表情が変わった。柔和な表情から、真剣そのものの表情へ。


「それは、ユーラリア嬢、学ぶべきことが変わってくる、ということなのですね?」

「仰るとおりです。前者ならば、魔法を扱うために何をするのか、どうすれば魔法を扱えるようになるのか、という理論をお伝えします。後者ならば、魔法をどのように扱うべきか、魔法がひろく扱われることによって何が生じるか、ということをお伝えすることになるかと」


 アルフェネル様が口許に手をやった。口の中で何かを呟くようにして、しばし考えている。わたしの言葉を、そうやって咀嚼しようとしているのかもしれない。


「……両方、ということはできますか?」

「もちろん、喜んで。でも、アルフェネル様、理由を伺っても?」


 考えを言葉にまとめるような、ほんの数瞬の間があって、アルフェネル様が口を開く。


「私が望むのは、後者――魔法を用いて、ザールファーレンを豊かにすることです。ですが、そのためには、実際に魔法を扱える者をどう使うべきか、私が知っていなければならない。そうですね?」

「はい。仰るとおりです」

「人を正しく使うためには、その人が持つものの価値を知らなければなりません。私は、そのように考えます」


 わたしは、はい、と頷いた。


「文官であれば知識や教養、大局観。武官であれば武技や胆力、戦場での判断力。いずれであっても経験。そういったものをどれだけ持ち合わせているかで、職業人としての価値を測ります」


 アルフェネル様はそこで言葉を切って、確かめるように、わたしへ視線を向けた。わたしは黙ったまま、もう一度頷く。話の理路は納得できるものだ。


「では、魔術師であれば? 私にも、ザールファーレンの誰にも、価値を判断すべき軸となる知識がありません。魔術師となるために、どのような知識や技量が必要なのかもわからない。それでは、その相手の価値を知ったとは言えません。私自身に魔法を扱えるかどうか、ではないのです。価値を知るために、私は学ぶ必要がある」


 アルフェネル様の目は、真剣そのものだ。


「魔法をどのように扱うべきか、魔法が広く扱われることで何が生じるか。私が知りたいのは、まさにそれです。ですが、それを知ったとして、実践する者がいなければ、何も始まりません。ですから、わたしは両方を学びたい、と考えているのです」


 そこにあるのは強い決意。辺境伯領を継ぐ者として正しく人を使い、魔法の力を使って、領地を豊かにしようとしている。わたしはもう一度頷いた。


「わかりました、アルフェネル様。わたしにできる限り、お力添えをいたします」


すまんな、授業でイチャコラとか考えもしないような奴がふたり集まってるんだ。

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