【19 ある取引】
「は」
構えていたところを肩透かしされたような気分になった。
「このあいだの夜会で話題だったのよ。あの服と、それからあなたのそのお肌。普通にお化粧してたら絶対にああはならない、って」
それで化粧の話。やはり見られていた、と思うと同時に、フランの判断が正しかったことを実感する。
「だから、なにかエリューシアで流行ってるお化粧だったら、ヴィスカール商会にでも頼んで、次のときに手に入れてきてもらおうかな、って思ってるのよね」
「――ええと」
どこから説明したものかしら、と考えながら口を開く。
「お化粧そのものは、特別なものじゃないのよ。アウレーゼ家が懇意にしている商会で扱っている品だから。でも、」
「でも?」
どこまで説明するか、ということも、この場面では重要だ。わたししか知らないことで、ルーチェの反応を見る限り、それは価値のある情報だから。でも、迷ったのはほんの半瞬。秘密にしておく意味よりも、彼女に話してしまう意味の方がきっと大きい。
「その品に、自分で錬成した魔法薬を調合して使っているの。お化粧はどうしても肌を傷めるから、下地用の粉を溶くときと、お化粧を落とすとき、あとはお化粧を落としたあとの化粧水ね。そこに普通のお水じゃなくて薄めた魔法薬を使っていて、それでうまくお化粧を落としたり、傷んだ肌を治したりしてるのよ」
わたしの返答に、ルーチェがアスティと顔を見合わせた。
「……その魔法薬って、頼めばエリューシアから買えるものなの?」
「買えなくはないけれど、安いものでもないわ。それにそもそも日持ちが。瓶に詰めてきちんと封をした状態で、だいたい2か月というところだから――」
「片道ひと月以上はかかるとすると、日持ちは着いてからせいぜいひと月、買い置きもできない、と」
「……そうなるわね」
もう一度アスティと顔を見合わせたルーチェが、ため息をついて首を振る。
「いきなり真似できないのが来たわね」
「これは、真似のしようがありませんね……」
何やら少々気まずい。ルーチェとしては、どういうものかという話よりも、自分がそれを手に入れて同じことができるかどうか、という方が重要なのだ。
わたしに、そしてわたしだけに声をかけたというのも、そういう話ならば納得できる。流行の先端を行こうとすれば、こういう努力が必要になるのだ。
「――まあ無理なものは仕方ないわ」
気を取り直した様子のルーチェが話題を変えた。
「服はあれ、エリューシアの流行なの? アルトフェルツじゃ見ないデザインだったけど」
「ええ。彼女――フランが見立ててくれたもので」
答えながらフランにちらりと視線を送る。詳しい説明はお願いね、という意図だった。
「1年ほど前から、夜会用の服として流行している型です」
フランが頷いて説明を始める。
「ユーラお嬢様と同席した夜会ではここ1年ほど、徐々に見る機会が増えていました。あの服そのものはフェルブルームの――エリューシアの王都の、評判のよい仕立屋に作らせたものです。デザインは少々簡素にしましたが、芯は外していないかと」
「アルトフェルツからでも、注文できるものかしら?」
ルーチェの問いかけに、フランが、どうでしょうか、と応じた。
「採寸した上で注文すれば、不可能ではないでしょうが、細かな調整はできませんから、あまりお勧めはできかねます。あの服はお嬢様の体形に合わせてあつらえたもので、だからこそルシール様のお目に留まったものかと存じます。少々の誤差でもシルエットは崩れてしまいますし、そうなってしまってはせっかくの服が台無しです」
そこまで説明したフランが、ふと思いついたように付け加える。
「お嬢様とルシール様では、失礼ながら体形もずいぶん異なりますし」
ルーチェがわたしとルーチェ自身の体形を――有体に言えば胸のあたりを――見比べて、ああ、と納得する表情になった。
自覚も、そして少々のコンプレックスもあるところなので、できれば触れずにいてほしかった。ため息をひとつついて割って入る。
「よかったらお貸しするわよ。型紙を起こしてから返して貰えれば」
「……いいのかしら?」
彼女から見れば、わたしだけが持っている特別な服を複製してよい、と言っているようなものだ。わたしにしてみれば、それで彼女との関係が良好に保てるなら、安いものなのだけれども。
「ええ。それから、化粧品だけれども」
「伝手でも紹介してもらえるのかしら?」
「いいえ。魔法薬の素材を提供して貰えるのなら、わたしの分と一緒に調製するわよ、と。あとはこちらの化粧品と合わせればいいから」
「願ってもないお話だけれど――」
さすがに話がうますぎる、と思ったのか、ルーチェが訝しむ表情になった。
「無論、ただで、とは言わないわ。お金はいただかないけれど」
「かわりに、何をすればいいのかしら?」
尋ねるルーチェの表情は、むしろ納得と安堵のそれだ。彼女にとって得体の知れないうまい話ではなく、対等な取引になった、ということなのだろう。
「こちらの言葉――西方語と、それからここ、ザールファーレン辺境伯領について、いろいろと教えて。恥ずかしながら、わたしはこちらのことについて、何も知らないも同然だから」
「構わないけど、そんなことでいいの?」
「辺境伯家のほかに、わたしはこちらでの伝手がないのよ。いつまでも甘えてばかりというわけにいかないし、直接は尋ねられないこともあるでしょうから」
なるほどね、とルーチェが頷いて腰を浮かせ、テーブル越しにわたしに手を差し伸べる。
「取引成立ね。なんでも訊いて、できる限りお答えするわ」
わたしも、同じように腰を浮かせて、差し伸べられた手を握り返した。
自分だけが持っている技術や知識は圧倒的なアドになるし、自分だけが持っていない知識は圧倒的なディスアドになるので。




