【18 変貌】
馬車に揺られて30分ほど、オルランディ家のお屋敷は同じ領都の郊外の別の一画にあった。
門で止められることもなく、そのまま敷地の中へと入る。紋入りの馬車だったからか事前に話が通っていたか、たぶんその両方だろう。
車寄せで馬車を下りると、仕立てのいい服を着た壮年の男のひとが待っていた。丁寧に腰を折り、ご案内いたします、と声をかけてくれる。
この家の使用人、それも高い立場の執事か誰か。わたしたちは会釈して後についていく。
ホールと廊下を抜け、案内されたのは、お屋敷の奥の方の部屋のようだ。扉が開けられると、そこは午後の日差しがよく入る明るい部屋だった。
「ごきげんよう、アウレーゼ嬢。よくおいでくださいました」
挨拶をしてくれたのはオルランディ令嬢。夜会の時は上げていた髪を、今日は下ろしている。豊かな金の髪が窓から入る日差しに照らされて、それ自体が光っているように見えた。
「改めて、ルシール・オルランディと申します、お二方。こちらは侍女のアストリッド・ファイエス。どうかよろしくお願いいたします」
「お招きありがとうございます、オルランディ嬢。改めまして、ユーラリア・アウレーゼです」
「お招きいただきありがとうございます。フランツィスカ・メルシュテルンと申します」
わたしたちの挨拶に丁寧な礼で応じた彼女が、こちらへ、と案内してくれた。
部屋には暖炉があるけれど、今は火が入っていない。それでも、冬とはいえ午後の日差しがいっぱいに取り込めるこういった部屋であれば、十分に暖かいものだ。
案内された窓際のテーブルには、4人分の席がある。アストリッドと呼ばれた侍女が、自然な所作でわたしとフランの椅子を引いてくれた。
「冬は時折、こうしてここから庭を眺めます」
オルランディ嬢の視線を追うように、わたしも庭に目を向けた。
どうしても寂しくなりがちな冬の景色ではあるけれど、目の前の庭は様々な彩りがある。白い綿毛をつけたなにかの穂があり、赤い実を付けたホリーの木があり、華やかな黄色のスイセンの花がある。艶のある濃い緑のイチイの木があり、冬の日差しを受けて輝くような白い肌を見せる白樺の木がある。
「素敵。……よいお庭ですね」
庭の造りに詳しいわけではないけれど、冬であっても見る者の目を楽しませるための趣向を凝らした庭であることは、わたしにもすぐにわかった。
「今日は、他の方はお呼びしておりません。できれば、アウレーゼ嬢、あなたとゆっくりとお話をしたかったもので」
庭に向けていた視線を、わたしはオルランディ嬢に引き戻す。鼻筋も口許も輪郭も、すべてが形よく整った顔の中で、青い目がいたずらっぽく笑っていた。
わたしへの興味か、それ以外のなにかか、いずれにしても悪意ということはなさそうだ。そこまで考えてから、今更のように自分の立場を思い出した。
辺境伯家の客人――少なくとも、露骨な悪意を簡単に向けられるような立場ではない。はずだ。
「でしたら、ちょうどよかったかもしれませんね。こちらは奥方様から。あなたによろしく、と言付かっています」
言いながら、テーブルにふたつの小箱を置く。
ご丁寧にありがとうございます、と答えたオルランディ嬢が、部屋の入口の方へ視線を向ける。そこに控えていた別の侍女が、お茶の道具を乗せたワゴンを押してきた。
「お茶を淹れてくれたら、下がっていいわ。こちらから呼ぶまで、部屋には入らないでね」
かしこまりました、と侍女が答え、手際よくお茶の支度をしてゆく。
やがて蔓草模様の絵付けがされたティーポットからよい香りのお茶がカップに注がれ、一礼して侍女が下がった。靴音とワゴンの立てる音が遠ざかる。
オルランディ嬢がひとつ息をついて、ばさりと髪をかき上げた。先ほどまでの優雅さとは到底結びつかない仕草だった。
「ルシール――いいえ、ルーチェで結構です。彼女はアスティと」
「――オルランディ嬢?」
「ルーチェと」
「る、ルーチェ?」
「アウレーゼ嬢、あなたはどうお呼びすれば?」
たぶんこういった態度は人前では――アスティと呼ばれたこの侍女以外の前では、見せないのだろう。ちょっとした秘密を打ち明けられたような気分になった。
どちらが素の顔なのかはわからない。わかるのは、こちらの顔はこちらの顔で魅力的、ということだけだ。
「親しいひとはユーラと呼んでくれます。――くれるわ。彼女はフラン、と」
あちらが秘密を打ち明けてくれたのなら、こちらも。親密になるにはちょっとした秘密の共有を、などと言っていたのは誰だったかしら。
オルランディ嬢――ルーチェがにこりと笑って頷いた。
「それじゃユーラ、さっそくお話――の前にお茶ね。冷めないうちに」
侍女が淹れていってくれたお茶のカップに手を伸ばしたルーチェが、そういえば、とわたしが持ってきた小箱に視線を向けた。
「今、開けても?」
「ええ、もちろん」
ルーチェのほっそりした指が器用にリボンを解き、掛けられた布を丁寧に畳む。焼き菓子の箱の蓋が開けられると、バターとアーモンドの香りが広がった。
一目見て完璧な焼き加減とわかる黄金色の焼き菓子が、丁寧に並べられている。
「お屋敷で焼いたものね」
ルーチェが笑顔を浮かべて言った。
「わかるものなの?」
「ええ、ほら、焼き印がね」
焼き菓子には天秤の意匠の焼き印が押されている。辺境伯家の紋章はたしか、オリーブの枝に盾と天秤。
「3年くらい前かしら、辺境伯家のお茶会に招待されたときに、同じものをいただいたの。お屋敷で焼いたものです、って」
「いい色にいい香りね」
「味も完璧だったわ――せっかくだから、一緒にいただきましょう」
ルーチェがアスティに頷くと、アスティが慣れた手つきで焼き菓子を取り分けてゆく。ひとつ手に取って口に入れたルーチェの顔がほころんだ。
「この味よねえ。なかなか出せないのよ」
では、とわたしも一口食べてみる。焼き菓子が柔らかく崩れ、バターの濃厚な味と甘味、それにわずかな塩気が、絶妙な組み合わせで口の中に広がった。ルーチェの反応も頷ける味だ。
「絶品ね」
「気が合うわね」
嬉しそうに応じたルーチェがお茶のカップを受け皿に戻して視線を上げた。わたしと正面から目が合う。
「今日お招きしたのはね、いくつか教えてほしいことがあって」
「――どのような?」
魔法の話か家の話か、あるいはエリューシアの話か、と少々身構えたわたしに向けて、ルーチェがついと身を乗り出した。
「まずはそれ、そのお肌。お化粧は何を使っているのかしら?」
「自分を相手のどのポジションに置くか」みたいなことを考えるキャラクターがかなりすきです。




