【17 お茶会へ】
「オルランディ家、というのはどういったお家なのでしょうか?」
夕食の食卓で、わたしは食卓を囲む伯家の方々に尋ねた。はて、という風情で皆の手が止まる。
「そちらのお嬢様――ルシール様から、お茶会へのお誘いをいただいたもので。
夜会の折に、ご挨拶だけはさせていただいたのですが」
そう付け加えると、ああ、と納得した表情で辺境伯が頷く。
「ネーベルアルム――辺境伯領の西部を治める、当家配下の准男爵家ですな。少々山がちな土地柄ではありますが、当家にとって重要な物資を産します。木材、羊毛、それから馬。当家にも、長らくよく仕えてくれております」
「あそこの奥方様とは長いお付き合いですけれど、奥方様もお嬢様も気遣いの細やかな、気持ちのよい方ですよ」
辺境伯閣下が大まかなところを話して聞かせてくれて、奥方様がそれに付け加える。
「では、お茶会のお誘いはお受けしても?」
「無論、差支えなどありません。むしろ家中の者とお付き合いいただけるのであれば、大いに歓迎です、ユーラリア嬢」
閣下が鷹揚に笑って頷いた。
「あちらのお屋敷で、と伺っていますが、お屋敷の場所はどちらかお教えいただけますか?」
「ああ、では、こちらから馬車を出しましょう」
「よろしいのですか?」
思わず問い返したわたしに、閣下がいやいや、と笑顔で首を振る。
「ユーラリア嬢もフランツィスカ嬢も、当家の客人です。むしろお送りするのが当然なのですよ。いらして間もないところをお二方のみで出歩かせるなど、当家の恥です」
「いらした折に、わが家と思って、と申したではありませんか」
だから甘えてくださってよいのです、と奥方様も口添えしてくださる。
「ありがとうございます、閣下、エミーリア様」
そのあとの話は早かった。
お返事の手配をしていただき、予定されている時間を訊かれ、では出発の時間はいつ、と決められ、当日の昼には奥方様から手土産をお渡しいただけることまでが、すんなりと決まった。
気が引ける部分がないではないけれど、実際問題として、こちらで好まれそうな手土産は今日明日に用意できるものではない。だからそのような気遣いは、本当に有難い話だった。焼き菓子やお茶、香水などなど、候補はいろいろあっても、それらを扱うお店もこちらでの流行も、わたしはまだ知らないのだから。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
その夜のうちにお返事を書いた。
せっかくだから、とエリューシアから持ってきた封筒と便箋を使い、書き上げたあとで、いつも使っている香水を振りかける。封蝋には、アウレーゼ家の紋章のシグネットリングを捺した。
「どんな方かしらね」
侍女が手紙を受け取って部屋を離れてから、わたしはフランに話しかけた。
「お会いしてみなければわかりませんが、あの奥方様の仰ることですから」
気遣いの細やかな気持ちのよい方、と奥方様は仰っていた。合う合わないはあるにしても、悪い方とも思えない。それに、会うことを避ける必要があるような人物であれば、伯家の方々はそう伝えてくれるはずだ。
そうね、と答えて、腰かけていたベッドに仰向けに転がる。天井を見上げてぼんやりと考えた。
会っておくだけの価値があって、たぶん悪い方ではなくて、でも会ってみなければどんな方かはわからない。手土産は用意していただけるし、送り迎えもしていただける。ほかにわたしが考えておくべきことは何だろう。
「ねえフラン」
「なんでしょう?」
「明後日、なに着ていけばいいかしら」
そうですね、とフランの声が答える。
「青は夜会で着ましたから、別の色がいいでしょう。落ち着いた感じを出すのなら、緑がいいと思うのですが――」
「なにかあるの?」
「お嬢様、夜会のとき、伯家の方々以外に濃い緑を着ておられた方は思い出せますか?」
意外な切り返しに、わたしは投げ出していた上半身を起こした。
ご挨拶に来られた方。
踊ってくださった方。
席に座っていた方々。
全員を覚えているわけではないけれど、たしかに濃緑の服を身に着けていた方は、記憶にない。
「覚えている限りでは、いなかったと思う」
「もしかしたら、濃緑は『伯家の色』なのかもしれません」
「そういう決まりなら、教えていただけそうなものだけれど」
「決まりというよりは、不文律なのでしょう。偶然にしては不自然ですし、決まりごとなら、ラネス様やハンス様が教えてくださるでしょうから」
「辺境伯家の旗、たしか地の色が深い緑だったわよね」
港で見た船の姿と、そこに掲げられていた旗を思い出す。濃い緑の地にオリーブの枝、盾と天秤の意匠。
「伯家で決めているというより、周囲が遠慮しているのでしょう」
そういう形であれば、伯家から話が出てこないのも納得できる。呼んでおいて、あなたも遠慮するように、などと言えるものではない。
でも、周囲から見てまだ余所者であるわたしが、伯家の色を身に着けたらどういうことになるか。
「何も知らずに身に着けてたら、『東から来た小娘が、もう伯家の一員のような顔をしている』、かな」
「当たらずとも遠からず、でしょうね。推測が正しければ」
故郷を遠く離れた場所で、味方より先に敵を作ることだけは、避けなければいけない。
「とんだ罠ね。引っかかる前に気付いてくれて良かったわ。それで、そのあたりを踏まえて、フランはなにを選んでくれるの?」
「こちらです」
取り出したのは、クリーム色を基調に、ピンクと黄緑を差し色にしたドレスだった。リボンとフリルで装飾されたそれは、持ってきた衣装の中でも、かなり甘い印象のものだ。
「かわいいのを選んだわね」
「あまり堅苦しくないお茶会ですから、思い切ってイメージを変えていきましょう。胸元を緑系のリボンで飾って、花束をあしらったブローチを合わせます。首はチョーカーがいいでしょうね」
あえて第一印象と違うところを見せる、というのは悪くなさそう。
前回は、知的な印象を与えるようなデザインと色使いの服だった。そういうのを続けて、お高く止まっている、などと思われるのもあまり良くはない。今回は様子を変えてみて、先方の反応を見ながら次の機会に活かせばいい。
「小物も合うのを選んでね、フラン」
「はい、お任せください、お嬢様」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
翌々日。
わたしは朝から、何となくそわそわとした気分でいる。
こちらへ来て初めてのお茶会だし、前の夜会とはわたし自身の印象もがらっと変えている。どんな方がいるのか、どう見られるのか、不安と興味が相半ば、といったところだ。
昼過ぎ、出立の直前に、奥方様のところへ出向いた。
「あら」
にこりと上品な笑顔を浮かべた奥方様が、今日の衣装に目を留めてくれた。
「そういう服もお似合いなのね、ユーラリア嬢。フランツィスカ嬢の服も素敵。お茶会にぴったりね」
こちらへ来て以来、落ち着いた感じの服しか身に着けていなかったから、奥方様にとっても目新しいものを見た気分なのかもしれない。
「そうそう、こちらがお約束していたお土産です。こちらの小箱が焼き菓子、こちらがお茶。お二人とも楽しんでいらしてね」
渡されたのは小箱がふたつ。どちらも綺麗な布で包んで、金糸を入れた濃緑のリボンを掛けられたもの。
「ありがとうございます、エミーリア様。先様になにかお伝えすることはございますか?」
「いいえ、特別なことはなにも。わたくしからよろしく言っていた、とお伝えくださいな」
馬車を出し、手土産まで持たせてくれるというのだから、わたしは伯家の一員に準じる立場として出かけることになる。
ひとまずはそれを意識しておけばいい、ということだ。
「ではエミーリア様、行ってまいります。ユーラリアとフランツィスカがお礼を申しておりましたと、閣下にもお伝えください」
「堅苦しくなくてよいのですよ、ユーラリア嬢。でもご丁寧にありがとう、旦那様にはそのように伝えておきます」
上品な笑顔で奥方様は言い、小さく手を振ってもう一度付け加えてくれた。
「楽しんでいらしてね」
個人的な社交というのもそれはそれで厄介。自力でどうにかしないといけないので。




