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異国令嬢ユーラリアの日記  作者: しろうるり


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【16 お茶会の誘い】

 記憶の曖昧なところを確認しながら、昼前にはあらかたのところを覚え終えた。


「お疲れさまです、お嬢様」

「あとでもう一度確認しないといけなさそう。付き合ってくれる?」

「もちろんです」

「あとはあれね、化粧水と下地用の魔法薬を錬成しておかないと」

「化粧落とし用も残りがそろそろ」

「あら。それなら、午後はお勉強と錬金術かしらね」


 立ち上がり、伸びをしてひとつ息をつく。


 魔法薬は本来化粧になど使うものではないけれど、肌を傷めにくい下地やよく落とせる化粧落とし、荒れた肌を整えられる化粧水は便利すぎて、今更出来合いのものには戻れない。

 買うといい値段がする上に濃度の調整が難しいから、ここ2年ほどは材料と道具を揃えて自分で作っている。


 ただ、化粧品もそうだけれども、魔法薬にも日持ちというものがある。

 きちんと小瓶に入れて日陰に置いておいた状態で、だいたい2か月くらい。魔法具で冷やしておけばもう少し持ちがいいと聞いたことはあるけれど、あまり切実な話ではないから試したことはない。

 作ったものを無駄にするのも嫌だったから、エリューシアから持ってきたのは日持ちと同じ、ほぼ2か月分。航海の最中に使い、こちらに来てからも使っていて、残りは半月分を切っている。


 わたしが調製した魔法薬入りの化粧品を当たり前のように使っていた母上とコーネリアは、今どうしているのだろう。いくらか作り置きはしてきたけれど、そろそろ作り置きしたものもなくなる頃合いのはずだし、父様が誰か錬金術師を雇うのかしら。もしかしたら次の交易船に載ってくる手紙あたりで、配合比などを訊かれるかもしれない。


「材料、当面は持ってきたもので足りるけど、いずれこちらで揃えないといけないのよね」

「薬草も鉱石も、さほど珍しいというわけでもありませんし、手に入るかとは思います。魔法の活用が盛んでないのなら、逆に、薬効のあるものは広く出回っているかもしれません」


 そのあたりは、こちらの状況がわからないことには、何とも言えない、という部分ではあった。


「様子を見ながら、徐々にやるしかなさそうね」


 新しい場所で何かを始めようとするなら、結局はそういうことになる。全てがすぐに上手く行くわけではなくても、ひとつずつ問題を解決していくほかはない。


「フランもお手伝いしますので」

「ありがとう、頼らせてもらうわよ」


 材料や魔石、化粧品の類、夏向けの服や小物。調達しなければいけないものはいろいろあるし、ひとりでは出歩くこともままならない。フランの手助けはもちろんのこと、馴染んできたら伯家の方々にも手伝っていただかなければいけないことは多い。


 そのあたりは、わたしが自分で助けを請わなければいけない――フランに任せてよいところではないし、何だかんだで娘に甘かった父様は、ここにはいないのだ。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 昼食を摂ってひと休みしたあと、錬金術の道具を組み立てていると、控え目なノックの音がした。

 わたしを手伝っていたフランが扉を開ける。お屋敷の侍女――いつも同じ顔だから、たぶんわたしたち付きということなのだろう――が、フランに何かを手渡したのが見えた。


「なにかしら?」


 戻ってきたフランに尋ねると、彼女は黙ったまま封書を差し出した。厚手の紙に紋章が浮き出しにされた、一見してお金と手のかかった封筒だ。封蝋に捺された印章は浮き出しのものと同じ。家紋なのだろう。


「お手紙――どなたから?」

「先ほど届いたものだそうです。差出人はこちらに」


 封筒を裏返すと、綺麗な字で署名があった。ルシール・オルランディ。憶えのある名だ。


「昨夜の――ええと、ちょっと待って思い出すから。お嬢様方の中では、最初のほうにご挨拶に来られた方よね。わたしと同年輩、豪奢なかんじの金の髪の」


 言葉を交わしたのは、たしか、ほんの一言二言だったはずだ。でも、洗練された立ち居振る舞いと、甘やかな香水の匂いが記憶に残っている。


 伏せたままサイドボードの上に置かれていた手控えをちらりとめくったフランが、にこりと笑って頷く。


「その方です」

「昨日の今日でお手紙、よほど急いでいる、ということ?」


 どうでしょうか、とフランも首を傾げている。

 急ぐ理由などどこにあるのかしら、と思いながら封を開け、折り畳まれた手紙を取り出す。ふわりと昨日の香水の香りが漂ってきた。残り香というにはくっきりとしすぎているから、きっとわざわざ手紙に香りを散らせたのだろう。


「なんの香りかしらね、これ。昨日もちょっと気になったんだけど」

「なんでしょうね」


 封筒のほうを手に取って鼻に近付けたフランが、もう一度首を傾げる。フランもわたしも、鼻が利かないわけではないけれど、あいにく香水にはあまり詳しい方ではない。同年輩の女性や殿方との付き合いがけっして多いとは言えない、というよりもそういった輪の中に入れなかった、これもひとつの影響なのかもしれない。


 まあいいわ、とあっさり諦めて文面に目を通す。丁寧な文面だったけれど、内容はお茶会へのお誘いだった。どこの国にも社交はある。家同士で行うものから、令嬢たちだけで集まるものまで。


「お茶会ですって。お連れの方もご一緒に、って」


 言いながらフランにも文面を見せる。


「いつでしょう?」

「明後日の午後」


 うーん、とフランが唸って腕を組んだ。


「ただのお茶会を、こんなに急ぐものかしら?」

「よほどお嬢様に興味がおありか、あるいは――」

「――よほど警戒されているか?」


 はい、とフランが頷く。


「あとはそうね、わたしは辺境伯家にとっての異物に見えるでしょうから」


 伯家の配下にありながら伯家と望ましい関係を作れていない貴族がいるのなら、わたしを楔に使えると判断するかもしれない。


「それもあり得ます」


 いずれにしても、軽々に返事はできない。行くにせよ行かないにせよ、自分たちだけで決めてしまえるものかどうかすら、よくわかってはいないのだ。


「夕食のときにでも、伯家の方々にお話してみましょう。そのときの反応を見て決めます。お返事は明日の朝一番ね」

「本当に普通のお茶会であれば、好都合なのですけれどもねえ」


 嘆息するようなフランの言葉に、そうね、と頷く。学術院やアウレーゼ家の繋がりを使えないこの土地で、わたし自身の知己ができるのであれば、それは願ってもない話だ。


 それも結局のところ、周囲を見回して安全を確かめてから、ということではあるのだけれど。


社交というか交友関係は積み重ねが大事なので、そういうのがない場所では出だしがいちばん難しいんじゃないかな、って思ってます(コミュ障並感

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