【12 夜会の支度】
「武器云々は措くとしても、今日はお嬢様が主賓です。主賓なのですから、いちばん目立つのが義務だと思ってください。最初にお会いしたときの辺境伯閣下や奥方様、アルフェネル様の服は覚えておいでですか?」
わたしを座らせたフランが、冷静な口調に戻ってそんなことを言う。
わたしは1回、2回と深呼吸をして心を落ち着かせ、記憶の中の伯家の皆様の姿を拾い上げた。たしか皆、トーンの差はあれ、濃い緑系の色を基調にした、仕立てのいいものだったはずだ。
「だいたいは」
「お気づきになられたことは?」
「エリューシアとは、だいぶスタイルが違っていたわね。華やかだけど、ちょっと古めかしい部分もあるような」
よくご覧になられました、とフランが頷いた。
「エリューシアの流行は、そのときどきの流行をアレンジしながら変わっていきますね」
「ええ」
「その流行がアルトフェルツへ伝わるのが、数年から十数年、遅れるのだと思います。貴族がこちらへ出向いたのはお嬢様が初めてでしょうし、商人も主にアルトフェルツからエリューシアへ行き、交易をする、という形ですので」
「最新のものを持ち込むルートがない、ということ?」
「おそらく。いくらか古いものが、たとえば商人が片手間に買えるような値になって出回り、それがこちらへ来る、ということかと」
「旧来の流行そのまま、という感じでもないのよね」
「これもおそらくですが、こちらに伝わったあとでこちら流のアレンジが入る、ということでしょう」
なるほど、とわたしは頷く。
「流行の話は納得したけど、それとこの服とがどう関わるの?」
「推測に推測を重ねるようなお話ですけれど、この型の――エリューシアで新しい流行の型の服は、まだアルトフェルツには存在しないのではないか、ということです」
目ざとい商人や貴族がエリューシアの流行を取り入れようとすれば入ってくるのだろうけれど、今はまだそうなってはいない。エリューシアの流行を遅れて追いかける形になっているのなら、たしかにこれはアルトフェルツでも、そして辺境伯領でも見たことのない型の服、ということになる。
「その分注目を集められる、ということ?」
「そういうことです。誰かと似た服になる心配がありません。それに――」
「それに?」
「殿方はそれを着たお嬢様を見ることになりますが、奥様方お嬢様方はその服それ自体に興味を持たれるかと」
「それが話題になるかもしれない、ということね?」
「ええ、仰るとおりです」
利点はわかる。納得もできる。でも、やはり引っ掛かるものもある。
「……悪目立ちしないかしら」
「心配がないとは申せませんが、誰かの陰に埋もれるよりは余程よいでしょう。お嬢様が映えるように仕立てましたから、目を惹くことは確実です」
ただ、とフランが付け加えた。
「――何かあるの?」
「悪目立ちしないには条件が。堂々となさっていてください。これが当たり前、という顔と態度で」
フランが言っていることはわかる。そして正しい。着ているわたし自身が恥ずかしがっていたら、服に着られてしまう。着慣れない服を無理に着ている小娘になるか、艶やかな服を堂々と着こなす大人の女性になるか、わたしの立ち居振る舞いひとつにかかっているということだ。そしてその印象は当分の間、わたしについて回ることになる。
「背筋を伸ばして、胸を張っていてください。そのうち気にならなくなりますから」
「――やってみる」
初手が勝負というのなら、気が進まずとも全力で臨むしかない。上手く乗せられた――というより、わからされた気しかしないけれど。わたしの返答に、フランがふわりと笑った。
「フランも似た型の服にしています。お嬢様のものよりは少々おとなしめのデザインで、入っている紋様も控え目ですけれども」
主人より目立たない、でも似た型の服を着ることで、これは奇抜なものではないのですよ、というメッセージを出す。侍女の役目を徹底します、という宣言だ。
「心強いわね。お化粧は?」
「いつも通りです。服と明かりに合わせます」
「お願いするわ。小物も映えるのを選んでね」
椅子から立ち上がって、いつものようにフランにそう頼む。
「はい、お任せください、お嬢様」
フランもいつものように笑顔で答えてくれた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
支度を整えて部屋で待っていると、控え目なノックの音がした。
「お支度はいかがでしょうか。ご案内に上がりました」
先日案内してくれた侍女の声だ。お願いします、と答えて立ち上がる。フランが扉を開けてくれた。
「では――。では、ご案内いたします」
わたしとフランを見た侍女が束の間言葉を切って言いなおした。表情に変化が見えなかったのは、訓練と習慣の為せるわざ、ということかしら。
堂々と、と自分に言い聞かせる。
こちらへ、と侍女が先に立って廊下へ出た。
「控えの間へ参ります。大広間へは、旦那様たちとご一緒に」
このあたりの段取りは、閣下から教えていただいていた。わたしは、はい、と応じて後に続く。廊下を歩くにつれて、鼓動が激しくなっていくのがわかった。
どう見られるのだろう、どう見えているのだろうと、そればかりが気になってしまう。
――堂々と、胸を張って、背筋を伸ばして。
自分に言い聞かせながら歩く廊下は長かった。控えの間の扉の前で侍女が立ち止まり、ノックする。
「お二方をお連れいたしました」
「お通ししなさい」
閣下の声が、中から応じる。覚悟を決めなさい、と言われたような気がした。開かれた扉のところで一礼して、部屋へ足を踏み入れる。
「あら」
最初に反応したのは奥方様だった。
「素敵なお召し物ですこと。よく似合っておいでだわ、模様は勿忘草かしら?」
「ありがとうございます、エミーリア様。紋様はお察しのとおり、勿忘草です。青い花を、ということで」
アルフェネル様は驚いたような表情を浮かべている。
「アルフ、あなたもこういうときには、気の利いたことのひとつも言えなければいけませんよ?」
奥方様が笑みを含んだ声で言う。
「――何を言っても嘘になりそうな気がしてしまいますね。あまりにお美しい」
奥方様の言葉は、半ば冗談だったのだと思う。アルフェネル様のこの反応は――冗談なのだろうか? 動悸が激しくなって顔が熱くなる。
「……お戯れを」
耐えきれなくなって、わたしは視線を逸らした。
奥方様があらあらという顔でこちらを見ている。椅子に掛けたままの閣下は、表情を変えることなく暖炉の火を見つめている。フランは「ほらね」とでも言いたげな顔で、わたしに小さく笑いかけてみせた。
(*ノωノ)




