光景
私は果物が幼い頃から好きだった
果物には幸せの匂いと味がした
そしてその後ろに広がる光景は
あのおばあさんの姿だ
私と母と兄、三人でのありふれた食卓
育ち盛りの兄はいつも御飯と牛乳を
セットにしていた
私はそれを横目に若干の胃のムカつきを
消す為に必死にお茶を流し込んでいた
週一度母が晩御飯の後私だけに
「行くかね?」と声を掛けてくる
兄は着いてこないのを分かっている
母と出掛けるこの短い道のりが
好きだった
この先にあの光景が広がるからだ
あのおばあさんが引いて来た荷台車が
やって来る
小さな身体に頬被りにっこり優しく
笑うんだ
シンデレラも乗れそうなまるでカボチャの馬車を思わせる大きな車輪
大きく広い木の荷台 そしてその木枠の中に所狭しと箱に入った果物達が
こんばんは 安堵の夜となる
そこだけがキラキラと輝いて見えた
果物達を眺め選ぶ母の横顔はいつもより幾分か安らかで優しい顔をしていた
「この季節は桃か、梨も出て来てるよ」
「葡萄は白っぽいのがえいよ」
おばあさんは一言二言
「じゃあこれとこれちょうだい」
母が手渡し計量器の上に
「あんたも何か選んだら」
そう母に言われてみかんを一つおばあさんに手渡した
おばあさんは果物をビニール袋に入れて
「はい ありがとう」とにっこり笑う
宝石を袋に抱えて帰る気分 果物の香りが私を大きく膨らませてくれた
ありふれた食卓から繋がっていた
魔法の道
光に満ちた景色 光景とは私にはまさにそれであった
そしてみかんを食べながらおばあさんがあの小さな体で荷台車を引いて帰る姿が思い浮かんだ
私はあの頃の母と同じ位の年齢となった
娘と一緒に買いに行きたかったけれどそれはもう叶わない
おばあさん
苦しい時はいつも不思議とあなたを思い出します。
乾いて弱った心にいつも甘い香りと果汁を注いでくれます。
そして荷台車を引くあなたの後ろ姿が 明日への一歩を与えてくれるようです。
あなたの様に微笑む事が出来るおばあさんになりたいのです。




