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おまけ 北風がヴァイキングを作った

「お肉……お肉……」

 祝賀会のパーティー会場で、肉への欲望に憑りつかれた少女はテーブルからテーブルへ、肉から肉へとふらふら渡り歩いていた。


 選考会決勝の翌日のことだ。エリスはようやく対面できた王妃に頭を下げていた。

「あの、王妃様……ありがとうございました」

 大会後、目を覚ますなり泣きじゃくったエリスの事情を確認して、王妃は彼女の故郷に医者と薬と食料の援助を送ったのである。


「いいのよ。他にも欲しいものがあったら何でも言って頂戴」

 同じ精霊使いとして王妃はエリスがお気に入りだった。

 王妃にはあと二人王子がいるのだが、(どちらかのお嫁に来てくれないかしら)と思っているほどだった。


 それに王国側にもこのマップ兵器みたいな少女を野放しにしておくわけにはいかないという事情があった。エリスの魔法を見て廷臣たちもビビリ散らしたのである。

 多少の援助でこちら側に留まってくれるならその方がいい。


 ──というわけでやせっぽちの欠食少女は安心して食欲を満たしているのだった。


 この祝賀会は正式な婚約お披露目会ではなく関係者への慰労会の意味が強い。食事もざっくばらんにビュッフェ形式だ。その中の、シェフがその場で肉を焼いてくれるというサービスにエリスの目は釘付けとなっていた。

 鉄板の上で分厚いステーキが焼けていた。肉の赤味がみるみると焼き色に変わってゆく。薄く立ち昇る湯気の色、脂が細かい粒子となって鉄板の上で弾ける音、そして香ばしい匂い……そのすべてにエリスは夢中となった。


 じーっと、熱心に肉の焼ける様子を見守る少女をシェフはチラリと見て、髭の下でかすかに笑った。長年調理をしていてこういう経験はいくらでもあったけれども、目の前でお客が喜んでくれるのはいつになっても嬉しいものだ。

 頃合いだ。肉の中心までほんのり火が通った瞬間にシェフは肉を鉄板から上げた。温めた陶板が別に用意されていて、そこに肉を移したシェフはヘラの先でカンカンと賽の目に切った。


 そしてシェフは陶板を目の前の少女に差し出した。

「ほらお嬢ちゃん、焼き立てだよ! 熱いうちに召し上がれ」

「あ、ありがとうございます」

 震える手で皿を受け取ったエリスは震えるフォークで肉を刺し、ゆっくりと噛みしめた。


 瞬間、肉汁というか脳汁が弾けた。


(お、お、お、おいしい……!)

 エリスはこれまで野生動物の肉しか食べたことがなかった。初めて食べた食用に育てられた牛の肉は脂がたっぷり乗っていて、脳が痺れてとろけそうだった。

(おじいちゃんおばあちゃんにも食べさせてあげたい)

 エリスはそう思った。

 おみやげに持って帰れないかな、でも腐っちゃう。凍らせたら大丈夫かな? ……などと考え込んでいたせいでエリスは精霊たちの警告に気が付かなかった。


「見ーつーけーたー」

「ひっ」


 肩をギュッとつかまれて硬直したエリスは強張った首を無理に後ろに回してみた。

 思った通り例のモンスターだった。


「ひぃぃぃ!」

「ふっふっふ。鯉の呼吸、私は呼吸も克服した。ほらあの窒息魔法使ってもいいよ」

「あぅあぅ……」

 ジタバタするけど魔王からは逃げられない。


(うわ、怖……)

(近寄らんとこ……)

 令嬢が選ぶ今一番戦いたくない相手ランキングの一位が二位に絡んでいる。近くにいた令嬢たちはそそくさと逃げ出そうとした。

 ……が。


「ねえねえ、あなたどこで鍛えたの?」


 メリルが質問するのを聞いてみんなピタリと足を止めた。それは確かに興味がある。

「と、特に何も……動物と戦ったことがあるだけ……」

「へー、どんなのと?」

「さ、最初に戦ったのは猪。いきなり突っ込んできて怖かった。季節で味が違う」

「へぇー」


「それから鹿……。おばあちゃんがローストしてくれた」


「狼。あまり襲ってこないけど、たまに食べる」


「熊。みんなで鍋にして食べた」


「虎。臭いけど食べられなくもない」


 近くで聞いていたマイアとマキナは「こいつ猛獣と戦い過ぎだろ」「苦労してたんだなこいつ」などと言い合っていた。


「熊って食べられるの?」

「熊はまだわかるけど、狼……?」

 アウラとカティアは主に食生活について疑問を抱いていた。


 メリルは感心して聞いていた。

「へー、いろんなのがいるんだね。他には?」

「バジリスク……石化魔法を使ってくる……。毒があって食べられないから嫌い……」

「ほうほう」


「ん?」

「流れ変わったな」


「アラクネ……大きな蜘蛛……。これも毒……」


「ズー……大きな鳥……。固くてまずい、食べたけど……」


「カトブレパス……即死魔法を使ってくる……。煮ても焼いてもおいしい……」


「魔竜……分子結合崩壊魔法とか使ってくる……。おっきくてみんなで焼いて食べた、大味だった……」


「いやどんな魔境だよこいつの故郷」(マキナ)

「そんな環境で育ったらそりゃ強いわけだ」(マイア)

「この国にそんなところあった?」(アウラ)

「多分闇の森の際かな……?」(カティア)


「へー、そんな魔法があるんだ! ねえねえ、石化とか即死とか食らってみた? どうだった?」

「う……あ、あの、『ミラー』っていう、魔法を全部反射する光の精霊の魔法があるから、即死系の魔法を使う相手は、むしろ得意……」

「へえぇー!」


(……あ、当たらなくて良かったぁ~)

 アウラの心臓はドッドッドッドッと早鐘のように動悸を打っていた。初戦で当たって知らずに『豪火球』を撃っていたら反射されて全身大やけどするところだった。


 チラリとマイアを見た。アウラはマリエラの友人なので胸骨の骨折は綺麗に治してもらえたけど、焼けた髪の毛は戻らない。火球に突っ込んだマイアの頭はベリーベリーショートくらいになっていた。

 あんな感じで当分の間丸坊主で過ごす羽目になって、当然こんなパーティーに出られるような姿ではなかっただろう。マイアは似合っているけどアウラには無理だ。


 話を聞いてメリルは何だかはしゃぎ出した。

「面白そう! 今度遊びに行ってもいい?」

 ブンブンブン! エリスは全力で首を横に振った。

久しぶりに書きました。

花嫁が決まったその後のお話です。

そんなに長くはならないと思います。

しばらくの間お付き合いくださいませ。

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