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エピローグ 婚約記念祝賀会

十日後、婚約披露を兼ねた王太子妃選考会記念祝賀会が開催された。

第一回目の今日は貴族メインのパーティーだったが大会参加者は全員が招待されていたので、借金返済のため連行された一人を除く十四名がそこにいた。

今日は皆色とりどりのドレスあるいは男装に身を包んでいる。

もっともイオンだけは譲らず侍女姿でマリエラの後ろに控えているのだが。


わぁぁ……


王子が婚約者をエスコートして現れると入り口から上がった声はやがてパーティー会場全体に広がった。


眩しかった。

愛を得たアドリアは内側から溢れ出す自信と喜びでキラキラ輝いて、この瞬間この世で一番美しい生き物になっていた。


「おめでとうございます」

「ありがとう」


令嬢たちを代表してマリエラが祝福した。

戦い終わってノーサイド、皆アドリアを讃えている。

というかアレに勝ったのは子々孫々まで誇りにしていいと、令嬢たちは心の底から思っていた。


令嬢たちを前に王子は深々と頭を下げた。

「え、ど、どうなされたのですか?」

王太子らしからぬ振る舞いに令嬢たちは動揺した。


「君たちには悪いことをした──」

そして王子は自分の企み事を令嬢たちに告白した。

元々アドリア以外と結婚するつもりはなかったことやメリルは王子が放った刺客であることなどを。


「な、なるほどー」

「そういう事情がおありだったのですね……」

かなり衝撃を受けた令嬢たちだったが、王子の隣に立つ輝ける婚約者を見て(そりゃそうだよね)と納得していた。


アウラが何の気なしに尋ねた。

「決勝戦でアドリア様が負けられたらどうされるおつもりだったのですか?」

「もちろん王位継承権は返上するつもりだったよ」

王子がそう言うと令嬢たちから「キャー!」と甲高い喜悦の声が上がった。


「うわー、すごい!」

「愛だね、愛」

「まさに玉座を掛けた恋!」

「最初から勝ち目なかったわね」


「うふふ……」

いつものアドリアは感情のコントロールを得意としていたがこの時ばかりは顔がニヤケるのを抑えられなかった。

肯定感が凄かった。

脳内麻薬がドバドバ溢れてテンションがおかしなことになっていた。



「んもーっ、やっと入れた!」

「仕方ないよ、今度ちゃんとした服を仕立てに行こう」

プリプリ怒るメリルをセコンドの男がなだめていた。


メリルはパーティーに出席できるような服を持っていなかったのでウェイトレスの仕事着でやってきたのだが「いやそれどう考えても給仕と思われるじゃん」ということでお断りされ、結局いつもの体操服に着替えてきたせいで遅れたのである。

体操服だってどう考えてもフォーマルではないが、こちらはもうメリルのトレードマークみたいになっていたので誰も違和感を持たなかった。


メリルがアドリアを見つけて近づいてきた。

「あ、お嬢様だ。もう一回やりましょう、もう一回」

「お断りするわ」


次はもう勝てないのはわかりきっていた。

そもそもアドリアは既に最大の目標を達成してしまったのだ。

戦う理由がない。

それにメリルと戦うのは痛かったし怖かったし、心底やりたくない。


「ブー。せっかく新しい呼吸見つけて来たのにー」

言うやいなやメリルは体を後ろに反らした、というか背中でぐにょんと真っ二つに曲がって踵の後ろに手を付け、くるんとバク転して着地した。


「「「「「ええええええっ!?」」」」」

その場の全員が驚愕して叫んだ。


「蛇の呼吸、その身は鞭のごとくしなやかに。これでもう関節技は効かないよっ」

「気軽に人間から遠ざかってくんじゃねぇ!」

「ふふふ、ゴムゴムのー?」

「やめろっつってんだろ!」


「メリル、ご苦労だったね」

王子がねぎらった。

途中危ないところはあったものの、結局はメリルが参加してくれたおかげで一番いいところに収まったと王子は考えていた。


「あ、王子様だ。お金ありがとうございました」

「当然の報酬だよ」

王子は気前よく金貨三百枚、庶民の年収の十年分を渡していた。


「これで結婚できます」

「良かったね。結婚祝いは別に届けるから」

「わー、嬉しい!」

などと王子とメリルはなごやかに会話していたのだが……。


「……ん?」

「今何て?」


周囲にいた令嬢たちは耳の穴をほじろうとしてはしたないのでやめた。

何か今聞きなれない単語を聞いたような……?


「……結婚?」

「……誰が?」

「……誰と?」

「え?私が、これと」


メリルはセコンドの男を引っ張って隣に立たせた。

何と言うかあまり目立つところのない線の細い男で、令嬢たちの視界に映ってはいても意識に入っていなかった。

男は丁寧に頭を下げた。

「淑女の皆様方、お初に御目文字仕ります。メリルの婚約者でございます」


「……はい?」

「ちょっと言ってることの意味がわからない」

「あ、もしかして貴族と平民だと言葉の意味が違うとか?お兄様って意味?」

「いやそんなわけないじゃん。私と彼が結婚するの、普通に。お金がなくてできなかったの」

「婚約自体は去年からしていたのですが、私が甲斐性なしなもので……。メリルには苦労をかけました」

「もういいじゃないの。就職もしたし安泰だね!」

メリルは不甲斐なさそうに頭を掻く男の袖を引っ張った。


そして男は王子に向かって深々と頭を下げた。

「殿下、本当にありがとうございました。王宮への勤め口まで斡旋していただいて……」

「君のような優秀な人材が今まで顧みられなかった方がおかしいんだ。これからは頼りにしてるよ」

「感激の極みでございます……!」


三人の会話は令嬢たちの耳には入っていなかった。

皆一様に呆然としていた。


「え……恋人?」

「え……婚約者?」

「え……いたの?あなたに……??」


「え?普通に暮らしてたら恋人なんて当然できるでしょ?」


ザクッッッ!!!


この町娘特有の気楽な恋愛観はメリルがこれまでに繰り出したどんな攻撃よりも深く令嬢たちの心を抉った。

我が世の春を謳歌するアドリアその他を除く十一名は深刻なダメージを受けていた。


「う、うう……」

「どぼじでぞんなごどいうのおおおっ!?」

「君には人の心とかないのか?」

「恋愛強者自慢は魂の殺人よ!?」

「いいかキサマ、人間には触れちゃならん傷みがあるんだ!!其処に触れたら後はもう生命のやり取りしか残らんのだ!!」

「もうやめてください!!泣いてる子もいるんですよ!!」

「あ……なんかごめん。あの、男の子紹介しようか?私の友達って庶民しかいないんだけど、それでも良かったら」

「……お前いい奴だな!」




……そしてその夜、王子とその婚約者を中心に令嬢たちは笑いさざめき、口々に彼らを讃えた。

華燭の典の前夜祭は喜びと祝福のうちに続いた。


きっとこの夫婦とこの国とは幾久しく和やかに続いていくのだろう。

そう思わせるのに充分な夜だった。

これにてこのお話はおしまいです。

お付き合いいただきありがとうございました。


思い付きで始めたお話でしたが思いがけずキャラクターたちがスムーズに動いてくれて、初めて物語を完結させることができました。

これもここまで応援してくださった皆様のおかげです。

感謝いたします。


それではこの辺りで失礼します。

また別の物語でお会いできると幸いです。

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