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30 来客

その夜アドリアを訪問する者があった。

こんな夜中に公爵家の邸宅を、しかも翌日に試合を控えた選手を訪なうとは常識のない客だ。


「誰?」

「イフタール伯爵令嬢でございます」


アドリアは既に夜着に着替えていたが上にガウンを羽織っただけで客間に向かった。


赤毛の令嬢がそこにいた。

マリエルは椅子に腰かけて待っていたがアドリアを認めると億劫そうに立ち上がり、スカートをちょんとつまみ上げて頭を下げた。


「夜分失礼いたします」

試合中とは別人のように動きが鈍い。


「……顔色が悪いわよ」

「私のは死ぬような傷ではございませんので」

自分で与えておいて何だが死ぬような傷だったような気がする。


「でもあなたの傷は命に関わりますでしょう?」

「私こそ死ぬような傷ではないわ」

「その腕であれを相手に?死ぬわよ、あなた。見せて」


急に敬語を辞めたマリエラに促されて右腕を差し出すと、彼女は腕の中を確かめるように親指で押した。

アドリアがまだ残る痛みに顔をしかめると、マリエラは一息ついてから回復魔法を使った。


「すごい……」

手を握って、開いて、振って見せた。


まるで違和感がない。

骨はすっかり元の状態に戻っていた。

マリエラは腕の中で遊離していた骨片まで元の位置に納めてくっつけていた。


「医者は自分が骨を折ったことがあるわけじゃないから、治すのが下手なのよ」

そう言うとマリエラは苦しそうに息をついて、倒れ込むように椅子にもたれかかった。


「ごめんなさい、これが限界。まだ魔力が戻ってないの」

つまり自分の回復を後回しにして駆けつけてくれたというわけだ。

アドリアは慌ててマリエラを長椅子に横たえさせた。


「どうしてそこまで……」

「私に勝った相手に負けられたら悔しいから」


アドリアはマリエラの顔をつぶさに見た。

そしてその繊細なまつ毛の下の緑色の瞳が案外勝気であることにこの時初めて気が付いた。


「それに約束したでしょう?あなたの王子と私の娘は結婚するんだから」

「……ええ」

「きっと勝ってね」

「約束するわ」

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