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24 準決勝第一試合

選考会も残すところあと三試合。

四日目の今日は準決勝の二試合が行われることになっていた。

第一試合で激突するのはアドリア・ヴェダ・カルミール公爵令嬢とマリエラ・リダ・イフタール伯爵令嬢である。


正直に言ってここまでは組み合わせに恵まれた、とアドリアは思う。

一回戦の相手ティナは試合を試合として戦ってくれた。

だから敗勢となったとき、イオンのようにしつこく食い下がらずに負けを認めてくれた。


そのイオンにしたってアドリアからしてみればリゼよりも与しやすい相手だった。

リゼが一回戦で消えてくれたのは本当に良かった。

彼女は純粋な剣や魔法の技量ではアドリアを上回る。

彼女が勝ち上がっていたら正攻法では敵わず、二回戦にして早くも切り札を切らされているところだった。


奥の手は可能なら決勝まで温存したかった。

この大会のレベルで勝ち残る選手なら一度でも見せたら対応されてしまいそうだ。


しかし次の試合はついに苦手とする相手との対戦である。

この大会が始まる前からアドリアが注目していたのはマリエラとフィリルだった。

アドリアの戦闘スタイルは絶妙な距離を保ってデバフやバステを撒き散らす二人とは相性が悪い。

少なくともゲームではそうだった。


潰し合ってくれたのはやはり良かったが、より残ってほしくない方が上がってきたのは悪かった。


実は向こうのアドリアがメインで使用していたのはマリエラだったので彼女の事情も性能もよく知っている。

自分で使っていたときのことを思い出す。


マリエラは遠距離では『パニッシャー』、中距離では『ノックバック』近距離では『ドレインタッチ』に加えデバフの数々、おまけに回復魔法まで使う。

ゲームでは「ミス調整ミス」の名をほしいままにしていたものだ。


それに何と言っても奥の手の『ダメージ・トレード』が恐ろしい。

ゲームでは魔力ゲージの半分を消費して相手とダメージを入れ替える技だった。

こちらのマリエラも使えると見た方がいい。


問題はその入れ替えられるダメージの種類だ。

体力が入れ替わるくらいならまだいいが負傷まで入れ替わるようだと困る。


一応最悪の場合を想定し、避けるべきは大怪我をさせること。

特に骨折は避けたい。

足でも折れたりしたら遠距離からのパニッシャーで詰む。

ゲームでも大ダメージからのダメトレで逆転、後はノックバックとパニッシャー連打は勝ち確パターンだった。


マリエラは攻撃力や戦闘力が最強というわけではない。

しかし対戦相手やシチュエーションを選ばず全局面で強いということになれば候補者中一番かもしれない。

クレバーなプレイヤーが使用したときにはとにかく負けない戦いを繰り広げたものだ。


そしてこちらのマリエラはと言えば、一回戦の戦いぶりは名誉にこだわらず安全策に徹した一方、二回戦では負傷や苦痛を恐れない勇気を見せつけた。

まさにクレバーでテクニカル、慎重で勇敢だった。


ダメージ・トレードは有効範囲が狭いので間合いの外から打倒できればそれが一番いいが彼女は防御も固い。

遠距離攻撃手段が豊富なアウラやエリスならともかくアドリアの魔法では打ち倒せないだろう。


一撃で倒せればダメージ・トレードを使われることもないが同じ理由でこれも難しい。


与えたのと同じだけのダメージを負い続けてダメージ・トレードを無意味にする戦術では回復魔法の差で負ける。


次善の策としては致命的でない負傷でダメージ・トレードを使わせ後は地力の勝負に持ち込むことだろう。

ダメトレ使用後なら切り札も有効だ。


可能な限り接近戦に持ち込み、手足や頭以外への打撃でダメージを積み重ね、ダメージ・トレードを受けた後は奥の手で決める。

それが基本方針になりそうだ。




「さあ本日はいよいよ準決勝の二試合が行われます!第一試合はアドリア候補とマリエラ候補の対決です──」


解説員の声が風に流れて消えてゆく。

白日の下、世界にいるのはアドリアとマリエラの二人だけ。


アドリアはマリエラを見た。

開始線の向こうで落ち着き払って、試合開始の合図を待っている。


二人は同時に武器を構えた。


「始めぇッ!」


アドリアは開始と同時にアクセルダッシュで間合いを詰めようとしたが即座にノックバックで相殺された。

直後にパニッシャー、これは「避雷」の型で受け流す。

硬直したところにまたノックバックが飛んできた。

これは間一髪かわした。


(接近戦を嫌がっている?)

マリエラのメナス流も悪くはないがやはり魔法が本道、アドリアの敵ではない。

もしかしたら現実のダメージ・トレードは体力交換程度の効果しかないのかもしれない。

だとしたら遠距離攻撃でチクチク削りたいだろう。


アドリアは今度は慎重に、走って間合いを詰めた。

マリエラも受けて立つ様子、あと5m、4m、3mの時点でパニッシャー!

アドリアは平青眼の構えから上方の攻撃に対しアクセルダッシュでかわしつつ脇を切り抜ける「不落」の型を合わせた。

パニッシャーの距離からの不落では当然ガードされるがパニッシャーをかわしつつ同時に距離を詰めることには成功した。


一瞬の鍔迫り合いの間に思う。

ゲームのマリエラにはなかったガードだがこれは想定していた。

やはりイオンと南流対策を練ってきている。


二回戦でのイオンとの攻防を思い出す。

あの時「横車」が綺麗に入った。

イオンは当て身技はあまり知らないのではないだろうか?


一瞬の思考の後ドレインやデバフを受ける前に迫り合いを解く。

一歩下がって上段への面打ち、ただし受けやすいように本来のアドリアの速度よりわずかに落としている。

マリエラは杖を横にして受けた。

即座にアドリアは左足を相手の股の間に入れる勢いで踏み込んだ。

その勢いで左手を押し込み柄頭を当てる「押車」の型!


ゴッ!


みぞおちに柄頭がめり込んだ。

しかしマリエラは声すら上げない。

効いているのかいないのか、いや効かないはずがない。

それに今の当たり方はブラフではない。

やはりイオンは、つまりマリエラは南流の当て身を知らない。


当て身技でダメージを蓄積させダメージ・トレードを使わせる、事前の方針通りそれで行く。


一方でマリエラは、アドリアの攻撃が純粋な剣術から胴体への拳足での攻撃にシフトしたことを不審に思った。

明らかに剣での打撃を避けている。


理想はイオンがされたように両腕の骨折だった。

その瞬間ダメージ・トレードで試合終了だ。

しかしわざと隙を見せているのに手足や頭を剣で打って来ない。

アドリアの動きはダメージ・トレードを警戒しているように見えた。


この大会でもそれ以前でも、マリエラは対外試合でダメージ・トレードを見せたことがない。

何故知られているのかはわからないが、それならば──


『物理防御力ダウン』『魔法防御力ダウン』『体力ダウン』『速度ダウン』『集中力ダウン』──

デバフ魔法を行使する。


マリエラは戦法を転じた。

ダメージ・トレードは体力や負傷だけでなく状態異常やデバフも交換してしまう。

マリエラならばデバフも魔法で解除できるが、ダメージ・トレード直後には動きが鈍ってしまう。


アドリア相手となればダメージ・トレードの解放は織り込み済みだった。

だからダメージ交換直後の戦力低下を避けるためにデバフやドレインは使っていなかったが、積極的に来ないのならば遠慮なく削らせてもらうことにした。


アドリアが最後まで消極策を取るならそのまま押し切るが彼女ならどこかで反攻に転じるだろう。

自分がダメージを受けた分だけアドリアの戦力も削っておく。

どう転んでも自分が有利になるように立ち回るギリギリの見極め、それはマリエラの得意とするところだった。


アドリアは急に体が重くなったことを感じた。

この感じはデバフ攻撃を受けている。

マリエラはこのまま通常攻撃で押し切ってもダメージ・トレードを使っても、どちらでも行けるように立ち回っている。


(なんて嫌らしい戦い方かしら)

向こうのアドリアはゲームで散々やっていたが自分がされるとこれほど嫌な事もなかった。


再び鍔迫り合いの形になるとマリエラは手を取りに来た。

(ドレインタッチ──!)

しかしアドリアは逆に手首を取り、自ら後ろに倒れて蹴り上げる!


ドゴォッ!!


南流では巻き込む形の当て身技には「車」の文字が入る。

「巴車」の型だ。

内臓の芯まで響くような打撃だった。

アドリアは後転して立ち上がり蹴り飛ばされたマリエラは二歩下がって姿勢を正す。


普通なら悶絶するような打撃だった、そう思うのだが効いているように見えない。

痩せ我慢なのか、それとも回復魔法で即座に治したのだろうか。


「足癖が悪くていらしてよ、公女様」

「あら、ごめんあそばせ」

憎まれ口に澄まして返す。

(このくらいのダメージでは使ってくれませんわね)


涼しい顔をしているがマリエラにはボディブローのダメージがじわじわと蓄積していた。

特に今の一撃は痛かった。


ダメージ・トレードに備えて回復はとっくに止めている。

痛覚を消して耐えている。

痛みはないが動きにくくなってゆく。


観客からはわかりにくいが双方ギリギリの削り合いになっていた。


さらに数度の攻防を挟んでマリエラはノックバックの魔法を放った。

アドリアは近距離からのノックバックを「石動」でかわした。

石動の動きは右に踏み込みつつ左にサイドステップ、かわした直後に反撃につなげる首筋への一刀──


イオンと対策は練っていた。


(ここ!)


度重なるデバフで動きが鈍い、マリエラは余裕をもって首の横に右腕を差し挟んで剣を受けた。

肉の下で橈骨と尺骨が両方折れた。


(しまっ──)

とっさに間合いの外に出ようとしたが間に合わない、腕が折れた瞬間にその魔法が発動した。


『ダメージ・トレード』!


ドクンッ!


「くぅっ……!」

全身に衝撃が走った。

想定した最悪の威力、全身の負傷が入れ替わっている。

内臓が軋む、その上右腕が折れている。


さらにマリエラは『ノックバック』の魔法を放った。

先ほどまでより発動が鈍い、デバフが効いている。

突き離されたら終わり──反射的に「石動」でかわす。


「かぁっ……!!」

マリエラの腹を打ち過ぎた。

交換されたダメージによる腹部の激痛で嘔吐感がこみ上げる。

右腕の骨折と合わさって首筋への打ちを入れられずマリエラの杖の間合いに立つだけの動作になった。


マリエラは間髪入れずとどめを刺しに来た。


杖の打ち下ろしに対し積み重ね続けた修練が自動的に次の一手を選択していた。

アドリアは額の前で剣を横に構えて受けた。


もちろん左腕一本では受けきれない。

剣が押し込まれる。

しかしそれも型の内。


横に構えた剣で相手の剣を額の前で受け、右足を前に出しつつ体を沈める。

剣を斜めに滑らせ攻撃を逸らす。

剣の峰を右肘に乗せ、右足で大きく踏み込み左腕で柄を引き下げつつ右肘で跳ね上げる。

すべての動作を一呼吸で──


超至近斬撃術「浪裏」の型である。


マリエラが吹っ飛んだ。

刃のない剣がマリエラを切り裂くことはなかったが、その硬い剣先は左の乳房の下に深くめり込んで肌を突き破り骨を砕き内臓まで食い込んでいた。


「ガハッ!」

マリエラは全身で踏ん張って転ぶことなく耐えた。

肋骨を砕かれたマリエラは口と鼻から血を吐き出していた。

あの吐血は肺が傷ついている。

もしかしたら心臓まで傷ついているかもしれない。


回復魔法の光がマリエラの全身を巡る。

アドリアの意識は朦朧としている。

これも反射的にマリエラ目掛けてアドリアは魔力撃を三発、速射で連発した。

残りの魔力を振り絞っての魔力撃、やはり魔力を振り絞ってのマリエラのシールドは一発は防いだ。

二発目で砕けた。

三発目がマリエラを直撃した。


全身を衝撃が貫いた。


状況は再び逆転した。

余りにも一瞬のうちに逆転が連続したため観客のほとんどは秘術と秘剣が交錯したことを理解できていない。


双方が深く傷ついていた。

観客からしてみればいつの間にか……だが、体中に傷を負ったアドリアは右腕をだらりと下げている。

内臓も深く傷ついていて、胃の出血が嘔吐感をさかんに促している。


マリエラはもっとひどい。

魔力撃の直撃で目といい鼻といい、全身の毛細血管から出血している。

塞ぎかけた胸の傷も広がった。

肺に穴が開いてチアノーゼを起こしかけている。


それでもマリエラは倒れない。

また回復魔法を使おうとして、途中で魔法の光が止まった。


魔力は尽きている、もう魔法は使えない。

早く治療しなければ命が危ない。

それでもまだ立っている。


震える腕で杖を構え、アドリアに向けて歩き出す。

観客席がざわめいた。


一族の悲願……マリエラに敗北し、優勝を願って去って行った従妹たち……友人たちの応援……そしてイオンの献身……。


託された思いがマリエラを動かしていた。

傷つこうと死のうと、もはやマリエラには自分の意志で戦いを辞めるという選択肢はない。


公爵令嬢であるアドリアは他人の期待を背負うことの意味を知っていた。

だから、彼女を諦めさせるためにこう言った。


「私はきっと王子を産んでみせるから」

「何を……言っているの……?」


言葉と共にまた血が噴き出した。


「あなたの悲願はあなたの娘に託しなさい」


マリエラはその言葉の意味を正確に理解した。


「……約束……よ……」


瞳があらぬ方を向き、マリエラはその場に崩れ落ちるように倒れた。


「勝負ありッ!」

名前:マリエラ・リダ・イフタール

年齢:19歳

称号:緋色の吸血姫

身長:166cm

体重:61kg

地位:伯爵令嬢

職業:ヒーラー、メナス流杖術

HP:600

MP:1250

握力:36kg(利き手)

走力:100m15.34秒 10,000m33分40秒(いずれも魔法未使用時)

知能:121

装備:赤いドレス、打撃用の杖

特技:『ダメージ・トレード』相手と自分のダメージを交換する。有効範囲1.8m内必中。

メモ:雨の日に外を眺めるのが好き。

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