17 師匠とフィリル
フィリルの実家は北部の中心都市でもそれと知られた宝石商である。
五歳のその日フィリルは父に連れられて宝石を販売する店舗にいた。
その時店の中には他に店員、それと顧客である初老の婦人がいた。
ご婦人は切れてしまったネックレスのチェーンの修理の相談に訪れていたのである。
「金を出せ!」
そこに突然三人組の男が押し入ってきた。
覆面の男たちは現金を要求しつつ宝石を袋に詰め込み始めた。
宝石でも貴重な物は外商での販売がほとんどである。
貴族などの邸宅に必要な時に持っていくもので普段は店の奥の金庫室にしまってある。
店頭に展示されている宝石には大したものがなかったが強盗たちにはそんなことはわからなかったのだろう。
男の一人に刃物を突き付けられただ怯えていただけだったフィリルの目の前で、その時思いもよらないことが起きた。
急に男たちの足取りがおかしくなったかと思うと客の婦人が立ち上がった。
そして婦人は男たちにすっと近寄り、手に持つステッキの柄で男たちの顎や首を打ち据えて昏倒させてしまったのである。
大の男を三人もあっという間に叩きのめしてしまった初老の婦人の剣術は、フィリルの目には文字通り魔法のように映った。
フィリルの父は婦人を下にも置かずもてなしたものである。
フィリルは父にせがんでその婦人に弟子入りした。
その師の技を忠実に受け継いだのが今のフィリルである。
婦人は前々回の王太子妃選考会に出場して準決勝で敗れていた。
その後は生まれ故郷に戻り上流階級の男に見初められて結婚して、今は夫の残した小さな別宅に召使いと二人暮らしである。
決着までに時間のかかる彼女の戦法は現在の流行に合わず、孫たちも見向きもしなかったので、誰にも継承されることはないと諦めていた。
それが急に後継者を得て生き生きと若返った思いだった。
本人の努力もあったしその才能がこの剣術に向いていたのだろう。
師の教えもまたよろしくフィリルは順調に成長した。
技量の進捗を確かめるため時折り競技会にも出場したが連戦連勝、将来を嘱望された闘技者として北部では有名な選手となった。
フィリルは婦人に実の祖母よりなついたし婦人はフィリルを実の孫よりもかわいがった。
剣術以外にも裁縫の技術や社交術、実際の人脈など、上流階級の女性に必要なものは惜しみなく与えたものである。
婦人はこの国の上流階級の女性としては珍しく料理ができたのでフィリルはそちらも教わった。
フィリルは師とその召使いと三人で一緒に調理したものを一緒に食べた。
最後の数年間は泊まり込むことも多かった。
去年師が病床についた。
この世界では若くもないが長生きとも言えない年であった。
いよいよ長くないとなると普段は寄り付きもしない子供たちがやってきてフィリルは締め出されてしまった。
相続に関わる思惑のためである。
こんな他所の小娘にわずかなりとも遺産を持っていかれてはたまらないと思ったのだ。
フィリルにしてみれば失礼極まりない話である。
ただ師を見舞いたかっただけなのにけんもほろろに追い返されてしまった。
「お嬢様、こちらへ」
しかしろくに顔も見せない子供たちよりフィリルの方にずっと強い親近感を抱いていた召使いが気を利かせてフィリルを呼び止め、こっそり庭に回した。
開け放たれた窓の薄いカーテンの向こうに死相を浮かべた師の顔があった。
フィリルは師と短い会話をした。
師と交わした最後の言葉は「あなたの花嫁姿が見たかった」であった。
フィリルはそれに答えることができず悄然と帰宅した。
そして自室のベッドに潜り込んで、一人泣いた。
師の技が最強であることを示し、花嫁になる。
そのためにフィリルはここにいた。
その装束は花嫁衣裳、色が黒いのは喪服の意味である。




