16 二回戦第二試合「告死蝶vs不死蝶」
マリエラは走っていた。
次の試合の順番が迫っていたがその前にやることがあった。
連絡通路の向こうから担架がやってきた。
乗せられているのはイオンだ。
最後の魔力撃の直撃が悪かったのだろう、重傷を負っているようで担架を運ぶ係員たちはかなり慌てている。
「お待ちになって」
マリエラは担架を呼び止めた、というより前に立ちはだかった。
「申し訳ございません、急いでいるのです」
「マリエラ様、おやめください……」
係員たちは苛立たしげだがイオンは自分の主人が何をしようとしているのか気づいたのだろう、苦しい息の下から声を上げた。
「そうはいかないわ」
言いながら足を進めたマリエラは有効範囲に入るやいなや魔法を使った。
ゴッ、脳が揺れる。
全身を衝撃が貫きマリエラはよろめいて三歩後ろに下がった。
イオンの全身の負傷は癒えていた。
代わりにマリエラの両腕が折れている。
喉の奥からせり上がるものがあった。
グッとこらえてゴクリと飲み込んだが飲み切れなかった血が口の端から少しこぼれた。
『ダメージ・トレード』──全魔力の半分を消費して対象とダメージを入れ替える魔法だ。
「まったく、あの公爵令嬢様ときたら酷いわね。ここまでするなんて」
そう軽口を叩いたがマリエラは内臓や脳まで傷ついていた。
イオンは担架から下りてマリエラの前にひざまずいてうなだれた。
悔恨があった。
自分を助けるために試合前に傷を負い、魔力も半減させる。
そして相手は侮れない強敵である。
「これから試合なのにどうして……」
もう一度戻してとは言えなかった。
本当に魔力が尽きてしまう。
マリエラは折れた手で優しくその頭を撫でた。
「もちろん試合は大切だけど、同じくらいあなたのことも大切なのよ」
「わ、わあああああ!」
「早く担架に!」
係員たちには何が起こったのかはわからなかったが、目の前の伯爵令嬢に突然傷が浮かび吐血したことはわかった。
おまけに両腕も何だかブラブラ揺れている。
どう見ても折れている。
「ご心配なく、痛いのは慣れておりますの」
マリエラは溢れる血を再び飲み下しながら澄まして言った。
マリエラも本人も、イオンがアドリアに勝てないことはやる前からわかっていた。
しかし当人がやると言っているのに「あなたでは勝てないからやめなさい」とは言えない。
イフタール家の女が言うべきは、
「骨は拾ってあげるからいってらっしゃい」
である。
そしてイオンは倒れた。
マリエラは骨を拾っただけだ。
「こッ、これはどうした!マリエラ候補、既に出血しているぞッ!!」
スタジアムがどよめいた。
闘技場に現れたマリエラが既に負傷しているのである。
こめかみから血を流し、折れた腕に回復魔法を掛けつつ中央へと進む。
「お気遣いなく。すぐに治りますので」
マリエラは口の端から垂れた血の跡を拭いながら言った。
審判はしばらく逡巡していたが当のマリエラが促すので仕方なく試合開始を告げた。
「は、始めえッ!」
前の試合と同じように、開始と同時にフィリルは相手に接近した。
(舐められたものね)
何があったか知らないが、あれだけの傷を負っていても勝てると思っているというわけだ。
腹は立ったがチャンスでもある。
フィリルは積極的に攻撃を仕掛けた。




