12 第一回戦第七試合「龍虎相打つ」
「一回戦も残り少なくなって参りました、第七試合はユリエル・リダ・カルトゥール候補とマキナ・スメア候補の対決です。この二人は何とメナス流槍術の同じ道場の門下生!同門対決は今大会初めてです」
二人の令嬢が開始線に立った。
ユリエル・リダ・カルトゥールはこの大会三人目の伯爵令嬢である。
二十三歳、163cm47kg。
緩やかなウェーブを描く長い髪を緩やかに編んで左肩に流している。
マキナ・スメアは十九歳、167cm59kg。
色が薄く癖の強い髪をショートカットにしている。
同門というだけあって二人ともよく似た服を着ていた。
二人ともに体のシルエットを強調するロングのワンピースドレスだ。
左側には太ももまであらわにするような長いスリットが入っている。
履いているのは二人ともハイヒール。
それで動けるのかと思うのだが二人の流派に言わせれば「パンプスで戦えないようでは修業が足りない」のである。
ユリエルのドレスは青く、竜の紋様が刺繍されている。
その竜が豊かな胸で盛り上げられていて観客のおよそ半分の視線を集めていた。
マキナのそれは黄色に虎である。
こちらはスレンダーなボディだが肩から腕にかけての力強さや背筋の盛り上がりはまさに虎を連想させた。
似たような装いでありながら対照的な二人だがその立場もまた対照的だった。
メナス流は槍術・杖術などの長物を得意とする流派でこの国に広く普及している。
二人共城下で一番大きな道場に通っているが、この道場では若手門下生の中で貴族派と民衆派に分かれて対立していた。
マキナは民衆派代表である。
この国では平民の生まれでも強ければ貴族に嫁いだり婿入りしたりする風習がある。
そのようなことが長年続くうちに貴族の家に強い子供が産まれやすくなっていた。
それに剣術や魔法を学ぶにも費用がかかる。
この道場だって授業料は決して安くはない。
学べるのは家計に余裕のある家庭の子弟だけだ。
この国ではこれらの要因のために強さの格差の再生産が起こっている。
今大会を見ても候補者十七名の内貴族が六名、平民でもアッパークラス出身が八名。
イオンの出自はミドルクラスの孤児だが伯爵家のレディーメイドとして十分以上の教育を受けている。
家名すら持たない正真正銘の庶民・貧民はメリルと第八試合の出場者エリスだけだ。
マキナだって実家は大きな材木商でかなり裕福だ。
生活水準は貴族と大して変わらない。
このように貴族と平民の距離が近いがために、この道場の民衆派たちはただ生まれた場所が良かっただけの連中が大きな顔をしているのが気に入らなかった。
そしてマキナは彼ら彼女らの期待を背負い、流派の代表としてここに来た。
一方のユリエルは貴族派代表だ。
しかしこちらは迷惑していた。
その気もないのに祭り上げられるのも迷惑だったし、それにユリエルは修業よりも練習の後のカフェ通いの方が楽しみな同門の貴族の子弟たちがあまり好きではなかった。
彼女たちとお茶を飲みながら民衆派の悪口を聞かされるくらいならその民衆派の門下生たちと槍術について語り合ってみたかった。
今大会ユリエルは貴族派に担ぎ上げられるままに仕方なく出場した。
民衆派が勝手に流派の代表を気取って出場するというのにこちらが出さないわけにはいかなかったのだ。
あまり気は乗らなかったがユリエルはマキナとは違う予選に参加し、本選の出場権を得た。
開始線の二人は睨み合っていた。
正確にはマキナの方が一方的に睨みつけているのだが。
ユリエルのその手に握られている武器が気に入らないのだ。
マキナが手にするのは得意の十文字槍。
対してユリエルはこの試合棍を選択した。
マキナは苛立たしそうに言った。
「舐めてんな、あんた。平民相手には棒切れで十分ってか」
「別にそんなつもりはありませんけど」
ユリエルは涼しい顔だ。
「始めッ!」
「ハァッ!」
他の試合と同じようにこの試合も魔力撃から始まった。
マキナの神速の槍捌きによって撃ち込まれた二発の魔力突が、うねる棍によって体の外に弾き出された。
もちろん硬い棍が実際に曲がっているわけではない。
ユリエルが棍をあまりにもしなやかに動かすのでまるで鞭のようにくねって見えたのである。
さらに棍を回した勢いを止めず持ち手にしていた側で魔力斬を飛ばして牽制。
「やぁっ!」
直後棍を本手に持ち替えて体重を乗せた魔力突を突き放った。
『衝破』という技だ。
あれは通常の魔力撃より威力が強い──マキナはシールドを張りつつ後ろに跳ねた。
パリン!
シールドは一瞬で打ち砕かれたが減衰した魔力に乗って大きく後ろに飛んだ。
ユリエルは余裕の表情だ。
「勘違いしていらっしゃるようですけど、こんな棒でも充分人は倒せますのよ?」
「……チッ」
直後二人は揃って駆け出した。
闘技場の真ん中で激しく打ち合う。
切れ目のない連打はメナス流の得意とするところだ。
一打必倒の強打が途切れることなく繰り出され、その攻撃を互いにかわし、いなし、弾いて飛ばす。
十数度の上半身への攻撃の後マキナはいきなり体を沈めて前足を薙いだ。
ユリエルは狙われた足を軽く折り曲げてかわし、かわしざま横薙ぎの一振りで頭を襲った。
マキナはぺたんと前後開脚してさらに体を沈めてかわし、全身のばねを使ってほとんど寝転ぶようにしながら体中をひねってもう一度足元を薙いだ。
ユリエルは大きく飛び下がってかわした。
(こいつ……思ったよりやる!)
跳ね起きながらマキナは思った。
所詮貴族のお嬢様のお遊びと、正直舐めてかかっていた。
確かに筋力や跳躍力、スピード、柔軟性といった肉体的な能力はマキナの方が上だろう。
しかし棍の扱いや距離感の支配といったテクニックは向こうの方が上であることを認めざるを得ない。
才能だけでできる動きではない、相当にやり込んでいなければこうはならない。
才能を持った者が修練を積み重ねて初めて成せる技だ。
口先ばかりで大したことのない貴族を実力で打ちのめしてやろうとそんな風に考えていたが、民衆派でユリエルに勝てる者はいないだろう──マキナを除けば。
(こいつ相手には全部使う!)
マキナは棍の振り払いを大きくのけぞってかわしつつ下から蹴り上げそのまま後ろに一回転した。
攻防の中に突如違ったパターンを差し挟んだにもかかわらずユリエルは柔軟に対応した。
体ごと後ろに倒して回避、棍を杖に体を支えていた。
ユリエルは思わず感心していた。
マキナは体が柔らかくて重心の移動が上手い。
(まるで虎ね)
と思ったが口に出したのはからかいの言葉である。
「足癖が悪くてよ、子猫さん?」
「生まれがいいと歩くのも気取らなきゃならなくて大変だな!いっそ四つん這いで歩いたらどうだ、トカゲ女!」
道場においてユリエルは孤独だった。
メナス流の稽古は棍から始まる。
入門して最初にもらうものは自分の身長よりも長い棒である。
まだ幼女の頃のユリエルが最初にそれを振ったときの感触は芳しいものではなかった。
納得がいかなかったのでユリエルは何度も振り続けた。
何日も何日も、何回も何回も。
ある日棍がピシリと決まった。
それは言葉では説明しがたい内的な感覚だったがユリエルにははっきりとわかった。
その時の感動がユリエルの原点である。
それからは今に至るまでその繰り返しだ。
新しい技に挑戦し、できたらまた次の技に移る。
元の技も忘れないようになぞり続ける。
そして技同士の連携、連続、連絡……学ぶことはいくらでもあった。
新しい技術を習得した時の喜び、できないことができるようになった時の感覚はユリエルには何よりも尊いものだった。
それは誕生日に親からもらった宝石よりも煌めいていた。
しかし……ユリエルと共に歩める者はいなかった。
貴族仲間で真面目に槍を学んでいる者は少なかったし、いてもユリエルの熱意と才能についてこられる者はいなかった。
「ごめんなさい、あなたの上達にはついていけないわ」
「あなたとやっていると自分がみじめになってくる」
気づいたらユリエルは誰よりも強くなっていたが──同時に隣には誰もいなくなっていた。
それが今目の前にいる。
道は少し違っても同じ方向を目指して隣を歩き、競い合える相手が。
(彼女相手にはすべてを尽くす!)
竜の子と虎の子はもつれるままに転げ回った。
槍と棍の鋭い突き、払い、打ち、薙ぎ、掛け、長柄に出来るありとあらゆる技が無数に繰り出され、互いの肌をかすめて細かな傷を刻んでゆくが未だ互いに決定打も直撃もない。
最初のやり取り以降は双方雷撃も火炎も魔力撃すら使わず体術のみで戦っていた。
それは意地と敬意のぶつかり合いだった。
突かれた棍を打ち払って動作のままに回転、側頭部目掛けて左後ろ回し蹴り──と見せかけて、マキナは途中で踵を下に落とした。
太腿目掛けて叩きつける──膝を上げてガード!
踵はつるりと脛を滑って地に落ちた。
(蹴りの軌道を途中で変えられるの?体重移動が難しいのよね、あの動きは)
思いつつもユリエルは弾かれた棍を勢いのまま背中側に回し、左腕で相手の右腕を取りつつくるりと回って背中からマキナの懐に入った──体全体を使って棍を叩きつける入り身打ち!
ゴッ!
マキナはかろうじて槍を間に挟んで防いだ。
そうでなかったら肋骨が砕けているところだ。
しかし一瞬体が横に振られた。
ユリエルは間髪入れず棍を手放し一歩を踏み込み、膝を落としてみぞおちへの順突き!
「クッ!」
マキナもまたとっさに槍を手放しガードした。
そしてお互い同時にまだ宙にある武器を取って近距離で迫り合う。
(そんなこともできるのかよ!)
ユリエルが今簡単に使った入り身技、体軸の右回転からの左回転への瞬時の切り替えはマキナの才能をもってしても身に着けるのにどれだけ苦労したことか。
お互いに修業を積み重ねてきたからこそ相手がどれだけやってきたかわかる。
二人は試合を通して語り合い、互いの理解を深めているようだった。
迫り合いから棍が槍に絡みついた。
ユリエルは棍を槍に被せて地面に叩きつけて押さえ込んだ。
極限の研ぎ澄まされた感覚がユリエルに新しい技を教えていた。
右足はヒールが浮くほどの爪先立ち、左脚を付け根まで惜しげもなく披露して頭上高く掲げ、魔力を帯びた踵を──叩きつける!
ユリエルが初めて見せる蹴り技、それもメナス流の型にはない動作だったがマキナの体は自然に動いた。
反射を超えた反応だった。
とっさに槍を手放し、同時に頭を左前に落として踵を右の背中にシールドを張りつつ受けた──
(痛てッ!)──
シールドが砕け散って背中で足を受ける──そしてその勢いに逆らわずむしろ利用して前方宙返り──お返し!
右の踵に魔力を乗せて体中で叩きつける!
ユリエルは驚きながらもこちらも体が自然に動いた。
振り切った左足を引いて体を開き踵をかわす。
そして虎が地に伏せるように着地したマキナ目掛けて棍を振り下ろそうとして──グッ、抵抗があった。
棍が動かない。
マキナは着地と同時に棍の先をつかんでいた。
そして自分の槍の首をつかんで石突をユリエル目掛けて突き込んだ。
「くっ!」
ユリエルは棍を手放し跳び下がった。
直後にはマキナは立ち上がりながら棍を投げ捨て、槍を回して正常の構えに戻している。
ユリエルは息をついて肩を落とした。
「参りました。私の負けよ」
「勝負あり!」
審判が宣告すると会場が沸いた。
それぞれの応援に来ていた門下生たちは一方は優勝したかのような盛り上がりを見せ、他方は溜息と共に席を立った。
マキナは棍を拾い上げてユリエルに渡した。
「……武器が同じならあんたが勝ってたよ」
「どうかしら。槍同士で相打ちになったとして、私が倒れても貴女は立っているような気がするわ」
「……」
「私と貴女に違いがあるとしたら、仲間の差でしょうね……。背負っているものが違うわ」
ユリエルは観客席を見た。
貴族派の門下生たちはもう立ち上がって帰ろうとしている。
自分たちの代表の勝敗にしか興味がないのだ。
本気で槍術を学ぶつもりならあと一試合くらい見ていけばいいのに。
「私も貴女たちと槍術の秘奥について語り合ってみたかった。羨ましい……」
「別に……やればいいだろ。俺たちは誰も拒んだことはねぇ」
「本当に……?では、次からは私も仲間に加えてくださるかしら?」
「勝手にすればいいだろ」
ユリエルは握手を求めた。
一瞬応えようとしてやめたマキナはジェスチャーでその手を挙げさせ、ハイタッチで済ませた。
名前:ユリエル・リダ・カルトゥール
年齢:23歳
称号:蒼天の飛龍
身長:163cm
体重:47kg
地位:伯爵令嬢
流派:メナス流槍術
HP:920
MP:330
握力:42kg(利き手)
走力:100m12.52秒 10,000m32分50秒(いずれも魔法未使用時)
知能:91
装備:チャイナドレス、棍
特技:ストレッチとマッサージ
特徴:垂れ目
スリーサイズ:B89W58H92
メモ:何故か結婚の意志を見せない娘が花嫁トーナメントに出場して親は泣いて喜んだ。
メモ2:棍でポールダンスしてるみたいに見える。
メモ3:メリルにはスケベ服コンビのドスケベな方と認識されている。




