01 花嫁トーナメント
ガーランド王国はオストランド地方の西部に位置する国である。
ここ百年の間この地方は十二か国が群雄割拠する戦国時代の真っ只中であった。
この乱世を力で生き抜くためガーランド王国では「最強の者が王の配偶者となる」と定められていた。
すなわちそれが男王であれ女王であれ、闘技会を勝ち抜いた者がその王妃あるいは王配になるのである。
これは建国以来の国是であり、国法にも明記されている。
ことに現在の王太子アルスは性情惰弱ともっぱらの評判であり、王侯貴族から平民に至るまで「強い花嫁を」と求めていた。
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近頃国民たちの間で「王太子妃選考会」のことが話題に上らない日はなかった。
王太子妃選考会──一般には「花嫁トーナメント」の愛称で知られている闘技大会である。
それは代々王太子十八歳の誕生日に開催されることとなっていた。
現王太子アルスの誕生日を三日後に控え、既に全国各地の予選会を勝ち抜いた将来の王妃候補たちは続々と王城の地グリースへと集まっていた。
集まっていたのは候補者だけではなかった。
トーナメントを観戦しようという国民たちもまた全国から足を運んでいた。
人が集まれば物も増える。
今も食料その他の物資を満載した巨大な竜車がギィギィと車輪を軋ませながら門をくぐったところである。
竜は馬よりもずっと体が大きく力も強いので、この国ではもっぱら貨物車に使われている。
「ギイイイイイッ!!!」
その竜が突然いななきを上げて走り出した。
後でわかったことだが、五分前に通った貨物車があまりにも重かったために路面の敷石が割れて、竜はその尖った破片を踏み抜いてしまったのであった。
御者が必死で制御しようと試みるものの竜は暴走するばかりだ。
人々は悲鳴を上げて逃げ惑うが竜の方がずっと足が速く、また進行方向上には客を乗せた馬車がいる。
大惨事となることは秒読みだった。
「あっ」
パニックに陥った子供が反対側へ横断して逃げようとして道路の真ん中で転んだ。
竜は高速で迫る。
女性が悲鳴を上げた、歩道の男は何もできない、御者はギュッと目をつぶってしまった。
その時人混みから走り出た者がいた。
その人物は子供を拾い上げて歩道の男に投げた。
投げた瞬間には竜はもはやその勇敢だが無謀な人物の目前にいた。
逃げられない──!
しかしその人物は逃げるのではなく立ちはだかり、竜の突進を正面から受け止めた。
「ふんっ!」
バリバリバリッ!
踏ん張った敷石が激しく割れて音を立てる。
そこから三十メートルも走って竜はようやく止まった。
押したくられた人物の足が路面に平行な傷跡を二本残していた。
立ち止まった竜の息が荒い。
竜を受け止めた人物は平静で、抱えていた首をポンポンと安心させるように叩いた。
「よし、よし。ほら、落ち着いて」
その人物は女性──いいところハイティーンの少女だった。
「グルルゥ……」
「だ、大丈夫か!?」
ようやくおとなしくなった竜車から慌てて御者が降りて来た。
受け止められた時の衝撃と来たらすごいものだった。
ぶつかられた少女が無事とはとても思えない。
「アハハ、大丈夫だよ!誰も怪我しなくて良かった!」
笑った少女はしかし、道路の惨状を見て少し慌てた。
「あ、でも道路はあなたが弁償しておいてね!私はこれで!」
そう言い残すと少女は手を振って走り去ってしまった。
「お、おい……」
御者は呆然と見送るしかなかった。
「あれは……」
少し離れた建物の上で、別の人物もまた呆然と呟いた。
彼は王城の上層階から一部始終を目撃していた。
やんごとなき令嬢たちがひたすら殴り合う話です。
どうぞお付き合いください。
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