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9. 帰る場所

 


 帰りの馬車の中は静かだった。それでも不思議と気まずさはなく、私の場合は来たときよりも随分と和んでいたかもしれない。


「あのお婆さんは何者だったのですか?」


 あの家にいたときからずっと疑問に思っていたことを尋ねてみた。母の強い想いによって掛けられていた魔法を、いとも簡単に解いた老婆。


「あの人は、大陸の北の方に住む民族の末裔らしいわ。私も詳しくは知らないのだけれど、宮廷魔導士に魅了魔法について調べてもらった時にあの老婆を紹介されたのよ」


 そしてふっと一呼吸を置いて、呟くように言葉を落とした。

「これで断罪は免れるかもしれないけれど、私の夢は消えてしまったかもしれないわね」


「それはロザンヌ様が以前におっしゃっていた、領地へ行かれるというお話ですか?」


 私がそう言うと、小さくクスリと笑って応えた。


「そう。父の管理する領地を経営しながらゆったりとスローライフを送る夢を描いていたの。残念だけれどあなたとジェラルド様との恋が始まらないのなら、婚約が解消されることは無さそうだもの」


 夢が消えたというわりに、さっぱりとした表情で私を見返す。そして少し神妙な顔をして、私に問いかけた。


「ねぇ、あなたも両家の間で婚約が取り決められた政略結婚なのでしょう? そのことについて今までに何か思ったことがある?」


 ロザンヌ様が何を聞きたいのか、質問が漠然としていたためよくわからなかった。なので、ウィリアムと婚約が決まった時の気持ちを素直に答えた。


「何を思ったか……とても嬉しく思いました」


 初めて会った時、八歳だった私にとって二つ年上のウィリアムはとても大人で頼もしいお兄さんに見えた。貴族になる前、近所でよく見かけた子供たちとは雰囲気が全く違う、落ち着いた物腰の理知的な少年。

 綺麗な服を着て、大人びた所作をする彼は小さな紳士だった。いつでも私の希望を優先し、大切に扱ってくれる彼を好きにならないわけがなかった。


「出会った時から彼が好きで、会うたびにその思いが強くなっていきました。彼が私を大切にしてくれるから、私もそのお返しにと下手な刺繍でも気持ちを込めてハンカチを贈ったりしていたのです。そういったことを繰り返しながら、私は彼への想いを育んでいったのだと思います。だから私は、彼以外との結婚が考えられないのです」


 これがロザンヌ様の求めていた答えなのかわからなかったけれど、正直な自分の気持ちだった。


「そう……。ありがとう、お話が聴けてとても良かったわ」

 そして何かを決意した様に、前を向いた。


「私も、現実と向き合わなければいけないのね」


 そう言った彼女の横顔は、出会った頃の皮肉めいた表情はなく、晴れやかな顔をしていた。



 *



 公爵家からの帰り道、私は小さな不安を抱えて子爵家の馬車に乗っていた。夕暮れの街を眺めながら、これから帰る場所について思いを馳せる。


 今の私は【魅了】を持っていない。老婆にそれを解かれた時に、実際にそれを肌で感じ取っていた。


(周囲の人たち全員があなたの魅了にかかっている)


 二回目の舞踏会でロザンヌ様から言われた言葉。それがいつまでも胸に突き刺さっている。



 なぜ継母は、よその女性との間に出来た子を喜んで受け入れられたのだろう?

 顔を合わせるまでとても不機嫌そうにしていた彼女が、本来の彼女の気持ちではなかったのか?


 もしかしたら魅了魔法のせいで、継母の感情が歪められてしまったのではないか。そんな風に考えると、彼女に対して申し訳ない気持ちと、魅了を持たない自分が拒絶されるのではないかという怖さが心を支配した。

 継母だけではない。父もウィリアムも、魅了を持たない私を前にしたら何を思い、何を言うのか……と。


 そんな恐れが頭にもたげて様々な感情が渦巻いたけれど、一通り思いを巡らせればあっさりと考えがまとまった。

 魅了魔法を消す時にした話を自分で噛みしめる。私はもう母を亡くして泣いている子供ではなく、自分で道を開いて歩いていく大人なのだ。


 デビュタントを迎え、レディとしての教育を受けさせ大人になるまで育ててくれた両親。そして出会った頃から大切にしてくれたウィリアム。

 もし彼らの気持ちが変わってしまっても、彼らを愛する私の想いは変わらない。



 *



「随分と遅かったわね」


 屋敷に帰って継母のところへ帰宅の報告に伺うと、眉を吊り上げて厳しい顔で出迎えられた。


「いくら公爵家でも、若い女性を遅くまで引き留めるなんて非常識だわ。そういうことは相手が高位の人であっても、しっかり言っていいのよ」


 遅くなったことを謝罪すると、気の強い継母らしいアドバイスを授かった。いつもと変わらない様子に、なんだか拍子抜けをしたと同時に懐かしさのようなものを感じる。


「あら……? あなた少し雰囲気が変わった?」

 そう言ってまじまじと見つめられた。顔が近いです、お継母様。


「もしかしたら、出かける前よりもちょっとだけ大人になったのかもしれません」


 そう答えて、不思議そうな顔をしている継母に笑いかけた。



 ロザンヌ様と老婆の不思議な話は、心の中に大事にしまっておく。

 私たちの関係のキッカケは『魅了』だったとしても、ここまで培ってきたものはそれだけではないと信じているから。


 何かが変わろうと変わるまいと、私は一人の女性としてこれから長く生きていく。私が大切に思う人々と縁を繋ぎ、人生を紡いでいけたらいいなと思った。



 *

 *

 *



 あれから秋、冬、春と季節が移り変わり、平穏に一年が過ぎた。

 日が高く上る昼下がり、私はウィリアムと一緒に生まれ育った小さな町に来ている。


 生家に今も住んでいる祖母に彼を紹介し、ウィリアムを前にしてしどろもどろになるばあちゃんを落ち着かせてお話をした。手紙で家に寄ることを伝えていたけれど、やはり貴族を前にすると色々と勝手が違うのかもしれない。そうしてしばらく歓談したあと、私とウィリアムは町外れにある公園墓地へと向かった。


 綺麗に刈り取られた青々とした芝生に、綺麗に並ぶ小さな墓石。広々とした景色を眺めながら目的地へと歩いていく。

 結婚式を来週に控え、その報告の為にここを訪れた。


 この辺りの墓石のなかで一際綺麗な白い石がある。そこが母の眠る場所だった。

 二人で墓石の前に立ち、ウィリアムは用意していた百合の花を置いた。母が好きだったカサブランカ。

 ウィリアムは静かに目を閉じ、長い祈りを捧げる。


「シャルロット、どうした?」

「ううん、なんでもない」


 彼は顔を上げると、それを眺めていた私に気付いたようで不思議そうな顔をしている。


 私は自分の幸せを噛みしめながら、母に思いを言葉にして伝えた。


「お母さん、ずっと私を守ってくれてありがとう。あなたのおかげで私は皆に愛され、幸せな時を過ごすことができました。私が今まで受け取ってきたお母さんやたくさんの人たちの愛を、今度は私が与えていきたい。……ずっと忘れない。大好きだよ、お母さん」


 その時、暖かな優しい風が頬を撫でていった。

 新しい門出に立つ私たちを、母が祝福していったのだと思った。



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