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8. 解放

 


「ごめんなさい」


 しばらくして、ロザンヌ様が泣きはらした顔のまま気まずそうにそう謝った。

 随分と長く感じた数分間だったけれど、ようやく顔を上げたその顔は瞼と目が赤くなっている。それだけハンカチの下で号泣していたのかと驚いた。


 私と老婆が見守る中、彼女はここに来るに至った経緯を話してくれた。



「私は、自分の身の破滅を回避しようとしていたのよ」


 ぽつぽつとひとり言のように、彼女が小さかった頃の話から語り出した。


「おそらく生まれた時から、私には人の頭上に文字が浮かんでいるのが見えていたの。だから他の人も当たり前のように見えているものだと信じて疑いもしなかった」


 でもそれが自分自身にしか見えていない事を、文字を習うようになってから知るようになったという。


「誰も頭上の文字を読めないのよ。両親はもちろん、侍女も随分困らせてしまったと思う。見えていないのだから読みようがないわよね。それでやっと、これは自分だけが持つ能力なのだと知ったの」


 出されたお茶の入ったカップを両手で包み込み、それに目を落としながら話を続ける。


「私の頭の上にも文字は書いてあったわ。鏡を見るとちゃんと映っているの。でも文字が反転しているからしっかり見ないと何と書いてあるかわからなかった。当たり前のように毎日目にしているものだから、それまで気にしたこともなかったのね」


 私は彼女の頭上に目を向けた。もちろん私には何も見えないけれど、どのように書かれているのかとても気になる。


「……私が八歳の時だったかしら。その頃にはもう勉強をして読み書きもできていたから、ある時、ふと気になってしっかり読んでみようと思ったの。そうしたら、自分の名前の横に悪役令嬢と書いてあった。最初は何よそれ、と嫌な気分だったわ」


 確かに、役者でもないのにお前は悪役なんて言われたら誰でも嫌になると思う。


「そして初めて自分のステータスを把握してから、私は時々変な夢を見るようになったの。この国の文化とは大きく違う、別の場所の夢。でもそれは次第に夢ではなく自分の記憶として呼び起こすようになった。ロザンヌとしての自分ではない、別の自分の記憶をね」



「あの……この場でそんなお話をされても大丈夫なのですか?」


 ロザンヌ様が自らのことを深く語り出したので、公爵令嬢である彼女の立場を考えて一言申し出た。この怪しげな老婆の前で話して問題はないか心配になったのだ。


「心配いらんさね。あたしはこの国の恩情でここに置いてもらっている身。悪だくみなんてするもんならすぐに追い出されて野たれ死ぬわい」

 私の警戒心を気にする様子もなく、ずずずとお茶を啜っている。


「心配してくれてありがとう。でもあなたの話を聞いて、今私の中で迷いが生まれてしまった」


 ロザンヌ様はそう言って口を噤んだ。そして少しの間を置いてから驚くようなことを話した。



「私には子供がいるの」


 彼女から放たれた衝撃の告白に、度肝を抜かれて言葉を失ってしまった。


「誤解のないように言っておくけれど、ロザンヌの私ではなくもう一人の私の話。それが自分の前世だと気付いたのは、断片的に記憶を取り戻すようになって随分と経ってからだった。私には夫がいて、一人の息子がいたの。でも大切な二人を置いて、最後の言葉も残せないまま私はあの世界を去ることになってしまった」


 そして俯いていた顔を上げて、私の方を向いた。


「だから、あなたのお母様の想いと願い……同じく子を持つ母として、痛い程気持ちがわかってしまった。幼子を残して逝くことがどれほど辛いか。母を失ってしまうあなたが、これからの人生を人に愛され大切にされるようにしたかったのだと」


「ロザンヌ様……」


 今の彼女からは私を訝しむような表情が消えていた。聞いた内容はあまりに現実離れをしていて、どう受け止めたらいいのかわからない。けれど私の話を信じて寄り添うように語ってくれたことはとても嬉しかった。



「前世ねぇ……真偽はわからんが、稀にそういう記憶を持つ人間が生まれると聞いたことはある。まさかあたしが生きている間に会えるとは思ってもなかったがね」


 しんみりした空気の中、老婆はひゃひゃと嬉しそうな声を上げた。そしてロザンヌ様に語り掛ける。


「さて、ではどうするかの。公爵のお嬢様はこの魅了効果を消したかったのじゃろ?」

「……どうするべきか、今悩んでいます」


 ここに来た目的は、私が無意識に使っているであろう魅了魔法を止めることだったらしい。けれどそれは私に掛けられた魔法であり、母の残した形見のようなものだと知り、どうしていいかわからないという。



「私には、あなたのお母様が残した想いを消し去る事なんてできない。でもそれを取り除かなかったら、あなたはずっとジェラルド様や他の男性を虜にして狙われ続けてしまうし、その結果私は彼から排除されてしまうかもしれない」


「いえ、消せるなら消してもらって結構です」


 私が間を置かずにそう応えると、ロザンヌ様は驚いたように目を瞬かせた。


「私は十分に母の愛を受け取りました。これまで大きな苦労もなく生きてこられたのは母のおかげと知って、とても嬉しかった。でも、私はもう守られる子供ではありません。来年にはウィリアムと結婚し、一つの家を守る立場になります。……だからこれから私は母からの想いを受け継いで、新しい家族と私の大切な人たちに私の愛を注いでいくつもりです。だから、魔法が消えても母の想いと願いは消えません」




 そうして私は、老婆の不思議な力によって【魅了】から解放された。




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