2. 魅了持ちヒロインと言われました
「ごめん、シャルロット」
いつも自信に満ちているウィリアムが、めずらしく落ち込んだ様子で謝ってきた。
賑やかな大広間からこっそりと抜け出し、バルコニーで少しの間休憩をしていた私たち。ウィリアムの口数が少ないと思っていたら、どうやら先程のジェラルド様とのやり取りを気に病んでいたらしい。
「どうしても苛立ちを抑えられなくて、それを態度に出してしまった。……本当にすまなかった」
気落ちした様に沈んだ声で話すウィリアムに、私も慌てて謝った。
「ううん、あなたが私を思って断ってくれたことが嬉しかった。でも驚いたわ。王太子殿下が私のような子爵の娘を誘われたこともそうだし、踊っている最中も……」
私はダンスの最中にジェラルド様から言われた言葉をウィリアムに伝えた。それを聞いて苦い顔をする。
「あの御方が何を考えていらっしゃるかわからないの。ロザンヌ様という立派な婚約者様がいらっしゃるのに、私を口説くようなことをおっしゃって。社交に慣れていない私をからかわれただけならいいのだけれど」
この宮廷舞踏会に参加するにあたり、私は以前からいくつかの小さな夜会に参加しマナーを学んできている。その中で、ファーストダンスはパートナーと踊るということは一般常識だった。
あの時、私は父にエスコートされていたのでパートナーがいないと勘違いをされた可能性もある。けれどご自身の婚約者を差し置いて、先に私を誘われたことは明らかにマナー違反だった。
でもここは宮殿の中。誰からも咎めるような視線がないことから、マナーというものは配下の人間が気に掛けるものなのだとしみじみと感じた。
始まって早々、王太子からダンスの誘いを受けるという波乱があったけれど、その後もダンスの申し入れが後を絶たずに舞踏会の終盤にはへとへとに疲れてしまっていた。
ウィリアム自身も知り合いやお世話になっている家のご夫人をお誘いしたりしていたけれど、どうも私の誘われ方は普通ではないような気がする。
男性たちから先程のジェラルド様と同じように熱い眼差しを向けられて、私は曖昧に微笑みながらそっと視線を外すことしかできなかった。
初めての宮廷舞踏会ということで自分なりに頑張っていたけれど、さすがに身も心も疲れてホールの端の方に身を寄せた。
ウィリアムが他のご婦人とダンスを踊っている間、人影に隠れるようにして給仕係から飲み物を受け取り、ほっと一息つく。
周囲を見渡せば、私と同じく社交界デビューしたご令嬢が何人かいるけれど、皆穏やかに過ごしている様子だ。
どうして私だけこんなことに、とうんざりしつつ身を小さくしていると、ふいに後ろから声を掛けられた。
「ジェラルド様と踊れて満足? 別に咎めるつもりはないけれど、あなたの婚約者が不憫ね」
振り返ると、ジェラルド様の婚約者ロザンヌ様が呆れたような眼差しでこちらを見ていた。
「ロザンヌ様……! 先程は大変失礼いたしました」
「何を謝っているのかしら。謝らなければいけないことをしたという自覚がおありということ?」
私は言葉を詰まらせる。なんとお答えすればいいのかと頭を巡らした所で、「別にあなたを責めているわけではないわ」と理解を示すようなことを口にした。
「ジェラルド様を狙っているのか、それとも逆ハーレムを狙っているのか知らないけれど。私は魅了持ちヒロインのあなたと張り合う気はないから、私に関わらないでいてくれるなら好きにすればいいわ。それをお伝えしたかったの」
淡々とそれだけを言って、再びホールの中央へ戻っていかれた。
ジェラルド様を狙っている? 逆ハーレム? 魅了持ちヒロイン???
私の頭の中が疑問符でいっぱいになる。ロザンヌ様のおっしゃっていることが半分以上わからない。でも、ジェラルド様のことを誤解されていることは理解できた。私が彼のダンスを受け入れたことで、私が好意を寄せていると勘違いをしたのかもしれない。
誤解を解きたかったけれど、子爵の娘が安易に話しかけられる立場にないため諦めるしかなかった。それに今回はデビュタントということで宮廷舞踏会に参加したけれど、私の家ならば滅多に招待されることもないはず。
だから今日あった出来事は自然に風化していくだろうと、気楽に考えていた。