【短編】世界の滅亡を救う為に勇者を召喚したつもりが、やって来たのはネコでした
作者自身が猫に癒されたい。
そんな思いだけで、このお話を書きました。
猫は世界一可愛い。猫は世界を救う。飢え乾いた心を癒すのも、また猫なり。
猫愛好家であり、猫至上主義の私が、ただ猫を愛でる為に描いたけれど、伝わりますでしょうか?
ここは召喚の儀式の間。
魔王の侵攻により滅亡の危機に直面しているドレスロッド国は、一縷の望みを託すべく複数人の召喚士を集めた。
世界各地から集められた凄腕の召喚士達、熟練そうな老人から有能そうな美女まで……。
そしてそんな中に、みそっかすな私までここに呼ばれるとはどういうことなんでしょう?
全ては師匠である先生の一言がきっかけだった。
「めんどいから、お前行ってこい」
「えっえっ? えええええ!?」
召喚術の師匠であるアーティ先生は、ドレスロッド国最果ての村ミリスタで一番の召喚士。
そんな先生に憧れて弟子入りしたけれど……、私が召喚出来たのは愛らしい動物ばかり。
魔物が出て、それを倒して欲しいという依頼を受けたはいいけれど。召喚士自身は攻撃魔法を使えない。
だから攻撃手段には召喚した魔物だったり人間だったりで、対抗してもらうのが主な戦闘方法なんだけど。
なぜか私が召喚するものは、うさぎさん、いぬさんといった小動物な愛玩動物ばかり。
今年で14歳になった私は、アーティ先生に弟子入りしてちょうど4年目。
もう一人前になっただろうと言われて、国からの招集に私を選んだ。
私が小動物しか召喚出来ないこと、アーティ先生絶対にわかってるはずですよね!?
小柄な私は、自分より長い杖を両手で抱えて順番を待っている。
召喚の儀式の間には、多くの召喚士達が行列を作っていた。
それは5列あって、それぞれの列の先頭の人が一斉に召喚術を使う。
つまり5人が召喚しては、また後ろに並んでいる人が召喚していくという感じ。
召喚されているのは魔物、異世界から召喚した人間、そういったものばかり。
それらを国の偉い人が審査していく。
「グリフォンを召喚するとは! これは頼もしい! まずは合格です」
「ここはどこだ!? 俺は勇者として召喚されたのか!?」
「う〜ん、ただの一般人を召喚してしまったみたいですね。不合格です」
「ぎゃあああ! 制御出来なくて暴走したああああ!!」
「対策班、急いで処理! 不合格だ、不合格!」
なんか、カオスです……っ!
だんだん不安になって来たけど、不合格は確実なのでチャチャっと召喚して早いところ故郷に帰ろう、そうしよう。
そんな召喚三昧の中、ついに私の出番ががが。
まぁいいでしょう。どうせ愛玩動物を召喚してしまうのがオチなのです。
私を選出した師匠の不手際なのです。
私は何も悪くありません。
「次、ニカ・グラハム!」
「は、はい!」
それでも緊張してしまう。
私はいつものように、とりあえず魔王に対抗出来そうな強そうなものをイメージしよう。
凄腕の召喚士なら狙ったものを召喚出来る。普通はそれが当たり前。
ただ私の場合、召喚する為の対象物との契約を済ませても、結局は全く違う生物を召喚してしまうというバグ仕様。
面白がったアーティ先生が、次々と色んな召喚対象物の契約をさせる始末で、私は迷惑極まりなかった。
ちなみにさっき目当てとは全く異なりそうな異世界人を召喚している召喚士がいたけれど、あれは完全ガチャ召喚というもの。
本来は目当てのものを召喚する為に、その対象物を調伏させて、契約石で主従関係の契約を交わして、いつでもどこでも召喚出来るようにするのが最もセオリーな方法なんだけど。
ガチャ召喚というものは、一発逆転の最強召喚みたいなもの。
何が出るかわからない、吉と出るか凶と出るかの勝負みたいな召喚術で、上級召喚士になればなるほど、これをしたがる傾向が強いみたい。
もしかしたら神を召喚出来るかもしれないし、伝説の魔獣だったり、異世界の英雄を召喚するかもしれないっていうロマンに溢れた召喚術ーーそれがガチャ召喚ってやつ。
私の場合は、セオリーに従ってもほぼほぼガチャ召喚みたいなものになっちゃってるけど。
「ニカ・グラハム! さっさと召喚しないか!」
「あっ! すみません、今すぐに!」
いけないいけない、色んなことを考えてたから……。
とろいのも、私のダメなところね。
深呼吸、魔力を高める、杖を掲げる、意識を集中させる、何か……魔王に対抗出来そうな生物をイメージする。
最強の生物、絶対に勝てないような、誰もが屈服してしまうような……そんな生物を!
「召喚っ!」
魔法陣から煙がもくもくと巻き上がって、私を始め審査員達も魔法陣の中心に注目した。
どうしてみんなが私の召喚術に注目してるかって?
アーティ先生が世界屈指の召喚士で、私がその弟子ってだけでみんな勘違いしてるから!
「にゃーん」
魔法陣の中心には、真っ白な……左の横っ腹に黒いハートマークの模様が付いた猫がひと声鳴くと、その子はおもむろに毛繕いし始めた。そして沈黙が走る。
「ブッハハハハ! なんだそれは!」
「魔王軍に対抗する為の最強生物を召喚しろという命令なのに、たかが猫を召喚してどうする!」
「不合格だ、不合格!」
「アーティ氏の弟子だというから、どんな魔生物を召喚するのかと思ったが……」
「とんだへっぽこ召喚士だな、こりゃ」
「わっははははは!」
笑い声が、ーー嗤い声が響き渡る。
嘲笑、蔑み、久々の屈辱感。
私は恥ずかしさの余り、魔女が被る大きくて広いツバの帽子を目深に被って、真っ赤になった顔を隠す。
師匠から譲り受けた自分よりずっと大きな杖を抱きしめるように抱えて、その場から逃げ出そうとした。
「おい、待て。召喚した生物は責任を持って持ち帰ってもらわんと困る」
「え……」
対策班の騎士が指差した方向、見知らぬ場所に突然召喚された猫は魔法陣のど真ん中で丸くなって座っていた。
「ちゃんと送還するか、連れて帰りなさい」
***
私は王宮を出て、王都の路地裏にある木箱に座っていた。
今は誰の目にも触れたくなかったから。
「みゃーん」
何も知らず、可愛い声で鳴くネコを見て、私は泣きたいのか笑いたいのかわからなくなってしまった。
ぎゅっと抱きしめるととても温かくて、もふもふしていて、なんだか軟体動物みたいにぐにゃぐにゃしている。
体が柔らかいせいでもあり、全身についた脂肪のせいでもあるんだろう。
「お前はいいね、何も知らなくて」
ううん、違うな……。
ここがどこなのか何も知らないところに、突然召喚されて、被害を被っているのはこのネコの方だ。
あんまり可愛いものだから今まで気にしなかったけど、きっと見知らぬ土地に放り出されて不安だろうと思う。
見たところ全然そんな風に見えないけど。
「どうする? お前、帰りたい?」
「にゃ?」
不合格を言い渡された私だけど、出ていく時に呼び止められた。
審査員の中でも一番偉い感じの格好をした初老の男性。
優しそうで、柔和な笑顔で話しかけてきた。
『君はアーティ君のお弟子さんなんだってね。さっき審査員が不合格を言い渡したけれど、もう少し様子を見させてもらえないだろうか? アーティ君自慢の弟子である君が召喚したその猫、もしかしたら何らかの能力を秘めた魔生物かもしれない』
急にそんなことを言われて、私は戸惑った。
不合格って言われたから、このまま帰る気満々だったんだけど。
『ここで何人かに召喚されたものが、魔王討伐にあたることだろう。それで世界の滅亡を食い止めることが出来るかどうか。君さえ良ければ、危険が伴わない範囲で構わない。その猫と、世界を救う手助けをしてくれないか』
一体何を言ってるんだろう。
どこからどう見ても愛らしい、ただの猫だというのに。
でもお偉いさんからそう言われたら、気弱な私は嫌とは言えなかった。
そういうことで、今もこうして王都の中でモタモタしてるというわけだ。
お偉いさんの計らいで、私は王都にある宿屋に実質無料で泊まることが出来るようになっていた。
いつまでここに滞在しないといけないのか、先が見えない。
なんだか私の方が不安になってくる。
召喚士と言っても、私は強い生物を召喚出来ない。
いっそのこと魔術士とかなら、自分の力で身を守れたんだろうけど。
「私が帰りたいよ……」
もふもふの猫を抱きしめながら、そう呟く。
ネコはぎゅっとされても全然嫌がらない。抱っこされるのに慣れてるのかな?
「あー、ねこちゃんだ!」
「かぁわいい!」
高い声に振り向くと、王都に住んでる子供だろうか?
幼い男の子と女の子が嬉しそうに、私が抱っこしているネコを見て指を差していた。
私がきょとんとしていると、子供達が駆け寄ってきて「さわってもいい?」と聞くので、「どうかな」と返事をする。
ネコって確か気難しい性格だと、先生から聞いたことがある。
気に入らない相手だと、触ろうとした瞬間に引っ掻くことだってあるらしい。
戸惑っている内に、女の子がネコの背中をひと撫でした。
「うわぁ、サラサラの毛をしてて気持ちいいなぁ」
「マジで!? 俺も撫でていい!?」
「えっと、気をつけて……ね?」
私はネコがおいたをしないように、抱きしめたまま子供達が手を伸ばしやすいように屈んであげる。
ゆっくりと撫でて、それが気持ちいいのか猫はゴロゴロと喉を鳴らしていた。
「かわいいねぇ」
「めっちゃおとなしいじゃん」
「……だねぇ」
確かに召喚した時から、ネコが暴れたり走り回ったりしたことはない。
私について来るように離れることはなかったし、抱っこしても嫌がる素振りを見せなかった。
この子はとてもおとなしいタイプのネコなのかしら。
「なんだか元気が出てきた!」
「この子を見てるだけでも、心があったかくなるねぇ」
嬉しそうにそう感想を言うと、私とネコにお礼を言ってくる子供達。
「さっきこいつ、お母さんに怒られて落ち込んでたんだ。でもねこを見て、なでたら元気出たみたいでよかったよ」
「あたしが悪いことしたから……。お皿割っちゃったの、今ならちゃんと謝れるよ。お姉ちゃん、ねこちゃん、ありがとう」
「ううん、どういたしまして。私は何もしてないけど……」
女の子がもう一度ネコを撫でて、名残惜しそうに可愛がる。
「あたし、本当はねこちゃんって初めて見るんだ。絵本で見ただけで、本物はどんなのか知らなかったの。こんなにかわいかったんだ」
「ネコ、知らなかったの?」
「こいつが生まれる少し前くらいに、突然いなくなっちゃったんだ。俺がもっとちっちゃい時は、そこら中にいたんだぜ」
「へぇ……、そうだったんだ」
兄妹はそう教えてくれてから、一生に一度なのかというほどネコを可愛がって、それから手を振りながら走って行ってしまった。
とりあえず、子供の心を癒せる程度には役に立てたみたいで何よりだ。
……だからなんだって話なんだけどね。
***
それから私は、特にやることもなかったから王都の中をうろついた。
ネコは私が何も言わなくても、黙って後ろをついて来る。
他に行きたいところがないのか。
それとも私に従って付いてきてくれているのか。
王都は、私が住んでいた村をとても大きくしただけみたいに思えた。
都会だから住んでる人は冷たい印象を勝手に持っていたけど、笑顔で話しかけてくれる。
「どうしたんだ、迷子かい?」
「お腹空いてないかい、今なら安くしとくよ」
「可愛い猫を連れてるじゃないか、珍しいね。ほら、魚の切り身でも食べるかい」
みんなとても親切にしてくれた。
王都だから、とか。そういう考えはちょっと差別的だったかもしれないな。
改めようと思う。
私とネコが歩いて来た場所は、笑顔で溢れていた。
みんな忙しそうで、辛そうな顔をしていても、ネコの姿を見かけると、途端に目尻が下がって笑顔になる。
ネコに構ってもらいたいのか。興味を引こうとする大男には、私でも少し引きそうになった。
それでもみんながみんな、ネコを珍しそうに眺めては、撫でたり、抱っこしたがったり、可愛がろうとしていて。
何だかとっても和やかな光景だった。
世界が滅亡の危機に瀕しているのが嘘みたいな、平和な光景。
人間側が大袈裟に騒いでいただけで、本当は魔王軍の侵攻なんてないんじゃないかって位、私が歩いてきた王都の中は平和そのものだった。
***
南門に近付くと、物々しい雰囲気になっていた。
こっち側は魔物の攻撃が特に深刻だと言われていて、気になって来てみたけど。間違いだったみたい。
兵士がたくさんいて、武器とか、兵器とか、怪我人とか。
ここだけまるで別世界みたいで恐ろしかった。
あぁ、魔物の攻撃は本当にあったんだ。
私は怖くて杖を抱きしめると、足元で体をなすりつけてくるネコに話しかける。
「あっち、行こうか。ここは危ないよ。怪我しちゃ大変……」
言ってみれば、無害なネコを召喚した私は戦力外だ。
ここにいても何の役にも立たない。
だから邪魔にならないように、早いところここから立ち去らないと……。
「待て、お前」
「ひっ!」
急に声をかけられて、飛び上がるほどびっくりした。
振り向くと若い兵士が難しそうな顔をしながら、私と……ネコを凝視している。
「お前それ、まさか猫か?」
「えっと、どう見ても猫ですが?」
何を言ってるんだろうと、私は首を傾げる。
するとネコの存在を確認した若い兵士は、むすっとした表情で一歩二歩と近づいて来る。
呑気にこんなところ動物連れで来るなって怒られるかと思った私は、恐怖で体を縮こまらせた。
だけど何も起きず、大声で怒鳴られることなく、見るとその兵士は地面に膝をついてネコの喉元をくすぐっている。
「よしよし、いい子だ」
「……え?」
何が何だか。
いくら戦場で癒しを求めているからと言って、突然ネコを可愛がり始めるのはどうなの?
呆気に取られている私を見て、兵士はなんで私が不思議そうにしているのかわからないといった表情で話しかけてきた。
「猫を可愛がるのが、そんなに珍しいのか」
「いえ、そういうことを言いたいんじゃないんですけど」
まずい、気分を悪くさせてしまったかな?
私は持ち前のビビりを披露してしまって、顔が真っ赤になる。
「猫は、王都では珍しい」
「え? そう、なの?」
さっき会った兄妹と同じだ。
本当にここ王都では、ネコが珍しいみたい。
「数年前、突如としてこの国……王都から猫が一匹残らず姿を消した。理由はわからない。話によると、魔族の気配に危機感を覚えた猫達が一斉に王都を離れたと言う。また一方では、猫の存在を疎ましく思った魔族が、全ての猫を暗殺したとも……。まぁ眉唾物の噂話だけどな」
そう語りながら、兵士は他の者にも猫を見せてやりたいと言い出して、少しの間だけ貸してくれないかと交渉してきた。
私は自分が召喚したネコの身に何かあったらいけないと思って、私も一緒なら構わないということで南門から出た監視砦へと案内される。
***
そこでもネコは人気者だった。
艶やかな毛並み、愛らしいフォルム、一声鳴けばみんなの顔が笑顔になっていく。
何とも不思議な光景で、見ている私の方がおかしいのかと思ってしまうくらいだ。
もしかして私が召喚したネコには、人の心を癒す特殊なスキルでも持っているんだろうか?
そんな風に、ネコの可能性を考えているとさっきの若い兵士がまた話しかけてきた。
「ありがとう、ニカ……と言ったかな。名乗るのが遅れて申し訳ない。俺はアルベルだ。一介の兵士だよ」
「どうも」
「君の猫は本当に愛らしいな。おかげで度重なる戦いで疲弊した兵士達の心を、もう一度奮い立たせることが出来たよ。みんな、もう一度この猫に会う為に必死に頑張るって。猫が戦いの動機ってどうなんだって話だけどな」
「ははは……」
本当に、どうなっているんだろう。
故郷のミリスタには、ネコは普通にいるのに。
みんなネコに飢えている、と言ってもいいくらいものすごく可愛がってくれていた。
もしかしたら私といるより、ここで癒しのネコとして存在している方が、みんなから大切に扱ってもらえるんじゃないだろうかとさえ思ってしまう。
そう思ったのも、本当に束の間のことだった。
突然の轟音、大きな地震でも起きたのかと思うほどの揺れに私は悲鳴を上げた。
「また魔物の攻撃が始まったか! ニカ、君は猫と一緒に避難壕に隠れているんだ!」
「えっ、ちょっと……アルベルさん!」
そう叫んだかと思うとアルベルは行ってしまった。
ネコは突然の異変に驚いて、私の方へと光の如く駆けてきて足元で震えている。
……守らなきゃ。
私は魔物ウルフの召喚石をポシェットから取り出して、握り締める。
犬科の魔物の中で、やっと私の実力でも調伏させることが出来た魔物。
「ウルフ、召喚!」
事前に調伏させて召喚石に封印していれば、魔法陣を描かなくても召喚することが出来る……はずなのに。
現れたのは、ウルフの……私が調伏した犬の……もふもふ子犬バージョン!
「なんでよおおおお!」
どうして!
何で私が召喚したら、みんな無害で可愛い存在になってしまうのおおお!
「ビッグラビット、召喚!」
「サーペント、召喚!」
「フォレストベア、召喚!」
白いふわふわの子うさぎ!
ミニサイズのチロチロしたヘビの赤ちゃん!
生まれたての小ぐま!
「ああああああ、どれも攻撃力とか皆無っぽいよおおおお!!」
調伏したままの姿で、なぜ召喚されないの!?
やっぱりアルベルさんの言った通り、役に立たない召喚士は大人しく避難壕に逃げた方がいいって言うの!?
私は一体何の為に、遥か遠く辺境のミリスタからここまでやって来たって言うのよおおおお!
絶望に打ちひしがれている場合じゃなかった。
本当に、早いところ避難していればよかった。
魔物の群れの、おそらく先発隊?
そいつらがこの監視砦にまで乗り込んできた。
王都から、ここ監視砦までの距離はそれほど遠くないと言うのに!
アーティ先生の修行の中、見たことのある魔物が数体いた。
ゴブリン、オーク、ブラックドッグ、骸骨剣士……黒髪の大きな角を生やしたイケメン。
「……え?」
私は目を凝らして、もう一度見た。
見た目から醜く恐ろしい魔物の中に、一人だけ……人間の姿をした魔族がいた。
気位が高そうで、ひと睨みすれば心まで凍り付かせてしまいそうなーーそんな容姿端麗な姿の男性が。
「人間の最後の砦、この王都を落とせば世界は魔王である我が物同然だ! さぁゆけ、下僕たちよ! 全てを壊してしまうがいい!」
勝ち誇った顔で、しかも全部説明してくれた上で命令を下した魔王。
まさか王都に魔王が直々に来るだなんて!
ーー世界の滅亡を防ぐ為に。
その言葉が蘇る。
あぁ、そうなんだ。
本当にこの世界は危機に瀕しているんだ。
田舎暮らしで平穏に暮らしてきた私は、何も知らなかった。
私は足元で遊んで欲しそうにまとわりついてくる召喚獣に囲まれながら、大杖を握りしめて……震える。
「こんな……、勝てるはずないよ、人間が……。アーティ先生でも、これじゃあ……」
そうやって私が一人で勝手に絶望していると、大きな轟音と共に天井が崩れて私は悲鳴を上げながら召喚獣達を両手いっぱいに抱き寄せた。
薄暗かった避難壕に、日が差す。
その明かりの下、逆光で姿がよく見えなかったけど、すぐにわかった。
「ま、魔王……?」
「ほう、こんなところに隠れていたのか。愚かな人間よ、命乞いをしても無駄だぞ?」
それはもう、間髪入れず殺されちゃうってことですよね?
いくつかアーティ先生に教えてもらった魔法も、私には何の役にも立たなかった。
こんなことなら言いつけを守らずに、ミリスタの農場でのんびり召喚獣に囲まれて暮らしていればよかった。
「いえ、違うわね……。王都が魔王の手に落ちれば、田舎だからなんて関係ないのよね」
この国で最も栄えた王都が滅びれば、それはもう人間の世界の終わりだということだから。
どこにいようと、人間は魔族に……。
「せめて苦しまずに殺してやろう、小娘……」
「みゃあん」
「あっ! ダメよ、出てきちゃ!」
噂によれば、王都に住んでいたネコ達みんな……魔族に殺されたって聞いた!
その魔族のボスである魔王の目の前に出て来たら……っ!
「貴様は……っ、ね……」
「ダメええええええ! お願い! この子を殺さないでええええ!」
私がネコの命乞いをするのも束の間、肝心のネコは魔王に向かって走って行ってしまった!
殺されちゃう!
私がこの世界に召喚したばっかりに!
私のせいで!
シャッ!
「え」
何が起こった、のか。
一部始終を見ていたんだけど、理解が追いつかない。
頭の整理が……。
「あぁっ! 魔王様!」
「なんてことだ、まだ猫が残っていたなんて!」
ーーえ?
見ると魔王の頬から、赤い血が滴る。
魔族の王様も血は赤いんですね。
いや、そういうことじゃなくて。
えっと、頭の整理をする為にさっき目の前で起きたことを、順を追って思い出していく。
ネコが魔王に駆け寄って、なんかよくわかんないけど怯んだ魔王に飛びついて、前足で魔王の頬を引っ掻くネコ。
そしてこれもなんだかよくわからないんだけど、魔王ともあろう者がそれを避けることもなくマトモに受けて?
ネコの引っ掻き傷でショックを受けて絶句しているところに、手下の魔族が……っていう展開なのよね?
「魔王特攻を持つ猫を、王都から追い出したと思っていたのに!」
はい?
「誰だ、全部王都から猫を排除したって報告した奴は! まだ残ってるじゃないか!」
「いや、確かに全部追い出したって! 数年かけてマタタビやら鮮魚やらでおびき寄せて、辺境の地にまで追いやったって!」
「ここにいるじゃないか、まだ!」
「ねこ……、ねここわい……」
魔王?
魔族達の言葉にあった「魔王特攻」っていう文言が気になるところだけど、私が呆然としている間に主人である私を守ろうと、さっき召喚した召喚獣が他の魔族達に襲いかかっちゃった!
「いや、待って! さすがにあなた達、殺されちゃう! ネコは平気みたいだけど!」
止めたのも束の間だった。
魔族達は召喚獣たちを見るなり、まるで自分より恐ろしいものを前にしたかのように恐怖に慄く。
「ひいいい! かわいいやつ苦手なのに!」
「なんでこんな戦場に、こんなかわいい奴等が! くっ! かわいい!」
ーーえぇ?
もう違う意味でぐうの音も出ない私に、ヨレヨレになった魔王が私に向かって何か言ってきた。
「くっ、お前……っ! まさか我々魔族が最も苦手とする『かわいい系』を出してくるとは! ピンポイントで弱点をついてくるその知略! さてはこの私を唯一恐怖させたアーティ・グラシアスの弟子とは、貴様のことだな!?」
「えっと、あの……お話が全然見えて来ないんですけど? そりゃまぁ、確かに私はアーティ先生の弟子ですが。え、先生をご存知で? 恐怖させたって?」
今思い出しても恐ろしいと言わんばかりに、魔王は頭を抱えながら語り出す。
なんなの、この『久々に会った同郷に自分の最近の出来事を報告する』みたいな感じ。
「あいつは、魔王たるこの私が人間共を殲滅するに至った理由を作った張本人だ!」
「えぇ……?」
「退屈だったから、という理由だけで魔界からこの世界に私を召喚し、私が何に恐怖するのか様々な実験を繰り返し、最終的に魔族の弱点が『かわいい系』だと知った時のあいつの顔……っ! 憎たらしいったらない! あいつの方が悪魔だ、人間じゃない!」
アーティ先生の性格が悪いのは十分知ってますが……。
「え、でも……仮にも魔王、なんですよね? その、強大な力でアーティ先生に反抗とかは?」
「出来るわけないだろう! あいつは魔王である私より、ずっと強大だった! 終始、私がこの世で最も苦手な猫を盾にして来るんだぞ! あいつの顔と猫を思い出す度に、染みついた恐怖心で竦んでしまうんだ!」
全部言ってくれたけど、え……? ちょっと待って?
「全部、アーティ先生が悪いってこと!?」
「にゃ〜ん!」
「ああああああ、だからこっちに来るなああああ!」
***
「さすがはアーティ・グラシアスの弟子! よくぞ魔族の侵攻を退いてくれた! 褒美は何がいいか申してみよ!」
あの後、恐怖の対象であるネコを抱っこして魔王を保護した私は、魔王とある約束を交わした。
それを信じた魔王は魔族達を引き連れて、魔王城へと帰ってくれたわけだけど。
なぜかそれが私の活躍とみなされて、こうして国王に謁見して褒めてもらってるという。
「君があの時召喚したその猫、その子には魔王を退ける不思議な力があったようですね。さすがアーティ君のお弟子さんだ。さぁ、遠慮なくなんでも言っていいんだよ」
私のことを引き止めてくれた初老の男性、王宮に勤める大魔術師なんだそうだ。
活躍したネコを優しく撫でて、目尻がこれでもかというほど垂れ下がっている。
まぁそんなことより、ご褒美の件よね。
それはもう、とっくに決まってる。
「国王の権限で、アーティ先生に魔王を元の魔界に送還するよう命じてください!」
***
国の最高精鋭、騎士団やら魔術士やらが総出でミリスタへと向かう光景を、私は王都の宿屋にあるベランダから見送っていた。
私のそばには、もちろん召喚したネコもいる。
すっかり懐いてくれて嬉しいけれど。
「まさか魔王が猫に弱いだなんてね。王都を攻め落とす為に、魔王の弱点である猫達をみ〜んな追い出しちゃうなんて、酷いことをしたのは許せないけど」
もふもふのネコを抱き上げて、私はもう一人に話しかけた。
「本当に意外だったよ。魔王の弱点が猫ってところも、君が世界的に有名な大召喚士アーティのお弟子さんだなんて」
彼は魔族の侵攻で一命を取り留めたアルベル。
大怪我していたところを、私の召喚獣である子うさぎが見つけてくれて、大事に至らずに済んだ。
命の恩人だと言って、私の護衛をすると突然言い出した時はどうしようかと思ったけど。
ネコもすっかりアルベルに懐いて、そしてアルベルもネコのことが気に入ったのか。
私の護衛というより、ネコと離れるのが嫌そうに見えたから、なぜか護衛の話を了承してしまった。
「ぜ〜んぶ先生が悪いんだから、弟子だと言いふらすのが恥に思えて仕方ないんですけどね」
「ははは、事実を知った時はさすがに目の前が真っ暗になったけどね」
でもまぁあれだけの精鋭に、国王様の命令とあれば。
アーティ先生といえど従うしかない、と思いたい。
「君はこれからどうするんだい? 帰っても大丈夫なのか?」
「う〜ん、気まずいですよね……さすがに」
でもまぁ、先生自身が「もう一人前だろ」って言って卒業みたいな話をしたんだし。
もう縁を切ってもバチは当たらない、わよね?
「ネコがここを気に入ってるんです。美味しいものがたくさんあるし、何よりここは特別猫に寛容みたいだし」
「まぁ数年姿を見せなくなった猫だからね、みんなかわいい動物は大好きさ」
私が今、無事にここでこうしていられるのも、みんなーー全部このネコのおかげ。
魔王に対抗出来る召喚獣を召喚したところでネコが出てきた時はさすがに終わりだって思ったけど、本当に魔王に対抗出来る唯一の存在だったんだから。
私はこのネコに足を向けて寝られないわけで。
「もう少し、考えてみます。この子と一緒に、安心して暮らせるところをゆっくり探しますよ」
「そっか……、そう……か……」
「アルベル?」
「いや、なんでもない」
私はネコを撫でながら、夜空を眺めた。
あったかい。
私は、世界を救った勇者を召喚したんだ。
その勇者の名前は、まだない……。
読んでくださり、ありがとうございます。