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霊戦  作者: 悠布
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7:敬称毒化・危険人物

 身体にまた悪寒が走った。ヤツが戻ってきたのだ。

 だがそれは、最初に取り憑かれた時のような絶望的な死の恐怖ではない。

 心境的には武者震いと言っても差し支えないだろう!

 うぉぉぉ、我の中で()ね!


 ふと見ると、窓の外で湊(ちち)が手を振って、消えていった。


 師匠が、俺の元気そうな様子を確認すると、パタっと倒れる。


「しっ、ししょおぉーー!!」

「……その師匠呼びで、ますます気が抜けるんだけど...」


 ならば仕方ない。呼ぶのは心の中でだけにしよう。


「大丈夫でございますか(かなめ)さま!?」

「敬称とれば、なんとか...」


 敬称でダメージ受けるとか、これ如何(いか)に。


「ちょっと、霊力(気力)渡し過ぎただけだから…」


 そうなのだ。

 夜刀神(やとのかみ)が一時的に抜け出ていった後、「今のうちにエネルギーを回復する」と急いでいる様子の師匠が言うので、俺も慌てて――よくわからないが、エネルギーとやらを受け取ろうとした。

 彼が俺の頭にポンと手を置くと、ギュオオォ……となにかが流れ込んできたのだ。


 師匠は、急いで渡そうとした。

 俺も、慌てて受け取ろうとした。

 さらに、予想以上に俺のエネルギー吸引力が強かったらしい。


 ―――結果的に渡し過ぎて、こうなった。


 アワアワしていると、ずっとこちらの様子を観察していた五峯(いつみね)さんが寄ってきて、師匠の頭にそっと手を触れた。が、


「わっ、わわわ吸われる……!」

 

 すぐにパッと手を離す。

 しかしそれだけで、伏していた師匠がシャキッと身を起こした。


「ありがとう、助かった」

「お、驚きました……。これが霊力ですか…」

「そうそう。玲史くんみたいに、中に悪霊とかを抱えている人とは迂闊に受け渡しできないから気をつけてね」


 はーい、と頷いている彼女に俺はガバッと土下座した。


「し...か、(かなめ)師をお助けくださりありがとうございます! 五峯さま!」

「うっ…、や、矢束(やつか)さんの敬称って、何か呪いでも篭ってるんでしょうか...?」


 なんと!

 五峯さまが胸を押さえて一歩後ずさってしまった。

 ショック!


 床に胡座をかいた師匠が「ふむ」と顎に手を当てる。


「名前とは、ある意味最強の言霊(ことだま)だからね。

 霊能力の強い者に名前を呼ばれるだけで、何らかの現象が起きることもある。玲史くんに、本気で敬称をつけて呼ばれると…強過ぎて毒になるのかもしれない」

「あ〜なるほど。確かにそんな感じですねー」


 二人とも、冗談じゃなかったのか...

 

「だから、これからは誰かを呼ぶときにはそのまま名前で呼んであげた方がいいね。何か後ろにつけると、相手が苦しむかも」


 そんなぁ!

 いまだ学生の身にはキツい…が、しようがない。


 机の引き出しをガサゴソと漁って、真っ白な大きめの缶バッジを取り出すと、ネームペンで「訳あって呼び捨てにします」と記入した。

 それをズボンのベルト付近に装着し、キリッと彼らに向き直る。


「了解です。(かなめ)梨生(りう)


 そして、いきなり過ぎて自分が精神的なダメージを食らい、クッションに倒れ込んだ。



       ◇



「これから1~2週間は、蛇神の影響をほとんど受けずに過ごせるようになったはずだ。だけど霊力は擦り減り続けているから、早めに手を打たなくてはならない」


 ブランコに腰掛けた師匠…要が、パタパタと扇子で自分を扇ぎながら言う。


 あの後、「お邪魔しました〜」「ご馳走さまでした〜」と二人は円満にお(いとま)し、現在3人で近所の公園に居座っている。ちなみに俺は、自室の窓から脱出した。

 

 ブランコ周りの柵の上でテクテクとバランスをとって歩いていた梨生が、こっちを見ておもしろそうに笑った。


「昼間よりも断然、悪霊が奥深くに抑え込まれてますね。

 玲史(れいし)? 今はもう全くと言っていいほど怖くなくなりましたから、そんなに距離をとらなくても大丈夫ですよ」


 微妙に離れた滑り台の上に居た俺は、頷いてシュッと滑り降りる。


 そう言ってもらえて、こちらも少し気が楽になった。

 ただでさえ、さっき、倒れ込んだ先のクッションがふわりと浮き上がってパニックになりかけて落っこちた俺を受け止めてくれた梨生に引け目…というか頭の上がらなさを感じているのに、実に有り難いことである。梨生さまとお呼びしたい。


「救命カリキュラムなんだけど―――」


 要が言いかけて、ふと言葉を切る。

 公園の木立の、茂みの方を見ているようだ。少し遅れて、梨生も同じ方向を注視する。

 

「…何か来ましたね?」

「玲史に引き寄せられてるね」


 良くないオバケか何かが寄ってきたのだろうが、俺には何も感じられない。

 

「丁度いいや、梨生、さっきは使う機会のなかったアレをやってみるといい」

「...そうですね。練習台になってもらいます」


 彼女が柵を降りて、茂みの方に歩いていく。

 

 何が起きるんだろう。アレってなんだ?

 ああ、見えないのが口惜しい。漫画だと、霊感の無い奴が視えるようになる眼鏡とかあるのに。現実にもあったら欲しいなー。


 梨生は立ち止まると、両手を左腰にやった。

 握った左手に、右手の指を包んで…揃えた人差し指と中指を抜き放ち、目の前、横一文字に滑らせる。


(りん)


 次いで、縦、横、縦、横……と、何度も指が空を切る。


(びょう)(とう)(しゃ)(かい)(じん)(れつ)(ざい)(ぜん)


 ...やべぇ、九字じゃないっすか。

 要に指示されたという事は、ホンモノが、ホンモノに向かってマジの九字を切ってる!

 あぁぁぁ、リアルで見た感動で語彙力が消失する。


 滑り台の下の砂場の砂が、砂嵐(ストーム)のように俺の周りを飛び交っているのが鬱陶しい。

 

 この感激をどう伝えればいいのだ!

 もはや我が人生に悔いなし。もう死んでもいい……いや、ダメダメダメ。


 

 あれ? というように首を傾げた梨生が、一拍置いて何か思い出したようだ。少し考えて、


()


 右手を、斜めに振り下ろした。

 

 そしてホッとしたように前を見やった後、右手を左腰に戻してから、くるりと振り返る。


「できました」

「お見事」

「見えなかったあぁぁーー!

 今の何ですか、何が来てたんすか!?」


 今ほど、霊感の無さを残念に思ったことはない。

 無い方がいいって言われるけどさ、自分に無い物って欲しいよな!?


「玲史、落ち着いて」


 いつの間にか近くに来ていた要が、肩を軽く叩いた。

 ハッすると、二つ並んだ無人のブランコが暴れ狂っている。俺の仕業か。


「見えないだけで、君にも同じことができるから。

 建物飛ばしたこと、もう忘れたでしょ」

「はっ…」


 高く跳ね上がったブランコが力を失って、スン…と落ちた。

 次の瞬間、再び跳ね上がり、一回転する。


「ししょおぉぁぉーー!!」

「わかった、わかった。

 …因みに、さっきのはネズミの妖怪」


 ガクッと膝から力が抜けながらも、師…要が話を再開する。


「霊能力を鍛える、ってね、ようは俗世の穢れを払い落とすことで余計な雑念や欲を消し去って、その上で本来使える力を、どれだけ正しい方向から引き出せるか、って事なんだ」

「...?」


「その力は戸棚に収納されているとする。

 当然、力の大きさや量に個人差はあるよ。引き出しの数・容量・向きや形も違うし、中に宝石が詰まっているのに、取っ手が無い人も居る」

「取っ手…」


 開かずの金庫みたいなものか?


「玲史の戸棚はとても巨大なんだけど、さらにその上、実は宝石の原石がゴロゴロ出る鉱山の中に置いてあった。引き出しても引き出しても、常にじわじわと供給され続けているんだ」


 わかりやすい。

 つまり―――


「俺の戸棚のすぐ隣に居座った夜刀神(やとのかみ)に向けて、引き出しとか関係なく、棚の一部を突き破って中の宝石が殺到した…と」


「さすがに呑み込みが早いね。そう。

 対象の力が弱まった今は、勢いが衰えぬまま流出し続けていた宝石が行き場を無くして、感情の昂ぶりを引き金にして時々弾け飛んでいる。それが、物体浮遊や発火現象。ついでに敬称言霊(ことだま)も」


 理解してきた気がする。


「これから、引き出しを拡張したり取っ手をつけたり、ガタつきを減らしてスムーズに出し入れできる作業を行う。

 そして思う存分、蛇神の弱点となる宝石をぶつけてやればいいし、ズレた拝殿もちょちょいと戻せるようになる」


「わかりました! ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」

「承った。

 ……ついでに梨生、君も一緒にやろう。荒削りのままでは勿体ない。こういうのは、仲間が居た方がいいからね」


 ブランコのポールに登って、回転して上に巻き付いた鎖と板を戻してくれていた梨生が、驚いたのかズルリと落ちかけた。

 しかし地面に落下する前に、要の能力(ちから)によって空中で支えられる。


「空、飛べるようになるかもよ?」

「わかりました。ぜひ私も、よろしくお願いします」


 げんき…元気だな。同輩ができて嬉しいぜ。


「じゃあ明日から暫く出かけるから、二人ともとりあえず1週間以上の旅行の準備をしておいて。

 玲史はこれからも部屋の清潔さを保つように」


 こりゃまた急な。

 夏休みを機に、丁度バイトを辞めておいてよかった。


 梨生が少しだけ困ったような顔をしている。

 それを見た要も、やや眉を下げた。


「ごめん。さすがに女の子には急過ぎる話だったかな」

「あ、いえ、それは平気なのですが。

 ペットのリスを、どうしようかと…」


 急な外泊に際して発生する、ペットのお留守番問題。

 しかし、リスか。

 フフフ……なんて都合の良い!


「リスなら(うち)で預かれるぜ。

 なにしろ――」


 暫く前、家で「ペットの小動物を飼おう!」となった時、家族全員がそれぞれ違う種類の動物の主張をした。各自が過去に飼ったことのある種をもう一度飼いたい、や、初めての種類に挑戦してみたい、など…飼い方を入念に調べて1週間に渡り毎晩繰り返された入念な議論の結果、残念ながらも第二候補として落選してしまったのがリスだ。

 短期間、預かれるのなら、父も母も喜んで迎えてくれるだろう。


 それを説明すると、梨生がホッとしたように表情を緩めた。


「ご迷惑でなければ...お願いしても、宜しいでしょうか?」

「もちろん。ちょっと待って...」


 スマホを取り出し、家族のグループLIMEにてその旨を軽く伝えると、すぐに「ウェルカム!♪」と返信が来た。


 スマホをしまい、真顔で両手でサムズアップする。

 

 

 問題は一瞬で解決した。

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