表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
霊戦  作者: 悠布
7/36

5:建物飛ばし

 間に合う!


 それを聞いて力が抜けた。

 よろよろと壁際まで後退し、背中を滑らせて座り込む。


 プシュウゥゥ...


「死ぬかと思った……」

「ということで(かなめ)、彼を生かして差し上げなさい」

「えっ、…僕が?」


 要さんは困惑したように父を見る。


「自分が一度(はらい)を仕切って始めた以上、最後まで責任を持つこと」

「それは、そうだけど……」


 な、何が問題なんだろう。

 この界隈に(うと)過ぎてわからん。


 壁際でポケッと呆けていた俺の元に、この神社の宮司さんがやってきた。


「君に取り憑いている蛇神は、おそらく誰がお祓いを試みても取れない。それはジャージのお方も同じだ。

 ...だから、君本人が短期間で霊能力の制御を身に付けて、相手を(ぎょ)そうという話なんだけど…

 そのとても難しい事を、息子さんにやれと言っているわけだ」


 なるほど。

 今も湊父の表情は、先生(きょうし)の顔のままだ。

 

 得難き教材の務めとして、大人しくしていよう。

 しかし、霊能力の制御か。無闇に物を飛ばしたり燃やしたりせずに、内部の敵だけなんとかする能力を身につける、って事だよな。


 さっきも感激している時に、それを妨げる縄があったから思わず「これが無ければいいのに」と感じた。

 それだけで発火するとか、怖すぎね?

 そんな奴を教育するとか、難題だわ。


 常に燃えにくい繊維の服を着て、ヘルメットでも被るべきだろうか。

 存在するだけで脅威、か。

 普通にあっさり死んでいた方が、誰にも迷惑掛けなかったかな。


「違いますよ。これはチャンスなんです」


 五峯(いつみね)さんの声がした。

 また心を読まれた? やっぱ霊能力=超能力なんじゃ…


「貴方が通常のようにたちまち取り殺されていれば、夜刀神(やとのかみ)は大幅に力を増した後、再び世に放たれていた。

 しかし理由はわかりませんが、ソレは今、貴方に囚われて逃げ出す事ができない。

 凄いことをやっているんだと自覚してください」


 彼女を見ると、水鉄砲とバケツを構えて笑っていた。


「無理に感情を抑えなくてもいいですよ。

 物が飛び交っても、各所が同時発火しても。矢束(やつか)さんに近づいても消耗しない私が、できる限りなんとかしてみせます。

 ――運動神経だけは、自信がありますから」


 じんわりと目頭が暖かくなった。

 感謝・喜び――「正」の感情が膨れ上がる。抑えなくていいとは言われたが、これは...抑えられない。


 しょうがないよな。

 だってまだ、修行してないんだから。

 使い過ぎると寿命が縮まるみたいだが、少しくらいなら。


 死ぬと言われ、死なないと言われ。

 居ない方が良いと思ったら、存在を肯定されて。

 短い間だが、抑え込んでいた感情を素直に、表に―――


 ゴゴゴゴゴ……

 ミシミシミシ……バキッ


 と、拝殿が揺れた。地震か!?


 細かい振動は無いのに、床が大きく上下左右に揺れ動いている。どういうこと!?

 立っていた人達がしゃがみ込み、驚いたように俺を見ている。


「これは凄い...

 こんな所に、建物を浮かばせる人間が存在しようとは…」

「父さん、喜んでる場合じゃないだろ。

 無意識ってことは、着地が...」

「さすがにコレをなんとかするのは無理ですーー!

 前言撤回させていただきます。

 謝ってももう遅いけど、ごめんなさい!」


 嘘だろ、俺が拝殿を宙に飛ばしてる、って?


 ―――いや。

 認めざるを得ない。確かに、俺が浮かばせていることがわかる(・・・)。なんとなく。



 人的被害を出すわけにはいかない。

 ...外からよく見て、元の位置に戻さねば。


 思うと同時に立ち上がり、入り口に向かって駆け出していた。

 開いたままの扉を迷う事なく通過し、下に落ちる事なく(・・・・・・・・)、振り返る。



 拝殿は10メートルほど、宙に浮かび上がっていた。

 今にも、後ろに控える本殿の屋根と接触しそうだ。


 ゆっくりと下に降ろしたいが…どうやれば動くのか、わからない。下手に「降りろ!」とか念じれば、勢いよく墜落してしまいそうだ。


 ――焦るな。焦ると、もっと上に飛ぶかもしれない。



 困っていると、俺を追うように白い人影が飛んできた。

 要さんだ。人間って、飛べるんだな...


 彼は俺の背中に片手を当てて、落ち着いた声音で告げる。


「今なら制御できるはず。

 動かしたいように、ゆっくりとイメージしてごらん」


 頷いて、掌を上に向けて片目を瞑った。

 建物の基部が掌の上に乗っかるようなイメージで、崩壊することのないように、重量を下に集める。


 そうとも、ミニチュア拝殿が俺の掌の上にあるだけだ。

 後はそれを、丁寧に下へ下へと...


 心臓がバクバクしているのを必死に気にしないようにして、絶対に取り乱さないように集中する。


 失敗したら中の人が死ぬなんて、考えない。

 大丈夫。


 

 ―――動き始めた。

 …斜め下へと。


「まっ、真下に行かない...!」

「じゃあ、逆の…右下へ降ろすつもりで」


 右下、右下……

 

 流れに逆らおうとしたのがいけなかったのか、動きが止まってしまった。

 …ヤバい、ストレスで叫び出したい。


「いざとなれば、中の父が全員を助けられる。

 だから落ち着いて、建物を降ろすことだけを考えて」

「わ、わかった」

 

 それを聞くと、少し気が楽になった。

 同時に、無駄に(りき)んでいた力がスッと抜け、スムーズに建物への流れの道(・・・・)が繋がる。


 動かしやすい。

 ラジコン機能が付与されたようだ。


 徐々に、右下に降下させ始める。

 やや水平に回転もしてしまったので、向きを戻して――しまった、戻しすぎた。

 入口が斜めを通り越して、真後ろを向いた!


 ああ、でも今は安全な降下が最優先だ。いつ自分のコントロールが利かなくなるとも限らないし。

 

 一回転させて戻そう。

 反時計回りに捻りつつ、元の位置にゆっくりと...着地。


 ズン……

 

 と地響きを立てながら、拝殿は無事に元の位置に着陸した。入口が斜め左に30°曲がって正面を向いてしまったが。


「ふおぉぉぉぉ...」

「よく頑張ったね」


 心臓がバクバクし過ぎて止まりそう。非常に体に悪そうな勢いで猛り狂っている。


 俺もふわーっと降りて、そのまま地面にへたり込んでしまった。

 続いて降りてきた要さんを見上げて、ぼそっと呟く。


「人間、飛べたんすね…」

「手段さえあれば、ね」


 向きがズレた建物の入り口から、中の人たちが出てきた。

 皆、やや興奮しているように見える。楽しそう。


「思わぬ空中浮遊を体験してしまった」

「いやぁ、駆け付けた甲斐がありましたよ」

「最近の日本で、建物飛ばした奴いたっけ?」

「将来有望だねー、矢束くん」


 建造物を飛ばすと将来有望なのか。

 超危険人物だと思うけど…


「驚かせてすみませんでした!

 拝殿の向きを変えてしまって申し訳ありません!」


 ガバッと頭を下げる。

 真っ直ぐに本殿を拝めなくなってしまった。


「いやぁ、いいよいいよ! 気にしないで。

 すぐに、余裕で元に戻せるようになるだろうから」


 あ、やっぱり俺が戻すんだ。

 やらせていただきますとも。


 少し迷うように何やら考えていた五峯さんが、宮司さんの前に進み出た。


「矢束さんに、無責任にも「感情を抑えなくていい」なんて言ってしまったのは自分です。私にも…拝殿を正しく配置し直す義務があります。

 ですから、それまで彼のお手伝いをしたいと思います」


「了解~

 特別ボーナス出そう」

「えっ!?

 あ、ありがとうございます!?」


 なんだか平和に事が進んでいるぞ。

 湊父が、要さんの肩をポンポンと叩く。


「じゃあ要、頑張るのだぞ」

「......」


 彼は非常に複雑そうな、迷うような表情を見せていたが――やがて小さく頷く。


「それから、矢束くん。物の存在価値とは、どうやって決まると思う?」

「? ええと...貴重さ×役立ち具合、ですかね…?」


 唐突な質問に咄嗟に答えるも、彼が求めていた解答ができた気はしない。


「なかなか合理的な答えだ。

 ――では、生存への健闘を祈る!」


 湊父は「バァイ」と手を振ると、夕闇の中に溶けるように歩み去っていった。



       ◇



 俺は現在、家までの帰り道を、要さんと五峯さんを伴って歩いている。

 あの後、


「まずはどうすればいいのですか、師匠!」


 と拝んだら、「部屋の掃除から」と彼に言われ、「掃除ならバリバリお手伝いできます」と彼女に言われ、今に至る。


 この時間なら、家族はもう帰ってきているだろう。

 二人の事をなんと説明したものか...


 俺が、服の後ろが土でドロドロで帰ってくるのも変なのに。友達をほとんど家に招いたことの無い息子が、いきなり変な格好の青年と女の子を連れてきたら...


「なんと説明したものでしょうか、師匠……」

「その師匠呼びと敬語をとれば、更なる混乱は招かなくて済むと思う」

「私のことはそのまま説明してください。お掃除のバイトだと」

「男子大学生が、実家の自分の部屋に清掃バイト頼みます!?」


 聞いたら、五峯さんの名前は「梨生(りう)」さんで、一人暮らしの大学1年生だと。

 (かなめ)師匠は学校には通っていないそうだが、学年で言えば3、4年生くらいだと思う。


 悩んでいるうちに、家に着いてしまった。

 もういいや、なるようになれ...



 鍵を開けて玄関に入ると、母親が出迎えてくれた。


「遅かったわね。旅行から帰った後、そのままどこかに行ってたの?

―――あら? お友達?」

「…そう。神社で滑って転んだら、助けてもらった。

 神社でコケると寿命が縮まるらしくって、ちょっと部屋片付けてお祓いするから…バタバタするかも」


 あらぁ、まあ~~と、母は二人に向き直る。


「うちの愚息がお世話になります~。

 ささ、どうぞ上がってください~」

「お邪魔します」

「失礼します」


 意外とイケた。



 2階の自室へ上がろうとして、ふと、要が立ち止まっていることに気付く。

 仏間の方を見ているようだ。


「...ちょっと向こう、行ってみていいかな?」

「どうぞどうぞ」


 ついていくと、案の定仏間に入った。

 彼が見上げているのは、仏壇ではなくその上の神棚だ。

 

 ――榊が、両方とも完全に枯れている。特に右の方は、禍々しささえ感じられるほど真っ黒に干からびていた。


 要はおもむろに浮き上がると、神棚の扉を全てパカパカと開ける。

 踏み台の必要が無いって便利だな。


「やっぱり」


 中の御札を3枚全て取り出す。

 見るとそれらは、濡れた後のように半紙がふやけて縮れ、朱と黒の墨が広がって文字が滲んでいた。


 床に降り立ち、俺に御札を渡してくる。


「まだ半年以上残ってるけど、今年の御札はもう使えない。

 新しいものに替えるといい」

「ひぇぇ……これは…俺を護ろうとしてくれたんで…?」

「そうだね。夜刀神(やとのかみ)に反発したけど、敵わなかったんだろう」


 手の中の御札を見る。

 申し訳ない、せめて炎で浄化したい、年末のお焚き上げまで待てないな...


 思ったら、ボッ! と発火した。


 吃驚して立ち尽くす俺の足元に、タオルのような布が投げつけられ――次の瞬間には、燃える御札が水を浴びて鎮火していた。

 ポタポタと垂れて落ちる水を、床のタオルが自動的に吸収している。


 顔を上げると、水鉄砲を構えた五峯さんが笑っていた。


「この程度なら、いつでもどうぞ」

「はっ…はぃ……」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ