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霊戦  作者: 悠布
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2:早期発見は正解

 ふと目を覚ますと、畳の上に寝転がっていた。

 着ていた薄い上着とジーンズが脱がされ、Tシャツと下穿きの上から白い着物を軽く着せ掛けられている。


 し、死装束(しにしょうぞく)か!?

 俺、死んだ…!?


 慌てて周囲を見渡すと、着物を着た人たちがワヤワヤと動き回り、俺が目覚めたことに驚いている様子だ。


 ...やっぱり、死んでたんだ!

 通夜?の割には親戚が一人もいないのが不思議だけど。


 あー、生き返って良かった…

 大学2年で死ぬとか、さすがに夭逝もいいところだ。

 

 

 身体を起こしてホッとしていると、数人が集まってきた。

 その中の一人が、問いかけてくる。


「覚えているかな?

 君、どえらいものを背負って鳥居の下で力尽きてたらしいんだけど…

 それを取って欲しくて、神社に駆け込んだ…って事でOK?」


「……はい、そうです!

 いつのまにか、服まで替えていただいたようで…ありがとうございます!」


 どうやら通夜ではなかったようだ。

 とすると、ここはまだ神社の何処かか。


 さっきより慌ただしい雰囲気というか...大事になっている気がする。

 普段は閑散としている、近所の神社。その拝殿が解放され、人が集まっているのは…まず間違いなく俺が原因なのだろう。

 やはり先程のアレだけで取れるわけがなかったか。


 とんでもないお祓い代を要求されたらどうしよう...

 

 身体が少し楽になっていた事で、色々と考える余裕が出てきた。

 偉そうな着物の人たちを見回して不安げな表情を浮かべた俺の心配を的確に感じ取ったのか、さっきも見た霧吹き女子が安心させるように微笑んだ。


初穂料(はつほりょう)…お祓いの代金のことなら、大丈夫ですよ。

 珍しいほど強力な相手なので、皆さん興味本位で駆け付けているようですから」

「そうだ。心配するな、哀れな若者から金をぶん取ろうとは思わん。

 ――普通はとるけどな。今回は自分たちの勉強料だ」


 それは、喜んでいいのだろうか...

 ――うん。喜ぼう!


 ちょっとクラッとしつつも立ち上がり、四方に頭を下げた。


「ご挨拶が遅れました、矢束(やつか)玲史(れいし)と申します。

 コレは、茨城の山に行った時に拾ってきてしまったようです。

 状況はいまだよくわかりませんが…皆さま、ご協力ありがとうございます。

 どうかなんなりとご質問・ご指導ください!」


 言い終えると同時に自分の右手が勝手に動き、ガッと喉を掴んだ。

 

「ぐえっ……」


 なんたることだ、油断したぜ!


 急いで、左手で右手を引き剥がそうと対抗する。

 周囲が騒がしくなり、なんか様々な…英語やら祝詞やらお経やら呪文が聞こえ、お札やら数珠やら水やら十字架が投げつけられた。


 その効果だろう、やがて右手の力が弱まり、左手が勝利した。

 

 いや~ビビった。

 参っちゃうね、こりゃ...


 ケホケホと噎せながら、座り込む。

 念のため、しばらく両手の指は組んでおこう。


「大丈夫かい?」

「はい。お陰様で」


 今までコレと一人で戦っていたからな。

 すぐに助けの手が差し伸べられることが、どれほど有難いか。


 その様子を見ていた人たちの何人かが、それぞれ電話をかけ始めた。誰かに出動要請をお願いしているようだ。まだ増えるのだろうか...なんてありがたや…

 


 拝殿の外に吊るされた大きな鈴の前まで、時々参拝者が訪れている。

 彼らは例外無く、騒然とした中の様子を呆気にとられた表情で見やり、白い着物で座り込んでいる場違いな俺を気の毒そうに眺めて去っていった。察しいいな、皆さん。


 Gジャンの男性が、膝をついて目線を合わせてくる。


「矢束くん、だったか。茨城の山で拾ったと言ったね。

 詳しいことを説明できるかな?」

「はい。ええと、今から3日前に...」


 夏休みに入ったばかりの、3日前のこと。茨城県の山村部へと、プチ一人旅を決行したのだ。

 特に理由は無い。強いて言えば、行ったことが無い場所だから…だろうか。

 小さな旅館に宿をとり、2泊ほど、のんびりと未踏の地を散策した。

 

 軽めの山道をハイキング気分で進むうちに、一つの祠を発見した。別に、禍々しい嫌な雰囲気は全く無かった。

 なんだろうな、祠の石の裏に何か文字でも彫ってあるかな?

 と、何の気なしに近づいて――


 背中を凄まじい悪寒が駆け抜けると同時に、本能的に理解した。

 「ナニカに憑かれた」と。


 普通に見える祠をエサに、ソレが罠を張っていたのかもしれない、と今なら推測できる。

 知らぬうちに、ソレの力が及ぶ領域に足を踏み入れていたのだ。



 俺の判断は早かった。自分でもよくやったと思う。

 急いで山を駆け降り、常に人目のある場所に居続けることを心がけた。一人で居たかったけど。

 地元の人に、あの祠について知っていることはないかと軽く質問し…何も収穫が得られないことがわかると、直ちに旅行を切り上げて埼玉県に帰還した。


 その間も、結構しんどかった。

 自分の意思とは関係のない、別の希死念慮が流れ込んでくるのだ。


 電車を見れば飛び込みたくなるわ、車を見れば前に飛び出したくなるわ。

 階段からは足が勝手に落ちようとするし、赤信号で立ち止まるのが非常にキツい。

 丈夫なロープが輝いて見え、うっかり舌を噛みそうになる。


 一時も、油断ができなかった。


 自宅に戻り、やっと一息ついてほっと気を緩めると同時に、足が台所へ向かって歩いている事に気付く。


 だ、台所!?

 つまりアレだよな、包丁だよな!?


 いかん!


 と、咄嗟に前に倒れた。これで、立ち上がらなければ歩けない。

 ―――が、いつまでもこの状態ではいられない。


 必死に、神棚と仏壇のある部屋まで這いずっていった。

 戸を開けると同時に、頭痛が増す。

 

 ―――ソレが、嫌がっている。

 ならば。


 スマホで「近所でお祓いができる神社」を探した。

 何度も検索エンジンが落ちたが、なんとかヒットする。


 ...ってココ、うちから一番近い神社じゃん!

 初詣でもお世話になっている、家の氏神様だ。


 よし、行こう。



 ―――そうして力を振り絞って身体を制御して雲訪(くもわ)神社に辿り着き、今に至る。



 説明を終えると、いつのまにか俺の周囲に散らばった数珠や十字架が黒ずんでいた。

 紙のお札は存在自体が消失し、かけられた水も蒸発している。


 こわぁ…


「ありがとう、詳しく話してくれて。

 ――君の判断は正しかったよ、常に最善を選んできたと言ってもいい。

 しかし、よくそれができたね。思念にも影響を受けていただろうに」


 労ってくれた人が、不思議そうに聞いてくる。

 ああ、それは。


「自分自身の意思は、無事なんですよ。邪悪な別の思念が身体を乗っ取ろうとしてくるだけで。

 だから…「やりたくない」と思うことを、敢えて選んできました」


 先程、御神酒を飲んだ時に読み上げた簡易祝詞だって、目に入った瞬間不快指数が跳ね上がったからこそ敢えて頑張って唱えたのだ。

 今だって、説明したくないから逆に頑張っている。


 ...本当は、すぐにでも着物を脱ぎ捨てて神社を飛び出したい。十字架を蹴散らし、数珠を引きちぎりたい。

 触りたくはないけどな。――って、なんという悪魔的思考回路!


 …だが、そうしてやんないもんね~~!

 ざまぁみろ、苦しめ悪霊!

 俺も辛いがな!


 ヒヒヒ…と笑っていると、俺の側に数人を残して、何人かが席を外していった。



       ◇



「こりゃまた、凄いモンが来ましたなぁ」

「どちらも、な。あの坊主も、本人は無自覚だが…普通じゃない」

「ヤツも運が悪かったの。これまで、絶対の自信があったから油断したのじゃろう」

「やはり出す(・・)だけでは駄目ですね、祓わないと。

 あの強靭な彼以外の人間が次に憑かれたら、まず()たないでしょうから」


 拝殿の外で、数人が話し合っている。


「しかし、アレは何でしょうね…鬼や妖怪の(たぐい)と少し似た雰囲気ですな」

「山の自然霊とも違う。悪意を向けた訳でも、禁忌に触れたわけでもないからな」

「塩はともかく、十字架まで嫌がった所を見るに…少なくとも、普通の動物霊ではない」

「ヘビっぽいんですけどねぇ。知性は人霊並み以上な気もしますが」


 にしても。

 と、彼らはため息をついた。


「規模が違う」

「たった1時間ほどで、1週間分以上の通常霊力を消耗してしまいましたよ」

「物凄い濃度・高純度だったねー…。ゴリゴリ削られた」

「アレでは、その辺の低級霊なんて近づけもしないのー」


 霊にも危ないが、人にも危ない。

 中途半端な霊能力者では、自身のエネルギーまで持っていかれて危険だ。

 それを避けるには、彼への対応を、高次の霊能力者に限るか...もしくは。


「まさか敢えて、霊感が弱い者を求めることになろうとは。

 」

「そうですね。我々では、あまり役に立ちそうにない。

 ――祓うのは結構、得意な方なんですけどねぇ」

「足を引っ張らないためにも、繋ぎの役目に徹しよう」

「取り合えず、敵の正体を正確に看過できるくらいの人の到着を待ちましょう」


 彼らの名誉のためにしっかりと記述しておくが、今集まっている者達の実力が乏しいわけではない。

 緊急招集されたことからもわかるように、通常ならば各個人で大抵の除霊・憑き物落としを余裕で完遂する技量(レベル)の人々である。相手が何なのかを誰も把握できないという状況も、異例であった。




 扉を開けて、宮司が拝殿内に戻ってきた。

 五峯(いつみね)に向かって、両手を合わせる。


「五峯ちゃん、彼に一番近づけるのは、やはり君のようだ。

 いざという時には、色々とヨロシクね!」

「私、ただのお掃除助勤(バイト)です~!」


 間髪入れずに叫んで返した彼女だが、あまり説得力は無かった。


 何しろ、玲史の周囲に散らばった数珠や十字架の残骸を、一番近距離にて拾い集めていたのだから。

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