34:修了
「…浄化とは?」
「それが、僕にもよくわからないんだよね。まだ生きてるから」
そりゃそうだが…
とにかく天国へ行ったかの有無で線引きするのか。
微笑んだ要は砂浜の砂を掴んで、指の隙間からサラサラと落としている。
「海は穢れを祓う。
だから無意識に未浄化の霊が引き寄せられたりもするんだけど、その意味の浄化と天へ上がる事は違うみたいだよ」
「...浄霊って、幽霊を天国へ上げることだと聞きました。要は、浄霊部門でも鬼級なんすよね? 確か」
俺の言葉に、彼は目を丸くした。
「…ひょっとして、拝連入った?」
「バイトですけど。……言ってませんでした?」
「うん」
要のお母さんに本部に行けと言われたんだが、伝わっていなかったのか。
「一言で「天」と言っても、何階層もあるし次界の違いもある。なんなら、一人一人で天国の在り方も異なる。
だから生きている者が覗ける部分なんて、極一部にも満たないんだ」
......。
わからん。
「世界は複雑だということがわかりました」
「そう、僕もその程度だよ。
謎の解明という楽しみが死後に待っているかと思うと、わくわくしない?」
「俺が死んだら、千人越えの大移動っすからねぇ。
わくわくというより、迷子を出さないかハラハラかと…」
何気なく話した内容に、要が訝しげに首を傾げる。
「…千人?」
あぁ、それもまだ言っていなかったか。
「この第三の眼が窓になって、中から――…」
「できましたー! 向こうのシャキッとした霊たちだけ、視えます!」
溌剌とした明るい声で、天国談義はストップした。
梨生が左目を片手で覆って、右目だけで海面を見ている。
「お盆帰省の霊たちのみ、見えるようになりました。
以前より明らかに視え過ぎてますけど、まぁ…大丈夫でしょう」
...サングラスを使う手法もそうだが、この子、発想が凄いんだよな。実際にそれを為してしまう実力とセンスはもっと跳んでると思う、多分。
「流石。最初なら普通は、現世に近い霊体の方が視え易いんだけど…逆から成功したね」
「そっちの方が元々、多少見えやすかったので。…と言っても、害悪な霊体しか殆どわからなかったんですけどね」
要が褒めると梨生はことも無げに言ってのけたが、久しぶりに麻多智が、
[低級霊より浄化霊が視え、害の有無も無意識に判別してのけるか。ほほぅ...]
と喋っていたので、つまり、ほほぅレベルの案件なのだろう。
――…それよりも。
梨生の周囲に、未浄化霊たちが沢山集まってきている。さっきオフにするまでは何事もなかったのに。
救いを求めるように手を差し伸ばしながらも彼女の結界に容易く阻まれ、表情は見えないが悲しげに折り重なっていく。
波打ち際からも複数の手が伸びており、軽くホラーだ。
こういうの、どこかで見たことのあるような光景だな。実際に目の当たりにすると、漂う悲壮感が凄い。
要と…特に俺の傍に寄り付かないのは何故だ。向こうの方が、良い香りでもするのだろうか。
「この現象は一体…」
「霊能力を上げると、見た通りに、彷徨う浮遊霊が救いを求めて集まったり憑依しやすくなる。だけど梨生の場合はおそらく、今まで意図せず視線で蹴散らしていたんだろう」
――想像すると、ちょっとウケるかもしれない。
「なるほど。...俺と、要は…?」
「僕は、霊の興味を引きにくいステルスを使ってるから。君は、ほら…恐れられてるみたいだよ?」
はい、わかってました。何故か引かれているのは。
こちらの会話に首を傾げた梨生が視え方を元に戻したのか、周囲を見回してギョッとしている。
「うわーっ、えー…、マジですか…」
「まじ。そろそろ戻ろうか」
「そうですね。いくら結界があっても、あまり気分の良いものではありませんし」
要に従ってあっさり踵を返した梨生に、霊たちの悲壮感が増す。
……なんかちょっと、可哀想だな。どうにかしてあげられないのだろうか。
そう思った瞬間、彼らが一斉にこちらを振り向いた。
「――え?」
空気が、揺れた。
梨生の周りにいた霊だけでなく、離れた所や海の中からも、何十体、百何十体もの未浄化霊たちが押し寄せてくる。
(aaauaa...!)
(oouoooou...!!)
(iiiiie……!)
何重にも結界に折り重なってもなお透明な彼らを透かした先に、驚いたようにこちらを見る梨生と、静かに振り返った要が目に映る。
「力があるから恐れられる。
そんな君が同情したら、本当に助けてもらえるかもしれないと、縋ってしまうよね」
要の言葉は、霊に向けられていた。
次いで俺に視線を向けた彼の表情は、何を思っているのか計れない。
「生者と死者への対応は、基本的には違う。
憐れみを向けるだけでも、良くない。玲史、彼ら全員を上げられる?」
天国へ導いて、成仏させるって事か?
…全員を?
......。
「…無理です。できたとしても...やりません」
キリがない。
それに…理由も無く一度でも前例を作るのは、良くない気がする。
「梨生は、わかってたね」
「――存在しないモノの声は聞くべきではないと、教えられていただけです」
複雑そうに眉を寄せている彼女の態度は珍しい。
要が線香を取り出して火をつけ、地面に置いた。
煙は風に流され、あっという間に横に吹き飛んでいく。
だが、浮遊霊たちの何割かが、煙の行く先に興味を持ったのかフラフラと離れて行きつつある。
「バイトって言ったけど。被憑と…使役もかな?
それ以外のどこに登録させられた?」
「除霊だけです。今にも他が増えそうな状況っすけど、なぜか止まってます」
毎日本部に出向いているわけじゃないが、行くたびに接触しようとしてくる人が居て、同時にその邪魔も入る謎の状況である。
それを聞き、彼は少し安心したように息を吐いた。
「――本宮さんに感謝だ。
玲史。拝連が人手不足なのは確かだけど、慣れるまでは他の部署の登録は控えた方がいい。
明日にでも僕の徒弟として申請しておくから、そうしたら勧誘は止むだろう。自分からやりたくなった時に、僕に言ってくれればいいから」
「はい...あの、徒弟とは…」
「不慣れな者を守るための保護者システムみたいなものかな。勿論、いつでも解除できるよ」
要に後光が差して見える。
我が師、最高。smartでcool、実に推せる。
「ありがとうございます!
…てことはつまり――要が俺の公認の師ということでOKな感じっすか!?」
「えっ…まぁ、うん、一応...」
食い気味の勢いに押されてか、一歩下がってしまったが、言質はとった。
あんぐりと口を開けて戦慄と震えていた梨生に、とびきりのドヤ顔でVサインを突き出す。
「どや!!」
「ずっ…ずるいです、つまりピヨちゃん認定じゃないですか!
こんなんでま…負けるなんて……」
俺と梨生は、要の生徒としての同輩仲間である。
実は最初、「どちらが先に卒業認定されるか」という題目で密かに競っていた。
しかし徐々に、二人して要の推し仲間へとなる。
それにより「卒業より、(優秀な)弟子として認められた方が良くね?」と主題が変化し、今に至る。
ルールは一つ。自らで言い出さないことのみ。
「ヒナでもタマゴでもいい、公式発表は絶対だぜ!」
「うー! …もう、貴方たちが原因ですよ!?」
俺の周りに残っていた浮遊霊たちを彼女がキッと睨み、その一射でほぼ全員が揺らいで四散した。強ぇ…
瞬きして呆気にとられていた要が、ふわっと笑った。
「なに、先に「弟子だ」って言われる競争でもしてたの?」
うっ。
本人に面と向かって言われると、かなり恥ずい。
せめて、もう一つの秘密だけは墓場まで持っていこう。そしてその後も、絶対に成仏する。
「あ、いえ、まぁ…ハイ…」
「...二人とも、優良印で修了だよって言おうとしてたんだけど……」
「「え゛っ!!」」
なにその勿体ないお言葉。
勿体なさ過ぎて、というか過分で俺の方には似合わないじゃろがい。
唐突な宣言に、まるで留年(留週)を望んでいるかのような反応をしてしまったじゃないか。梨生もだけど。
「…嫌だった?
最後におね…お題付きで、下そうと思ってたんだけどな」
「滅相もないです、是非」
「恐縮して萎縮しちゃっただけです。大変お世話になりました」
ラスト課題プリーズ!
要は俺たちの反応に、何度も吹き出しそうになっている。
「じゃあ。玲史は義務、梨生は努力義務で。
―――僕に対する敬語を止めること」
...。
課…題か? お題って言ったな…
尊敬する先輩&先生&推しへの敬語を、とれと…? そんな殺生な。
できなければ…彼の希望にもまた、応えられないと……?
なっ、なんという、ラストに相応しい難易度。
…てか、梨生が羨ましいな!?
「わか、りました。努力す、します」
流れるようにしれっと述べる彼女の顔に「努力しません」と書いてある。
そのドヤ顔のまま俺を見て、フッ…と微笑む。
「小賢しい手で勝利した報いです」
「ひどっ!?」
要は、向こうの海の方へと顔を背けてしまっている。
まぁ梨生は敬語がスタンダードっぽいからな。仕方ないのか…?
――見方を変えよう。
崇敬する実在の推しから、タメにせよと言われた。
…あれ? 最高じゃね? ひょっとしてコレ。
二次元では実現できない激レア案件かもしれない。
我が幸運に感謝しよう。ありがとう世界。
「ぬかったな梨生。千載一遇の機会を自ら棒に振るとは」
「…前から思ってましたけど、意見と表情が早変わり過ぎますよね玲史...」
うむ、自覚はある!
「要。タメは彼女の分まで任せろ。適応するのだけは得意だからな」
「あ...うん、知ってた。ありがと…」
ぱっと振り向いた要は、自分から言い出したのに少し狼狽えている。
やめてくれ尊い。
砂浜にダイブするのは流石に痛いだろう。クッションは残念ながら今ここには無い。
波間でウロチョロ泳いでいた鹿狼が戻ってきて、顔を覗き込んできた。
「れーし、顔へん」「なんで唇噛んでるの」
「うるさい」
周辺がピカリ、ピカリと何度も光った。
見ると梨生が、携帯のカメラで要を撮影しまくっている。
「玲史、邪魔です!」
「はいっ」
「そこの霊の方たちも退いてください! 被写体がぼやけるので、脇か背後へ!」
「あ、写っててもいいんだ...」
さすが。
要が飛んで、海上に逃げだした。
すかさず彼女も追跡する。
「…肖像権! …プライバシー!」
「問題ありません、私と玲史が眺めるだけです!」
「いや、肖像権…」
「見たことありません? 若い人がよく、友人同士でこうやって遊んでるのを」
その何気ない言葉の直後に、要が体勢を崩した。
海面に落下しそうになるも、梨生に腕を掴まれて事なきを得ている。まだ本調子じゃないのか?
水面から上に突き出される複数の白い手が不気味だ。だが、月の光の道も伸びているし、これは――
「良い。実に良い背景だ。『道を開けろ』」
スマホのカメラを起動して命じると、光の道の左右に手の群れが割れた。
パシャシャシャシャシャシャ――……
墨の夜空に金の満月、その下に梨生。
黒い天鵞絨に散らばる手を貫く一筋の光、その上に要。
エモすぎる。
最高の撮影シチュの提供、ありがとうございます。
【(第一章?)・完】
なっ...なんという唐突な終わらせ方…(゜゜)
最後?までお読みいただきましたこと、心よりお礼申し上げます。
あの……
ここまで書き上げたところで執筆エネルギーが枯渇して見事スランプに陥った作者にエサを与えると思って、ブックマークと評価を、よろしければぜひお願いします…お願いしてもいいですか…?(´;ω;`)
死ぬほど喜んで密かに踊り狂いますので。いやホントに。
既にポイントをくださった方、本当にありがとうございます。救われておりました。
そうなんです、続きを書いていたら突然のスランプに襲われて、もう早半年以上。
今からが本番って所で終わってどうすんだ、まったく…と、情けない限りで申し訳ありません。
いつになるか不明ですが、そのうち続きを出したいです。
ちなみにお盆最終日が満月だったのは2019年です。
令和元年、第26代男大迹王(継体天皇)から100代後の天皇即位。




