33:追跡
外からバタバタと、何人も部屋に入ってきた。
先程の休憩時間と同じ顔ぶれが多いが、前とは少し種類の違う緊迫さを漂わせている。
「会長が呪詛の対象にされていただと!?」
「しかし素人の子どもに呪わせても、弱過ぎて意味が…」
「いや逆だな。明らかにわかる強さの呪詛ならば全て跳ね返されてしまう。効くか効かないか不明だが、そのギリギリを突くのがコイツらの役割だったとしたら…」
そう言ったのは、倉田氏である。
彼は記録係が書き取ったメモを見やって、眉を動かした。
「足がつかない下請けを使って、自分らは手を汚さないつもりだな。これは……複数あるぞ」
「でしょうね。早急に辿り、大元を断つべきですが…
なかなか手強いかと...」
地味に読めてきたぞ。
これは――多分、緊急事態だ。
あるあるだよなぁ、新しい社会的集団に入ってすぐの時に、滅多に無いレアな事態に遭遇するヤツ。
先輩方や上司方は深刻に話を続けている。
「もう、彼らはとっくに切り捨てられているでしょう。仮に釈放されたとしても、もう相手からの接触は無いのでは」
「ええ、あとはどこまで情報を得られるか、ですが…」
その言葉の後、何人かに視線を向けられる。
ちょうど聞きたいことがあったので、そっと手を挙げた。
「あのー、もし自分が上の組織? の立場だったら…
本当に情報が漏れなかったか、確認すると思うんですけど…」
そわそわして安眠できなくなるだろう。
夜襲を恐れてな。
…いや、まぁ寝てる場所までは悟られないだろうけど。
すると、皆さんが頷く。
「隠し通せる自信が無ければ、確かにそうする可能性が高い。
...どうだ?」
ある男性の問いかけを受け、後から入ってきてオッサンを静かに見ていた女性が少しだけ視線を彷徨わせた。
「最初は…自信があった…かもしれません。
しかし...私には、これ以上は。
…彼らを捕らえた現場に、霊視能力者を連れて行ってください。おそらく、それで。」
その後もオッサン以外の者たちにも再び同じことをやり、翌日に俺も含めた数人で、修繕作業中の雲訪神社に行くことになった。
◇
本部より神社の方が圧倒的に家から近い俺が翌日、先に着いて待っていると、わやわやと数人が到着した。
その中には、「当時その場に居た」という理由で満場一致で有無を言わさず召喚された弥月(霊視神級)もいる。
――神級だ鬼級だとホイホイ言っているが、部門ごとの平均的な人数分布の割合では、大体鬼級が5〜10%、神級が0〜1%を占めるらしい。あとは皆、霊級が占める。
その霊級の力差も幅は広いようだが、しっかりと最低限の能力ラインをクリアしていないと級は貰えないというから、「霊能力者」としては霊級がスタンダードだそうだ。
偶々周りに居た人たちがホイホイレベルばかりだったから、感覚が上方へズレたままになる所だった。
…まぁ、そもそも神級被憑の俺をなんとかするために遣わされた人たちだから、そうなるのは当たり前…なのか…?
弥月はまず、俺を見つけると、寄ってきて鹿狼をモフった。
...いや、触っても突き抜けるんだけどな…?
もしはっきりと金茶の立派な毛並みが視えていたら、モフらずにはいられないのだろうか。なんか彼女なら手で感触とかも感知してそうだし。
羨ましげな視線を感じ取ったのか、弥月がこちらを振り向く。
「…スタンバイできたわ。
...ほら…鹿狼も当時、外を見ていたでしょ。交信して精度を高めていたの」
ほぇー、凄ぇ。
彼女は暫く神社周辺を歩き回っていたが、ある一点で足を止めると目を閉じてしゃがみ、片手を地面に軽く触れさせた。
それを見て、一緒に来た人たちも動き出す。
傍でメモの用意をしたり、赤い棒を取り出して交通誘導したり、何か周りを警戒して見張ったりしている。つまり皆、弥月のサポーターだな。
…俺、要る?
「あのー、俺は何をすれば...」
「矢束くんは研修期間みたいなものだから、余裕があれば出来るだけ色々な現場に連れて行けとの指令が下りているんですよ。という事で、雑用係をお願いします」
「あ、ハイ」
本部に行けば、人手不足だ神級を寄越せ…と騒いでいるのに、かと思えば、ゆったりと研修? をさせてくる。
バイトが雑用ってのは一番しっくりくるがな。
大人しく、誰に何を言われてもいいように構えていると、弥月が喋り出した。
「…この近くに来て、見ていた。上の監視が。散歩中に立ち止まった通行人のふりかなんかして。
...ふふっ、鹿狼が頑張ってる…可愛い…
下が無茶をするから、焦ってる。あーあ、こいつは変に曲解せずに私の言葉を理解してたのになぁ…残念、言ってくれれば…」
目を閉じているが、映像を見ているかの如く彼女の表情が変わる。
それと同時に、浮遊霊がどこからともなく徐々に集まってきた。警戒していた人が、その中から害になりそうな霊体を選別して弾いている。結界は一応張ってあるんだけどな。
「心配しながらも楽しんでんじゃ無いわよ、まったく…
こっちは大変なんだから……あ、湊さんが出てきて瓶を――…
...っ、え!?」
驚いた様子の弥月の身体が、少し揺れた。
「明らかに知ってる…
今、予定の計画が変わった…変えた…
湊はダメだ、バレる。下手をすれば辿られる。完全に断ち切り、他も一時的に沈黙させなければ…」
弥月の霊力の減り方のペースが上がった。
大丈夫なのかな?
「玲史、チャージ」
「わかった」
何を求めているのかなんとなく理解したので、彼女の額の前に手を翳し、少しずつ霊力を送って渡した。
セーブしないと、ぐんぐん吸われそうである。恐らく、それでは負担になる。
「住んでる所は…ごく普通の東京の街、家族も居る一軒家、駅は使わないみたいで地名はわからない…不定期車通勤ね。
仕事場は…あー、やっぱり追跡防止が効いてる…
でもこのレベルならなんとか…」
言われる前に、もう一度チャージしておく。
ちなみに今、周囲に集まってる浮遊霊の数がヤバいことになっている。視えていたら多分、オバケタウン状態だろう。
「突破したら…わかっちゃうわね。どうする? 上に聞いて」
「はい」
霊体弾き係の人が、素早く電話をかけ始めた。
代わって俺が、鹿狼に「あれ」「これ」「そっち」と言われるままに指示された幽霊たちをペッペッと追い払う。
まだ善悪の区別はわからないなぁ。
「もしもし…ええ、そうです。追跡結界を破ると、相手方に知られると...はい、収穫はありました。
…――了解です。伝えます」
通話を終え、首を振った。
「今は、秘匿最優先だそうです。痕跡を残さずに撤退するようにと」
「わかった」
弥月は頷くと、静かに長く息を吐くのと同時に何かを引き戻しているように見えた。
そしてクワッと目を開け、拳を握る。
「湊ジャージ! この突発的な問題のタネの撒き方はさすが...まさか狙ってやってるんじゃぁ…?」
「要のお父さん、トラブルメーカーとしての定評でもあるのか?」
半分冗談のつもりで軽く聞いたのだが、彼女は一瞬言葉に詰まった。
「...これ、言ってもいいわよね…?」
「敢えて隠すことでもありませんし、ね」
問いかけられたサポーターの人たちも、少しだけなんとも言えない表情になりつつも躊躇うことなく頷いた。
それを受け、弥月が教えてくれる。
「湊朔は、10年ちょっと前の業界同士の抗争で拝連に敗れた、大きなライバル組織のNo.2…実質、影のトップだったのよ。だから他の組織からも結構有名で、今でも時々それ関連の問題を引き摺り出してくるらしいわ」
おおぉ、あの軽い口調の人の話題がいきなり重たくなったぞ。
「No.1は死んだみたいだけど、彼は組織の何割かの仲間を連れてこっちに移った。今は皆仲良くやってるけど、それでも当時来たメンバーの中にはまだ要を推す人もいて、要が一つも神級を持っていないのも本人が遠慮してるからっていうーー…」
「弥月さん、それ以上は…」
話が脱線しかけたので止められた。
ちょっと興味はあるが、深く知ると怖そうなのでやめておこう。
今、重要なのは。
「あの人が何かしたんだな…?」
「まあ、ね。彼を知る呪詛組織に向かって、情報の入った瓶を振って挑発しただけ…」
「......」
それで、彼にならバレると思われた、と。
ガラス瓶の中のチビクマ霊体に関しては、俺はノータッチだ。誰がどうやって調べているのかは知らない。
…ま、なるようになるだろう。
バイトは、やれと言われたことを遂行するだけだ。
◇
8月のお盆最終日の夜。
俺と梨生と、体調が回復した要は、東京の海岸に来ていた。
目的はもちろん...
「うわぉ、めっちゃウヨウヨ居るー!」
「そんな、海岸に打ち上げられた海洋生物みたいに言わないであげてくださいよー
まぁ確かに、ちょっとクラゲっぽいですけど…」
幽霊ウォッチングであ……間違えた、霊体視認調節レッスンである。
帰省してきていた先人たちに対してなかなか失礼な事を宣っている俺たちを、要が笑って見ている。
「…じゃあ梨生、まずは練習したようにスイッチをオフに」
「はーい」
梨生がサングラスを取り出してスチャッと装着し、「視えない視えない」と唱えた後に外した。
そして、海岸を見回して戦慄している。
「芋洗い海水浴場が、一瞬でガラガラに…!」
怪しい宣伝台詞のような事を言っている。「霊魂カット眼鏡、今だけ総額19800円! 夏夜のビーチを独り占め!」とか続けそうだ。
「玲史も出来るって言ってたっけ」
「あ、はい。オフにするだけなら」
それだけなら初めから出来ていたのだ。
自分で練習して身につけた訳じゃないから、少し心苦しいが。
――スイッチ・オフ。
大量にいた透明な人型が一斉に消失し、ガヤガヤと騒めく声もピタリと静まった。
「朝礼をする校長先生にプレゼントしたい機能だ…!」
「皆さんが静かになるまでの5分間の時短になる?」
「よく考えたら、先生も構わずに耳栓して話し始めてもよさそうですよね」
伝わって嬉しいぜ。
要が、海面を手で示しながら問いかけてくる。
「あの辺でフヨフヨしている集団と、向こうの波の上でしっかりとこちらを見ている集団がいる。前者は未浄化霊、後者はお盆に帰ってくる幽霊だ。
どちらでもいいから、見やすい方だけ視えるように、取り敢えずトライしてみて?」
未浄化霊? はよくわからないが、霊にも種類があるのだろう。
なんともアバウトな指示だが、いつもの事である。とりまトライだ。
オフの状態から少しずつ感度を上げていくと(簡単に述べたが結構大変だった)、おそらくフヨフヨ集団の方の輪郭が見えてきた。音声は割と静かだから、ガヤガヤお喋りはお盆霊たちが話していたのだろう。
梨生は、両手の指でメガネを作って海面を凝視している。
「たまに見えていたのは、多分、上がった霊の方…
だからそっちを…」
もう少し時間が掛かりそうだったので、こそっと要に質問する。
「未浄化の幽霊って何すか? お盆の幽霊が、上がった方?」
「自分が死んだ事に気づいていない魂は全員、未浄化霊。気付いていても、未練が残り過ぎていたり、御先祖のお迎えに気づかないで一度も天国へ行っていない霊も未浄化だ。
一回天国へ行けば、お盆じゃなくても好きな時に帰ってこれるけど、この時期は習慣なのかな? 子孫の様子を見に戻ってくる先祖霊が多いのは事実だね」
続き
「…――遠慮してるからっていう、傍迷惑な噂を流す人も居て。敢えて実力を抑えて見せているんじゃ、とか…」
です。
さて真偽の程は如何に(笑)




