31:手紙
だがそんな不発弾でも満足したのか、眼鏡氏は両手を広げた。
「神より御言を頂戴したかの如き威力。
よし神級!」
...何なんだ、この人は。
だいたい想像ついてるけど。
「本来喋るべき人が使い物にならないので、私から説明しますね。
言霊というものは、文字数が少なく命令口調であればあるほど威力が高いんですよ。
今の丁寧な口語で満足したらしいので、まぁ、そうなんでしょう」
西野氏が補足してくれた。
俺は満足な出来じゃなかったけどね……
眼鏡氏は広げた両手を閉じて、俺の手を取った。
「申し遅れました、除霊担当主任の本宮茂樹です」
「ど、どうも。矢束玲史です」
手を離さぬまま、彼は他の者たちを振り返る。
「彼は何者だ? なぜここに?」
「登録されたばかりの、神級被憑者・鬼級使役者。
たぶん、湊が持ってきた霊体を捕まえた」
「いえ、俺は仲間の名前を聞いただけです。捕まえたのは要で、現れたのを抑えたのは梨生…別の者ですけど」
事実を告げると、本宮氏はさもありなんとコクコクした。
「要か。後で彼も召喚しよう。
しかし本当に優秀だな、いつもいつもギリギリで結局なんとかしてくる辺りが面白過…ゴホン」
おもしろがられてるけど、褒められてます。
お疲れ様です師匠。
やっぱ優秀なんだな。…いや、滅茶苦茶優秀そうだよな? ヘニャッとしてるけど。
「要も神級ですか?」
「いや、彼は鬼級。だが除霊部門以外も、…確か被憑と占術部以外の全てが鬼級だ。
総合的な万能さなら、間違いなく神級以上だな」
「因みに他には、主に「浄霊」「霊視」「結界」「治癒」「超能力」などの部門があります」
そんなに…。なら引っ張りだこだろうなぁ、困ったら取り敢えず要を呼べ、みたいな。
宗弥が不満そうな表情で、頭の後ろで手を組んだ。
「妖怪部門も作ってくれ、って言ってるんだけどな。
衰退する一方の奴等を、影から保護するナショナルトラストみたいなやつ」
「仕方ないだろ、ここは人間相手の組織なんだから。
他にあるだろう、そういうのやってる所」
「本気でやろうとしてる所は人間嫌いのイカれたカルトだし、謳ってるだけの所は何もしてねぇんだよ。
ここは結構ホワイトだから、マジで設立してほしいわ」
訴えられた倉田氏は、なんともいえない顔をしている。
「その気持ちはわかるけどな、どこから儲けを出すんだよ」
「...保護してもらった妖怪が、人間を助けてくれるとかはないんですか?」
ふと気になって聞いてみた。
金銭でこそないが、取引として成立しそうじゃね?
彼は俺と鹿狼を見て、フッと力を抜いて笑んだ。
「矢束くんが言うと説得力が違うな。事実、昔はそうだった。...だが。
良くも悪くも純粋な妖力の化身である彼らと狡賢い人間が、同じ舞台に立ってウィンウィンの関係を保ち続けるのは現代では不可能に近い。本人たちが上手くいっても、周囲の環境が、相応しくないんだ」
――これ、似たような事を前にも…2回くらい聞いたな。
要と、夜刀神から。
ちょっと違うけど、言わんとする本質は同じだった気がする。
本宮氏が、西野氏を見る。
「…で、話を戻すけど、矢束くんはバイト?」
「...バイトしてくれます?」
聞かれ、苦笑しつつ頷く。
なんか人手不足で困っているみたいだし、役に立てるのなら全く構わない。
「ええ、わかりました。どうぞ使ってください」
「よしっ! ではお手隙でコレよろしく! 優先順位は一応上から」
承諾した瞬間、本宮氏の眼鏡が光って、彼がドサッと紙の束を机に置いた――…
◇
目を白黒させながら重たい紙袋を抱えて帰る玲史と、ついでに自分も土産を待たされて帰る宗弥を見送りながら、倉田が西野に軽く問う。
「なんで、彼のような者を抱えるこの組織につける大義名分を与えてしまうんだって教えてやらなかったんだ?
なんだかんだ言って、対外的に一番目立つのは被憑者だろうに」
「それは貴方の担当でしょう、問題なのはフリーな妖怪なんですから。それに――
なぜ賀泥くんに、昔は妖怪共存部門があったことを教えてあげないんですか?
どちらも、いずれ知ってしまいますよ」
問い返された彼は肩を竦める。
「矢束にはあのままで居てほしいから、だろう。
……妖怪部が昔潰れた理由だって、当時の時代背景にそぐわなかったから、だ。今なんてもっと難しい上、同じことをやっても立ち行かない。
だから希を持ったまま、現代のスタイルに合うやり方を模索してほしいじゃないか」
使役契約担当である倉田が実際に本気を出せば、新部署を作ることくらいできる。だが仕事量が倍になる上、先程述べた理由もあってやらないのだ。
若者に未来を託して力尽きそうな大人の表情を作って、彼は憂いた。
「てことで頑張れ賀泥ー。おっさんにはもう無理だー」
本宮がふと、何かを思い出そうとしている。
「矢束…どこかで……」
「どこかでじゃないですよ、除霊の主任…
昨日、雲訪神社を破壊した本人です...」
西野が呆れ過ぎてよろめきながら教えてあげた。
人の名前をすぐに覚えられない彼は、「言霊使いの新人」と「雲訪神社を除霊用に改造させた被憑者」が結びつかなかったのだった。
それを聞いて、目を見開いてポンと手を打つ。
「ああ、あの! ということは超能力者でもあるのか。
...あっちの部署に取られたらやだなぁ。…黙っておかない?」
「ようやく仕事が少し減り始める目処がたったばかりですまんが、もう教えちまったぞ」
倉田の言葉と同時に、ダダダダダ…と扉の外から足音が聴こえてくる。
そして一瞬の後、ドアは開かぬままに、全身真っ白の着衣の一人の女性が息を切らして室内に立っていた。
噂の、超能力部門担当主任だ。速瀬という。
「どこ!? 建物まとめて飛ばしてメラゾーマした子は!?」
「…昨日の今日で、それ本人に聞かせなくてよかったわ...」
「もう帰りましたよ」
「なんでえぇぇ!?」
彼女がこんな感じだから、知らせる時間を遅らせただけである。
「いずれ会えるでしょうから、その時にスカウトして下さいねー」
「じゃあどうして今知らせたのっ!?」
「黙っていたら、知られた時に建物内部メチャクチャにされそうだから」
息を整えつつ、速瀬は拳を握りしめる。
天井の電灯がチカチカと瞬いた。
「素人じゃないんだからそんな事しません。
――あぁ、貴重な神級を逃したぁ...」
「いうて他の部署ほど逼迫してないだろ、君の部門。
レアな人材は、常に立て込んでる除霊の方に回したまえ」
彼女に知られたショックから立ち直った本宮がズレた眼鏡を直し、壁の点灯スイッチを何度か押した。
速瀬が反論する。
「なんだかんだ言って、そっちの方が神級の数は多いでしょう、使い難いのが目立つだけで。
こっちは殆ど霊級なんだから、大きな案件で慢性人手不足なの!」
「まあ、なんだ…次に何が出てきても、結界と治癒にだけは知られるな。あそこは一件での拘束時間が長すぎる。
今回の要みたいな7日拘束+7日以上休息ほどにはならんだろうが…」
倉田のこの言葉には、全員が真剣に頷いた。
◇
家に帰って玄関に重い紙袋を下ろすと、丁度母が廊下を通りかかった。荷物に目を留め、首を傾げる。
「あら、おかえり。…なぁに、その袋?」
「新しいバイト先で貰った。
なんでも屋みたいな所なんだけど…その資料」
「珍しいわねぇ、今どきバイトの子に初日からガッツリと」
なんか嬉しそうなのは何故だ。
――ふと思い出した事を聞いてみる。
「...最近さ、俺、オバケみたいのが偶にチラッと見えるようになったんだけど。母さんは霊感無いよな。
爺っちゃんと婆っちゃんは…どうなんだろう」
たぶん知らないだろうな、と思いながらも一応聞いてみた。「曰く」は…無いよなぁ。
すると予想に反して、母はあっさりと首を縦に振った。
「母さんが凄かったわよ。霊能力って隔世遺伝すると強く出るらしいけど、うちは代々そうみたいね。ちっとも薄まらずに、どんどん濃くなる一方なんだって」
...まじか。…衝撃、初耳。
一代おきに強くなる、って、そんな冗談みたいな…
ちなみに矢束の姓は父方である。
「昔、川で溺れかけた後に突然芽生えたって言ってたわ。
ひょっとしてあんたも、この前神社で転んだ時に頭でもぶつけた?」
「……ああ、うん、まぁ...」
憑かれたり、ぶつけたり、梨生に斬られたり、乗っ取られたり…と心当たりが多過ぎる。
「でも変ねぇ。代々、霊能力は強いくせに幽霊だけ見えない家系なんだって言ってたような…」
「あ...俺も、そう…」
「やっぱりねー」
ハハハ、やっぱりなー……
ははははは…
…マジですかよ。
「ちょっと待ってて」
そう言って母は、奥の部屋へと引っ込んでいった。
ガサゴソと紙や物を漁る音がして、暫くして戻ってきた時には古い引き出しの匂いのついた薄い封筒に入った手紙を持っていた。
「はい、もし玲史に霊感が出たら渡せって言われてた手紙よ」
「お、おう…わかった、サンキュ」
なんだこの漫画的な展開は。
もし内容が「其方には崇高な使命がある!」とかだったらどうするよ。ドキドキ。
紙袋と手紙を携えて二階の自室に上がり、早速開封してみた。ドキドキ…
中には、僅かに3行。
『うちは代々、女にのみ力が発現する。
もし男に出る時あらば、そやつは覚悟せよ、と伝わっている。
それ以上は知らんから、玲史、頑張りな』
...。
......。
「ちょ、それは無いっしょ……婆っちゃーー!!」
今は亡き婆ちゃんよ、孫息子に大いなる混乱をもたらしてくれやがり給いまして有り難く存じちゃうぜ。
[玲史、その手紙を左手で左胸に当ててみよ。
霊視の得意な者が、視てみると言うておるぞ]
「なんと! ぜひよろしくお願いします!」
麻多智の声に、直ちに従った。
そうだ、俺には古の千人の知識と知恵がついている!
...。
待つこと数分後。
[其方の祖母より3代前まで遡れたようだ。つまり世代的には6代前。確かに、時を追うごとに力は強まっているらしい]
おー、凄ぇ!
[しかし当時の先祖も、男に出た時の意味は知らぬようだな]
「うおぉ残念! でもありがとう、お疲れ様でした!」
はい無念。
だがそんな簡単にはいかないよな。
手紙のことは諦めて、貰ってきた資料を開いてみた。
一番上に紙が数枚載っていて、様々な連絡先が記してある。
ある紙は、依頼者に渡す用。主に神社仏閣教会の電話番号が載っている。探したら雲訪神社もあった。
別の紙は、自分が困った時用。基本は先ず本部にかけるらしいが、いくつか部門別の個人電話番号も載っていた。多分、その場に来てもらうんじゃなくて、適切な知識を授かるためのものなんだろうな。〈結界〉の欄には弥月の名前も載っていた。普段、平日の昼間は学校なんじゃ…
連絡先一覧の下は、全て仕事リスト。もちろん全部やれって言われた訳じゃないが、優先度の高い一番上はなんだろう?
読んでみた。
『先日捕らえた呪詛集団の一部。上位組織の下請けらしいが、繋がりが薄い為、取り敢えず全員自白させて、内情を知る者を一人でも炙り出すこと。読心・霊視・言霊の術者などから最低2人以上。うち1人以上は鬼級以上。』
みたいな事が書いてある、
...これ、あのポンコツ連中のことなんじゃ…
なんとなく壁の時計を見上げると、時刻は夕方に近くなっていた。
――やべぇ! 今日は通夜祭だ、8名の!
式の時間帯も被るだろうから、会場の外からでも拝んで回ろうと思っていたのだ。
慌てて黒いスーツを着て、家を飛び出した。




