30:本部
「にしても、何を言われるんだ...何をされるんだ...」
ちょっと不安になってきたので隠すことなく動揺していると、宗弥が真剣な表情で言う。
「いいか玲史、鹿狼を連れてきた廃村にお前は行っていないんだからな?
別の場所で拾ってきたって設定を忘れるなよ?」
「わかってる」
「そーや、じっけん」「そーや、ねとまり」
「そーや、さつえい」「そーや、きこえない」
「...やべ、鹿狼からバレるかも……」
「おいぃぃぃ!?」
二人して慌てていると、入り口の扉が開いて、男性と女性が入ってきた。
彼らはローテーブルを挟んだ前のソファに座ると、軽く自己紹介する。
まず、藤色のワンピース姿の30代くらいの女性が口を開いた。
「初めまして、矢束玲史くん。
ようこそお越しくださいました。私は、ここの被憑者担当主任の西野真里と申します」
続いて、ワイシャツにジーンズ姿の40代くらいの男性が。
「同じく、ここで使役霊体契約管理担当主任をしている、倉田浩司です」
使役なんたらは理解できたが、ヒヒョーシャとは何ぞや。
と思ったが、とりあえず俺も返す。
「矢束玲史です。…ここがどんな場所かもまだよくわかってないんすけど、言われるままにお伺いしました」
恐る恐る正直に告げると、二人は相好を崩した。
倉田氏が少し身を乗り出す。
「ほほぅ…ちなみに君は今、どんな場所だと思ってるのかな?」
「公には存在が秘匿された、政府御用達の半民間の拝み屋組織ですかね…」
「おお、近い。さすがに勘が良いな」
適当に答えたら、面白がられている。
怖いからさっさと答えを言ってほしいです。
「正解は...政府秘公認の完全民間・霊能者派遣組織です! 国内最大手!」
「あ、結構いっぱいあるんすね」
ネット占いのグループとかもそういう派遣組織になるんだろうか。ならば、意外と多くてもおかしくないな。
冷静に頷いていると、倉田氏がスン…とした。
「あまり驚いてくれない…」
「というか貴方は一体何を求めていたんですか。この矢束くんがその程度のどこに反応するというんですかね」
西野氏が呆れたように言うが、それこそ俺は一体何だと思われているんだろう...
「倉田は置いておいて、本題に入りましょう。
矢束くん。貴方は昨日、夜刀神を自らの奥底に鎮めたとのことでした。そこまで行けば、もう余程のことが無い限り、簡単には引き剥がせません。
よって、こちらの機関にて「神級被憑者」として登録させて頂きたいのです」
進級批評者? …いや意味が通らないな。
「通常レベルの霊体が憑依した人を「霊級」、強い妖怪や怨霊の場合は「鬼級」、それ以上を「神級」と定めています。それを元にした段階を、他にも適用していますが」
なるほど。被害者みたいな字ね。
「その登録をすると、どうなるんですか?」
「簡単に例えると…在野の不発弾として管理番号を割り振られ、爆発しそうになったら撤去班が特攻出動するという事です」
「善良な市民の平和と安全を脅かす気はありません。
という事で、是非よろしくお願いします」
どうぞどうぞ……と頷いたが、…ん? 特攻?
そっと問う。
「あの...因みに神級以外は…?」
「霊級は基本放置、一々登録しません。鬼級は、被憑者一人を犠牲にしてでも無理矢理祓うこともあります」
んで神級は「触らぬ神に祟り無し、触る時は特攻覚悟」という訳か。納得した。
――あれ、でも、既に触られたような…?
不思議に思ってその旨を聞くと、
「...湊の我儘で、最初の一回だけ鬼級扱いにしました」
やや微妙な表情になった西野氏は、おそらく要のお父さんを思い浮かべているのだろう。
祓うことこそ出来なかったが、あの時手を差し伸べてもらったから、俺は今生きている。
まさか本来は「触るな、お手上げ」される所だったとは。
そして今にも爆発しそうな神級を止めろ・但し生かせと言われ、結果的にそれに成功した要は凄すぎると思う。…初めてハッキリと自覚したが、彼にはとんでもないストレスをかけ続けていたのだろうな...
鹿狼をじぃっと眺めていた倉田氏が、話を交代する。
「こいつらはどこで拾ったんだ?」
「群馬県の、心霊現象が起きる建物に向かう途中の田舎です」
「どうやって見つけたんだ」
「人間に祀られなくなって、力が落ちて嘆いていたんです」
嘘は8割真実で塗り固めるのが基本だ。今のは…全体で4割。
…高沼村でチョイ悪を働いていた連中とは違うイキモノなのだよ!
「影にしまってみてくれ」
「それはできません。ただ一緒に居るだけの契約ですから」
これは本当。ゆえに堂々と。
倉田氏は表情を変えずに、さらに追及する。
「湊…要に、契約方法を聞いたのか」
「はい。どうやら俺は、簡易契約とやらでもセーフらしいので」
オラはなんにも悪くねえだよ。要も鹿狼も悪くねえべな。
――という顔でにこにこしていると、彼は吹きだした。
「まあ、確かにそうだな。
だが...このレベルの妖怪を街中で自由にさせていることを過激な連中に知られたら、面倒だぞ。不発弾登録もして、一応ここの所属者になったからな」
過激な連中、も気になるが...
「面倒とは…?」
「ただでさえその場に居るだけで危険な人物が、何疋もの高位の妖をリードを付けずに伴っている。「奴は一般市民に対する脅威である」っつー大義名分を与えちまうんだよ」
その名分を掲げ、ちょっかいでもかけてくるのか?
「でも…俺が夜刀神を持ってるとか、鹿狼と結んでいるのが簡易契約だとかって、ちょっと見ただけでわかるものなんすか?」
「得意な者が、注視して見ればわかるな」
「そうですか...」
おそらく暗に、契約レベルを上げてほしいとお願いされているんだろうが...
彼らには何も強制したくないし、可能な限り自由なままにいて欲しい。式?みたいに使役する気はさらさら無い上に、そもそも自分の持ち物じゃない。
「―――このままが良いです」
「よしわかった、いいぞ」
「ぃよっしゃああぁぁぁーー!!」
「うわっ!?」
倉田氏があっさりと頷き、え、いいの? と思った瞬間に、再びずっと気配が消えていた宗弥がバカ喜びする声が聞こえてきてめっちゃ驚いた。
振り向くと、彼がガッツポーズをして飛び上がっている。
「な、何がそんなに嬉しいんだ…?」
「あーー…、悪ぃ、知ると上手くいかなくなるかもしれねえから、言わん」
んだよ気になるなぁ。何が上手くいくっていうんだ。
「そーや、さけぶ」「とつぜん、また」
「へんなやつ」「ようかいのこと」
「宗弥が妖怪のことで、突然また叫んだ。変な奴だ……って言ったのか? こいつら」
倉田氏が驚いた顔で鹿狼を凝視していた。
彼にも聞こえるんだな。...宗弥だけじゃん、聞こえないの。なんて哀れな…
「そ、そうですね……神社でも叫んでましたから」
「随分と高等に話すんだな...」
「夜刀神と戦って力尽きて現実に戻れなくなった俺を迎えに来てくれた時なんか、完全に現代の人間並みの知識をもってペラッペラに喋ってましたよ」
まさか彼らと自衛隊の重機械の話をするとは思わなかった。
少し得意げに告げると、倉田氏は頭を抱えそうになった。
黙って聞いていた西野氏が、彼をちらっと見る。
「やはり...まずいのでは…」
「…いや。もう、いいって言ったし。従えるのが彼なんだから、大丈夫だろう――
な?」
何が大丈夫かわからなかったが、な? と言われては頷くしかない。
「はい。...現実でも流暢に話せた方がいいんでしょうか。
ひょっとして、契約の段階を上げるとそうなるとか...?」
心配になって聞いたら、それは宗弥に否定された。
「いや、契約の強さを上げると自由なお喋りは減るだろうし、そもそもこの人たちは鹿狼が人間並みに言葉を操るっつー事実に驚いてんだ。
それに、玲史が遠慮する必要は無い。神級の被憑者は別格だ。我儘――じゃなくて特例として、大抵の要望が通るらしいからな」
そんな簡単に通しちゃってもいいのだろうか。VIP待遇なのか?
「…部門?」
首を捻ると、倉田氏が思い出したように動いた。
「ーーそうだった。君は、使役契約者部にも「鬼級」として入る。但し、特例でな。一応覚えておいてくれ」
「あっハイ、了解っす」
なんか結果的に、この軽い契約状態でも公式にOKになったようだ。ラッキー。
ふと、隣の研究馬鹿を見る。
「宗弥も、この括りに入ってるのか?」
「俺は観察専門だから、自分の妖怪は持たねえな」
へぇ。彼こそ、その枠の神級で色々我儘やってそうなイメージだったんだが。
意外な事実に感心していると、倉田氏が眉をヒョイと上げた。
「こいつは主に除霊部の特級だ」
「ちょ、一応…神級って言って?」
「破壊力以外は霊級未満だろうが」
なるほど、彼は破壊(専門)神だったのか...
何故かしっくりきすぎて笑えるわ。
思わずニヤッとすると、その破壊神にジト目で見られた。
「……精神内部の衝突の余波だけで神界を破壊したデストロイヤーに、何か失礼な事を思われている気がする」
ーーーう゛っ
否定できない…デストロイ…
「矢束くん。もう暫くして落ち着いたら、貴方のその破壊パワーを使って、こちらでバイトでもしませんか?
強制する気はありませんが、相当人々の役に立てると思いますよ」
西野氏に穏やかにお誘いされた。
バイトかぁ...
今は無職だっけ、そういや…
「除霊待ちの人とか建物のリストを見て、選んだ先に向かうやつですかね」
「…ええ、鬼級以上はそれも可能です。もうご存知でしたか」
「一度、ぬいぐるみの除霊待ちの家庭に、要について行きましたので」
ポンコツ組織は摘発されたのだろうか。
連中が来てくれたから要のお父さんは無事だったともいえるので、ひとこと本気でお礼を言いに行きたい。
「ああ、あの...
…そう、大体そのような感じです。
ーー少々お待ちくださいね」
そう言うと、西野氏は足速に部屋を出ていった。
倉田氏が苦笑している。
「あーあ、ヤツを連れて戻ってくるぞ。
もう逃げられんな矢束くん。言霊使いは貴重なんだよ」
「え、お前言霊もできるの? なんか曰く付きの家系か?」
「そんな珍しいのか? 家は超一般家庭…だけど先祖に麻多智いるか」
[我にそんな能力は無いぞ]
宗弥と麻多智の言葉で益々混乱する。
曰くなんて知らねえぞ。ていうか言霊って遺伝なのか。夜刀神の能力だと思ってたんだが。
戸惑っていると、扉がバァン! と開いた。
「どこだ、言霊使いは!?
誰でもいい、人手不足の今なら問答無用で神級だ!」
現れたのは丸眼鏡の小柄な男性だった。年齢不詳。
「話を聞いてませんねこの人は。そもそも神級レベルだって言ったじゃないですか。というか適当な事を言って嘘と誤解をばら撒かないでくださいね?」
そう言いつつも諦めたような西野氏が丁寧に扉を閉めている。
「...君だな!? 何か使ってみてくれ!!」
『落ち着いてください』
「……ぉぉおおお! 落ち着いたぞぉ!!」
いや不発じゃねーか。




