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霊戦  作者: 悠布
31/36

29:◇◇

       ◇◇


 意識が浮上すると、自分の部屋の布団の中だった。障子を透かして窺える外の明るさから察するに、今は正午前後だろう。


 ――最後の記憶は…玲史と梨生が拝殿の位置を直すのを、神社の木に寄りかかりながら見たところか。

 それ以降が途絶えているようだ。


 また意識を飛ばしたのか。


 

 倒れるまで無理ができてしまう自分の妙な鈍感さに溜め息をついて、気怠い身体をゆっくりと起こす。

 殆どはだけていない浴衣の合わせを直しつつ、枕元に置いてあったパック型ゼリーの蓋を開けようとして思い留まり、まずはフラフラと洗面所に直行した。


 歩いたことで頭が重くなってきたので、戻って再び布団に潜り込んで頭痛薬を飲んでゼリーからエネルギーを補給していると、静かに母が入ってきた。


「おはよう要」

「おはよう…ただいま」

「大変だったわね」

「...何がどうなったか、知ってる?」


 丸一日近く寝ていたようで、自分がいかにして帰宅したのかもわからない。


「雲訪神社から救急車で運ばれた人たちのうち10人が怪我で、13人が亡くなったそうよ。

 賀泥さんの所が素早く動いたから、報道関係は大丈夫みたいね。この後本庁も加わるでしょうし。

 (はじめ)さんが神社に戻ってから動けなかったから、代わりに宗弥くんと矢束くんが、あなたを運んできてくれたわ」


「...そう」


 言葉少なに応える要を見て母は軽く頷き、すぐにまた出ていった。

 襖が閉まった後、エアコンの温度設定をリモコンで一度下げ、掛け布団を被り直す。身体の表面は暑いのに、芯が冷えていた。



 判断を誤ったのだろうか。

 13人。

 現代に顕現した夜刀神を、一人の人間の深くに封じた代償としてのその人数は、多いのか少ないのか。


 だが――

 玲史を教導し、彼を生かすと決め、なんとか周囲に被害を出さぬままに夜刀神を依代から出して封印することが出来るだろうと考えていた要の立場からすれば、完全に失敗だ。


 玲史は、犠牲者を出したのは誰が何と言おうと自分だと思っているだろう。

 しかし、大元の原因はこちらにある。


 例えるなら玲史は爆弾、そしてその危険物を人里離れた場所で爆発させて片付けることをせずに、街で周りに協力してもらいながら丁寧に解体する事を決めたのが要だ。

 結果、爆弾は、予想外の形ではあったが爆発した。

 

「ごめん、玲史」


 本来、背負わずに済んだ重荷を押し付けてしまったかもしれない。

 でも彼はよほど、要よりもしっかりと現実から目を逸らさずにすぐ前を見据えていた。全てを受け止めつつも為すべき事を見失わない、その切り替えの速さを見習わなければいけない。


 それにしても、自分の至らなさが嫌になる。

 霊山で夜刀神を出してしまった時だって要の想像力と注意不足、周囲の人気の無さや自然環境が全てプラスに働いたお陰で事なきを得たが、もし街中だったら色々とアウトだった。


 予測が難しい夜刀神と玲史の行動を適切に御すには、まだ経験の浅い彼一人の手には余ると初めからわかってはいた。

 今思い返してみても、何度も綱渡りから落下する寸前まで行っていた。普段は全く姿を見せない自分の指導霊にも相当苦労をかけていたに違いない。特に最後の、何故か(・・・)目が覚めて何故か(・・・)結界の外に出る気になったあたり。

 外に出ていて無事だった他の者たちも、「中に居なくてはならなかった」と思い、口ではそう言いつつも、皆わかっているのだろう。仮に彼らが全員、気を張って警戒していても力が及ばなかったから、それぞれ避難させられたのだと。


 そういう意味でも、力量不足による負けであった。



「...いい勉強になったよ、父さん」


 呟いて、要は気持ちを切り替えた。

 鬱々としていても、体調の回復が遅くなるだけだ。

 反省したら、あとは次に活かすのみ。



 そして、世界で一番落ち着く空間である「自室のMy布団」に心の底から安心して、とりあえずもう一眠りすることにした。



 ……が、意識が気持ち良く沈みきる約1秒前。

 スマホが「ポキポキ!」とメッセージの受信を告げて、快適な入眠は阻止された。



       ◇◇



 同じ頃、梨生も一人暮らしのマンションの一室でソファに転がっていた。玲史の家から帰ってきてグースカ眠りこけている愛リスを見るともなしに眺めつつ、自分の実家のことを思い出す。


 「おまえに霊力はほとんど無い。だから仏様にお縋りしての、目に見える霊験を起こすのは無理だ、梨生」


 かつて父に言われた言葉である。

 だからバイト先の宮司に真逆の事を告げられた時には、驚くというより戸惑った。


 「だが、身を守る最低限の(まじない)だけは覚えておきなさい。それ以上はやらなくていい」


 期待されていないのだ、と思った。

 ゆえに、家族のことは嫌いではないが、実家の寺――ひいては大乗仏教全体を少し苦手に感じていたのは事実だ。

 反発するような気持ちで他の宗教、特に神道に興味を持ち、探究心と趣味が高じて神社でバイトを始めたことはおろか、いくつか祝詞(のりと)まで暗唱できるようになった事は流石に誰にも知られたくない。


 今ならわかる。

 父は、自分に危険な事をして欲しくなかったのだと。


 霊的なものに触れ、その環境に置かれるほど、能力は開花する。さすれば意図せずとも、(こうむ)る危険度も増してゆく。


「帰ったらバレるよねぇ...どうしようかな…」


 今はお盆を過ぎて、家のドタバタも少しだけ落ち着いた頃合いだろう。少し前までは、夏休みに一度帰ろうと考えていたが……

 迂闊に戻りたくなくなった。

 一人暮らしを始めた途端、帰省してきた娘の霊能力が急に成長していたら、さらに余計な心配をかける。

 

 角が生えて家に帰れなくなりそうだった玲史ほどではないにしても、自分だって、できることなら隠したい。


 ...。


「そうだ。隠そう」


 ようは知られなければ良いのだ。

 ちょっと強力な幽霊を怖がる、ちょっと霊力ダダ漏れの、数ヶ月前に家を出た時の状態にもっていけばいい。


 善は急げ。

 わかりそうな人に聞こう。とりあえず要。


 彼はそろそろ起きただろうか?

 疲れているだろうし、迷惑にならない程度に軽く手短に。


〈急ぎじゃないんですけど。もし良ければ、霊感と霊力を適度に抑える方法を教えていただけませんか(〃ω〃)〉


 スマホでメッセージを送ってから、顔文字いらなかったかな…とぼんやり思った。

 なにか(たくら)んでいる者みたいである。



       ◇◇



 梨生から届いた〈――……(〃ω〃)〉を見て、要は、薬が効いてきて軽くなり始めた頭を抱えた。


 方法はあるにはあるが、短いメッセージで伝えられるような簡単な内容ではない。急ぎではないというが、一体何の為に制御を身につけようというのだろうか。

 彼女の場合、まだ「視え過ぎて困る」ほどではない筈である。


 霊感を完全にオフではなく意識して適度にオフ、というのは結構難しいし、垂れ流し霊力をコントロールするのはもっと難しい。

 後者は、恐らく自分よりも玲史の方が感覚的に上手く掴んでいるだろう。多分彼自身もよくわかっていないだろうから、向こうにとっても丁度いい機会だ。


 なので、


〈霊感の方は難しいから、今度直接教えるよ。それまでは、完全オフにできるよう試してみて。

 霊力は玲史に聞いた方が早いかも。もう彼は無意識に身につけたみたいだから〉


 と素直に返信した。

 その後じっと画面を見つめ、少し悩む。


 彼女の向上心あふれる姿勢は感嘆ものだが、それにかなりの実力が伴い、さらに自分が教えていたとなると少々後で問題が発生しなくもない…可能性があった。


「...梨生の方は確か、向こうに一言も言ってないな。知られても、隠してたようには見えないはず。

 …まあ派閥とかじゃないし、大丈夫か」


 そして今度こそ、雑念を振り払って入眠に成功した――……



       ◇◇



「完全オフ...」


 メッセージ画面を見て呟いた梨生は、眉尻を下げて首を傾げた。

 

 どうやればいいのだろう。

 見えない、見えない…と思っても目に写ってしまうのは止められない。


「...そうだ、何か思い込める(・・・・・)はっきりした道具があれば……」


 しばらく考えて彼女は、サングラスを取り出して掛けた。

 視界が暗く染まり、これなら――…

 

「グサラン掛けてる時は視えない、視えない、視えない...」



 そうして家を出て近所を歩き、視える度にサングラスを外してはまた掛けてを繰り返し、練習しまくった。

 


 後日、それをマスターしてから気付いた。


 「これ、透明な伊達眼鏡を掛けた時にだけ(・・)見えるように設定すればよかったのでは?」


 と。



       ◇◇



 梨生から〈玲史はどうやって、身体の外に漏れ出る霊力を抑えているんですか?〉とメッセージが来た。


 …抑えてるか? 俺。


 手のひらを2つ並べ、意識して視てみると…確かに。

 最初に視えるようになった時よりも、光が弱かった。周りを見れば、空中に充満している光もいつのまにかごく薄くなっている。その辺の霊体や鹿狼の周囲だけは濃いままだったから、気づかなかったんだな。


「どうやってるんだろ…」


 霊力操作は角が生えている時にどえらくスムーズにできるようになっていて、元に戻ってからも掴んだ感覚をそのまま継続して使っているのだ。

 つまり、自ら努力研究して身に付けたものではないから、理論がわからない。

 

 数学で使う公式が成り立つ理論を説明せよ、と言われても文系の俺にはわからないのと同じだ。

 

「なんで人間は2本の足で立ち上がってもバランスを崩さないんだろうな...」


 ……いかん、思考がどんどん壮大に飛躍していく。



[本来それが可能な骨格という下地の上に、練習を重ねるからであるな]

 

 あっ。額から(答え)が。

 ――有り難いけどさぁ。


「思索を楽しんでるんだから、先に答えないでくれよ麻多智…」

[生の脳がついてるのだから、我よりも速く答えを出せ。

 いざという()は、待ってはくれぬのだぞ]


「時間に余裕がある時は、丁寧に考えたっていいじゃん」

[差し迫っていない時だからこそ、有効に練習に使うのだ]


 へい。

 所詮俺に、麻多智を論破できる訳がないのだ。



 だが、「練習あるのみだぜ!」なんて、やってもいない俺には軽々しく答えられないし、その方法も知らない。


 なんだか眉間の上から物言いたげな視線を感じそうになったので、その前に急いで返信メッセージを打った。


〈俺も知りたいから、一緒に実験・解明しようぜ〉

 



 送信すると、座っていた椅子の後ろから声がした。


「いいねぇ、青春ってかんじだな。さすが大学生」


 ...。


「妖怪研究のために廃村で単独行動して最後の貴重な夏休みを捧げていた高校生に言われると、内容はアレでも確かにそんな気がしてきたな」

「いーんだよ。休みってのは趣味に全振りするためにあるんだからな...だが…言葉にされるとなんか虚しいような……何故だ」


 いつのまにか、ひょっこりと覗き込んでいたのは宗弥だ。こいつの気配だけは、近づかれても感知できない。



 現在俺は、よくわからない事務所のような所に連れてこられている。

 といっても所在地は東京、ここの通称は「本部」だと判明している。まあ、その程度の情報しかまだ知らないのだが。



 宗弥と一緒に、ダウンした要を自宅にお連れ申し上げた後、彼のお母さんに「明日、本部を訪ねてほしい」と言われたのだ。時が時だけにガクブルしていたが、行かねばならない理由にはいくつも心当たりがある以上、観念して出頭したわけだ。


 宗弥に先導されて辿り着いた先は、大きくて綺麗なビルの一角を占める広くて明るいオフィスのような場所だった。拍子抜けするほど「普通」に思えるが、何種類もの結界がバチバチに張ってあるのがわかる。たぶん、日本のものじゃないのも混ざっている。

 鹿狼が無事に通過できるのか少し心配したが、皆あっさりと抜けていた。不思議に思って彼に聞くと、「ここのは対人間が主だからじゃね? それか、妖怪特化のも今だけ解除されてるとか。ようわからん」との事だった。

 


 それで今は、名前を告げた後、落ち着いた雰囲気の待合室に通されて待機中なのである。

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