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霊戦  作者: 悠布
30/36

28:慰魂

 男は、困惑の感情のままに、草原(くさはら)に佇んでいた。

 場所は北海道の片田舎。抜けるような蒼天の(もと)(かたわら)では複数頭の乳牛がのんびりと草を食んでいるが、彼の存在は全く気にも留めない。いや――

 気づいていない。


 男は、いわゆる「幽霊」だった。


 生を終えたのはずっと昔だったか、最近のことか、どちらでもあるような気がする。

 実はそれも違って、今も生きているのかもしれない。宙を飛ぶことも、扉を通り抜けることも無いのだから。


 この土地は、彼の祖父母が営む酪農家の敷地だった。現在は経営者が変わってしまったが、子どもの頃には夏休みによく遊びにきたものだ。

 実家は厳格な神社の家系だったから、この開放的な非日常の風景が大好きだった。それは何十年も経った今でも、思い入れがあるほどの。

 

(どうして、ここに...)

(別の神社で浮いて、地面に叩きつけられて、上から石が)

(…嫌だ、思い出したくない)

(この場所は、心地よい...)


 回らない思考で時折考えるも、それ以上は進まない。

 だからただじっと、何日も何日も、そこに居た。




 軽く足音が聞こえ、男はゆっくりとそちらに視線を向けた。

 大学生くらいの一人の若者が、4頭の獣を連れて歩いてくる。

 その姿には、見覚えがあるような気がした。やや彫りが深めの優しげな顔立ちと、吸い込まれそうな漆黒の虹彩、癖のある焦茶の髪。

 同時に、恐ろしい記憶が―――


(嫌だ、怖い)


「木宮 智和さんですね? 俺は矢束玲史と申します。

 お迎えに上がりました」


 彼――玲史は、男――智和の前で足を止めると、周りを見回して感嘆したように息をついた。


「穏やかな良い所ですね。自宅でも実家でもなく、ここまで飛んできた理由が少しだけわかった気がします」


(...飛んできた?)


 そういえば、自分はどうやってここに来たのだろう。

 飛行機に乗ってきた記憶は無い…


 玲史がスマホを操作して、画面を見せてきた。

 なんとなく、覗き込む。


 ――そこには、神葬祭(葬式)の祭壇に置かれた、黒い額縁に入った自分の写真が映っていた。


「木宮さん。申し訳ありませんでした。

 貴方は雲訪神社で、俺が起こした衝撃に巻き込まれ、亡くなったんです」


 そう言って深く頭を下げた玲史を、彼はふわふわと見つめる。


(この奇妙な感じは…そうか。生きて、いなかったから)

(そうだった。自分は…あの時、やはり)

(彼は、わざわざ、こんな遠くまで)


 ゆっくりと頭を上げた玲史に、智和は笑いかけた。


(知らせてくれてありがとう。君が悪くないのは知っているよ)


 少しずつ輪郭が溶け始めた彼を見て慌てる青年を、獣たちが宥めている。


「だいじょーぶ」「じょーぶつ」

「てん、いく」「へーき」


 そう。

 彼も神職の端くれ、一旦自覚してしまえば後は造作もない。


 智和は死んだことで、当たり前ながら、生前とは比べ物にならない程よく視える(・・・)ようになっていた。

 だから玲史に夜刀神が入ったままなのも、さらに大勢の人間を抱えているのも、彼の額の眼を通して見られている事も、そして彼が―――……


(頑張れ...)


 最後にそう思って、木宮智和は天へと上がっていった。



       ◇



 天国へと行けたらしい。

 さすが神職さん、理解の速さとスマートさを見習いたい。

 家族の元へ戻って会いに行くよう促す予定だったが、その必要も無かったようだ。

 

「モオォォォォーー……」


 なんだか不満そうな牛の鳴き声が聞こえ、見ると、鹿狼と睨み合っていた。何してんだ。


「ほれ、帰るぞ...あ。そうだ、弥月に報告しないと」


 手に持ったままだった携帯から、「木宮氏、昇天完了」とメッセージを送った。

 


 神社の事故で亡くなった13人のうち、数名はすぐに自力で天へと上り、また数名はその場に留まったり自宅に戻っていたりした。

 遠くまで行って所在がわからなくってしまったのは、残りの3名。木宮氏は、その最後の一人である。彼が一番遠出していた。


 どうして居場所がわかったのかというと、弥月に霊視してもらったのだ。彼女曰く、


「草原と牛……広くて、涼しい……それしか無い…」


 との事だったので、背後関係…じゃなくて実家関係を探って辿り着いたわけだ。母方の祖父母の家があった北海道の農場というのは直ぐにわかったが、いかんせん場所が遠かったぜ。


[かくも雄大で美しき北の大地が、日本の一部とはな。

 長生きはするものである]


 頭の中に麻多智の声が響いた。

 眉間の上にある眼型の窓から覗いているのだろう。


[もっと北西を向け、山の形が気になる]

「へいへい。てか長生きも何も、もう死んでるだろうが」


 仰せの通りの方角を向きながら、ツッコんだ。

 


 鹿狼が、夜刀神の中の謎空間に開けたアーモンド型の窓。

 それは予想通りというか、俺の額の下の方に「第三の眼」として現れた。でも角とは違い、霊感がある人にしか視えないから、隠す必要が無くて便利である。手洗いなど、「プライバシィィー!」と叫びたくなるような時にはサッと帽子を目深に被っている。音声も封じられ、完璧だ。


 中から景色を見ている者たちのうち、なぜか麻多智だけは話しかけてこられるようだった。理由は知らん。



 では、交通機関が通っている所まで戻ろう。

 来た時と同じように、飛んで。


 鞄にしまっていたロープを出すと、鹿狼4頭が鈴なりに咥えた。それを確認して、片方の先端を掴んで飛び立つ。


 トナカイがサンタの雪車(そり)を牽くのではなく、その逆だ。俺が、飛べない鹿狼を引っ張るのである。

 重みは全く無いが、(はた)から見ると奇妙な光景であろう。


「なー、飛べるようにならないのか? 一直線だと、マジでクリスマスの夜じゃないか。

 戦闘機みたいにV字に隊列組んで飛ぼうぜ」


「はこばれる、らく」「いえす、がんばる」

「…のぅ、せつやく」「つばさ…ほしい」


 提案すると、様々な意見が返ってきた。

 

 初めの頃より、会話がかなり高度になったよなぁ。

 これに補足すると、

 「えー、乗ってるのが一番楽なんだけど」

 「わかった、頑張ってみるね!」

 「…霊力は節約するべきだと思いますわ」

 「爺ぃが今更、新技を獲得するのは無理じゃよ。種族進化するくらいでないと」


 という感じだろう。声の調子から推測するとな。

 

 意外とものぐさが多かった彼らに苦笑しながら、下から見られぬよう注意して最寄りの街近くまで移動した。

 

 


 

 ―――もう、お気づきだろうが...


 そう。俺は生きている。

 最初に告げられた命の期限を大幅に過ぎたのに、夜刀神をまだ祓えていないのに、生きているのだ!!

 (そんな昔の問題、もう忘れてたとか言わないよな?)


 夜刀神の中で、さらに奴を取り込んだことが、何か良かったらしい。

 ただでさえ弱体化した相手を、固く深く封じ込める事ができたのだ。お陰で、今は奴との戦いに24時間裂き続けていた霊力の消費が無い。角や目、腕の鱗が元に戻ったにも関わらず!


 さようなら虚無僧(こむそう)スタイル。短い間だったがお世話になりました。普通の格好って素晴らしい。


 ちょっとテンション高めなのは、神社騒動にて亡くなった犠牲者を最後の一人まで見送り終わったからだ。

 とりあえず真っ先にやるべき事と定めた内容を完了できて、やっと気を抜……


 くとまた失敗しそうなので、適度に適度にな!


 

 帰りの飛行機の時間まで、まだ結構余裕がある。

 折角北海道に来ているのだし、どこかに寄って観光でもしていこうか。


 飛行速度を落としながら、再び取り出したスマホで「近くの観光名所」を検索し、内部の皆さん(・・・・・・)に質問する。


「このサイトのリストの中に行きたい所あるか?」


 額の窓から今、千人の視線が画面に降り注がれているはずだ。

 写真って便利だよな。現代の文字が読めない者でも、一目でその場所の様子がわかるのだから。


 少しして、麻多智が伝えてくる。


[神居古潭だ。ほぼ満場一致だったな]

「了解。でも、なんで揃ったんだ?」

[...まぁ、行けばわかるだろう」



 その返しに首を捻りながらも向かった先の目的地は、なるほど、さもありなんと頷ける場所だった。

 溢れんばかりの聖なる霊気が立ち昇っていたのだ。その程度(レベル)、群馬の霊山並みか、それ以上。


 岩がゴロゴロ転がる河原に降り立って、ゆっくりと深く呼吸をする。


「みんな、ありがとな。連れてきてくれて。写真見ただけじゃ、わからなかったよ」


 夜刀神の犠牲者たちは年代的・地域的に、北海道に来たことが無い者も多いだろうと思い、珍しい景色でも見せてあげようとしたのだが...俺の方が逆にサプライズされてしまったようだ。


 鹿狼の一頭が、高めの岩の上に立って、飛び上がろうと試みている。

 霊力に満ちた場所だからよく見えるのだが、鹿狼の周辺の空気が渦を巻いて上昇気流のように動いていた。


 …これ、翼さえあれば本当に飛べそうだな。天馬(ペガサス)みたいに。


「れーし、とべない」

「みたいだな。…すまんすまん、無理するな」


 少し悔しそうな声音が聞こえて、思わず笑みがこぼれた。



       ◇



 埼玉に帰ってきて、荷物を置いてすぐに神社に報告に行った。ここで事故で亡くなった13人全員が、無事に上がれました、と。



 現在、神社の見た目は、なんとか元に近い姿に戻っている。

 どのような理由があったのか不明だが、凄い多くの修繕作業員さん達がやってきたのだ。壊れた建物はたちまち布で包まれ、新品の狛犬が運び込まれ、鳥居は綺麗に塗り直されて直立した。

 そしてなんと2週間後には、本殿も拝殿も社務所も完全に直っていた。

 

 まだどうにもなっていないのは、傾いた木々だけである。


 神社の修繕がこんなに素早いのは普通なのか? と、この前宮司さん(怪我:腕の骨折)に聞いたら、


「客観的な事実を伝え聞いただけの上は、まあ…慌てるよね。僕も気の毒がられたよー」


 と、微妙に引き攣った顔で笑っていた。


 もう少し詳しく聞くと、どうやら、


 ①悪霊に憑かれた俺のお祓いをする。するとどうやら彼(俺)の守護霊は、大昔の偉人だったらしい!

 ②悪霊そっちのけで、「是非ともお会いしなければ!」と神社界の偉い人たちが集まり、あろうことが酒盛りを始めた

 ③立場が上の者達を前に、宮司も止めるに止められず、お祓いのために集まった者たちも適切に仕事ができなかった

 ④その結果、悪霊が暴走し、ついでに神罰(・・)も下った


 ――そう、思われたらしい。

 やや合ってる所と結構間違ってる所があるが、なるほど。それで「慌てる」か...


「そういう事でしたか...」


 スピーディに修繕が行われたのは良いが、死人も出てるし、俺も微妙な無表情で返したのだった。




 賽銭箱に小銭を落としながらブツブツと報告していると、木の上から枝葉が擦れる音がして、背後に誰かが降り立った(・・・・・)気配がした。

 伝え終えて振り向くと、案の定、作務衣姿の梨生が立っていた。癒合剤(ゆごうざい)の付いたハケと、電動ノコギリを持っている。


 彼女は軽く会釈して微笑んだ。


「お帰りなさい。終わったみたいですね?」

「ああ。最後には北海道に行ってきたぜ」

「それはまた遠くまで」


 そして道具を置くと、鹿狼を撫でる。


「皆さん、飛行機はどうでしたか?」

「はやいとり」「とびかた、へん」


「ふふふ、ですよねぇ。私も未だに、どうして鉄の塊が落ちないのかよく理解してません」


 撫でられて気持ちよさそうにしているのは、一番彼女に懐いているお姉様鹿狼だ。なんかフィーリングが合うらしい。


 梨生はひとしきり彼らを撫で回すと、肩から紐で吊り下げた癒合剤の缶とハケを俺に渡した。


「今晩は雨だそうです。一箇所でも多く、裂けた枝口を処理してしまいましょう。私が電ノコで切るので、玲史は素早く塗ってください」

「了解!」


 

 飛行能力とは、実に便利だと思う。

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