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霊戦  作者: 悠布
3/36

1:とりあえず神社

 前を見据える。

 視界の先、あと一歩を踏み出して鳥居を潜った先に続く参道は、真緑の葉で作られた木漏れ日がちらちらと当たり、所々光って見える。


 通常ならば、「落ち着いた普通の神社だ」と。そう感じられるのだろう。


 だが、今の俺には―――


 身体の芯から吐き気を催すような、不快そのもの。

 絶対に足を踏み入れたくない、地獄のような光景に見えた。


「……と、いうことは。

 やっぱ、正解って事だよな?」


 ニヤリと笑い、本能に逆らって足を一歩踏み出そうとして――上がらない。

 それどころか、足を上げたら…くるりとUターンして歩き出しそうにも思える。


 しかし。


「この身体の主人は俺だ。

 おまえの好きにはさせない」


 汗をダラダラと流しながら、全身全霊をかけて、グギギギギ…と右足を持ち上げ、つま先を地面に引き摺りつつ、じわじわと前に押し出す。

 残念ながら一歩で鳥居の真下に到達することは叶わず、荒い息を浅く繰り返しながら、左足も同じように前へと動かした。


 気持ち悪い。頭がガンガンする。

 心臓が高速で拍動を打ち、視界がおかしい。


 足はなんとか鳥居の真下を突破したが…今度は、額が見えない壁にぶつかった。

 ゴムのようなガラスでもあるのか、頭部が鳥居の下を通過しない。


 無視だ、無視。


 次は首の筋肉に力を込め、額にめりこむ尖った岩のような感触を頑張って気にせずに、頭を前に押し出した。

 頭痛がいっそう酷くなる。

 芯から脈打つ血流だけでなく、物理的にも痛い気がする。


 だが。

 

「病は気から。

 なら、コレも気合でなんとかしてやる...っ!」


 首が捥げたっていい。

 その覚悟で、もう一歩、足を動かした。





 ―――突破した。神社の、鳥居を。


 それを認識すると同時に、張り続けていた気が(ゆる)んだ。

 霞み、狭まる視界が地面へと近づいていく。

 なんとか顔面着陸だけは回避に成功したところで、記憶が途絶えた。



       ◇



 神社で掃除のバイトをしていた彼女は、参拝者の一人に声をかけられて、落ち葉や木屑を掃いていた箒の動きを止めた。


「―――人が、倒れている?」

「ええ。鳥居の下に、すごく具合が悪そうな若い男性が。

 救急車というよりも…神社に来たくらいだから、やっぱり…」


 心得ている上に親切な参拝者に頷き、彼女は丁寧に一礼した。


「お知らせくださいましてありがとうございます。

 すぐに向かいます」


 そして箒を片手に、鳥居に急行する。


 ―――いた。

 参道横の地面に若い男が一人、死体のように転がっている。


 

 彼女には、微妙に霊感がある。

 しかしそれは弱く、通常なら「良くないモノ」がなんとなく感じられる程度だ。


 だが、アレは…

 今までに見た悪いモノの比ではない。

 

 濃い紫黒(しこく)の細い影が何本も、うねるように身体に巻き付いているように見える。

 今、神社の()を浴び始めたせいか、負の気配を漂わせるソレ。


 近づくことさえ、本能が拒否する。

 なぜ未だに彼がとり殺されていないのか不思議な程度の、圧倒的な邪の気配。


 救助は諦めて、自分の荷物の中の携帯電話を取りに駆け戻った。

 今はこの場にいない宮司に連絡を入れる。

 幸いにも、すぐに電話が繋がった。


「もしもし、五峯(いつみね)です。ヤバいモノに憑かれた方がいらして、倒れました。――はい、意識はありません。怖過ぎて、私一人では近づくことも叶いません。

 ――えぇ? 危なくないですか?

 ――……わかりました、やれるだけやってみます...

 とにかく早く、来てくださいね…」


 通話を終えて溜め息をついた彼女は、動き出した。

 下りた指令は、「少しでもその者を神社の内側まで移動させること」

 確かに、現在の位置では外から丸見えだ。

 色々と不味い。

 

 さてどうするか…と考え、五峯は原始的な方法を使うことにした。

 拝殿の中に入ってニ礼し、供えられた水と塩を持ち出すと、バケツに中身をぶっ込む。

 手水(ちょうず)に溜まった水も足し、バケツに薄い食塩水を作りだすと、長いロープを無造作に浸した。


 十分に水分を含ませた後、先に輪っかを作ったロープを遠くから投げ、上手く彼の靴先に引っ掛けると、なんとか足首まで通す。

 もう片方の足にも同じことをし、2本のロープの先端を持った彼女は、ズルズルと引き摺って移動を開始した。


(おっも)ぉ…」


 だが、尋常の重さではない。確実に、彼に憑いているモノが抵抗している。

 ピラミッドを構成する石を一人で引っ張る、当時の作業員のような心情になりつつも、五峯は頑張った。


 神社で働く者、外見外聞を気にすることなく、随時最善を尽くすべし。

 彼女が勝手に定めたマイルールだ。

 

 全体重をかけて土の地面を進みながら、彼に対して申し訳なく思う。

 これでは白い上着の背中が真っ茶色だろう。

 後頭部もハゲないといいが…


 敷地の内部に進むほど、彼が重くなる。

 時折、参拝者が目を見開いて通り過ぎていく。

 必死に愛想笑いを浮かべながら、五峯は長い時間をかけて数十メートルの距離を踏破した。


 拝殿の前…賽銭箱の近くの階段付近まで移動し終え、やっと息をついた時、彼女の上司――ではなく、この神社の宮司がやってきた。


 こんなに早く着くのなら、私一人で頑張った意味が…と、微妙に勿体ないような気持ちになりながら、縄の先を手放して―――


 瞬間、意識がないままの彼が、仰向けのまま勝手に地面を動き出した。

 中に巣食うモノが、逃げる気満々なのだろう。


 宮司の存在も忘れ、思わず叫ぶ。


「あー、待てこらー!

 私の努力を、そう簡単に水の泡にするなー!」


 ロープの先に追いつき掴んで、再び逆方向に体重をかけながら、急いで上司を見る。今はもう、彼女は一人ではないのだから。


 手伝ってくれるかと思いきや、彼は携帯電話を取り出した。

 一応駆け寄ってきてロープの片側を受け取りながらも、誰かと通話を開始する。


「もしもし…〇〇さん、埼玉県の雲訪(くもわ)神社なのですが…あぁ、もうわかります?

 そうなんですよ、ヤバいのが居て…僕一人じゃ太刀打ちどころか彫刻刀でちまちま削ったらその削りカスにやられるレベルです。

 ――え、もう向かいはじめて…?

 ―――わかりました、手当たり次第、声をかけてみます。

 では」


 通話を終え、宮司は荷物から細い縄やら石やら陶器やら塩やら…と色々出すと、()の周囲に簡単な結界を張った。

 見えない領域の内側に囚われ、彼の身体は動きを止めた。

 短時間しか保たなさそうだが、今はなんとか神社の敷地外への逃亡は防げていると言っていいだろう。

 

 そして再び、各所へ電話を掛け始めた。

 

 特に何も指示されなかった五峯はというと…

 2リットルのペットボトルに塩水を入れ、霧吹き変換キャップを填め、ひたすら無心にプッシュした。

 細い縄と、結界の内部空間に向けて。


 上司がサムズアップしてきたので、これでよかったのだろう。

 


       ◇



 俺が目を覚ました時に見たのは、その…客観的に見るとけっこう異常な光景を、内側から見た景色だった。


 木漏れ日が目に眩しい。

 頭はキリキリと痛み、後頭部がヒリヒリと痛い。

 背中にも違和感を感じ、縄の巻かれた両足首は普通に痛い。

 だが何よりも変なのは、俺を中心とした四方に綺麗な石を置き、その上に立てた木の棒に張り巡らせた細い縄の向こうだった。


 作務衣を着た女の子がデカいペットボトル霧吹きをこちらに向かってプシュプシュし、Gジャンの男性が祝詞っぽい呪文を唱えている、


 こ...これは。

 ついに、神社にて…お祓いを受けている…!?


 うおっしゃあぁぁぁ!

 俺は、とりあえずやり切ったのだ。首は、捥げてねぇ!


 あまりの喜びに、身を起こして彼らに向かってガバっと土下座した。


「ありがとうございます!

 俺に中からも出来ることはありますか!?」


「あ、うん。じゃあ五峯ちゃん、塩水渡してあげて。

 ――君はそれを頭から被って。

 それから、御神酒(おみき)を...」


 その言葉を受け、俺は地面に置かれたペットボトルを受け取り、女の子はどこかへ駆け出していった。


 塩水らしいが、尊い聖水の皮を被った猛毒の水に思える。

 頭から被ると、吐き気が増して、またもや地面に倒れてしまった。


 ――だが、これは…効いているということなり!

 辛いが、嬉しい。

 もう本質がMだとか言われても構わねえ、ドMで結構!


 ウヒ…ウヒヒ…

 とピクピクしながらひんやりとした土の地面を頬に感じていると、視界の端に駆け戻ってきた作務衣を捉える。

 彼女は御神酒を俺の側に供える(置く)と、サッと離れた。


 近付くのも畏れ多い、祟り神のような扱いだ。

 あながち間違ってねえか。


「こ、これを…飲めば良いんすか…」

「できれば。無理しないでね」


 頷き、吐き気を加速させる悪臭を放つ御神酒を手にとった。

 腐ったジュースのように感じられるが、これも全て錯覚。まやかしだ!


「はっ…

 祓えたま…い゛、きっ…きき清めたま…うおぇぇぇ…

 か(かん)なぎゃら守り…たまぁい、さ...ざざ(さきわ)ァイ…たまふぇ…」


 賽銭箱の奥に見える、簡単な祝詞が書かれた札の言葉を読み上げながら、なんとか御神酒を飲み干した。

 少しでも効果アップを狙いたかったから。

 

 胃の中に流し込まれた劇物が暴れ狂い、堪らずリバースしつつ、意識を飛ばした。



       ◇



 御神酒を飲み干して再び気を失ってしまった青年を見て、祝詞を止めた宮司は感嘆したように目を見張る。


「いやぁ~…、強いねこの子…

 守護霊軍団も素晴らしく頑張っていらっしゃるみたいだけど、本人の意思でコレを制御下に置いているとは…」

 

 彼は今度は鞄から紙のお(ふだ)を大量に取り出すと、それをヒラヒラと青年の身体の上に振りかけた。


「とりあえず、一旦触れるくらいにはなったかな? 拝殿の中に運んでしまおう」

「...はい…」

「――やっぱ、軽く掃除して清めてからにしようか」

「はい!」

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