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霊戦  作者: 悠布
27/36

25:妖怪と人間

 もう何周、九字を切っただろうか。

 既に千人ほどが魂と自我をなんとか取り戻し、やはり千人くらいが消滅した。

 3分の2程度の人数まで来たかな?


 一回の成功人数平均が8人だとして、1000÷8が…125だから、その半分、約60回÷9文字…あと6、7周繰り返せば区切りがつく!


 という計算ができるくらいには、余裕が出て落ち着いてきた。

 

 なぜか、霊力が減らないのだ。

 いや、減るには減るのだが……必ず、底が見える前に溢れるように湧き出してくる。しかも、毎回別のブレンド茶葉のような...

 麻多智がうまく手助けしてくれているのだろう。


 一番の懸念事項がとりあえず大丈夫そうだと早々に判明したので、あとは油断せずに結界を保ちつつ、着実に祓っていくだけだった。



 俺とは逆に、夜刀神の方はどんどん旗色が悪くなっているように見える。

 こちらへ向けての攻撃力も少しずつ落ち、取り縋る者たちを吹き飛ばす威力も最初より弱い。


 このまま全員を祓えば、本当に夜刀神を祓えるまでに弱体化させられるかもしれない。



 ――だが、全く気を抜く気になれないのは、相手の様子が何か変だったからだ。


 同じ作業を何度となく繰り返しながら、ぶつぶつと呟いている。


「……なぜだ…人間どもは何故吾らを迫害する…同種族の弱者を守る、強者は好き勝手に生きている…それなのに何故、他種が自由に振る舞うことを認めない……

 (あやかし)とは人の鏡、動物よりも人に近い…危険な猛獣も種の保護とやらを行うのに、なぜ弱い妖の存在すらも許さない……」


 そのような言葉をずっと連ねているものだから、つい反論してしまった。


「動物は目に見えるけど、オバケは見えない・聞こえない人も多いからだろ。生態の研究とかもできないし、そのうち悪さするかもしれないから、その前に消しちまおうってんじゃねえの?」


 何気なく一般論を教えてやったつもりだったが、夜刀神はぴたりと動きを止めた。縋る者たちを払うことも忘れたように突っ立っているものだから、こちらも思わず手を止める。


 彼が、俺を見た。

 ――いや、俺を突き抜けて、その先を見ている。


 その目は異様に澄んだ青い光を放ち、弱くなっていた妖気(オーラ)がぶわりと震えた。


「人間こそが――飛び抜けて害悪な種族だ。あまりの禍々しさに、本心が見えぬ、聞こえぬ。

 子供や若い女はまだ良い。感情と純粋な欲に従って動く、わかりやすい動物だ。だが他の連中の、なんと底の見えぬ澱んだ沼の深きことか」


「そんなに嫌いなのに、なんで襲って喰ってたんだよ」

「わからぬか。嫌いであればこそだ。貴様も、あれほど怒りを向けた吾の技量を吸収し、今、使うているだろう」


 まあ、な...


「吾らは、ただそこに()るだけの存在。

 暮らすに必要なものだけを取り込み、必要な住処のみを拓く。

 壬生連(みぶのむらじ)とは違う、箭括(やはず)の末裔よ、今こそ問う。

 何故(なにゆえ)人は、自らにのみ利のある「地を(たひ)らとする」ことを大義名分に掲げられるのだ?」


 唾を飲み込んだ。

 相手の本心からの問いに、なぜか勝手に足が震える。


 ミブなんたらは知らんが、()に聞いていることは十分に理解した。地を平ら、ってようは自然破壊…でいいんだよな?


 

 よく、考える。

 そんな難しい事は頭に思い浮かべたことすら無いが、今、少なくとも自分なりの答えを出して告げてやらないと、なんだか――

 相手が可哀想な気がしたから。



「......。

 人は……高度な文明や技術力の発展と引き換えに、本能を失った。必要が、なくなったからだ。

 それで、どこまで他の種族や自然に迷惑をかけていいかの本能も、消えたんじゃないか。

 必要以上に(ひら)いて安全な場所と豊富な食料を用意しても、それで本当に足りているのかが分からない。不安で、臆病なんだ。

 でも――新天地を求める探求心と、見知らぬものに対する恐怖心だけは、未だに消えない。だから…生き物としては歪な生態に…なってるんだと、思う」


 瞬間的に考えた俺の意見だよ!?

 なんか人類代表みたいな重圧を感じるが!!


 こっちをヒタと見据えていた相手は、目を逸らさないままに続ける。


「貴様は、それをどう思うのだ」


 きたよ、もっと重いのが!

 今は俺が有利なはずなのに、何だこの敗北感は。


「自然の摂理の一つだと思うよ。

 傲慢な種族が生まれ、他を迫害し始めたのも自然な時の流れの中の、一時的なものに過ぎない。そのうち報いを受け、酷い滅び方でもするのかもしれないな。それこそ、人間 VS 妖怪 大戦でも始まって」


「...それでいいのか?」

「いいかどうかはともかく、大河の流れは変えられない。

 まあ…無理に治水工事を行おうものなら、それこそ堤防が決壊して大変なことになりそうだな」


 分を弁えずに実力以上のことに挑み続けた結果が、良くも悪くも人間の成れの果てなんだろう。


 笑いながらそう言うと、夜刀神に少しだけ引かれた気がする。コイツにそんな態度を取られると、地味にショックなんだが。


「自分以外のことをどうでもいいと思うのが人間だと思っていたが...

 貴様は、自分のことがどうでもいいのだな」

「?」


 さすがにそんな事はないと思うぞ…


「お前は人に向いていないな」


 敵の口調によると、俺は今褒められているらしい。


「そりゃどうも。ところで、そろそろ大祓いするけど」

「ああ、いいぞ。嫌いなムシケラを引っ付かせておるのが嫌になってきたところだ」


 大祓いといっても、大晦日のアレではない。 

 会話をしている間に、残りの千人ほどの全ての者が夜刀神に取り付き完了していたのだ。だから大祓い。


 多分、この人数を一度にとなると、九字ではなく直接ありったけの霊力砲をぶちかまして――


 ...って、今なんて言った!?

 いいの!?


「おまえ…最悪だな。自分で殺してくっつけた癖に、嫌いだからポイとか」

「そもそも必要なのは生気(にえ)だ。人の魂を取り込むと強力になるのは確かだが、お前の言うように借り物の不純物でもある」


 奴は、「さぁどうぞ」とばかりに両手を広げ、俺の攻撃を受ける気満々なようだ。

 この、変わり身の速さ。さすがに蛇神と言ったところか?


 右腕を真っ直ぐに伸ばし、炎を帯びた剣を正面に構える。


「言われなくてもやるけどさ。

 やっぱ嫌いだわ、おまえ。なんで1000年以上も生きてて、立場が一貫しないんだよ。芯が硬くないというか…

 なんつーか...仮にも神のくせに、全く尊敬できねぇ」

「生きてはおらぬ、妖からの神だからな。

 柔軟なのは蛇の特性だ」


 その、ニチャァァとした笑い方。気持ち悪いからやめてほしい。



 しばらく使わなかった事で満タンに近くチャージされていた霊力を、剣に込める。

 千人が重なりあっているせいでボヤけて見える夜刀神に(それでも奴だけは奥に透けて見える)狙いを定めた。

 どうやら本当に避ける気が無さそうなので、こちらも十分に集中して、ついでに言霊も併せて―――



『...祓われろ!!』


 撃ち込んだ。



       ◇



 玲史の身体を預かってから2時間が経過し、宴もたけなわ――否、歴史講座により大いに皆を喜ばせていた麻多智は、突然霊力がごっそりと抜けて底をついたことで、(さかずき)をひっくり返して立ち上がった。

 周囲で彼を囲んでいた、紋入り白袴を穿いたおじいさま方も顔を引き締める。


「まずい。玲史が負けたのか!? ――いや、それならばしかと解るはず。されど一体どんな方法を使えば、あれだけ一気に霊力の消費を...

 我が身体を操る以上、生命力が変換される事はないが…

 しかし中にはまだアヤツが……!」


 そう言った直後。

 余波(・・)が到達した。


 しばらく、物も動かず火の玉も飛ばずの状態だったために、ほとんどの者たちが軽く油断していた。





 ―――凄まじいものだった。


 境内のありとあらゆるもの(・・・・・・・・・)が浮いた。


 そして、麻多智を中心とした半径5mほどの真球状の範囲内が、まるで爆発が起きたような業火に包まれる。


 さらに空間が歪み、重力が上がった。

 根本から引き抜かれつつあった木々の枝が折れ、浮遊状態もそのままに今度は地面に叩きつけられる。



 ...それは、たった数秒間の出来事だった。


 だが、事が落ち着いたときには……

 

 神社の中は、見るも無惨な姿に変貌していた。



 しかし不幸中の幸いだったのは、張られていた神界が、外部への被害を全て防いだこと。

 そして神界のせいで中に入れなかった妖怪たち、外でその相手をしていた者たちが、無事だったことである。



       ◇



 鹿狼と遊んでいた梨生と宗弥の元に、仮眠をとって僅かに復活した要と、偉ーい大人たちに麻多智を取られて拗ねた弥月が来ていた。


 やんややんやと笑い声の聞こえる方から目を背けながら、弥月が腕を組む。


「信じられない、あんな場所に麻多智様を座らせたまま自分たちもお酒を飲むなんて。しかもあんな(・・・)人たちが…! パパラッチしてやろうかしら」


「ははは、やめとけー。持ち込んだ先のブンヤの方が潰れるぞ」


 パパラッチ…ではなく、堂々と鹿狼の角のドアップ写真を撮りながら宗弥が笑う。


 梨生が、急に声をあげた。


「みっ、見てください!

 ほら、お手! お手してくれましたよ!?」


 腰を浮かせそうになって慌てて戻した彼女の片手の上には、確かに鹿狼の前脚がちょこんと載っていた。


「うわぁ、可愛い! 妖怪も芸を覚えてくれるんだ!」

「いえす」

「喋った!?」

「なんでお前にも聞こえるんだよ!!」

「あんた、聞こえないの? なら日頃の行いね!」


 騒がしい彼らから少しだけ離れて、要は一頭の鹿狼にヘニャーと縋っていた。


「いいねぇ、若者は体力あって...」

「まあ要よりは、酒盛り爺さん連中の方がよほど体力あるよな」


 

 芸の教え方を弥月が梨生にせがみ、鹿狼に乗ろうとした宗弥があっさりと振り落とされていた時だった。


 すぐそこに張られていた結界内に壮絶な波が暴れ狂い、一拍置いて神界が壊れたのは。



「......え……?」



 さすがに、少しの間は誰も動けなかった。


 鳥居が倒れ、参道に叩きつけられた灯籠と狛犬が割れ、一度浮いた後に落下した社務所と拝殿・本殿は半壊している。

 細い枝が全て折れた大木が傾き、地面に散らばった大量の枝葉が引火して静かに燃えていた。


 そして、何かが焦げる嫌な匂いと血の臭い。



 まず、鹿狼4頭が動いた。

 入れるようになった境内に走り込み、噛み締めた唇から血を流しながら立ち尽くしている麻多智の元に殺到する。



「あ…え、嘘だろ…え? とりあえず、救急車…か…?」


 呆然と呟いた宗弥の前に回り込んだ梨生が彼と目を合わせ、頷いた。


「はい。宗弥さんはまず、救急車を呼んでください。

 それと――この中で、一番権力を行使できるのは誰ですか? 親でも知り合いでも、全てのツテを使ったときの」


「一番は賀泥だな。――弥月、生きてる?」


 魂が抜けたように目を見開いて佇んでいた彼女の肩を要が軽く揺さぶった。


「生きてないわ……」

「それでも喋れれば十分だ。弥月。両親に電話をかけて、雲訪神社関連の全てのメディア取材を遮断するように伝えて。今ならまだ間に合う」

「わかった...」


 そして二人を置いて、要と梨生は境内に駆け込んだ。

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