24:戦場からの宴会
「邪魔だ」
夜刀神から全方向に放たれた烈風に、十数人が一気に吹き飛ばされた。やたら上手いな?
しかし、すぐに次の十数人が取り付く。
実体は無いため、互いに重なり合うように重複して相手に取り縋る。
「まさか奴と同じ事を考えるとはな。だが時間を稼いでどうするつもりだ」
「何を言っている?」
霊力が右手の先まで行き渡ったのを確認し、左眼前に構えた。
…たぶん、格子状である必要はない。全方位からいけそうだ。
再び吹き飛ばそうと夜刀神が動く前に、こちらが先手を打った。
「臨」
斜めに振り下ろした剣の先から宙を駆け抜けた赤い光線が、敵に直撃した。
俺がこの状況で攻撃すると予想していなかったのか、夜刀神の反応が遅れる。
取り付いていた十数人の約半数がその場で掻き消えた。
だが残った半数は姿を薄れさせながらも、その瞳には光が戻り、ハッとしながら相手から飛び退いた。
――成功率は、約5割か。
「な……!?」
「次!!」
敵が事態を把握する前に、もう一度。
次のグループが突撃するのと同時に、今度は下から振り上げる。
「兵」
光線直撃後に消失したのは、約4割。
さすがに敵もこちらの思惑に気付き、怒りに燃える目で俺を睨み付けながらも周囲の者達を吹き飛ばし始めた。
時折、こちらに特大攻撃が飛んでくるから、皆にまで結界を張ってあげる余裕は無い。
しかしこちらには、数千人。
ほとんど無尽蔵に殺到する意思無き者達を誘導するのは、力を失いながらも魂を取り戻した者たち。
「闘」
「はっ、とんでもないな。
消えゆく者共には、貴様が止めを刺している。もう二度と、輪廻の輪に還ることは無い」
「それは、おまえの中に居ても同じ事だろう。皆、消失する可能性があっても自分から飛び込んでいるのが見えないのか?」
夜刀神が、突然身を躱した。
敵を捉え損ねた4太刀目が、その後ろにいた魂と意思を取り戻した者を直撃し、彼女は掻き消えた。
「どうだ? 長き時を忍び、ようやく救えた者に自らの手で引導を渡してやる気分は」
「借り物の力を剥がされ、本来の弱い姿に戻る気分はどうだ?」
質問に質問で返してやると、彼は押し黙った。(ちなみに、拝殿が歩き出したのはこの会話の直後である)
そして、凶悪なトゲのついた長い刃物のような鞭を、青い炎を絡ませながら飛ばしてくる。
その直撃を受けた結界のうち4枚が一度に貫かれ、最後の一枚に阻まれて止まった。
――危ねぇ。
だがこちらも、向こうが攻撃に使った隙に5太刀目を成功させている。奴の気を逸らした隙に20人以上が取りつき、10人以上が残った。
さあ。
霊力が尽きるまで、続けようか。
◇
拝殿の外では。
玲史達が中に入っていってから、間もなく怪し気な連中が姿を見せた。といっても、見た目の格好はごく普通の一般人たちであるが。
「失礼。先程こちらの神社に入って行った、奇妙な格好の者たちに用があるのですが。会わせていただけませんでしょうか」
そう言った、どこにでも居そうなスーツ姿の中年男性を胡散臭げに見やった弥月は、首を振った。
「今は彼らにも大事な用があるから、すぐには無理ね」
「ほう。それはどのような? 例えば…この厳重な結界の中で、ガラス瓶の蓋を開ける、とか...?」
「違う。結界を壊されると困るから、せめてもう少しは大人しくしてて頂戴」
「壊されると、困る…と。それはそうでしょうなぁ」
言葉を重ねるほど相手の勘違いを促進してしまう、と思った彼女は、できるだけ黙ることにした。出来るだけ。
「引き下がれとは言わないから、いいからここで待ってなさい」
「なるほど。まずは外で守る者達を倒してから進め、と。
――良いでしょう。その宣戦布告、受け取りました!」
「どうしてそうなるのよ!!」
「皆さん、相手は神界です! 全力で挑みますよ!」
「「了解です!」」
というコントのようなやり取りの後、冗談のような結界攻防戦が始まった。
相手も、仮にもその界隈の人間。
単純な霊能力戦とは違い、結界の攻防戦となると、いくら敵がポンコツでも楽にあしらうことはできない。ましてや守るべきは神界レベルの維持、ただでさえその維持に必要な人数しか揃っていないのに、勘違い系の厄介な敵の排除が増えた。
「基点はそこですね!? なら、この場にコレを置けば…」
「東面が密かに突かれてる! 誰か阻止して!」
「止めろ! 2対1なら余裕だ!」
「佐々木がやられました! フォローをお願いします!」
「あっ、なんだこの獣の妖怪は!? くそっ…」
「奴らを妨害してるぞ! てことは…こちらの味方か!
しかし、一体誰の!?」
――とまぁ、実は拝殿の外の戦場が一番地味に激しかったりしたのだ。
そんな折、中から増援が現れた。湊朔と霊能者たちである。
夜刀神の前では役に立てなかった彼らだが、人間レベル相手なら普通に超級戦力である。
たった数人だが、危うくなっていた神界はすぐに持ち直した。
朔が、ガラス瓶を持ち上げて振ってみせる。
「これかな? 君らが探してるのは」
目的の物を目にして、謎の組織のメンバー達が色めき立つ。
「返せ! それは我々の!」
「瓶は倅のだし、ましてや中身の魂は他の人間の所有物ではないだろう」
きょとんと不思議そうに返した朔は本当に、相手の言いたい事を理解していない。
「屁理屈はいい、だから――」
「お眠りィィー、『眠』」
それを受け、敵方の人間が瞬時に倒れ臥した。
言霊であっさりと全員を無力化させた朔に、脱力した弥月がツッコミをいれる。
「無駄にパクるの好きよね…」
「有名台詞の有効活用と言ってくれ」
外で頑張っていた者たちが、やっと気を緩めて一息ついた時だった。
拝殿が歩き出したのは。
「うわっ、何だ!?」
「距離を取れ! 潰されるぞ!」
物理に働きかける能力の優れた者たちが必死に抑えようとするも、暴れる建物を鎮めるのは容易ではない。
そんな中、「安全だからヘルプ!」などとふざけた事を抜かす声が聞こえてきたので、ふざけんな! と思った弥月が誰よりも速く言い返した。
ややして、拝殿の中に居た全員が飛び出してくる。
「外に出れば、建物が動くこともなかろうて!」
少し面白そうに言い放った玲史は彼じゃないような気もするし、たぶん夜刀神でもない。
「しかし、火が木に燃え移るとそれはそれで危険が...」
キョロキョロしながら火の玉を飛ばす彼を手水の近くまで引っ張りつつ、用心深く水鉄砲を構えた梨生が言う。
「…玲史はかつて、無意識に拝殿を飛ばしました。外からでも可能かもしれません」
要の言葉に、本人と宗弥がギョッとする。
「それはいかん、本殿を飛ばしたら神へ申し開きが…」
「えっえっ、マジで!? うーわ、やっば……!!
戻ったら是非とも研究させてもらおう…!」
言動は対照的だった。
何かに気付いたらしい麻多智が、目を輝かせる。
「おおっ、この結界はもしや...五行と陰と陽に基く思想の発展形態か!?
なるほど、如是統合されたか…」
弥月がピクンと反応した。
「…ねぇ、この人って...?」
「箭括の麻多智様だよ」
歩き出した狛犬二頭を抑えながら要が答えると、彼女は飛び上がった。同時に結界が緩む。
「ええぇぇ、うっそぉ…いや、ホントよね!?
きゃあぁ、やっぱり本物の麻多智様!?
うわうわ…やばやばやば、どうしよ…!」
顔を覆って、指の隙間からチラ見する弥月は完全にミーハーの態度である。
「アイドルとか芸能人には見向きもしないのにな…」
と呟く宗弥を、周りが微妙な目で見ている。
6本同時に歩き出す灯籠を宥めるのに要が苦戦し、誰かの服に引火した火を梨生が消火し、弥月の動心で弛んだ結界を皆が張り直し、地面で眠りこけた謎の連中の懐を朔が探る中、宗弥と弥月は麻多智に詰め寄っている。
「なぁなぁ、どうして余波?だけで物が動くんだ?
てか余波ってどんな感じだ?」
「敬語使いなさいよ!
麻多智様、お会いできて光栄です! あの、現代は貴方様の御目から見て、いかがでしょうか…?」
「お前だって、いつも歳上にタメだろ!
あ、そうだ。なんで1000年以上も、意思が無事に存在できたんだ? 戻っちまう前に教えてくれよ!」
「失礼な物言いは慎みなさい、古代の英雄よ!? 格が違うの!
…麻多智様は、陰陽道にお詳しいのでしょうか?
日本に伝来した当時の形態から、やはり大きく変化しておりますか…?」
畳み掛けられて目を白黒させていた彼は、フッと笑った。
「余波、か。内部で起こった津波を、身体という名の堤で和らげるも、多少は乗り越えてしまうから、だな。
今は…何やら面白そうな時代になっておるな。よもや、いまだ王の御代が続いておるとは思わぬが…」
「続いております! えっと、確か…126?代目です!」
「なんと!? さらに100代もか! いやはや恐ろしや…」
楽しげに話している彼らに、そろりそろりと近づく者たち。
おそるおそる、声をかける。
「あのー、もし宜しければ、私たちも質問を…」
「良いぞ。たんと...むむっ?」
突然動きを止めた麻多智が、少し顔色を悪くする。
「不味い。霊力の消費が激しい。このままでは...」
「わたしの、無駄に余ってる力を差し上げます麻多智様!」
「いやお前は結界維持に回せよ! おれの方こそ超絶無駄になりそうだから、やるよ」
「いえ、殆どお役に立てない私の霊力こそ、僅かですがお使いください」
「どうぞ我らのも...」
わらわらと集まってきた皆に分けて貰い、麻多智、ひいては内部の玲史のエネルギーがチャージされた。
「有り難い。どうやら長丁場になりそうだな…」
零された言葉に、数名がどこかへ電話をかけ始めた。
その、約1時間後。
神社では、「箭括先生による1500年前の歴史講座」が開かれていた。
いつのまにか人が増え、神社の駐車場はとっくに満杯になり、近隣のコインパーキングまで満車になりつつある。
そして、白い布が敷かれた地面に並ぶ、日本酒と消火器のセットという異様な光景。どんな噂が伝わったものか、後から駆けつけた者たちが皆一様に持参してきたのだ。しかもどうやってか、霊力満タンでやって来る。
捧げされた高級寿司を前に、麻多智が上機嫌で話している。
「実に美味だな、寿司という料理は! それに、この「芋焼酎」は至高である!
あ、我ちょっと厠…」
「いってらっしゃいませー」
「おい、今更だけど側は二十歳超えてるのか?」
「ははは、またち様なら大丈夫だろー。
なにせ御歳1500歳以上ー」
「なに貴方まで酔っ払ってるんですか。寒いから黙ってください」
「いやーしかし、全く素晴らしい話が聞けたな、まさか昔を生きた本人から当時の様子が話されるとは」
参道脇の地面で、あろうことか酒盛りのような真似をし始めた大人たちの元に、「スタッフ」と書かれた白い紙を服に貼り付けた(宮司に貼り付けられた)弥月が盆に載せたツマミを運んできた。
「ちょっと、麻多智様まで酔っ払わせたら承知しないわよ!? 身体はまだ…20歳?ってことを忘れないでよね!」
「おー、賀泥のお転婆嬢か。大きくなったなぁ」
「誰よあんた。それよりもういいでしょ、消火係に回って」
現在は、この場に居る者たちで交代して結界維持・消火・講座聴講・動いた物の修正・霊力チャージが行われているのだ。
眠っていた勘違い連中はどこかに運び去られている。
因みに、要はさすがに緊張の糸が切れたのか倒れ、拝殿内に寝かされている。
梨生は最初は神社の助勤として「スタッフ」をしていたが、鹿狼とコンタクトを取ろうとする宗弥に「意思疎通がとれない」と泣きつかれ、彼らに懐かれている彼女が通訳係として召喚されている。
外部で穏やかな空気が流れる反面、麻多智の内側では削り合いが繰り広げられていた。




