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霊戦  作者: 悠布
24/36

22:麻多智 VS 夜刀神(ほぼ物理)

 時を、玲史が白(からす)に群がられつつ目覚めた頃にまで遡る。


 突然依代(よりしろ)の身体を操れなくなった夜刀神(やとのかみ)は、気がつくと灰色の空間に佇んでいた。

 音も光も匂いも無い場所で、夜刀神は玲史の形をしている。現実では今、彼が依代の身体を支配しているためにその影響が出ているのだ。


 

 ――閉じられたのなら、その空間ごと破壊すればいい。


 思い、彼は地面の一点に向けて針で貫くような攻撃を放つ。

 だがその一撃には何の手応えも無かった。


 舌打ちをし、ならば普通に脱出するまでと振り返った夜刀神の前に。

 箭括(やはず) 麻多智(のまたち)が立っていた。



 麻多智は表情を緩めると、歓迎するように両手を広げる。


「ようこそ、君の犠牲になった者(たち)領域(エリア)へ」

「...何故貴様に、意識が残っている」


 夜刀神が生贄として吸収した者等は、このような空間にカケラくらいは残っていたとしても、彼のように確固たる自我が残っているはずがないのだ。

 大元となる魂が無くなってしまったのだから。


 僅かに動揺した相手を見とってか、麻多智が余裕の笑みを浮かべる。


「眠っていた意識が復活したのは、割と最近だ」

「……そういう事か」


 流石に蛇神、たちまちに事態を察した。

 ずっと不審に感じていた、矢束玲史の不自然な強さの理由を。


 

「それにしても…(かつ)ての判断は失敗だった。

 完全に消滅させられないのならば鎮めるまでと、神格化させたにも関わらず――」


 麻多智がギロッと敵を捉える。


「表立って暴れなくなっただけではないか!

 犠牲者の数こそ減ったが、なんと(たち)の悪い…

 それでも神か、恥を知れ!」


「仕方なかろう。すぐに人間どもが、約束された贄を捧げぬようになったのだから。

 不足分は自分で補うしかない」


「それは承知! だが、似たような状況の他の土地神たちは我慢しているではないか。封じられた神ならば、供物が無くとも消滅はしないはず。

 さらに邪神としての格まで、いつの間にか上げおって…!」


 ちょっと涙目で睨んでくる麻多智にうんざりとしてきた夜刀神は、無言でくるりと背を向けた。


 もう一度、今度は上に向かって攻撃を放つ。

 せっかく身体を乗っ取ったのだから、早く戻りたいのだ。


 それを見た麻多智が、彼を止めようと飛び掛かってきた。

 正確には、敵が脱出する正しい方法に辿り着かないよう、考えさせないように邪魔をするために。


「うおりゃあぁぁ!」

「...」


 威勢よく殴りかかる相手を夜刀神が霊力で吹き飛ばすも、またすぐに駆け戻ってくる。


「……無駄なことを」

「それはどうかな?」


 次は蹴りを放ち、再び遠くに飛ばされつつも、麻多智がニヤリと笑う。


「我には身体も魂も無い。霊能力こそ使えないが、つまり――

 体力も精神力も無尽蔵だということだ!!」

「なっ……」


 それを聞いて、夜刀神に初めて焦りが現れた。


 この、制限ばかりで閉じられた空間にてそれは不味い。

 出るまでは、鬱陶しいコイツの相手をし続けないといけないという事になる。


「さぁ行くぞ! 玲史が自分でなんとかするまで、とくと遊ぼう。

 1500年間の睡眠から目覚めた我は手強いぞ!?」

「......(怒)」




 そのまま、数日が過ぎ。

 

 

 やたらアクロバティックな着地が上達した麻多智と、最小限の霊力で相手を遠くまで飛ばす技術が向上した夜刀神が、20427回目の同じことを繰り返した時に。


 夜刀神が、いきなりガクッと膝をついた。


「チャンス!」


 すかさず踵落としを叩き込もうと片脚を上げた麻多智を払う彼の身体が、少しずつ薄くなっていく。

 現実では、玲史が神社の境内に踏み込んだ時くらいである。


「いいぞ…そのまま――」

「良くない、しっかりせい子孫! お前はお前だ!」


 しゃがんだ相手をゲシゲシと踏みながら、叫ぶ先祖。

 それが届いたのか(?)、透けた身体が元に戻る。


「ぐっ……あいつめ、よく...

 自分の身体だというのに...!」

「自らの事には結構無頓着、か。ふふふ…」


 何を思ったか、麻多智がおもしろそうに笑った。



       ◇



 拝殿に上がり、そのまま前方中心に座るように言われる。

 中には、神社の宮司さんと(みなと)父が居た。他の人はいない。


「おかえり矢束くん。どうだい、グレードアップした雲訪(くもわ)は」

「漆黒魔城の処刑台に通された感じです」

「それは良かった」


 にこやかな宮司に迎えられ、正直に返す。

 続いて彼は梨生に目をやり、瞬きした。


「これはまた随分と…

 ある意味予想通りだけど、さすがの成長率だ。

 おかえり、五峯ちゃん」


 梨生が丁寧に一礼する。


「戻りました。

 ――今初めてわかったのですが、雲訪神社の格はかなり高かったのですね」

「そう、特に規模の割にはね」



 何か背後で音がして振り向くと、(かなめ)が床に座り込んでいた。


()った...」

「おかえり要。なんとか保たせたな、矢束くんも自分も」

 

 父に(ねぎら)われ、そのまま壁際に移動した彼は羽織を脱ぐと頭から被る。


「寝る…あとは任せた…」

「はい栄養ドリンク。あと1時間頑張れ」


 しかし羽織を剥ぎ取られ、強制労働に就かされそうになっている。


「...じゃあこのお土産あげる」

「それくらいなら」


 問題のガラス瓶を父に渡し、代わりに栄養ドリンクを受け取って、彼はなんとか座り直した。



 宮司が俺に、陶器の瓶に入った水――おそらく御神酒を渡し、説明する。


「前にも言ったけど、我々が夜刀神を外から祓うことはできない。この神社を好きに使っていいから、君自身が祓うんだ。何かあればサポートするから」

「…はい」

「――調べてみたら、やはり近所なだけあって、君の産土(うぶすな)神も氏神(うじがみ)もここだった。

 きっと助けてくださるよ」


 そう言って手で示された本殿の方向は、本来なら真正面なのだろうが…斜めになっている。


「玲史。この神社の主祭神(しゅさいじん)は、大国主(おおくにぬし)様、建御名方(たけみなかた)様、大山津見(おおやまつみ)様、瀬織津姫(せおりつひめ)様です。ご神名だけでも、知っておきましょう」

「はっ、はいぃ」


 梨生にドドドッと神様の名前を羅列され、なんとか頷く。

 ラスボスとの決戦を、隠しボス4柱が見守ってるよ、と告げられた気分だ。


 水が満たされたバケツが何杯も運び込まれ、霊能力が強そうな人たちが何名か入ってきた。


 宮司が手を振って出ていく。


「じゃあ、僕は外にいるから。五峯ちゃんは念のため、鎮火係としてそこに居て~」

「了解です」


 知らない人達の一人が進み出て、告げる。


「私たちは本部より派遣されてきた者です。もし対象が矢束さんから離れたら、我々が封印します。

 ...万一の場合は、公的安全を優先させていただくので、ご了承下さい」


 本部(・・)が何か少し気になるが、師匠も梨生も、この人たちもいる。強力な結界も張られ、ここは安全だ。


 絶対に自分を乗っ取られないようにと、最初に神社を出てからずっと張り詰め続けていた気を…

 そろそろ、抜いてもいいだろう。


「わかりました。よろしくお願いします」


 そして、自分の心の中に向けて告げる。

 詳しいことはわからないが、()が敵を抑えてくれているのは何となく確信していた。


「麻多智、ありがとう。夜刀神を...出してくれ」


(応!)



       ◇



 再び、灰色の殺風景な景色の中に立っていた。

 

 だが久しぶりに、やっと夢から覚めた気分だ。いくら自分を操れていたと言っても、所詮敵の支配下にあった身体だ、ずっとフワフワと現実離れした感覚が続いていたのだ。


 思わず伸びをすると、見上げた上方から麻多智がくるくると回転しながら降ってきて、見事に華麗な着地を決めた。


「シュタッ!」

「自分で言うなよ。数日ぶりだな、ご先祖さま。

 あいつを抑えてくれててありがとうな」

「うむ、苦しゅうないぞ」


 寛大に微笑んだ麻多智に、気になっていた事を聞く。


「なあ、夜刀神はどうしてああ(・・)なってるんだ?

 神として祀ったんだろ?」


 要曰く、鹿狼のことも「よくある事例」。

 ならば。

 

「...まぁ、其方の想像の通りだ。直接ヤツの脅威を知らぬ我が子孫たちは…うん、アレだ、さぼったわけだな」


 やっぱり…。


「そんなに大変だったのか、祭祀」

「相手が相手だからな、供えは毎月欠かさず鹿3頭に、毎年、牛・馬・猪・蛙を数頭ずつ。

 その他の基本的な供物、通常の倍の量を毎日」

「食いしん坊過ぎるだろ、そりゃあ無理だわ」


 それでも祀らざるを得なかったんだよな。

 完全な退治ができなかったから。


「今となっては、解ける恐れがあろうとも妖怪のまま封印すべきだったのだとわかる。それはそれで、何人も犠牲を出しただろうがな」


「…それで、俺はどうすれば夜刀神を祓えるかな」

「...」


 彼は厳しい顔で黙り込む。 


 最初にここに来た時。彼に「死んでから来る所」「謝って済むことではない」と言われてから、薄々気づいてはいた。

 身体を支配された時点で、ほぼ詰みかけていたのだと。


 体の一箇所に丸く封じ込めた霊体と、体にべったりと取り憑き、身体的特徴まで現した霊体。

 普通に考えて、祓う難易度が段違いだろう。


「お前という依代が無くなれば、ヤツの脅威度は落ちる。

 もしくは、お前ごと封印だが……」

「いつか解けるんだろ? しかも、その時は依代(おれ)付きで」


 未来に脅威を送りつけるのはいかん。

 だから―――


「なんとかするからさ。

 麻多智、あんたに俺の身体の主導権と魂を預ける。ここで待ってるから、夜刀神を送り込んできてくれないか」


 彼は眉を顰めた。


「正気か? 元々生きていない我とは違い、身体も魂も現在を生きるおまえは…瞬殺されるかもしれんぞ」


 んなことわかってら。


「だけどこのままじゃ、何もしなくても俺、死ぬだろ」

「この場で負けて殺されれば、完全なる生ける屍の完成だ。

 夜刀神が受肉してしまう」


「大丈夫だ。適材適所という言葉もある」


 きっぱりと断言した。


「おそらくここでは、あんたより俺の方が強い。そして万一負けても、現実では俺よりあんたの方が強い」

「不吉なことを言うでない」

「昔はそうだっただろうがな、現代では逆に「死ぬ死ぬぅ~」って言ってる奴に限って死なないんだぜ」


 得意げに教えた俺を、麻多智が残念な子を見るような目で眺める。


「其方、自分に言霊(ことだま)の力があるのを忘れとるだろう」

「...そうだった! 『前言撤回』!」


「……なんだか勝てそうな気がしてきおった」

「ああ、『必勝』! 『必勝』!」


 目の前の先祖に願掛けを行っていると、彼が吹き出した。

 そして俺の胸に手を当て、何かを抜き去った後に背を向ける。


「頼もしきかな。必ず勝てよ、玲史」

「任せとけ」


 グッと親指を突き出すと、麻多智の姿が徐々に薄れ、消えていった。

 それと同時に、ずっと背後に感じていた数千人の気配がくっきりと濃くなる。


 振り返ると、今まで不可視だった彼らの姿が目に見えるようになっていた。ちゃんと魂を渡せたようだ。

 茫洋と佇む彼らに明瞭な意思は無さそうだが、皆、こちらを見ている。十分だ。


「間もなくここに再び、夜刀神がやってくる。

 これから言う作戦が成功すれば、皆を解き放てるかもしれない。だから協力してくれ」


 性別も年齢も服装も様々な人々が、ゆっくりと首肯した。

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