21:腑抜け作戦
◇
「627番が消滅し、189番が奪われた。監視者も最初の奪還に失敗したようだ」
「100番台だと? ...それは不味いな。相手はどこの者だ?」
「わからん。珍妙な格好の3人だったというが...監視を無力化させた方法も不明のままらしい」
「――あの分析機関に持ち込まれたら厄介だ。なんとしてもそれだけは防がねば」
「しかし、既に見失ったのだろう。どうやって追跡するんだ」
とある場所にて密やかに行われていた会合は、やや緊迫した雰囲気で進行していた。簡単にいうと、突然、組織存続の危機が降って湧いたからだ。
「それは問題無い。奴らはあまりにも目立つようだからな。公共交通機関で移動しているようだし、監視カメラを使うまでもなく目撃情報だけで追えるだろう」
「なるほど。では、速やかに」
「ああ、次こそは確実に」
◇
夜。
俺たちは、追ってくるであろう謎の組織の者たちを一時的にでも撒くために立てた作戦を実行しようとしていた。
その名も「ポンコツ作戦」。
ポンコツに見せて、あっさりと偽のガラス瓶(中身はその辺で捕まえた弱い妖怪)を渡してしまおうという訳だ。その間に稼いだ時間で、一気に逃げ切る。
場所は、人気の無い路地にする。買い出しの帰りに通ったところを襲撃していただくのだ。
夜なのに笠を被った要と、同じくサングラスを掛けた梨生の出立ちはとても不審だ。これなら間違われないだろう。
夕食を買い終えたコンビニで奇異の視線を全身に浴びながら、要が宣言した。
「これよりポンコツ作戦を開始する。
各自、腑抜けの用意はいいか」
それを受け、俺と梨生はヘニャーと身体の力を抜く。
「へい、あっしは腑抜けでござんす」
「ワタスもポンコツでありんす」
「...まあ、よし。適度に。
霊力は抑えたか?」
「蛇神がカナヘビ程度には〜」
「それは無いわ、せいぜいコモドドラゴン程度じゃない」
「そう言う梨っちゃんはすっげぇなぁ、見事にジャストポンコツ程度じゃないか」
ヘラヘラっと笑う俺たちを若干引いた目で見た要に釘を刺される。
「…酔っ払いじゃないからね?」
「はい、ポンコツ先生」
「もちろんです腑抜け師匠」
「いえす、まぬけ」
「...じゃあ、行こう」
なぜか一緒にノッている鹿狼にまで続かれてちょっと情けなさそうな顔になった要に従い、ふらふら〜と店を出た。
楽しんだもの勝ちだと思うのだ〜〜
ちなみに本物を持っているのは要、偽物を持つのは俺だ。一応梨生も空の瓶を持っている。
外に出たので、キリッと顔を引き締める。見えないがな。
これで超腑抜け野郎が、適度な抜け男になったはずだ。
さっきまでのは半分冗談です。ほら、梨生も程よいポンコツ女子くらいに戻ってる。
少しのんびりと歩いたところで、予想通りにこちらへと近づく怪しい気配を察知した。
マジで本当に来たのか。
気づいていない、油断したふりをして進み続けていると、路地の前方に3人、後方に4人が同時に現れる。後ろの一人は昼間バスに置き去りにした奴だな。
だがマヌケなので、まだ何も気付かない。
「明日の朝ごはん何にしようかな」
「何言ってるんですかー、夕飯もまだなのに」
「あ、しまった。デザート買い忘れた」
前後の連中が、挟むように距離を縮めてくる。
「俺はシュークリーム買いましたよ」
「私は寒天を。――ああっ!?」
「な、なに!?」
梨生が頭を抱えて立ち止まった。
近寄ろうとしていた連中も思わず立ち止まりそうになっているのが面白い。
「おかずも蒟蒻買ってました…」
「うわぁぁー、やっちまったなー」
「よければ僕が安く買い取るよ?」
なんか、ただの食い意地の張った者たちにしか見えない気がしてきたが...まぁ良いか。
「おいお前ら、止まれ――」
連中の一人がついに声をかけてきたが、まだ気付かないので、脇をスルーする。
「いえ、両方食べます。レイは食後に運動した方がいいですよ」
「いや俺太らない体質だから大丈夫」
「止まれと――」
よし、そろそろ止まってやるか…と思った時に。
路地の中ほど、さらに細い横道から歩いてきた通行人と運悪くもかち合い、その人が驚いて立ち止まってしまった。
それにより、こちらは歩き続けざるを得なくなる。
背後で、
「な、なんですか…?」
「あっいえ、すみません」
というやり取りが聞こえる。
スミマセンじゃないだろ、あと6人も居るんだから誰か一人くらいは迅速に最適な行動を――という淡い期待も虚しく、こちらは薄暗い路地を抜けてしまった。
......。
「どうしますか、向こうもポンコツでした!」
「いえす、まぬけ…」
「ど、どうしようか……コミュニケーションって難しいね…」
「そんなに長くはない路地だったのに、最初に無視したのが不味かったんですかね…」
それなりに人通りのある通りに出てしまい、こっちの見た目もあって通行人の目を引いているので、もう絡んでくるのは難しいと思われる。
やや焦りながらも、もう1、2度ほど、似たような路地を通ってみたが…
もう接触される事は無かった。
「要…」
「な、なにかな?」
「大挙してやってきても、本気で大丈夫そうな気がしてきたんすけど」
「...もう、普通に戻ろっか」
ということで、翌日の朝、地元に帰りついた。
それまでに襲撃される事は一度も無かった。
つまり、連れてきてしまった。ポンコツを。
そして俺の家の近所には、見慣れぬ凶々しい悪の居城が聳えていた。
鳥居のような形の血塗られた真っ赤な門扉は侵入しようとする者を威圧して拒み、その先に続く石舗装の一本道は踏んだ瞬間に下から太い針が突き出る仕掛けなのだろう。
枝を揺らしてザワザワと笑う巨大な人面樹が何十本も立ちはだかり、夜になれば鬼火が灯るであろう石灯籠は見るだけで冷や汗が出る。
一対の岩の獅子像は多分動くヤツだこれ。
「手と口を清めよ」と記してある手水は、恐らく来訪者を料理するための第一の注文で……
という言い訳を並べ立てて後込みしていた俺に、要と梨生が笑顔で告げる。
「ただの雲訪神社だよ」
「凄い神聖な気配になってますねー」
「違うっしょ、そんなバナナ! こんな恐ろしい神社があってたまるかぁー!」
と、自分でもわかっていながら思わず叫んでしまうくらいに、ギランギランと神社全体が黒光りしていた。それにこの気配は…。
最初にヒィヒィ言いながら辿り着いた時の比ではない。
多分、今じゃこれ…無理してでも踏み込めないぞ...
後ずさっていると、境内から一人の女の子が出てきた。
見覚えのあるその子は――
「弥月、君だな……神社をラスボスの居城に造り直したうちの一人は……」
「ふふん、気に入った?
…中々似合ってるじゃない、その虚無僧スタイル」
これまたギラギラと光っている白い着物と袴を身につけていたのは、山でお世話になった弥月だった。
「megaぁ,megaぁ…!」
「天蓋被っといてそれは無いでしょ、いいから早く来なさい」
「いやマジ無理、今回はむり入れない。助けて鹿狼」
刺し貫くような痛みを目の奥に覚え、鹿狼ズに助けを求める。妖怪なら同じ状況なのでは…
「がんばれーし」「いってれーし」
「あ、外で待ってるの...仕方ねぇ、行くか。
…だがしかしもう少し心の準備を――」
ブツブツと怖気付く俺の背中を、トンと誰かが押した。
え?
要と梨生は横に居るし、何より後ろには誰の気配も…
その先を考える余裕は無かった。
たたらを踏んで2、3歩前に進んだ俺の足が鳥居の真下を通過するのと同時に襲いくる、地獄のような全身の不快感。肺から空気が抜け、耳鳴りと視界不良と頭痛でもう訳がわからん。
「ぐわぁぁぁ!!」
「押せ押せ押せ! この隙を逃したら次は弾かれるぞ!」
「確かに。よし、梨生も押して!」
「あ…はいっ」
「要も内から引っ張って!」
座り込んで硬直した身体を後ろから押され、前から引かれて。
自分にできるのは、なんとか意識を保つことだけだ。漏れ出る瘴気を抑える余裕はとうに消えた。
みんな直接触れて平気かな…とか、この背後の声、最近どこかで聞いたぞ…と必死に思考を絶やさぬように続けていると、
スポン! と喉に詰まった飴玉が抜け落ちるように、鳥居を超えた。
時を同じくして身体が何故か少し楽になり、天蓋内部の御札が焦げる匂いと音がする。
どうして、境内に入ったのに、そのような逆の反応が起きたのかはすぐに理解した。
夜刀神の力が強くなったのだ。
――違う。俺の抑えが弱まったからか? だが、それはつまるところ...
この神聖な苦痛を、俺自身が受けていたという事に。
……薄々気付いてはいたが、やはり普通の依代を超えて――
(今ならば、同化できる)
そうだな、ここまで俺がそっち側に傾いてきたら...
って、ああ!? 今の誰の声だ、自分のか!?
いや同化するなよ、だって……
(不都合など無いのに)
確かに夜刀神の技術力は高いし便利だったけどな。
...あれ?
ーーなんで、ダメなんだっけ…
あ、そうだ、ほら人間社会で生きていけなくなるだろ?
それは困る…
(なぜ)
...。
どうして、だろう。理由あったかな…
奥から人間たちが駆け寄ってきて、「急いで祓え!」とか言いながら、俺の近くでへたり込みそうになっていた者たちに御幣を振ったり何か唱えたりしている。
なんとなく要に目をやると、心配そうな眼でこちらを見ていた。
『惹かれないで』
ふと、声が甦る。
惹か、れてる...? 誰が? 何に?
………。
『のぅ、やとのかみ』
また、心配そうな音が。Noやとのかみ...
それ以上は深く考えず、腹に片手を当てて軽く一発、霊力パンチを送りこむ。たしか「やとのかみ」がここに居たから。
体がひび割れるような衝撃が走った。
◇
スッ…と視力が落ち、思考が明瞭になる。
―――うわぁ……やばかった。
惹かれてるどころじゃねえ、自他の境が曖昧になるくらいには危ないところだったぞ。
御札がダメになって被る意味の無くなってしまった天蓋を取り去ると、要、梨生、弥月の視線が額に集まる。
ん?
「角、伸びたね」
「え゛っ」
「最初よりだいぶ立派になってるわよ」
「げっ!?」
恐々としながら触れてみると、確かに…細く鋭く長くなっているような――
ショック!!
「ねぇ皆さん、やっぱ俺、同化しつつあるよね!?」
「祓えば問題ない」
「気にしたら悪化しますよ」
「自覚したって止まる訳じゃないなら知らない方がいいわ」
「ああ、しつつあるな!」
実に各自の性格が出た答えが返ってきた。
今はっきりと思い出したが、「押せ押せ」の人は鹿狼を実験観察していたソウヤじゃないか。気配がしなかったわけだ。
弥月が訝しげに彼を見る。
「宗弥、玲史を知ってるの?」
「いや知らん、初めて見た」
「その割には、妙に態度が…」
んだんだ、知らん知らん!
「...まぁいいか。
それよりお祓いするから拝殿に行って。わたしはこの場を動けないから」
彼女の目線の先を見ると、民家の影に複数人のうごめく気配が。ポンコツが来ているのだろう。
「わかった。鹿狼もちょっと待っててな」
「「いえす、れーし!」」
「「れーし、れーし!」」
おっ。普段はあまり喋らない鹿狼も反応してくれた。
かわいい。
そして迎えに来た人たちに連れられて、俺は再び拝殿へと入った。
今度は、自分の足で。




