20:帰還しよう
「どうした?」
「…そこの小さなクマの中身が、マオちゃんに憑こうとしたようです」
梨生の指差す先では、濡れたぬいぐるみが床に座っていた。
要がそれを拾い上げる。
「やはり本命がいたか。大きなぬいぐるみはこっちの気配を消すためのカモフラージュ、自分も見つかる前に人に憑こうとして焦って動いたね」
――なるほど。
目立つ指示をする下っ端と、隠れて重要情報を指示して仕上げる上官…か?
「鈴木さん、ぬいぐるみ達はどこでどのように入手しましたか?」
「子どもが集まるイベントです。最後にプレゼントとして、大小セットで抽選で複数人に当たりました...」
婦人は、その事実に衝撃を受けているようだ。
「ですがそのイベントはもう1年以上前で、ぬいぐるみが暴れ出したのは一月ほど前だったので、後から幽霊が取り憑いたのだとばかり…」
「中々周到ですね。
マオちゃんがクマと話し出したのは、それよりも少し前ですか」
「はい…」
なんとなくわかってきたぞ。
そのイベントとやらで、実際に呪いを発動させるだけの霊能力のある子供と、オバケ関係の知識に疎い保護者を選んでいたのだろう。
だが子どもに呪詛の方法を伝え終わる頃には、さすがに親も不審がり始める。時を同じくして目立つように暴れ始めれば、大きい方だけ祓われる。それなりに強力ならば、まさか他にも潜んでいるなんて思わないしな。
そして人間たちが油断した頃合いに、本命が密かに動き出して指示・又は憑依して呪いを完成させるのか。
しかし――
「...誰が、何のためにわざわざ子供を使って」
梨生が呟いた通り、そんな事をする理由がわからない。
要が荷物を探ってガラス瓶を取り出すと、クマの額を軽く指で弾いた。
ぬいぐるみの背に当てられた瓶の口から、霊体が中に吸い込まれていく。
蓋を閉めた瓶を再び荷物にしまい、彼は立ち上がった。
「大きいクマも小さいクマも、除霊完了です。
もう動くことは無いでしょうが、また何かありましたらご連絡ください」
まだ完全には事態を理解していない様子の鈴木さんは、ぽかんとしていたが慌てて頷いた。
「あっ...はい、お世話になりました。
ありがとうございました」
「それからマオちゃん、もしまたぬいぐるみが動いたり喋ったり、お家の中に変な人が居たりしたら、すぐにお母さんに話そうか」
「なんで?」
「良い人のふりをした、悪い人かもしれないからね」
「…うん、わかった」
濡れたクマを突いていたマオが、不思議そうに頷く。
要はもう一度ご婦人を見て、軽く念を押した。
「いずれ霊感は消えるかもしれませんが、もう少し大きくなるまでは娘さんの言う不思議なことを肯定も否定もせず、気をつけてあげてください」
「わかりました...」
「それでは、失礼します」
◇
戻りのバスで揺られながら、要に聞かれる。
「祓う、って感覚はわかった?」
「なんとなく」
炎で貫くような打撃を与えて、濁流に流し去るイメージかな。うまく表現できないが。
先程の霊魂は人霊だった。
浄霊でも除霊でもなく砕いてしまったから、魂の消滅か。生きていれば殺人だな。生きてなくても殺人だけど。
「割と落ち着いてるね」
「ええ、まあ…」
魂が1つ消えたな、くらいにしか思わない。練習に使ってしまって悪かったな、程度にしか。
別に知り合いとかじゃないからだろう。
彼は俺の様子を見て、微笑んだ。
「さっきは夜刀神の技量があったから、あっさり力が使えた。次は自分に撃ち込むから、その感覚を覚えておいて」
ひえぇっ! そうだった。
「それから…梨生、君はそろそろ飛べるかもしれない」
座席に座って鹿狼に「お手」を覚えさせようとしていた彼女は、ハッと要を見上げる。
「玲史の近くに居たから、結界がとんでもない速度で成長してる。自覚は無いと思うけど、霊能力の技量が上がっている証拠だ」
「...そう、なんですか?」
「無意識に鹿狼だけは結界内に通してるだろう、普通、式でもない妖怪は弾いてしまうものだよ」
言われてみれば、いつの間にか梨生の結界が、かなり均一に分厚くなっている。
鹿狼が内外に出入りする時にだけ、スムーズに穴を開けているようだ。
え、すご。
「あ、今浮かぼうとしないでね。
間違ってバスが飛んだら困るから」
図星だったのかギクッとした彼女は、大人しく座り直した。
「――要、ガラスの瓶に閉じ込めた霊はどうするのですか?」
再び鹿狼にお手を習得させようとして手をすり抜けつつ、梨生が要の荷物を気にしながら問う。
こっちは、なぜ不可能なお手の練習をするかの方が気になっているんだが。
「霊魂の警察署みたいな所に送る。そこで取り調べられて、背後関係などを洗われる」
そんな機関が。
需要…いや、必要があるということだろうか。
「そこで組織が摘発されたりするわけですか」
「まぁ、うん。
――証拠なんてあって無いようなものだし、踏み込む側だって現実の警察みたいに正義が確約されてる訳じゃないし…裏稼業の組織同士のバトルみたいなとこもあるみたいだよ」
彼は取り出した瓶をコンコンと爪で弾きながら、持ち上げて矯めつ眇めつ目を細める。
「僕は専門外だから、よく知らないけどね」
「ひと口に霊能者と言っても、結構細分化されているんですねぇ」
「得意分野と、やり方の違いが激しい界隈だからなー」
コレも送っちゃえばもう忘れられるんだけど、それまでが――
と要が言いかけた途中で、一人の乗客の男性が近づいてきた。
梨生の前の席に座ると、運転手からは見えないように小さな包丁を彼女に突き付け、
「その瓶を渡せ」
と言う。
......。
まじか。
「…物理で来る人もいるんすね...」
「いるいる。だから嫌なんだよねぇ、人間絡みは…」
「ちょっと、のんびり話さないで下さいよ。一応私、脅されてるみたいなんですけど?」
ポケーっとした俺と、やれやれと首を振った要に梨生が抗議する。
なんだか、誰にも相手にされていないソヤツが哀れだ。
「さすがに人間サイズの瓶の持ち合わせは無いな」
「……何を巫山戯ている。早く渡――」
「梨生さん、やっておしまいなさい」
師の指示に、彼女が無表情で軽く敬礼する。
そして謎の男に視線を定めると、彼は白目を剥いて気を失った。
男の体内の霊力がグルグルと逆巻いている。
…この子、恐ろしい能力をマスターしつつあるぞ...
椅子から滑り落ちそうになる相手を座り直させ、梨生か顔を顰めた。
「悪意ある人間に結界が反応しないとは、まだまだです…」
「いや、それ霊視系が得意な者じゃないと結構難しいヤツね?」
「そうですか...」
向上心溢れる同輩を横目に、俺はグデッと伸びた男を観察する。
服装は普通の私服。年齢は40代くらい。鞄はそこまで大きくない。
すぐに来たし、遠出してきたようにも見えない。近くで監視していたのだろうか。
「瓶の中の霊にGPSでもついてるんすかね?」
「それでもガラスは貫通できないはずだから、捕まる前に緊急事態信号でも発したんだろう」
溜め息をついた要が、遠い目をする。
続いて男の写真を撮り、鞄と懐を探って身分証を探しながら、零す。
「もうこの瓶、捨ててもいいかな…」
駄目だろ、またチビクマに戻るだろうに。
「本当はコレを抱えたままあと一箇所回ってから戻る予定だったんだけど、また物理で来られても面倒だから...帰ろうか」
「...そんな面倒じゃなさそうな気もしますけど…」
今も微弱戦力がお粗末に現れただけ、って感じだが…
「もしも絶対にバレたくない情報がこの瓶に入っているのなら、彼らが大挙して押し寄せてきてもおかしくないからね」
「帰ります」
「ぜひ戻りましょう」
俺と梨生が同時に賛同した。
こんな気が抜けるような奴らに大勢来られたら困る。
「でも俺、もう…夜刀神を自力で祓えるようになったんですか…?」
そのために色々と遊学?していたはずだ。
何か大きく変化したような気はしないので、少し不安になる。
「大丈夫だと思うよ。
元々、なんとかできるだけの下地はあったんだ。それを目覚めさせて回っていたようなものだから」
目覚めた、のだろうか…?
ツノ生えて覚醒したの間違いでは…ないといいな。
◇
玲史たちが戻ってこようとしていた頃、雲訪神社では急ピッチで工事モドキが行われていた。一般参拝者は立ち入り禁止になり、和服の者たちがウロウロしている。
普通の工事ではない。
結界の張り直しである。
複数名で数日間かけて、元々張られていた通常レベルの結界の段階を上げているのだ。
「あー、気の流れがおかしいと思ったら、100m先の西に埋めた水晶がズレてる。直すから、掘り起こして!」
「仮の石、5個ちょうだい~」
「…しまった。今の隙に数体、中に入られたぞ」
「もういいでしょ、それより――」
わやわやと人が動き回る中、石灯籠の影でスマホを見ていた男性――要の父、湊 朔(ジャージ)が、「あ」と声を上げた。
「要から連絡。明日の午前中に戻ってくるそうだ」
「ええ!? なにそれ、知らせが急過ぎない!?」
と、耳聡く聴き咎めて不服を申し立てたのは、「結界張りに協力せよ」と召喚されていた少女――賀泥 弥月(洋服)だ。
実は彼女が玲史たちと霊山で遭遇した時にそこに居た理由も、大きな仕事(今のコレ)があるというのでその前に穢れ落としとパワーチャージをしに行っていたから、という理由がある。
「途中で、暴力団の証拠を拾ったらしい」
「無事に逃げ切れるといいね…っていうか、そのままここ来るの?」
「おそらく」
弥月が嫌そうにペッペッと手を振る。
「もし引き連れてきた連中が現れたら、私は逃げるわ」
「君が消えたら、結界の段階が3は落ちるのだが」
「Lv.17か……絶界でもいけんるじゃない?」
「それだと確実に宗弥のお世話になるけど」
「あいつのバズーカ撃たれたら死ぬでしょ。
――え、本当に来てるの?」
「念の為、呼ばれたようだ。多分そろそろ――」
噂をすれば当人が来る法則が発動した。
いつの間に神社の敷地内に入り込んでいたのか、宗弥(迷彩服)がひょっこりと姿を現す。
「なんか言った?」
「服汚い! せっかく結界張ってるのに汚れ持ち込まないでよ!」
ますます嫌そうな表情になった弥月が、手水の水を柄杓で汲んで彼にぶっかける。
さすがに木屑などは付いていないが、衣服がやや泥でくすんでいた。
「うおっ、冷てぇ」
「早く着替えてきて」
「...濡らす必要あったか?」
「禊ぎよ禊」
適当に答えながら、彼女は宗弥を社務所の方へと追いやった。
「――本当に、あいつの砲撃受けたら身が持たないわよ…」
普通に憑かれているだけならまだしも、現在の玲史のように対象と一体化しつつある状態ならば尚更。
「彼は保険だから、出番はない可能性が高い。倅も居るし、なんとかなるだろう」
「その要が霊山でですら一杯一杯だったから、心配なの。
…ついでに、わたし厄年だし...」
憂いた目で斜めの拝殿を眺めた彼女は、自分も社務所に向かって歩いていった。
弥月と宗弥は、双子である。
生まれる前から傍で互いに反響し合っていたため、霊力は二人とも人並以上に豊富だが、その内容には偏りが生じた。
宗弥には攻撃力+火事場の馬鹿力(いつでも発動可能)が。
弥月には防御力+繊細な技術力が全振りされた。
ゆえに、盾が使えない彼は「制御不能なロマン砲」、矛が使えない彼女は「頭抜けて緻密な結界」を得意とする術者なのだが、普段はどちらも偏向が過ぎるために少々使い勝手が悪い。
だが今回のように、強力な相手に複数名で対処するような場合には、その特性を存分に活かすことができた。
結界のレベル
神界:Lv.19~27 対応目安・夜刀神
絶界:Lv.10~18 ・上位霊(鹿狼とか)
結界:Lv.1~9 ・中位、下位霊




