19:課題3.ぬいぐるみを解き放て
妖怪ズに名前はつけないとは言ったが、シカオオカミだと長いので「鹿狼」と音読みする事にした。
俺がもし周囲に危害を加えそうになったら、できるだけ止めてほしいと「お願い」してある。
4頭の見分けはつかないが、実は皆声が違うので、そのうち解るようになるかもしれない。
「要、本当に大丈夫だったんすかね?
禁止?されてるってことは、あまり良くない契約なんじゃ...」
後出しだが、少しだけ不安になったので聞いてみる。
現実に妖怪たちに周りをウロウロされるようになると、やはり実感が違う。
現在、東北地方を次の目的地まで、ローカル線にて移動中。
平日の昼間であるゆえか、同じ車両には他に誰もいなかった。
初めての乗り物に鹿狼が興奮したり、怯えたり、平常運転だったりと様々な反応を見せている。
...霊感のある人に遭遇して何か言われたらどうしようか。
要の白鴉のように、普段は現れない存在とは違うのだ。
「妖怪優位で人間に都合が悪いから、禁止されてるだけだよ。危険な種類ならともかく、穏やかな獣の自然霊程度なら何の問題も無い」
「白い鴉たちは、どういう存在なのですか?
木の影から突然現れましたよね」
鹿狼の一頭を撫でながら、梨生が質問した。
撫でるといってもすり抜けるので、気持ちだけだが。
「あれは僕の式。元は捕まえた妖怪だけど、ガチガチに縛ってあるから完全にこちら優位になってる。
必要な時にだけ召喚する、まぁ一般的なシステムだね」
師匠の目が、狐の面越しに笑った。
「確かに、視える人には驚かれるかもしれない。
でも。妖を連れた人が普通に街を歩いていても、良いと思うんだ」
「ですね。多様性は大事です」
この二人の見た目で言われると、妙な説得力がある。
「じゃあ俺も、「妖怪連れで何が悪い、文句があるなら彼らに言え」くらいの態度でいきます」
「いいね。入れないのは寺社仏閣と結界内くらいだ、ほとんど普通の犬と変わらないよ」
「むしろ、お店でも病院でもホイホイ入れますね」
「いえす」
可愛いは正義だ。ならば何も悪くない。
◇
「今はどこに向かっているんすか?」
目的の駅で降り、今度はバスに揺られながら窓の外を眺める。普通の市街地だ。
「ぬいぐるみが暴れてる家」
「ぬいぐるみって、暴れるんですね…」
知らなかった。
「次こそは、心置きなく祓えるはずだ。玲史はまず「祓い」の感覚を掴まないとね。
幸か不幸か、夜刀神の抑えに回っていた霊力が今、ほとんどそのまま使える状態にある。セーブとか気にせずに練習ができるよ」
要がスマホを見せる。
画面には、任務の場所・推奨の属性(仏式とかの)や人数などの他、詳しい情報が記されている。
対象は、巨大なクマのぬいぐるみ。
それが夜な夜な、飛び跳ねて暴れ回ると書いてある。
ゴミに出しても戻ってきて、その場で焼き祓おうとしても暴れて逃げ出した…そうだ。
「鹿狼の時もですけど、こういう情報は誰が集めて記しているんです?
その方が祓ったりは...?」
「大抵、最初に寺や神社に持ち込まれても解決不可能だった問題が、僕が所属しているような専門機関に回ってくる。
最初に出向いた者たちでも対処不可能だったら、情報が加えられた上で今見ているサイトに掲載されるんだ。
緊急性が高ければ、玲史の時みたいに直接連絡が来て召喚されるけどね」
心霊スポット化した廃墟なんかは、国交省の管轄の下、優先度も難易度も報酬も低い任務として常設されているらしい。
「なるほど。取り壊して新たに土地を再利用しようにも、そのままだと工事で怪我人が出たりするから…」
「そう。この前行った廃病院もね。
そっちは建物の場所と名前しか載ってないから、詳しい情報が欲しければ自分で収集する」
どこも似たような人霊案件だから、ソウヤみたいな物好きですら殆ど出向かないんだよね…と呟いた要が降車ボタンを押した。
「次で降りるよ。鹿狼もちゃんと着いてきてね」
「いえす」
「妖怪なら、降り遅れても車体を通り抜けられるんでは?」
「霊魂はガラスを通れないんだよ」
「ええぇぇ!?」
◇
着いたのは、やや大きめだがごく普通の一軒家だった。表札に「鈴木」とある。
師匠が門のチャイムを押すと、一人のご婦人が中から出てくる。
そして、ぎょっとしたようにこちらを二度見した。
要と梨生は、顔と頭の怪しげなグッズを取り去っているが、俺は虚無僧のままだからな。二度見どころか五度見されてもおかしくない。
「湊と申します。
助手の一人は訳あって笠を被ったままですが、どうかお気にならさず」
「あっ...はい、湊さんですね、お待ちしていました。
では…どうぞ、こちらへ」
既に連絡…というか話がついていたらしく、実にスムーズに通される。
家の中に入ると、玄関前に座っていた犬が尻尾を巻いて奥へと駆けていった。たぶん、俺か鹿狼の気配のせいだな。
案内されるまま階段を上がると、廊下に面した部屋の扉を少しだけ開けて、中から小さな女の子が覗いていた。
それを見たご婦人が、軽く溜息を吐きながらも一応といった風に叱ってみせる。
「マオ。この部屋に入っちゃダメだと言ったでしょ」
「クマさんが、さよならって呼んでたから」
「...そう。でもダメなものはダメ。
ぬいぐるみとはお喋りができないものなのよ」
女の子は、唇を尖らせた。
「できるのに」
「――マオちゃん。いつも、クマさんとはどんなお話をするのかな?」
要が膝をついて、彼女に笑いかける。
マオは彼を見て、次いで俺と梨生を見てから目を見張った。
「のろいのお話。
ねぇ、鬼退治の人? 刀はもってないの?」
「よくわかったね。
鬼退治もするけど、今の時代に刀を持つと、お巡りさんに捕まっちゃうからね。呪文で戦うんだよ」
要は振り返って、ご婦人を見上げる。
「呪いの話、というのは...?」
「…ぬいぐるみがどうも、娘に誰かを呪わせようとしているらしいのです。
藁人形の作り方や、紙や木を地面に埋める方法を、面白おかしく伝えているようで...」
その情報は、サイトには載っていなかったな。
「…以前に霊能者がお伺いした時にはまだ、その話はしていなかった?」
「いえ…すみません。娘が同席していなかったので、お伝えしませんでした。動き回ることだけで、十分に恐ろしかったので…」
「なるほど、確かにそうです」
彼らが話している横でマオが部屋から出てきて、俺の前に立った。
「ペット? 触ってもいい?」
コテッと首を傾げながらも興味津々で、鹿狼たちを見回している。
やはり、子供…いや、彼女には見えているのか。
要を見ると頷いたので、こちらも片膝をついて目線を合わせた。
「いいよ。動物、好きなの?」
「すきー」
「だからクマさんも好き?」
「クマさんはにんげんだよ」
鹿狼の尻尾を触ろうとしてすり抜け、不思議そうな顔をしている。
もう少し詳しく聞こうとした時。
部屋の中から、壁の振動と共に、ボン! ボン! と鈍い音がした。
「鈴木さん、お部屋に失礼します」
「ど、どうぞ」
「梨生は念の為、扉の外で待機」
「了解です」
要が中に入っていったので、俺も続く。マオの相手をしている一頭以外の鹿狼も一緒に。
家具も何も置いていないフローリングの室内で。
巨大なクマのぬいぐるみが、空気が抜けつつある風船のように飛び回っていた。壁に激突しては弾み、衰える気配の無い勢いで吹っ飛び続ける。
こちらにも突き進んでくるが、要の結界には弾かれ、俺に当たりそうになると向こうが回避していた。
避けられて地味に悲しい。
「元気っすねぇ」
「想定より強力だな。誰かに呪いの代行をさせようなんて、物体に憑く霊体の通常レベルを超えている。
――まぁいいや。玲史、祓っちゃって。逃げないように閉じ込めるから」
ぬいぐるみを無視して、要が壁と扉に御札を貼っていく。
「呪われそうになっていた人の情報とか聞き出さなくていいんですか?」
「聞いても誰のことかわからないだろうし、その人に「あなた呪われるところでしたよ」って言う訳にもいかないからね」
「たしかに…」
では、遠慮なく。
片手を前に出し、その指先から伸ばした霊力をリボンのようにぬいぐるみに巻き付け、動きを止めた。
そのまま、ぬいぐるみが燃えたり捻り曲がったりしないよう、つまり物体には作用しないようにリボンを締めていく。
師匠に「こうしろ」などは何も言われていない。
なので実験も兼ねて、好きなように。
「おまえは誰だ?」
「……」
やはり、俺には聴こえないか?
「何か言ってます?」
「黙ったままだねー」
喋ってなかった。
じゃあ、本気で聞こう。
『名前を言え』
(N-0627)
...ちょっと想定外の答えが返ってきた。
俺にはやや言霊の能力がある、と言われていたから、言葉に霊力を乗せて命令してみたのだ。
質問の通りに答えはしたようだが、氏名ではなく個人番号? か。
どうやら憑いている霊体は人間のようだし、ぬいぐるみの商品番号ではないだろう。
『狙っていた人物の名前を言え』
(言えない、知らない)
言えないはともかく、知らない?
答えられても、要の言う通りどうにも出来なかっただろうけど。
『おまえの組織名を言え』
(言えない、知らない)
あんまり役に立たないな、この能力!
クマさんは無表情のまま、淡々と答えながらも暴れようとしていた。
「振り込め詐欺の受け子みたいな、使い捨ての末端の人間構成員だね。
玲史の言霊の強制力よりも強い力で、秘密を厳守させられている」
「こういう組織? って結構あるんですか」
「意外とね。危険度は様々だけど」
要は腕を組んで、冷静にぬいぐるみ――否、おそらく中の人物を観察している。
「...少し気になる事があるから、人物名をもう一度聞いてくれる?」
頷いて、出力を上げて尋ねる。
『マオに呪わせようとしていた人物の名前を、言え』
(知らない)
言えない、が取れたな。
知らないはずは無いと思うが…
「…本当に彼が知らないとすれば、もしかしたら――」
要が眉を顰めるのと同時に、扉の外から短く、鈴木婦人の悲鳴が聞こえた。
何事!?
...だが、まずはコイツを祓わなければ扉を開けられない。
ぬいぐるみに近づき、ペシっと叩く。物理的には軽く、だが霊力を載せて。
すると、内部で綿や布に張り付いていた重苦しいナニカが凄い勢いで引き剥がされ、そのまま何処かへと吹き飛んでいったような気がした。
…こんなんでいいのか?
埃を被ったぬいぐるみを、軽く払った程度の事しかしてないのだが...
「祓えましたかね…」
「うん。君は簡単にやってのけたけど、普通はもっと苦戦するレベルだってのを一応知っておいて」
要が苦笑いしながら、部屋の扉を開けた。
◇
ふと嫌な気配を感じた気がして、廊下で待っていた梨生は背後を振り向いた。鈴木婦人とマオは彼女の前方におり、後ろには誰もいないはずだったがーー
小さなクマのぬいぐるみが、こちらを向いて、床にいた。
それから中身がスッと抜け出て、マオに向かって飛びかかるのを、彼女の動体視力は捉えた。
「阿毘羅吽欠蘇婆訶」
咄嗟に自分が、無意識に印を結びながら鋭く唱えた呪を聞いて少し複雑に驚きながらも、梨生はもう二度ほどそれを繰り返した。
クマの存在に気付いた婦人が、小さく悲鳴を上げる。
衝撃を受けたようにフラフラとした動きになった霊体に、キッ、と力を込めて視線を送ると、ますます覚束ない動きをしながら小さなぬいぐるみに吸い込まれて戻っていく。
塩水鉄砲を撃ち込んで一息ついたところに、扉を開けて要と玲史が出てきた。




