18:課題2.作物被害を食い止めよ
「よくある事だ、って言ってましたけど。
同じような事例が、やっぱり多いんですか?」
聞いてみた。
「そうだね、最近はどんどん増えている。
昔から続く村単位の祭祀の正しい形を、曲がりなりにもちゃんと行うことのできる最後の世代が、次々に寿命で亡くなっているから。後継を見つけられない、または後継が真面目に取り合ってくれないままで」
師匠はやや残念そうに、寂れた集落を眺めやった。
「妖怪になってしまった彼らの多くは、自然霊だった存在が多い。最初から祀られる神ではなくて、人々が村の繁栄や農耕の無事を祈るうちに、応えてくれた霊体だ。
時代の変遷で仕方の無いこととは言え、人間に振り回される彼らは可哀想だと思うよ」
「…そう、ですね。元のように戻ってもらうことは出来ないのですか?」
「一度「妖怪」と呼ばれる存在になってしまったら、余程手厚く祀り続けないと、ダメだね。
地方の村が寂れるばかりの今の時代では、現実的に不可能だろう。だから、勝手ながら祓うしかない」
現在探している「妖怪」は、農作物にだけ被害をもたらす。
...きっと、農耕を祈られる存在だったのだろう。一気に全て枯らしたりしないやり方は…もしかしたら、ただ「自分に気づいてほしい」と思っているだけなのかもしれない。
「今回は玲史に祓ってもらうつもりなんだけど。
やり方は問わない。できそう?」
要に聞かれ、少し考えて頷く。
難しい呪文を唱えるような「人間のやり方」は知らないが、今の俺なら力技で、下位の存在を吹き飛ばせるだろう。
――相手の出方次第だが、他にも手はあるしな。
「やります。
それと、手段の一つとして、教えてほしい事が―――」
◇
夜中になった。
比較的綺麗な状態の廃屋で、仮眠をとりながら待っていた俺たちは、時刻が日付をまわったのを確認して動き出す。
「じゃあ、二人とも。手筈通りに」
「はい」
短いやり取りの後、3方向に別れて移動を開始した。
昼間のうちに、作戦を決めた。
相手は動き回るのだから、普通に祓おうとしても逃げられる。ゆえに予め「道」を引き、要と梨生が追い立てるように俺の元へと連れてくる算段である。
「道」の仕組みも教えてもらった。
気の流れ、方角、相手が普段通っている痕跡など色々な要因から大まかにルートを組み、その他へと逸れる箇所に物を置くのだ。札とか塩とか、石などを。
俺が待つのは、集落の一番奥。袋状に窪んだ平地の背後に山肌が迫っている、いかにも追い込まれそうな場所だ。
そこにて自分を結界で覆い、できるだけ気配を漏らさないようにしながら息を潜める。
実は最初からなのだが、被っている天蓋の内側には数箇所御札が貼られており、特に角からダダ漏れの邪悪な霊力を抑えているのだ。
コレの恩恵は大きい。特に近くに人がいる時に、被害を撒き散らさずに済むからな。
今も、「ヤバい奴が居る」という事を相手から隠してくれているはず。
ふと、背後の山の急斜面、上の方から視線を感じた…気がした。
振り返った時には消えている。
...野生動物か、もしくは…寝袋と三脚の持ち主かな?
あまり見られたくはないのだが、仕方ない。
人だったら、観察を終わらせることになってスマンな。
待つこと1時間と少し。
遠くに、懐中電灯の灯りがちらりと見えた。
二人が動き出したのだろう。
閉じていた「目」を開き、霊力視認モードに切り替える。
今はこんな便利なこともできるようになっていたのだ。光の色も銀だけではなく、寒色系を中心とした複数の色に分かれて見える。相変わらず、霊魂は見えないがな。
薄っすらと青に発光する空気の中に遠く、流れが生じた。
徐々に近づきながら攪拌される中央を見ると、四足歩行の動物の透明なシルエットが複数、ジグザグと駆けてくる。
焦らず、十分に距離が縮まるのを待つ。
――やがて、妖怪たちは袋状の行き止まりに突入した。
そのタイミングで彼らの後方に青白い炎の壁を出現させて、退路を断つ。
ただの炎なら無意味だろうが、コレは蛇神の霊力でできている。怖くて近寄れないだろう、普通は。
妖怪は身を翻して炎の脇をすり抜けて逃げようとしたが、既に俺が広範囲に展開した結界にて「場」を閉じている。
彼らが動きを止めたのを確認して、ゆっくりと天蓋を取り去る。
ぶわ……っと。
穢れが溢れ出たのが、自分でもわかった。
その気に何か感じるものがあったのか、獣の妖怪たちが―――
観念したように寄ってきて、俺の前に並んでお座りした。全部で4疋。
...。
…え、なに。お座りされた?
どうしよう。
これでは、言おうと思って用意していたあの格好良い台詞がはけない。
というか気が抜ける。バトルする気、満々だったのに。
「あの、君たち。下の村で農作物にちょっかいかけてる妖怪たちだよね?」
「いえす」
YESって聞こえたぁぁーー!!
待って英語? てか喋れるの!?
「いえす」
しかもテレパシー?まで。
「人が勝手に祭祀を取り止めたからだと思うけど…
人間、嫌いになった?」
「のぅ」
「じゃあやっぱり、君たちの存在を気にかけてほしかったのかな?」
「いえす」
...やばい、見えないけどカワイイ。
傷つけないように言葉を選んでしまう。何やってんだ、俺。
「……時代の流れでね、人間はもう…君たちを祀れなくなったんだ。ごめんな。
祓え…っていう事になっていた」
「...いぇす」
シルエットが一回り、しょぼんと小さくなった。
逃げたくても逃げられないもんな。消滅を覚悟したのか。
「このまま、この地域に居続けることはできない。
だから、選んでもらうな。
一つ目、俺に祓われるか。二つ目、この瓶に封じられるか。だが、これはオススメしない」
要から預かっていた、ガラスの瓶を見せた。
「推奨」だった捕獲のためのものだ。これに捕まると、色々と実験されたりするらしい。
そして。
「最後の三つ目。
もしかしたら、一番最悪の選択肢になりかねないけど...
俺と来るか」
霊能バトルして勝利して、「服従か死か!?」って言うつもりだったのに。
妖怪たちは全員、3つ目を提示された瞬間に声を揃えた。
「「いえす!」」
おおぅ。迷いが無さすぎないか。
怖くないのか…? 今は夜刀神だぞ。
「いえす、れーし」
キュン。
…いやキュンじゃねぇ、名前呼ばれたぞ!?
浴衣の胸元を握り締めて悶えていると、いつの間にか近くまで来ていた要と梨生がおもしろそうに笑っていた。
「懐かれてますねぇ、玲史」
「狼と鹿の中間みたいな妖怪だね。
そしたら、教えたように簡易契約、やってごらん」
「はい」
昼間に彼に教わった、妖怪との契約。
今からやろうとしているのは一番軽度の「契約」らしく、あまりの拘束力の無さに、通常は禁止されているという。だが俺は直接「禁止だぞ!」と誰かに言われたわけじゃないから、良いんだと。
…どう考えても、規約?の穴を突けてすらいない理論だが、まぁいっか。師の仰せのままに。
「俺の名前は、矢束 玲史。君たちに名前はつけない。
いつでも好きな時に、自由に契約解除していい。
但し一緒に居る間は、俺がダメだと言ったことには背かないこと。それができるなら、霊力のお裾分けをしてあげる」
そして梨生に渡されたナイフで少しだけ手を切り、ちょっとだけ血を出し、彼らの前に差し出した。
「それでいいか?」
「「いえす、やつか れーし!」」
彼らが一頭ずつ、手に寄ってくる。
切った部分が4回、ほんのりと暖かくなった。
顔を上げると、妖怪たちのシルエットがくっきりと濃くなっていた。
透明な事には変わりないのだが、輪郭が薄茶色に光を放っている。それにより、形だけは、現実のものを見るようにわかりやすい。
要の言った通り、鹿のツノが生えた細身の狼のような姿だ。尻尾はフサフサ、体格はニホンジカと同じくらいだろうか。
4頭が立ち上がると、意外と迫力があるな。だが。
「かっ…かわいい…」
「いいなぁ、玲史…」
「梨生にも見えてる?」
スリスリと擦り寄り、勢い余ってすり抜ける鹿狼を彼女が羨ましそうに見ていた。
「いえ、声は聞こえるんですけど…姿ははっきりとは見えませんね」
「声!? 声だと、喋るのかそいつら!?」
だっ誰だ今喋ったのは!?
知らない奴の台詞が降ってきたぞ!
と戦慄していたら、本当に知らない奴が降ってきた。上から。
あ、やはり本当に居たのか、人間の観察者!
慌てて天蓋を被ったが、絶対にもう見られてるよな。
だが、そいつは俺の事など頓着せずに、鹿狼たちを食い入るように見つめている。
まだ若いな。迷彩柄の服に、草木を全身に沢山くっつけて自然に溶け込んでいたようだ。
彼らに謎のマイクのような機械を向けて、俺を振り向く。
「なんか、喋らせてくれ」
「...って、言ってるよ」
「「のぅ」」
「NOだってよ」
「サンキュー、やはりおれには聞こえないな!」
わはははは! では、さらばだ!
と去っていこうとする彼の服の背中を、要が掴んでいた。
「ぎょっ」
「ソウヤ、今の契約見てたよね?」
ソウヤと呼ばれた少年…いや青年は、ブンブンと首を振った。縦に。
「おわぁ、やっぱり要だ。妙な格好に磨きがかかってら」
「今の君ほどじゃないよ。
それよりソウヤ、対象を祓いもせずに実験・観察していた事は黙っておくから、代わりに君が祓った事にしてくれ」
「いいけど、なんて妖怪だったことにするんだ?」
「そこは適当に、猪とかに」
「わかった」
会話をしながらも、ひたすらシャッターを切り続けている。
「なかなかレアなタイプだ。害獣と、その天敵の融合…しかも、話が可能。
そしてそれをフリーに従えるのが...」
今度は俺にレンズを向けた。暗闇にストロボが光る。
「依代と融合しかけている、堕ちた土地神とみた!
なんという超レアな二重奏。胸が躍――」
「ゆ……融合! 夜刀神と!?
もう分離できないの!?」
サァァァァ...と血の気が引いていく。
同時に、不可視だった広範囲の結界が、ボッ! と青の炎を帯びた。
「ツノ、コノママ……」
その内部に、不穏な気配を纏った風が乱れ吹き始める。
「ソウヤ適当なこと言わない!
…大丈夫、融合なんてしてないから」
「もし既に合体していたら、多分意識も飲み込まれてますよ。相手は神ですから」
「悪い悪い、いやほんと適当に言っただけだから気にしないでくれ?」
「いえす、れーし」「のぅ、やとのかみ」
全員に宥められ、血流が戻ってくると、炎と風の結界が四散した。
...うん、そういうことにしておこう。
病は気からぁぁぁ!
「驚かせてすいませんでした」
「こっちこそ、脅してごめんな!」
ソウヤはもう一度謝ると、手を振って闇の中に消えていった。
彼を見送った梨生が呟く。
「夕立のように降ってきて、去っていきましたね…」
「彼は特に、神出鬼没だからなぁ。でも丁度良かった」
もう気配が消えたよ…と呆れたように首を振った要はスマホを取り出すと、鹿狼をパシャッと撮影した。
「僕たちも戻って休もう。
今回は祓わず…じまいだったから、次だ」




