17:コスプレ文化万歳
「バトルしてるかはともかく、玲史の意識が突然浮上したなら…代わるように、同じ所に引き込まれた可能性は高いな。
そうでなくても、身体がこの状態である以上、いつまた戻っても不思議じゃない」
それは困る。めちゃめちゃ困る。
今みたいに市街地に居る時に相手に取って代わられたら、詰むだろう。
「俺が死んだら、俺の魂まで取り込んだ夜刀神がまた、野放しになるんですよね」
「…そうだね」
死して尚、麻多智が敵の中に留まり続けたのは何故か。
うっかりとか言っていたが、囚われている魂が無いのなら、意識だけを残しておく理由は普通は無いんじゃないだろうか。
というかよく考えたら、俺ならともかく、大昔のヒーローがそう簡単にミスするか?
再び同じ魂の元に帰ったことで、もちろん生前程ではないにしても、内側から夜刀神を牽制する力を得ていたということは考えられないか。
「他の誰が取り憑かれても、君のようには抑えられないだろう」と言われ、少し妙に思っていたんだ。
そんなに強い相手なのに、霊能者でもない俺だけが可能なのは不自然だと。
「要。現代でも、夜刀神を封印することは可能ですか?」
「...状況による」
やはりな。
多分1500年前も、似たような状況だったんだろう。
「いざとなったら、俺ごと封印して下さい。
さらなる力を与えないように、それまでにこちらも幽体離脱を習得しますから」
「……そうならないようにするのが、こっちの役目なんだけど」
「勿論、これは最終手段です。問題の先送りをしたいわけじゃないですからね」
ややブスッとしてしまった要、何か言いたげながらも我慢している梨生を見やり、笑ってみせる。
「自分自身で祓う気でいますよ?
それと...普通に消滅させるよりも、よほど難しくなるかもしれないんすけど...」
「…?」
うっかり、だ! が嘘だったとすると、アレも本当じゃない可能性が高い。
同じ魂なのに、見抜かれないとでも思ったか。
「取り込まれた千人以上の魂。もしかしたら輪廻の輪に戻すことが可能かもしれません」
◇
分析会がお開きになり、食事をとっていると、ふと要が席を外して出ていった。
戻ってくると、中々な大荷物を抱えている。
「頼んだコスプレが届いた」
「!? …誰の!?」
「もちろん、玲史のだよ」
ガサガサと段ボールを開封し、出てきたのは...
...。
あれだ、忍者が街中に侵入する時の変装衣装。
壺みたいな編笠を被ってスッポリと顔を隠して尺八を吹き、黒い着物で練り歩くお坊さんスタイル。
「こっ…これを着ろと…」
「暑いから浴衣にしたし、動きやすいように袴もつけてもらった。
変則だけど、コスプレなんてそんなものだよね」
現代日本の夏ならば、コスプレしてる人が歩いていてもそこまでおかしくない…か?
――うん。
…変装文化万歳! 鬼のお面よりはマシだ!
「虚無僧ですか。これは誰から?」
「母に頼んだ」
いつ連絡したのかわからないが、湊母、仕事が早過ぎませんか?
「ありがとうございます。これで堂々と(?)外に出れます」
「霊感の強い人からは逃げられるだろうけど」
普通に引かれそうな気もするがな。
届いた衣装と要(甚平)を見比べた梨生が動揺している。
あー、わかるよ。
虚無僧?、甚平+羽織、普通の服装の人が一緒にいたら、多分一番ジロジロ見られるのは普通の奴だよな。同情するぜ、ごめんよ。
「本当はもう1、2件、心霊物件を回って祓いの技術を身につけてから、と思っていたんだけど、予定を早める。
次は、対・妖怪だ」
荷物の梱包を片付けながら、要が軽く告げた。
◇
ツクツクポゥーシ、ツクツクポゥーシ…
と、ツクツクが鳴いている。
今、俺たちは東北南中部の山中に来ている。
と言っても山地にいるだけで、山登りではない。寂れた集落跡にて、お目当ての妖怪の痕跡を探しているのだ。
「要~、視界が悪いっすー…
誰もいないし、取ってもいいですかね…」
天蓋(壺のような編笠)によって、前しか見えない。
俺の嘆きを聞いて、師匠が被っている笠の前を少し上げた。
「本当に無人だとは断言できないからダメ」
「うぃっす」
「そうですよ。私も濃いサングラスつけたまま探してるんですから、玲史も頑張ってください」
「梨生は付けてる意味無いよな?」
素朴な疑問に、彼女は崩れてきた頭巾の端でグラサンのレンズを拭きながらキリッと答える。
「修行です」
「そうそう、修行」
「なんですかその、理不尽な体育会系のノリは」
反論は諦めて、こちらも上げかけていた天蓋を深く戻した。
出発する前、梨生はやはりというか視線が集中する事を嫌がったのか、忍者のように頭と口元を頭巾で覆い、さらにサングラスまで装着して登場した。作務衣で。
いや、むしろすげぇ目立つよ?
俺は仲間ができて嬉しいけどねー。
と、そこで動揺したのが要だ。
普段から妙な服装のくせに、変なところでシャイなのか「僕だけ顔出しは嫌だ、ちょっとタイム」と、どこかへ飛んでいき、戻ってきた時には土産物屋で売っているような笠を被り、目元に狐のお面をつけていた。
もはや俺が一番まともな格好である。
...優しいんだよな、二人とも。
かくして、怪し過ぎて誰にも声をかけられない、警察にも職質されない3人組が生まれたのだった。
現在探しているのは、農作物に病をもたらす妖怪である。
どうしてそうなっているかというと、要の仕事リストの一つに、そいつの退治・もしくは捕獲があったからだ。
数年前からこの近くの村の作物が、奇妙な病に罹るようになった。
ある日突然生育が止まり、数日〜数週間ほど経つと突然、根こそぎ消失するのだ。病じゃないよな、これ。
さらに、範囲もおかしい。対象になったエリアを外れると、同じ畑・種類の作物でも、すぐ隣の苗は無事だったりするらしい。
村では昔から、農作の無事を祈る祭りが行われていた。
しかし過疎化と共に祭りは縮小・廃止され、今から3年前に、最後までひっそりと一人で祭祀を行なっていたご老人が寿命で亡くなった。
謎の病が出てきたのは、それからだという。
祀られる対象が何なのかはよくわからないままだそうで、おそらくソレが転じて妖怪化したのでは、との見解だ。
「コレを退治しよう。捕獲推奨…だけど、別にいいや。
最低人数は二人。丁度いいね」
宿泊所を出る前に、スマホを見ながら要がポツリと言ったのは、ゲームの話ではないのだろう。たぶんリアルの話題だ。
「要、くわしく!」
「そうです、追加説明を求めます!」
今を逃すかとばかりに食いついた俺と梨生に目を白黒させながら、師匠は慌てて画面をスライドさせる。
「ええと、被害は主に畑の作物。確認されたのは高沼村を中心とした複数の山村。時期は2年前から。被害地域から考察すると、付近の廃村に巣食っていると思われ…」
「違ーう! その説明じゃありません!」
「任務の存在理由から、というか貴方自体の自己紹介からお願いします!」
この師、天然か!?
「じ、自己紹介?
――湊 要、趣味は自然観察、職業は...」
「………」
「拝み屋――って答えることが多いかな。
オバケを何とかしてくれ、って呼ばれるやつ」
――うん、知ってた。
拝み屋ね、了解です。
「…あれ、言ってなかった?」
「はい」
「弥月さんも、同じような方なんですか?」
そう、そっちも気になる。
「彼女は確かまだ、高校生だったかな。
祓いや討伐系じゃなくて、その前後に視たり結界を張るのがメイン」
「そうだったんですね」
「ちなみに僕は、イレギュラーな案件にばかり突然召喚される系。おかげで一つのことを極められない」
「お疲れさまです」
大変お世話になっております。
「この廃集落だろう。妖怪っぽい霊力の痕跡がある。
玲史にもわかる?」
「...浮き上がる複数の足跡…と、獣のような匂い、警戒する気配…かな。なんとなく、感じとれます」
要に聞かれ、答えた。
ヘビの五感なのだろうか、妙に感覚が鋭くなっていた。
「流石の精度だ。
梨生は?」
「私たち侵入者の動向を窺う気配が、空気に充満しているように思います」
「君もどんどん鋭くなってるねぇ」
感心した要が頷く。
「二人の言う通り、警戒心の強い獣系の妖怪だろうね。
作物がターゲットで、かつ昆虫系じゃないなら。猪や鹿みたいな草食動物かな」
ひび割れた道路のアスファルトの隙間から伸びた雑草を摘み取った要が、それを見せてくる。
「この草も、被害にあった作物と同じだ。仮死状態…というか冷凍保存下に置く呪いがかかってる」
彼が草を手で払うような仕草をすると、その植物から生気が抜け、茎と葉が縮んで萎れた。
「昼間はどれだけ突いても潜んで動かないだろうから、明るいうちに少しでも情報・痕跡を集める。
何か変わった事がないか、手分けして探そう」
「了解です」
という訳で、何か妙なものはないか〜とウロウロしているところである。
傷んだ木造の家屋がポツポツと建ち並ぶ中、取り立てて特徴の無い一軒の家がふと目についた。
「...?」
なんとなく、入ってみる。
鍵は掛かっておらず、すんなりと侵入できた。
住人が退去してから相当時間が経っているはずなのに、妙に空気が…古びていない。
かと言って誰かの生活感があるわけでもなく、床には土埃が積もり、ガラクタがいくつか転がっているだけだ。
床の強度に注意しながら中に進むと、むわっとした不快な匂いが鼻につく。
匂いを辿ると、ズタズタに傷んだ畳の部屋へと続いていた。
覗き込む。
部屋の奥に、枯れて萎びた草が無造作に積まれ、山を成していた。
抜かれた雑草…ではないな。
新鮮な状態であれば、いかにも栄養価が高そうな、腐った野菜の臭いだ。これが、消失したという農作物の成れの果てなのだろう。
しかしそれよりも気になったのは、さらにその奥の部屋だ。
襖が開いているのだが、そこから先の畳がとても綺麗な状態なのである。
……長年閉まっていたものが、つい最近開かれたのだろう。
きっちりと丁寧に全開され、どうも人外の仕業ではないような気がする。
人の気配は無いが、確認のために進んでみる。
――寝袋と三脚が置いてあった。
...思いっきり、人間の痕跡じゃん!
恐らく、寝泊まりして妖怪を観察してるっぽい人間がいる!?
今は留守なのだろう。
怖いって。人の方が恐ろしいわ。
ブルッときたので、早々に撤退した。
その後も、霊力の残り香が漂う獣道を発見したり、別の家屋でも作物の山を見つけたりし、一旦集合時間となった。
要と梨生も、同じような腐った野菜の山を見つけたらしい。
「他には何か、目ぼしいものあった?」
「作物の塚の傍に、寝袋と三脚が」
「私は、こんなものを見つけました」
梨生が見せてきたスマホの画面には、奇妙な写真が映っていた。
日陰の地面に、一直線に植物が並んでいる。
スーパーで売っているようなニンジンやキュウリ、バラやサボテンの鉢植え、切り花のユリやキク、榊が刺さった水入りペットボトル。その他、知らない植物たち。
なんだこれ、儀式か?
「実験してるね。何に食いつくかの」
「となるとやはり、この人間も…」
「僕の同業者の可能性が高い」
要が苦笑している。
「居るんだよね、こういう研究者気質の拝み屋。
すぐに祓える状況でも、好奇心を優先させて妖怪図鑑を作ろうとする奴」
「...ソウデスネ」
たぶん、この人も似たタイプだと勘が告げているのだが、自覚は無いらしい。




