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霊戦  作者: 悠布
18/36

16:人外の気持ち

 (かなめ)を部屋に寝かせてから、所々焦げ跡のある自分の服を着替え、シャワーを浴びた。

 

 両肩・両上腕のヘビっぽい鱗にショックを受けつつ、眠って朝起きたら夜刀神(やとのかみ)に戻ってたらどうしよう...とオドオドして布団に入ってからも寝付けなかったために入眠が遅れ、再び朝起きた時は翌日の昼過ぎ。


 目覚めても夢の中にいる感覚も不思議だが、だんだん慣れてきた気がする。

 ポケーっとしながら顔を洗って部屋に戻ると、扉の前で要が待っていた。


「おはよう」

「おはようございます! 起きられたんすか!」


 元気そうに見える。良かった...


「やはり宿泊所の寝具は布団で正解だった」

「?」

「…なんでもない。それより、何があった?

 僕も少し前に起きたところで、状況がわからないんだ」


 君の見た目も戻ってないね、と眉を顰めた師匠はスマホのLIMEアプリの画面を見せてきた。


梨生(りう)もまだ寝ているみたいで、既読がつかない。君の気配は強烈だから、起きたのがすぐわかったけど」


 気配、か。

 今の俺も多分、相手の居場所くらいは察知できるから――


「...部屋には居るみたいですね、ただ――」

「…?」

「なんか…静かで、弱いんですけど...」


 昨日は、弥月(みづき)…というか人の気配が遠くからでもはっきりわかったのに。



 それを聞いた要は、すぐに踵を返して梨生の部屋の前に駆けつけ、躊躇う事なくコンコンガチャで扉を開けた。


 俺も後を追うと、部屋の中に入った要からストップがかかる。


「玲史はそこで待機。

 ――やっぱり、霊力が乱れてる。穢れに当てられたね」


 固まった。

 

 ...どうして、思い至らなかったんだ。

 気配も霊力も蛇神のまま。自分のままなのは、意識だけだとわかっていたはずなのに。


 要だって、俺に意識が戻った後に結界に触れただけで軽くトドメを刺したようなものだった。

 直接触れてこそいないが、昨日ずっと近くで行動を共にしていた梨生は...

 って…


「彼女、角に触ってましたぁぁ!」

「うわぁ……よく触れたな。本能的に怖くなかったのかな…」

「怖過ぎて、一周まわって麻痺したらしいです」

「鈍感なのが悪い方に作用したね...」


 入り口から中に入らないように覗くと、きっちり浴衣を着た梨生が普通に布団で寝ていた。特に顔色とかは悪くなさそうに見えるのだが…


「祓ってすぐに治ったりは...?」

「風邪と熱中症の違いみたいなものかな。

 体内にウイルスがある方が簡単に祓えるんだけどね」


 要がゆっくりと梨生の身を起こし、身体を浮かばせて自分の背中に載せた。壁のハンガーに掛かっていた薄い上着が、勝手にふわりと彼女の肩に落ちる。


「全身を優しく冷やさないと。ということで玲史、近くの神社はどこ?」


 ビシッと敬礼し、スマホを取り出して問いかける。


「Hey,Siry.近くの神社はどこ」

「お近くに神社は、ありません」

「うそつけ、一つくらいはあるだろ」

「神社に行っては、いけません」


 Siryが狂ったー!


 要が苦笑して、自分のスマホを目の前に浮かべる。


「機械は心霊現象の影響を受けるからね。

 ――Siry,近くの大きい神社を教えて」

「お探しの施設が、複数見つかりました。◯◯神社は、どうでしょうか?」

「うーん…第二候補は?」

「⬜︎⬜︎神社は、いかがでしょうか」

「そこにしよう。距離と方角は?」

「東北東に、3.2㎞です」

「さんきゅー」

「どういたしまして、カナメ」


 Siryに名前まで覚えさせている師匠。

 猛者だ。


「よし、飛んでいこう」

「俺は行かない方が…」

「今一人になると危ないよ」

「そうでした!」


 少し離れてついていこう。



       ◇



 姿を隠す術を展開させた師匠の後をついて、空中を進むこと約3㎞。

 前方に、嫌〜な雰囲気の施設が現れた。目的地の神社だ。


「お祓いをお願いしてくるから、敷地の外で待ってて。

 何かあったらすぐに来て…と言いたい所だけど、来るときは神社を壊す覚悟でね」

「え゛っ!? こっちがやられる覚悟ではなく!?」

「まぁ…多分今の君なら、負けそうにないから」


 

 ひっそりと待っててー、と、梨生を連れて要が境内に降りていったのを見送り、俺も敷地外の大きな木の太い枝に降りた。


 ――少しでも、漏れ出る「穢」とやらを抑えたい。

 こっちが改善しないと、近くの者達が次々に倒れ続けてしまう。

 

 そもそも、今の状態は一体何なんだ。

 存在するだけで神社の(シュレイン)破壊者(デストロイヤー)など…悪魔か? いや邪神か。


 相手がこんなに強いなんて知らなかった。

 経験も、力の扱い方も、全てにおいて上回られているのに…俺がどうやって祓えばいいというのか。


 無理なんじゃないか、と。

 考えないようにしていた不安が、一人になると意識せざるを得なくなる。


 このままでは家にも戻れない。

 それどころか社会生活すらままならない。

 異形のバケモノ達が、山に籠ったりする理由がわかってきたぜ...


 

 視線を感じてふと下を見ると、一人の中年女性が吃驚したように固まってこちらを見上げていた。


 あ、やべ。


「きっ……きゃああぁぁ、鬼がいる…!」

「ちち違います、これはお面です!」


 しまった、人と距離ができる今はむしろ外しておけばよかった。てか、意外と下からよく見えるわ!


 だが女性はブンブンと首を振りながら、神社の奥へと駆け込んでいく。


「枝もない木に、人間が登れるわけないわ...!

 かっ、神主さーん…!」

「ちょっ、待っ」


 枝…確かに無いな、下の方は全てスッキリ落とされてる。木のチョイスをミスった。

 追いかけて止めたいが、叶わない。


 一旦場所を移そうとして、もう一度下を見る。

 ―――しかし。

 女性の声を聞きつけたのか、既に数人が集まりつつあった。


「なんだって、鬼?」

「木の上なら天狗じゃないのか」

「梯子も無いのにどうやってあそこまで」


 遠慮なく、携帯のカメラを向けてくる。



 どっ...どうしよう。 撮影禁止ぃ!

 もっと高い所へ移るか?

 せめて、目の届かないところまで。


 飛んでいるように見えないよう気をつけながら、素早く幹を伝って数メートル上まで移動した。

 葉に隠れて視線こそ遮られたが、下の騒ぎは徐々に大きくなっていく。


「不審者がいるって?」

「違う、鬼の面をつけた天狗よ!」

「あの動き、サルの化け物じゃないか」

「普通の服だったよな。警察呼ぶ?」


 呼ばないでーー!

 

 マズい、逃げるに逃げられない。

 神社の敷地内なら大きな木がワサワサ生えていて、静かに木の上を移動して逃げきれそうだが…

 ここは、密度が低い。


「――神主さん、今ちょうど誰かのお祓い始めたみたいで、来れなさそうよ」

「なんであんな所に居るんだろうな。神社に入れないのか?」

「誰か、撮った写真を見せてくださいな」

「市民の務めとして、通報するか」


 通報しないでくれぇ!

 ああ、俺のSiryの言う通り神社に来ない方が良かったのでは。


 里山から市街地に迷い込んだサルよ、キミたちはこんな気持ちだったのかな。

 

 焦らず、天に祈っていると、下から(かなめ)の声がした。


「何かあったんですか?」


「不審者のバケモノが居るみたいよ」

「サルみたいな動きの鬼がいるって」

「現代の服着た天狗だろ」

「…なるほど。ーーーーー……」


 彼が小さく、何か呟いている。

 ややして、一回手を叩くパチンという音が聞こえ、集まった人たちの声が途絶えた。


「玲史、今のうちに降りてきて。場所を変えよう」

「!?」


 おそるおそる下の方の枝まで下りると、要以外の全員が地に座り込んだり倒れたりしていた。


「ひえぇぇぇっ!?」

「気絶させただけだから大丈夫」


 気絶! さすが師匠、何でもありだな!?


 枝から飛び降り、彼の誘導の元、かなり離れた木の上に移動した。


「僕はまた梨生を迎えに行ってくるね」

「…見つかってしまい、すいません...」

「問題ない問題ない。下手に動かなかったのは正解」


 笑って手を振り、要は神社に戻っていった。

 しばらくして、元の場所の辺りで複数人が倒れているのが発見されたのか騒ぎが起こり、「天狗の妖術だ!」などと叫ぶ声が聞こえた。



 復活した梨生を伴って戻ってきた要の合図で再びそっと地に降り、騒ぎを避けるように俺たちは立ち去った。



       ◇



「まず梨生。怪しげな(もの)に、安易に触っちゃいけません」

「以後気をつけます…」

「玲史は、もっと自分から漏れ出る霊力を自覚できたといいね」

「おっしゃる通りです」

「それから僕は、先導役なのに意識飛ばしてごめん。迷惑かけた」


 宿に戻り、説明・反省・分析会が開かれている。

 部屋の中央に座った俺は盛り塩4皿に囲まれ、簡易結界にて閉じられている。時折、塩がグチャッと水気を帯びて潰れるので、その度に取り替えられていた。


「いえ、それは俺が戻るのが遅れたからで…

 それに弥月が要の容態を教えてくれたので。それなりに落ち着いてここまで戻ってこれました」


「弥月さんは…大丈夫だったでしょうか?

 私のような素人と違い、ちゃんと穢れから身を守っていたとは思いますが…」


 梨生が少し心配そうに言う。


「彼女は結界特化の術者だから、平気だと思うよ。

 玲史、弥月の所に行ったんだよね。結界の強さはどう感じた?」


 うむ、む…

 正直に答えるか。


「突破するのは骨が折れるな、と。

 洞穴の入り口にのみ張ってあったせいか、かなり高密度で強力に感じました」


 突破する気は無かったけどな?

 ヤツの思考と同調したのは否定できない。


この(・・)玲史でさえそう思ったなら、彼女はピンピンしているに違いない。

 自分の守りが強い分、結構抜けてる所があるから…梨生の状態にも気付かなかったんだろう」



 それから、夜刀神の中に居た人に会った事も報告した。

 伝承にもなっている1500年前の人物が俺の先祖だった上に、当人が魂を解き放った後に夜刀神に取り込まれたことを話すと、さすがに2人とも驚いていた。

 だが、同時に妙に納得もしている。


箭括(やはず)麻多智(のまたち)が、ねぇ。

 なーるほど。道理(どうり)で……」

「神にも成った強大な妖怪に勝利した方と同じ魂、ですか。

 器が違うわけです」


 クマムシの謎が解けたぜ。


「内へ内へと進んで行ったら、麻多智を含め大勢の人がいて。

 彼に言われた通りに、内ではなく再び中へと潜ったら、白い(からす)団子の中心だったわけです。

 多分、まだ外に出られてないんすよね。現実離れしたフワフワとした感覚が続いてます」


 現実離れもそうだが、人間離れしつつあるのが何よりもの証拠だろう。

 師匠が塩を取り替えながら、考えるように言う。


「玲史の推測通り、君の身体を支配した夜刀神の意識を支配しているのが今の状態なんだろうね。どうせなら今のうちに、霊能力の使い方を体得しておくといい」

「そうします」


 このチャンス、逃してたまるか。

 不運な現状の中の、唯一のメリットと言ってもいいだろうからな。


「にしても、どうして意識を乗っ取れたんですかね。

 自分にも、敵がどこに行ったのかすらわからず...」

「麻多智さんとバトってたりして…」


 ボソッと意見を口にした梨生を、思わずまじまじと見る。


「ただの想像ですけど。

 「尾を咥えた蛇」の一部に、人々が居た。もしそこに夜刀神本人が迷い込んで、玲史と同じように出方がわからなくなったら...麻多智さんは、手助けしないだろうなと」


 あ。

 あの先祖、ひょっとして―――

 

 正しい戻り方ではないと知りながら、だが一刻も早く現実に俺の意識が戻らないといけなかったから。

 この妙な現状になるのを承知の上で、イレギュラーな帰還方法を推奨してきたんじゃなかろうか。

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