15:角!
中へ中へと潜る。
現実で見た時ほどハッキリはしないものの、確かに意識の中の俺の中にも夜刀神が…
って、あ~、ややこしい!
もういいや、一気に突っ込め!
暗い沼にダイビングするように、思い切って最深部に飛び込んだ。
すると、いきなり明るい空間に出た。
場所は、どことなく見覚えのある山の頂上。白い鴉が俺に向かって突っ込んでくる。
神聖な気配の鴉たちが、清らか過ぎて不快だ。自分の力が、削ぎ持っていかれている気がする。
「なんじゃこのカラスたちは!?」
「...玲史? 戻ったのですか!?」
思わず叫んだら、白い視界の向こうから梨生の声で返事があった。
なにっ。
え、これ現実なの?
――なんかまだ、夢の中にいるようなフワッとした感覚なのだが……
「戻った気がしないけど、戻ったのかもしれない!」
「身体は制御できますか!?」
聞かれ、鴉に纏わりつかれながらも手足を動かしてみる。動く。
「一応...」
「なら…要。一旦カラスを―――、要!?」
梨生の驚いた声が聞こえると同時に、白い鴉たちがパッと全羽消えた。
開けた視界の向こうに、今まさに崩れ落ちるように膝をついた要が見える。
「ししょ――」
と、うっかり呼びそうになって慌てて口を閉じる。
追撃してどうする。
駆け寄った梨生に支えられた彼は意識こそあるようだが、非常に元気が無くなっていた。
「ギリギリだった……」
「かっ、要! すいませんでした!」
とにかく楽な姿勢を取らせようと、俺も手を添えて支えようとしたら――
彼の身体に張られた二重結界のうち、内部の方の強固な結界に触れた瞬間、
バチッ…!
と音を立てて弾かれる。
その衝撃で要の結界は消し飛び、彼も同時に意識を失った。
...え。
今まで、少なくとも俺の意識がある時には…触れても平気だったのに。
呆然とする俺の横で、梨生が要の呼吸と脈を確かめ、頷いた。
「異常は無さそうに見えます。玲史、しっかりと気を保っていてくださいね?
今、貴方までもう一度乗っ取られたら、さすがに詰みます」
「ああ...」
彼女が冷静でいてくれるお陰で、こちらもなんとか落ち着いている。
それにしても、と梨生が周りを見回した。
険しい山の山頂である。
「全員、飛んできましたからねぇ。スマホも圏外ですし…
どうしましょうか...」
帰る手段が無い。
下へと続く道が、存在しないのだ。
要が目を覚ますのを待つしかない、か。
俺は彼に何故か触れられないし、流石の梨生でも平地ならともかく、要を背負っての下山は不可能だろう。この人、すごく軽そうではあるけど。
「玲史、完全に落ち着いてますか」
「なんとかな。…言ってくれ、何だ?」
今から、何か言い難いことを告げるつもりなのだろう。
余命宣告待ちの患者のような心境だが(既に余命1、2週間とか言われた身)、彼女だって不安を押し殺して冷静さを維持している以上、俺一人が取り乱すわけにはいかない。
「もしかしたら、一瞬で戻せるかもしれませんが…」
「おう…?」
な、な、な、何か変わったの、俺!?
「額の角、腕の鱗、瞳孔が……人間に戻っていません」
...。
......。
手を額に。
それから腕に。
最後にスマホの内カメで目を確認して。
なんじゃ…こりゃぁ…
「戻り方間違えたんだーー!!
ひょっとしなくてもあの先祖、適当な事言ったな!?」
「お願いですから落ち着いてください。服が燃えてます」
「ぐおっ」
ちょっと泣きそうな梨生に水鉄砲で衣服を鎮火され、どうやら塩水だったその水に皮膚をチリチリと焦がされたお陰でなんとか動揺が鎮まった。
「悪かった、ありがとう。大丈夫だ…ノープロブレム…」
「そのうち戻せますよ。持ってきた食料でも消費して、要が起きるのを待ちましょうか」
という事で、モキュモキュとおにぎりとお菓子を食べて待つ。
その間、何があったかを梨生に聞いた。
「いや、ほんと怖かったですよ!
角の生えた無表情の玲史がニヤリと笑って「ご馳走だ…」とか…」
「ぎゃあぁぁぁ、何それ怖すぎる! マジごめん、今も生えててごめん!」
「貴方のせいで、もうお化け屋敷を楽しめる気がしません…」
「でしょうね! その分ジェットコースターでも楽しんでください!」
「それも要のおかげで、無理になったかもしれないです。
――よく考えたら、これも玲史のせいですね」
「ごもっとも! 申し訳な……、ん?」
ジェットコースター並みに飛んだの、俺。
今の、まだ夢の中にいるような感覚のまま、角まで生えた状態なら。
飛べるんじゃね?
思って、ピョンと跳ねて...宙に静止。そのまま前進して…後退、上昇。
「やっぱり今なら飛べる!」
「じゃあ…どこかに居る弥月さんを見つけて、状況を伝えてきてもらえますか?
最初に「警戒して結界を張れ」と告げたきり、その後の連絡もできてませんから…」
「ラジャー」
敬礼し、荷物を掴んで飛び出した。
息をするようにハイスピードで飛行し、たちまち滝の傍まで戻ると、人の気配を探る。
いる。
少し東の方角の…これは…洞穴の中か?
確かに強力な結界が張られているようだ。
そこまで移動し、結界の手前で停止して声をかける。
リュックを顔の前に構え、角を隠しながら。
「もしもし、八束ですー…
お騒がせして申し訳ありませんでしたー…」
「...」
「一応、戻れたようで。それより要が山頂で意識を失ってーー」
「何よその、夜中に玄関から侵入しようとする幽霊の常套句みたいな台詞は。
戻れたっていうなら、結界を超えて入ってきなさい。さっきと違ってくっつかないはずだから」
気丈な答えが返ってきたが、僅かに声が震えている。
こっちも泣きたい。
「身体の制御権は取り戻したんだが...
結界には弾かれるんだ…」
正直に言うと、弥月が結界の内側、俺が見える明るいところまで出てきた。
「梨生さんは?」
「要を見てる」
「どうして顔を隠してるの?」
「...角、生えたから」
「…いいから、鞄どけて」
じっと見つめられ、ゆっくりとリュックを下ろすも、堪らず直ぐにくるりと背を向けてしまった。
――人間じゃ、ないよな。実は本当にクマムシだったのかもしれない。
だが、背後で結界が消失した気配がした。
固まっていると、ゴソゴソと音がして弥月が出てくる。
彼女は俺の前に回り込むと、呆れたように腕を組んだ。
「そんな情けない表情してるなら、例え夜刀神のままだろうと怖くないわよ。
歳下の女子の前ならシャキッとしなさい」
「...そんな情けなかった?」
「そりゃもう。気配は蛇神のままなのにね」
――今後は、表情で中の人を見抜かれるような事態は避けよう。
弥月は滝の傍の小屋まで行くと、どこからか木の板を引き摺って戻ってきた。
「これにわたしを載せて、山頂まで連れて行って」
「さすがに怖くないか?」
「貴方の気配で、もう麻痺したから大丈夫」
重ね重ね、申し訳ございません...
木の板一枚の御輿に弥月を載せて、山頂まで急行する。
「速い速い速い! もっとゆっくり!」
「怖い時間が延びる方が嫌じゃないか?」
「…そうね。――目を瞑るから、全速で飛ばして!」
「イエス、マム」
板の縁にしっかりとしがみついたのを確認して、仰せの通りにぶっ飛ばした。
山の周辺はだんだん雲行きが怪しくなっていたが、山頂の真上だけは黒い雲が避けるようにぽっかりと青空がのぞいていた。
「あ、おかえりなさい。弥月さん、すみません、来ていただいて…」
「足は全く疲れてないから気にしないで。
――それにしても、空飛ぶ絨毯は絶対に板以上に恐怖に違いないわ…いつ動力が切れるかもわからないし、フニャフニャだし…」
待っていた梨生に迎えられ、顔をやや青くしながらも弥月が寝ている要のところに向かう。
目を細めてしばらく観察していたが、やがて隣に座った。
「穢れの浴び過ぎと、気力が尽きたことでロックがかかってる。
ーー簡単に言うと、石みたいに冬眠したの」
「とうみん!」
石みたいに…って、死ぬ一歩手前の状態!?
えっ、ヤダ、何年も目が覚めなかったらどうしよう!?
狼狽えていると、弥月に宥められる。
「自主的な超短期プチ冬眠だから問題ないわ。
今は揺すっても起きないけど、これなら後一日経たずに目が覚めそう」
なんと。
「良かったぁぁぁ...」
力が抜けて思いっきり息を吐くとーー梨生、弥月、要までがふわりと浮き上がった。
「きゃぁぁ、何、なに!?」
「玲史、拝殿の練習だと思って! 特に要を注意して降ろしてください!」
「スンマセンーー!!」
幸いにも? 緻密な霊力操作は、造作もなかった。
3人を同時に丁重に降ろして、その辺の岩にベタッと顔を埋める。角が邪魔だ、横向こう。
弥月が、俺と梨生を同情の目で見ている。
「大変だね...」
「ふふ、そうですね。でも玲史には失礼ながら、楽しませてもらってますよ」
「このお方、色々強すぎると思う」
「確かに」
なにせ梨生は今、興味深げに俺の角をツンツンと突いている。触っても平気なのかよ。
「象牙みたいな感触ですねぇ。やはり、引っ込みませんか?」
「頭髪を引っ込ませるのと同じくらいには難しそうだな」
どうして身体の主導権を握れたのか定かではないが…
この身体の変化、「気配が蛇神」だと言われた事、やたら霊能力が上手く使える事から鑑みるに。
身体自体はまだ、完全に乗っ取られていると言ってもいいような状況なんだよな。
意識の方をこちらが支配できているだけで。
「それにしても…どうしましょう?
下手に街中に戻れなくなりましたね...」
早く宿泊所に戻って、要を寝かせてあげたいのですけど…と、梨生が悩ましげにごちる。
そうだ。
腕と目はともかく、俺の角が問題だ。リアル鬼は外!をされてしまう。
「折れます?」
「たぶん、折るとガチで死ぬかも」
「なら止めましょう」
これは勘だが、ポキッと折れる事で霊能力が封じられ、その結果夜刀神に負けて死にそうな気がするのだ。止めとこ。
「まぁ…案は、無くはない。とりあえず下に降りよう。
一人ずつ、板に載せていくから」
「今度はゆっくりね?」
「うぃ」
◇
3往復して全員を山の麓まで下ろした後、梨生と二人で弥月にペコペコ頭を下げて見送った。
...あの子、なんだったんだろうな。要が起きたら聞いてみるか。
「それで、見た目はどうするつもりです?」
「鬼のお面で乗り切る」
「…段ボールよりは辛うじてマシですかね。
わかりました、100均かどこかで買ってきます。…近くにあるかなぁ…」
というやり取りの後。
安っぽいお面を装着した俺と、要を背負った梨生はタクシーを呼び出し、なんとか宿泊所に帰還した。
―――視線が居た堪れなさ過ぎて、ヤバかったです。




