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霊戦  作者: 悠布
15/36

13:やっちまった

「普通の悪霊じゃないとは思ったけど、()を通り越して神とはね。感触が妙な訳だわ。

 ...あ~、まだ気持ち悪い…」


 弥月みづきは、そう言って岩に突っ伏した。


「鬼?」

「…神クラスの鬼も居るけど、基本的に人霊・動物霊の一つ上位に立つ厄介な存在が鬼。

 (かなめ)、そんな事も教えてないの?」


 ...あれ。

 俺が(ししょう)に教導される立場だって、言ったっけ……?


「僕の役目は、直近に玲史(れいし)が死ぬのを避けることだからね。時間が無い今、霊能力アップだけを目的に色々やってる」

「そう。頭がパンクしない配慮だろうけど、必要なところは教えてあげなさいよ。

 飛び方だって知っていれば、鳥人間みたいな無茶しなかったでしょうに」


 それはそうなんだけど……と、師匠も岩にグデッと伸びた。


「玲史は体得で覚える(タイプ)だろうから、下手に他人のやり方を教えない方がいいと思ってたんだ。

 ちなみに僕は、霊力で作った足場を浮遊させて、その上に乗って飛んでるんだけど」

「なんですか、その高度な…精神が疲れそうな技術は!?」


 進みたい方向に向かって、空飛ぶ踏み台を立体移動させるってことか。

 俺には無理だな。そんな器用な真似は出来ないだろう。


「君は前回、自分の質量をコントロールして飛んでたね」

「…もっと難しそう!?」


 なにそれ、つまり体重操作?

 ...こりゃあ、必死な無意識下の状態じゃないと再現不可能だな。少なくとも当分は。


 弥月が呆れたように俺を見る。


「そんな高度な事ができるのに、物理的な空気抵抗で急場を凌いだの」

「まぁ、今回は必死さ(・・・)が軽めだったからなぁ」


「…自分が崖から落ちるってのに、落ち着いていられるのも凄いね?」

「――弥月。玲史はね、優しいんだよ」


 要が言葉を挟んだ。

 どことなく、会話を遮るためのようにも思えた。


 彼女は、「なるほどね…」と呟き、山の奥を注視した。探し物をしに行っていた梨生(りう)が戻ってくる。


 枝葉を掻い潜り、急な斜面を歩いてきた梨生は手を振った。その指先には、目当てのものがぶら下がっている。


「ありましたよー。

 枝に引っかかっていたので、割とすぐに見つかりました」

「ありがとう! ――よかった、糸は切れてなかったのね」


 彼女が弥月に、透明の石が連なったブレスレットを手渡した。


 弥月が吹っ飛んだ際、手首に嵌めていたブレスレットが抜けてなくなってしまったのだ。

 本人と俺と要は、酔いまくって動けそうになかったので、元気だった梨生に頼んで探しに行ってもらっていたのだった。


「さすがに滝の水を浴びていたからかな。あれだけバチバチになってたのに、なんとか元気に生きてる」


 そう言って、よしよし…と石を指先で撫でている。


「石って死ぬの?」

「死に…はしないけど、冬眠はする」


 冬眠、するんだ...



 さてと、と要が立ち上がって伸びをした。


「もう少し休んだら、登山を再開しよう」

「今度は落ちないようにします!」

「またわたしの所に突っ込んできたら、次は絶対に避けるからね!?」

「ああ、ぜひ避けてくれ…」



       ◇



 という事で、壁登りを再開した。レッツ・リトライ。

 二度目な分、コツを掴んで先程よりも速いペースで登っていく。


「そういや梨生、さっきの火の玉、自分で消したのか?」

「ええ、「こんにゃろー!」って思いながら見たら、一斉にフッと消えました。

 多分、何かに燃え移る前の、純粋な霊力で構成されていた火の玉だったからでしょうね」


 先行する彼女はどんどん俺と距離を引き離しながら、ことも無げに答える。


 ...あっさり言うが、凄くね?

 もう、目からビーム習得した?


 ――俺も頑張らないとな。

 早く夜刀神(やとのかみ)を消し去って、ズレた神社の拝殿を戻したら。霊能力でブイブイ空を飛ばしたいものだ。

 空中散歩って楽しそう。

 




 二度目は落ちずに、上まで到着した。

 上と言っても、山頂ではない。滝の水が流れ落ちてきているくらいだ、当然山の続きであり、木がたくさん生えている。


 俺が登り終えたのを確認した要が、下から飛んできた。


「お疲れ。

 この沢沿いに進んだら、目的の場所だよ」

「...要は、いつも飛んで登っているのですか?」


 先に着いて待っていた梨生が不思議そうに問う。


 確かに。最初の一度くらいは、この人も手足を使って上がってきたのだろうか?

 ちょっと想像できないが。


「いや。最初に来た時は「まだ幼くて危ないから」って理由で飛んで上らされたな。

 それ以来も、一回もちゃんと登ったことは無い」


 理由がおもしろい。

 まぁ、そんな事だろうと思いましたわ。



 眼下に広がる山林の景色を眺める。

 今登った部分は20〜30mほどの急な崖道だった。その上から見えるのは、高さこそあまり無いが、十分に広大な森の色だ。

 緑のモコモコ絨毯が斜め下に続き、特にこの真下付近から立ち昇る銀の煙がゆるりと拡散して風に乗って降りていく。


「し……要」

「ん、なに?」


 昨日までとは違うものが見える。

 「見える景色が変わった」とはよく聞く言葉だが、今の俺には、物理的に。


「世界って、重なってるんですかね」

「どうだろうね。重なっていても、それ自体で1枚なのかもしれないし」


 彼も眩しそうに、俺が見ている景色を眺めた。特にどこにも焦点を合わせていないように見える。

 梨生が空を見上げて目を(すが)め、大木に背を預けた。


「玲史は急に視えるようになって、不便とかは感じないのですか?」

「うーん、まだ…視界の邪魔だとかは思わないな。

 もしヘリコプターの上からこの山で遭難者を探せとか言われたら、無理そうだけど」


 ギンギンギラギラして見えないだろうな。

 屋久島とか、もっと凄いんじゃなかろうか。今の俺になら、木霊(コダマ)が視えるどころかその全員がトロルに見えても不思議じゃなさそうな気が...って、霊魂は視えないんだった...残念。





 しばらく山の奥へ歩くと、ぽっかりと丸い広場のように開けた場所へ出た。木が生えていないから、そこだけ陽光が差し込んで、下草も元気そうに花を咲かせている。

 そして、遥か昔に倒れて朽ち果てたと思われる大木が、ひっそりと横たわっていた。


 だが何よりも特筆すべきなのは、広場の一面が全て、滝と同じかそれ以上に銀の光で満たされている事だ。さらにその中に舞う、大量の透明な球体。


「うわぁ、こりゃまた...」

「ここで…踊ってる? のは…自然の精霊さんですか?」


 俺とはおそらく別のものが見えて立ち尽くした梨生が、目を見開いて問う。


「そうだよ。山の色々な自然霊・精霊が集まってる。

 今からこの場所で、瞑想をする。――さ、適当に座って」


 さっさと草の上に腰を下ろした要が、チョイチョイと手を振った。


 俺も、花を潰さないように場所を選んで座り込む。

 精霊?たちが、急いで避けるように離れたが、一定の距離を保って様子を窺っているような動きを見せている。珍獣扱いだが、嫌われてはいないのかな。


「瞑想と言っても、無心にはならなくていい。

 むしろその逆。何でもいいから一つのことを、ひたすら深く考えて追求するんだ」


 場所が最高だから、考え事が捗るよ?

 と、要がにっこり笑った。



 師匠がそれ以上は何も言わず、半目になって黙り込んだので、俺も真似してみる。


 何を考えるかな。

 最近、知りたい事が多過ぎて思考の材料は腐るほどあるが…

 この透明な自然霊たちが、というか霊魂が何故見えないのかでも考えてみるか。



 ...霊力は視えるのに、どうして魂は見えないのか。

 魂には霊力が含まれていないとか?

 それとも、絶縁体のような素材が、外側を覆っている。

 もしくは魂そのものが、俺の可視領域を大きく外れているのか。


 でも、幽霊が見える人はそれなりに多いんだよな。

 魂じゃなくて思念を見ているのか?


 そういや思念や魂の強弱は、透明度に影響しているのだろうか。

 

 ボケーっと前を見つめると、仮定通り、精霊さん達は一つ一つ透明度合が違った。大きい球体ほど、透明に近いように思う。

 さらによく見ると、形も違う。鳥や蝶、魚、花といった、様々なシルエットがあることに気づいた。


 ならば夜刀神(やとのかみ)は?

 目を細め、下を向く。


 どこまでも底無しのような「無」が、何本も絡み合っていた。1、2、3本…もっとある。一体何本…いや、何匹……仮にも神なら「何柱」か? あるんだ。

 

 潜ってみる(・・・・・)か。

 自分の中に存在しているんだ、少しくらい戸を叩いて、侵入(おじゃま)できるだろう。


 夜刀神に意識を合わせ、その内部を探りに降りるように、静かに自分を沈めていった。



       ◇



 考え事をしろと指示は出したものの、自分は「宿泊所におけるベッド VS 布団」について滔々と思考し、その結果眠たくなりつつあった要は、突然跳ねるように立ち上がった。



 玲史の制御下から、夜刀神が外れた。


 それを逸早く察した彼は、玲史――否、その身体を動かす蛇神が手を伸ばした先にいた梨生に、霊力をそのままぶつけて吹き転がした。


 一瞬前まで彼女が座っていた場所に生えていた草が茶色に変色して枯れ落ち、その上を飛んでいた精霊が消滅する。

 

「え……な、えっ!?」


 梨生を支えて空中に飛び上がり、一旦距離を取った要は素早く考える。

 何が起きたのか。


 玲史が深く…夜刀神の事を思考したのか。

 その結果、本人も意図しないままに奥深くに入り過ぎ、逆に相手を手前に押し出した可能性が高い。


 ...迂闊だった。

 彼は無意識で敵を抑えていたのだから、その意識(・・・・)が丸ごと後退してしまえば、どうなるかなんてすぐにわかったのに。


 余りにも至らなさ過ぎる自分に怒りと呆れを湧き上がらせながらも、要は冷静に状況を分析する。



 今の攻撃は梨生をターゲットとしていた。

 しかし、そもそも。先ず夜刀神は玲史を取り殺す事が第一だったはず。その理由は――


 彼を思うように支(・・・・・・・・)配する事ができな(・・・・・・・・)かったから(・・・・・)

 

 つまり...今現在は、その必要性も消えている。

 だが夜刀神ほどの存在ならば、普通は油断する事無く、取り憑いた危険な相手を取り込んでから次に、と動きそうなものだが――

 まさか。


「今のままでいる、自信が…あるのか……?」

「―――素晴らしい素材だな、この小僧は。多少の危険を冒してでも、依代として使い続ける価値がある。

 今まで何人も試したが...身体も精神も保たぬ上に、霊力(ちから)も無いに等しかった」


 擦り減った霊力を、足元の草木から吸い上げた夜刀神にみるみる力が漲っていく。

 流石に、千年を超えて存在し続ける蛇神。力の扱い方が神レベルである。

 生命力を抜き取られた草が萎れ、空気中の神聖なエネルギーがじわじわと薄まる。


「玲史は今、どこでどうしている」

「これまでの我と同じように封じさせてもらった。内側から外に出るのは難しいが、外から内を閉じるのは簡単だな」


 少しずつ距離を取りつつあった要を見上げ、夜刀神はニヤリと笑む。


「生徒を置いて逃げるのか? 良い師匠だな」

「...君の方が、余程いい師になりそうだね」


 要が呟いた瞬間、彼らの周りを取り囲むように大きな火球が大量に発生した。

 火の弾は一斉に、中央へと収束したが―――


 もう、そこには誰も居なかった。


 それを見て、夜刀神は笑みを深くする。


「奴の元で長らく学ばせる前に奪えて幸いだった。

 ――なぁ? 矢束 玲史」


 当然、返事をする者は居ない。

 だが彼は満足そうに目を閉じ、逃げた標的の位置を探った。

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