11:霊感0を逆手にとって
掌だけじゃない、薄い服の下の部分も、布地を透かして発光しているように見える。
困惑してもう一度二人を仰ぐと、案の定というか、光っていた。
強烈な眩しい光線ではなく、ほんのりと内部が銀を帯びているような感覚だ。
ほっ、報告!
「要、梨生!
じっ、人体が光って見えます!」
どういうこっちゃ。
あ。周りが暗いから? ――いや暗くても光らないだろ普通! 蛍光塗料飲み込んだわけでもあるまいし。
混乱していると、屈んだ要が片掌を上に向けた。
そこに銀の球体が出現したと思ったら、グニャリと形を変えてピラミッド型になる。
「これ、見える?」
「ピラミッドです」
「そこまで視えたか」
続いて梨生に目を向ける。
「梨生は?」
「…なんとなく、薄いモヤが噴き出ているようにしか」
「了解」
要は立ち上がり、部屋の扉を開けた。
「さ、もうこの部屋に用はない。出よう。
今欲しいのは、普通の霊だ」
廊下を進み、階段を下りる。その途中で…というか建物内の空間が全部、ごくごく薄い光に満ちていた。
要がふと足を止め、前方の扉を指差す。
「あの扉の前に、こちらを迷惑そうに見ている老人の霊がいる。梨生にはどう見えてる?」
「――濃い灰色の影が揺らいでいるように。なんとなく、「嫌」です」
「なるほど。…玲史は?」
問われ、その場所をじっと見る。
何も見えない。
いや...正確に言えば、満ちた光さえも見えない。
注視すると、発光していない空間が、腰の曲がった人型のように思える。
「薄く光る空間内にて、老人っぽいフォルムの部分だけ、光が見えないっす」
「…おもしろいね」
師匠が、パシャッとカメラで前方を撮影した。
今撮った画像を見せてもらうと、いくつも白いオーブが浮かぶ中、扉の前にひときわ濃く大きいオーブが写っている。
「このオーブがその老人なんだけど。二人ともどう見える?」
「…光っているように思います」
「...出て行って欲しい、ような念が…」
そもそもスマホの画面が発光しているのだが、中でも白い球の部分だけ、浮かび上がるように強く目を引いた。
「なるほど。
玲史は霊力に聡くなったが、魂や念・意志は全く感じ取れないまま。つまり、所謂霊感0。
梨生は写真になおすと、自分の感情が抑えられることで対象の意志がわかりやすくなるタイプか」
冷静に実験・分析している彼は、科学者のようだ。
「彼女の霊能力の刃をモロに受けたことで、霊力視覚化のスイッチが入ったね、玲史。
雷に打たれた人が、超能力に目覚める事例のようなものだよ」
そんな例があるのか。
―――霊感0でもオバケの存在がわかるって凄くね?
結構レアなんじゃ?
今度はちゃんと、意識して「霊力」とやらを視てみる。
すると、先程までは見えなかったバリアを感知した。
俺の結界は、自分を包む薄いシャボン玉。
梨生の結界は、彼女の視線の先だけ流動して盾のように濃くなる、やや分厚めのシャボン玉。
要の結界は、身体ギリギリに張られた宇宙服のような濃いバリアと、半径2mほどの薄くて大きなシャボン玉の二重構造だということがわかった。
すげぇ、めっちゃおもしろい。
これが「穢れ」を防ぐ、って言われたな。俺も練習したら重ね掛けできるのだろうか。
わくわくしてきたところで、とりあえず、特別夏期講習第一弾が修了した。
―――mission.1 in 廃病院―――
玲史:霊力が視えるようになった!
幽霊の存在場所がわかるようになった!
悪霊にダメージが入った!
結界を張れるようになった!
梨生:霊能力を使うコツを掴んだ!
除霊攻撃の危険さを学んだ!
写真の活用法を知った!
蛇神の、次期ターゲットにされた!
―――浄化・たぶん complete―――
◇
大きな荷物を置いていた宿泊所に戻り、寝る前にシャワーを浴びようと脱衣所でシャツを脱ぐと、胸に大きな黒い十字が刻まれていた。
――なんだこれ!?
エクソシストに悪魔祓いを受けた人みたいなんだが…
って、あぁ、梨生のアレか。なんか小刀越しに放たれていたしなー。そういう事もあるんだろう。
それよりも腹の奥で、光るエネルギーがパシパシと弾けているように見える。
電灯の灯りを暗くすると、銀の光がよく視えた。
拳大の、光らない球体状の表面を覆うように纏わりついた光が、その球体に攻撃するかのように突っ込んでは玉砕していく。
途絶えることなき特攻を、球体も頑張って防いでいるようだ。
...まぁ、ぽっかりと空いた穴のような球体が夜刀神で、光が俺の霊力だよな。
…光は全身から腹部に集まり、さらにどうして光が尽きないかというと――ああ、空気中に含まれる自然の霊力を、皮膚からどんどん吸収しているのか。
鏡を見ると、特に頭の天辺と足裏から大量に供給されている。
なるほど、「鉱山」か。自分の周りを鉱山とする事ができる体質だったというわけだな。
今は意外に、悪霊に対してこちらの霊力も奮戦しているようにみえるが、師匠が最初に俺を見た時には「一週間保たない」状態だったのか。
皆が俺を助けたり、悪霊を封じたり攻撃してくれたお陰でこの均衡までもってこれたんだな。
発生頻度は少し落ち着いてきたが、発火現象や浮遊現象でもこのエネルギーを消費するのだろう。
呼吸を使って張る簡単な結界が霊力をほとんど使わない理由がやっとわかった。「吐息で自分をグルグル覆え」と言われたのだが、吐気に含まれる放出分を使用するわけだから、そりゃあエコだよな。
色々と納得してスッキリし、身体もさっぱり洗って、その後は気持ちよく爆睡した。
翌日、朝遅く起床して移動し、再び、前と同じ山登りである。
「玲史は視えるようになったし、梨生もなんとなくわかるようになった。
…この山の凄まじい霊力が文字通り、身に沁みて体感できてるかな?」
要の言葉に、俺はガクガク、梨生はコクコクと頷く。
前回来た時には「スッとする山だなぁ〜」としか思わなかったが、今は。
山全体が、キラキラと銀色に発光している!
これが銀山か!
「存分に、清浄な霊気を取り込んで登ってね。
結界は張らなくていいから、体内をひたすら浄化するつもりで行こう」
「了解であります!」
「…ちょっと不思議なんですけど、こんなに清らかな山なのに、全然他の登山者と会いませんよね。どうしてでしょうか?」
梨生が頷きながらも、周囲を見回す。
確かに昨日も、行き帰り共に、誰ともすれ違わなかった。
「あー。それは、基本的に一見さんお断りの霊山だからだね」
「なんですかそのパワーワードは」
「他に誰か居たら、まず同業者だと思っていいかな」
何の同業者かも知らないんだが?
……まぁ、建物への不法侵入を許可されるような人達だと思えばいいのか。
登り始めると、要の周囲の光が妙な動きをしていることに気づいた。
両手両脚を支えるように、複雑に流動しているのだ。まるでスライムでできている歩行器のような...
「要……」
「あ、バレた? 体力の無い者には、無い者なりの知恵があるのだよ」
彼が笑って答える。
普通は知恵があってもそんなテクニック活用できないだろ!
霊能力には、そんな使い方も…ってこれ二度目だな。この人、踏み台代わりに使ってもいたし。
「あ。いい感じの木、見っけ」
呟いて見つめる視線の先を俺も眺めると、とりわけ強く光を放つ大木があった。
要が木に歩み寄ってぴたりとくっつくと、ゆるゆるゆる……と銀の光が彼に流れ込んでいく。
「チャージ完了♪」
「休憩って、そういう事っすかー!
いくら何度も休んだからって、妙に最後までペースが落ちないと思ってたー!」
「...私も、やる」
思わず叫ぶと、梨生の静かな声がした。
内に込められた迫力にハッとして仰ぐと、彼女の目が異様な光を帯びている。
「私にはまだ、お二人ほどハッキリは視えません。
…早く、追いつかなくては。それに...歩行補助くらい簡単にできなくては、空なんて飛べません。
そうでしょう? 要」
その目線に貫かれた師匠が、カクッと躓いた。
慌てて首を振ったり頷いたりしている。どっちだ…?
「あー、うん、まぁそうなんだけど…急ぐことはないよ?
自然に感度が上がっていくだろうから――
ってそれより梨生、目からビーム出てる! 霊力の流れが狂う…!」
「えっ? あ…えぇ? すっ、すみません」
多分全くよくわからないであろうながらも咄嗟に彼女は目を逸らした。
目からビームって本当に存在するんだ...
俺の敬称毒と似たようなものか?
要のように、敏感過ぎるのも問題だな…
ふと思ったことを言ってみる。
「視線で人を殺す、ってのもあながち例えじゃないのかもな。
梨生、それ極めれば相当便利なんでは?
例えば……飛んでる要を落とすとか」
「なんで僕!? 玲史でもいいじゃん!」
「俺には、あなたを最敬称でお呼びして力を削ぐ役目がありますので」
「師を倒してこそ一人前、って言いますものねー」
「聞いたこと無いよ!? というか不意打ち禁止ね!?」
成長した二人が示し合わせて挑んできたら...
僕ももう少し鍛えておかないと...
と急に不安げにブツブツ言い出した我が師を盗み見ながら、そっと梨生と目を合わせて密かに笑みを浮かべた。
ひたすら身体を清浄化しようと頑張る俺と、なんとか杖を一本、霊力で具現化しようと苦戦しているらしい梨生と、どうやら電動車椅子のような移動器具を作ろうと試みている要は、前回と同じ滝に辿り着いた。
要は、前よりもヘロヘロに疲れている。新型補助器具の開発に勤しむあまり、本来の体力を擦り減らしてしまったようだ。見事な本末転倒!
この周辺は、とりわけ光が強い。空気自体が強烈に霊力を内包しているのだ。
滝は流れ落ちる銀糸で形作られ、水飛沫一つ一つがキラキラと舞い踊る。
絵画のように美しい景色を感嘆して眺めていると、滝壺の傍に人が居ることに気付いた。この山で初めて見た、他の登山者。
少し歳下くらいの女の子が、目を瞑って黙って飛沫を浴びている。
するとこちらの音が聞こえたのか、彼女は目を開けた。
要を見て微妙な顔になり、視線を外した後に二度見して、もっと微妙な表情になる。
「あれ? ミヅキじゃん」
「...誰だか確信が持てないんだけど」
彼に声をかけられ、正面から返す。
素直な性格なんだな…。
「…湊です」
「あぁ、やっぱり。なんで甚平じゃないのよ」
要=甚平だと思われている。
「なに、浮気してんの? それともついに乗り換えた?」
「今だけだよ。どうせ山登りで疲れるなら、社交慣れの練習も兼ねて」
そういう理由で洋服だったのか。
虫除けとかではなかった。
要が、俺と梨生を振り返る。
「僕たちの目的地はもう少し先だ。行こう」
「はーい」
「休んでいかなくていいんすか?」
昨日よりもへばっているのに平気なのかと聞くと、彼はにやりと笑んだ。
「今から、この崖の上まで行く。僕は飛んでいくから大丈夫」
そう言って指差したのは、滝が流れ落ちてくる岩壁の上だ。
最低限の階段のような登り設備と鎖は備えられているが、普通に滑り落ちそう。
「梨生は余裕だと思うけど、玲史は落ちてもすぐ飛べるように用意しといてね」
落ちるかもしれない前提!
ど、どうやって飛ぶんだっけ…
確かに1回は宙に浮かんだが、飛行方法なんて覚えていない。
とりあえず落ちる前に飛んでみようとするも、やはり1㎝も浮かばなかった。
「要、飛べません!」
「じゃあ落ちないように頑張ろう」
「ヒエェェェ……」
無情!
転落しないように気をつけよう...




