狼男の未来予想図
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好きなヒトができた。対して俺は狼男だ。どうしたものか……。
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俺は小さなときからひとりぼっちだった。そりゃそうだ。だって狼男なんだから。顔がすでに狼男なのだ。怖い、あるいは気持ち悪いと嫌われたってしかたない。ニンゲンの身体の上に狼の顔がのっている。気色悪いったらありゃしないだろう。そうであるせいか、寂しさゆえに俺はしばしばしくしく泣く。泣くのだ、家で一人で。なんとも情けない話である。
だけど、高校生活も半ばに差し掛かった頃、そんな俺にも天使のような女子が現れて……だから問答無用で俺は彼女のことを好きになったわけで……。
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屋上で話の場をもった。
俺とまーちゃんは並んで座りながら。
「狼フォルムだと、キス、しにくそうだよね」と、まーちゃんは笑った。
その女子、まりちゃんという。
まーちゃんと呼ばれているのをよく聞くから、俺もまーちゃんと呼ぶことにする。
俺は身を縮めてまーちゃんに、「どうして俺のところに来るんだ」と訊ねた。
「あっ、全校生徒から嫌われてるっぽいとか思ってる?」
「そりゃそうだろ? 誰も俺には近づいてこないぜ?」
「でもさ、きみのことを悪く言うヒトって、じつはほとんどいないんだよ?」
「えっ」
そんな馬鹿なと思った。
「ほんと、そうなんだってば」まーちゃんは朗らかに笑った。「狼男のきみの苦労、みんな、きちんとわかってるんだってば。相手が高校生だからって侮るなよな、ふはははは」
涙が出そうになった。
「そっか。俺はそこまで嫌われてなかったのか」
「そうだよ。だから自信を持て。生まれは生まれじゃん。だけど大切なのは、いまからなにを成すかじゃん」
「ま、そうだな。そうなんだけど……」
「そうなんだけど、なんだ?」
「……キスしたい」
するとまーちゃんはにっこり笑って。
「いいよ、してあげる。この場でやると目立っちゃうかもだけど」
「だったら放課後に――」
「いいよ。いま、してあげる」
まーちゃんが飛びついてきた。
そして狼の口に、俺はキスをされた。
強引だったから甘美だとは言わないけれど、素敵だった。
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まーちゃんが男と付き合っていると聞いた。凹んだけれど、まーちゃんはメチャクチャかわいいから、それもやむを得ないなあと考えた。実際、まーちゃんのそばには休み時間のたび、その男子が訪れる。まーちゃんには嫌がっている素振りもなければ迷惑がっている雰囲気もない。だからこそ思う。あの日のキスはなんだったのだろう、って……。
狼男でしかない俺は、屋上で曇天を眺めていた。まーちゃんとキスをした。だから心のどこかで、まーちゃんは自分のものだと思っていた。でもそれって勘違いだったらしい。つらい現実だけれど、受け容れるしかない。
――いきなり後ろから、「この狼男!!」と大きな声がした。気の小さな俺はびくっと肩を跳ねさせた。振り返る。まーちゃんが偉そうに立っていた。
まーちゃんは俺にラグビーで言うところのタックルをかましてくれた。当然、後方に倒れ、したたかに頭をコンクリートに打ちつけた。俺の上に馬乗りになったまーちゃん。まーちゃんは泣いている。泣いていた。
「狼男、テメー、私がくだらん男になびいたとか、そんなふうに思ったろ?」
そのとおりだから、俺はぎこちなく「う、うん」とうなずいた。
するとまーちゃんは笑ったようで、泣いたようで。
「やめろよぉ、そんなふうに思うのぉ。私はあんたにしか興味がないんだよぉぉぉ」
俺は目をしばたいた。
「阿保か、まーちゃん、おまえ。なんで俺なんかにこだわるんだよ」
「カッコいいからに決まってるじゃん。狼男、カッコいいじゃん」
「だったらたとえばだよ、まーちゃん、おまえ、狼男の子どもを産むことになってもいいのかよ」
「そんなのだいじょうぶだよ。きちんと産んで、きちんと育ててあげる。もはやそれくらい、私はあんたのことが好きなんだよぉぉぉ」
まったくもって、よくわからなかった。
フツウのニンゲンと一緒になったほうが幸せだろうに。
「一緒に生きよう? あんたの苦しみ、私も請け負ってあげるから」
涙が溢れた。
たかが狼男のくせに。
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まーちゃんのおかげで、コンプレックスが幾分、薄れた。
狼男であることについても、受け容れることができるようになってきた。
大学の在学中に、就職先も決まった。
俺は一生をかけて、まーちゃんを守ろうと思う。
狼男の女房になってしまったまーちゃんのことを、幸せにしようと思う。
そのうち、まーちゃんは身重になった。
申し訳ないなぁと思いながら彼女の手を引き、食料品を買いに出る。
まーちゃんは事あるごとに「私は幸せだよ?」と言ってくれる。そのたび俺は泣きそうになって、そのたび、まーちゃんは俺の頭をよしよしと撫でてくれる。俺はあるいは醜い狼男なのに、まーちゃんは俺を愛してくれる。どうしてだろうと思う前に、ありがたいと思う。だからまた泣きそうになる。俺とまーちゃんにもたらされる子は狼男なのだろうか、それともフツウのニンゲンなのだろうか。どうあれ俺は全身全霊を込めてバックアップしてやるつもりだ。
まーちゃんが「コスプレみたいなもんじゃん」と言って、俺のことを笑った。コスプレ、コスプレかぁ。狼男、ま、そんなものなのかもな。
「なあ、まーちゃん」
「なんだよ、狼男」
「俺、一生、おまえのこと、大切にするからな」
「おまえとかっ、偉そうに聞こえてしょうがないんですけれどっ?」
アーケードの真ん中で俺はまーちゃんを抱き締めた。
狼の口でまーちゃんの唇を奪った。
馬鹿――そう言って、まーちゃんは笑ってくれた。
ハイビスカスみたいに、笑ってくれた。