表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

狼男の未来予想図

作者: XI

*****


 好きなヒトができた。対して俺は狼男だ。どうしたものか……。



*****


 俺は小さなときからひとりぼっちだった。そりゃそうだ。だって狼男なんだから。顔がすでに狼男なのだ。怖い、あるいは気持ち悪いと嫌われたってしかたない。ニンゲンの身体の上に狼の顔がのっている。気色悪いったらありゃしないだろう。そうであるせいか、寂しさゆえに俺はしばしばしくしく泣く。泣くのだ、家で一人で。なんとも情けない話である。


 だけど、高校生活も半ばに差し掛かった頃、そんな俺にも天使のような女子が現れて……だから問答無用で俺は彼女のことを好きになったわけで……。



*****


 屋上で話の場をもった。

 俺とまーちゃんは並んで座りながら。


「狼フォルムだと、キス、しにくそうだよね」と、まーちゃんは笑った。


 その女子、まりちゃんという。

 まーちゃんと呼ばれているのをよく聞くから、俺もまーちゃんと呼ぶことにする。


 俺は身を縮めてまーちゃんに、「どうして俺のところに来るんだ」と訊ねた。


「あっ、全校生徒から嫌われてるっぽいとか思ってる?」

「そりゃそうだろ? 誰も俺には近づいてこないぜ?」

「でもさ、きみのことを悪く言うヒトって、じつはほとんどいないんだよ?」

「えっ」


 そんな馬鹿なと思った。


「ほんと、そうなんだってば」まーちゃんは朗らかに笑った。「狼男のきみの苦労、みんな、きちんとわかってるんだってば。相手が高校生だからって侮るなよな、ふはははは」


 涙が出そうになった。


「そっか。俺はそこまで嫌われてなかったのか」

「そうだよ。だから自信を持て。生まれは生まれじゃん。だけど大切なのは、いまからなにを成すかじゃん」

「ま、そうだな。そうなんだけど……」

「そうなんだけど、なんだ?」

「……キスしたい」


 するとまーちゃんはにっこり笑って。


「いいよ、してあげる。この場でやると目立っちゃうかもだけど」

「だったら放課後に――」

「いいよ。いま、してあげる」


 まーちゃんが飛びついてきた。

 そして狼の口に、俺はキスをされた。

 強引だったから甘美だとは言わないけれど、素敵だった。



*****


 まーちゃんが男と付き合っていると聞いた。凹んだけれど、まーちゃんはメチャクチャかわいいから、それもやむを得ないなあと考えた。実際、まーちゃんのそばには休み時間のたび、その男子が訪れる。まーちゃんには嫌がっている素振りもなければ迷惑がっている雰囲気もない。だからこそ思う。あの日のキスはなんだったのだろう、って……。


 狼男でしかない俺は、屋上で曇天を眺めていた。まーちゃんとキスをした。だから心のどこかで、まーちゃんは自分のものだと思っていた。でもそれって勘違いだったらしい。つらい現実だけれど、受け容れるしかない。


 ――いきなり後ろから、「この狼男!!」と大きな声がした。気の小さな俺はびくっと肩を跳ねさせた。振り返る。まーちゃんが偉そうに立っていた。


 まーちゃんは俺にラグビーで言うところのタックルをかましてくれた。当然、後方に倒れ、したたかに頭をコンクリートに打ちつけた。俺の上に馬乗りになったまーちゃん。まーちゃんは泣いている。泣いていた。


「狼男、テメー、私がくだらん男になびいたとか、そんなふうに思ったろ?」


 そのとおりだから、俺はぎこちなく「う、うん」とうなずいた。

 するとまーちゃんは笑ったようで、泣いたようで。


「やめろよぉ、そんなふうに思うのぉ。私はあんたにしか興味がないんだよぉぉぉ」


 俺は目をしばたいた。


「阿保か、まーちゃん、おまえ。なんで俺なんかにこだわるんだよ」

「カッコいいからに決まってるじゃん。狼男、カッコいいじゃん」

「だったらたとえばだよ、まーちゃん、おまえ、狼男の子どもを産むことになってもいいのかよ」

「そんなのだいじょうぶだよ。きちんと産んで、きちんと育ててあげる。もはやそれくらい、私はあんたのことが好きなんだよぉぉぉ」


 まったくもって、よくわからなかった。

 フツウのニンゲンと一緒になったほうが幸せだろうに。


「一緒に生きよう? あんたの苦しみ、私も請け負ってあげるから」


 涙が溢れた。

 たかが狼男のくせに。



*****


 まーちゃんのおかげで、コンプレックスが幾分、薄れた。

 狼男であることについても、受け容れることができるようになってきた。


 大学の在学中に、就職先も決まった。

 俺は一生をかけて、まーちゃんを守ろうと思う。

 狼男の女房になってしまったまーちゃんのことを、幸せにしようと思う。


 そのうち、まーちゃんは身重になった。

 申し訳ないなぁと思いながら彼女の手を引き、食料品を買いに出る。


 まーちゃんは事あるごとに「私は幸せだよ?」と言ってくれる。そのたび俺は泣きそうになって、そのたび、まーちゃんは俺の頭をよしよしと撫でてくれる。俺はあるいは醜い狼男なのに、まーちゃんは俺を愛してくれる。どうしてだろうと思う前に、ありがたいと思う。だからまた泣きそうになる。俺とまーちゃんにもたらされる子は狼男なのだろうか、それともフツウのニンゲンなのだろうか。どうあれ俺は全身全霊を込めてバックアップしてやるつもりだ。


 まーちゃんが「コスプレみたいなもんじゃん」と言って、俺のことを笑った。コスプレ、コスプレかぁ。狼男、ま、そんなものなのかもな。


「なあ、まーちゃん」

「なんだよ、狼男」

「俺、一生、おまえのこと、大切にするからな」

「おまえとかっ、偉そうに聞こえてしょうがないんですけれどっ?」


 アーケードの真ん中で俺はまーちゃんを抱き締めた。

 狼の口でまーちゃんの唇を奪った。

 馬鹿――そう言って、まーちゃんは笑ってくれた。

 ハイビスカスみたいに、笑ってくれた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 狼男君の名前は(;゜Д゜) [一言] 良かったですねぇ狼男君(´;ω;`)ウゥゥ そりゃあその見た目ですから周りがみんな敵に思えても仕方ないですよねぇ。 だけど理解者がいてよかったで…
[良い点] 「獣人春の恋祭り」企画から拝読させていただきました。 主人公がそう思うのは無理からぬこと。 だけど、二人の子供が大人になる頃には、そんな認識もなくなっているんじゃないでしょうか。
[良い点] 他の人々と異なる個性を持っている人は、周囲から浮いてしまって生き辛さを抱えてしまう傾向にありますね。 本作の視点人物である狼男も、そんな生き辛さを抱えていて大変だったと思います。 そんな時…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ