第3-2話 <抵抗する者たち>
「それにしても驚いたよ。妙な怪物に追われたんだって?」
ふと、店主は呟く。
「怪物……もしかして、血だらけの人のことですか?」
「そうそう。いや、実はね。レジスタンスでも問題になっているんだよ、その怪物が」
「あれって、一体何なんですか?」
スタンリーの問いかけに腕を組み、う~んと呻る店主。
「う~ん、君は人だといったけど、どうもあれは人じゃらしいけどね。といっても、僕も詳しくは知らないけどね。今のところは深淵隊が生み出したクリーチャーって説が有力なんだけど、他には別世界の怪物を深淵隊が転移させたとか、理性を失った深淵隊員の成れの果て……と思ったけど、よく考えたらこの世界には理性を失った狂人共に溢れかえっているから違うような……」
理性を失って肉食獣のように飢えて、動物的本能のままに欲を満たす狂人が溢れる世界。それが深淵領。冷静に考えると、この世界の方がよっぽど狂気じみている。
「でも、僕的には別世界の怪物説を押しているね。人を喰らう怪物が元々人間だったとも、人間が作り出したとも思いたくないし……まぁ、そうは言ってもそれもある種の楽観論だけどね」
「別世界の怪物……ですか」
「そうそう、まぁどっちにしろヤバい奴には間違いないだろうね。ただ、レジスタンスとの接触報告から、奴は目が見えない可能性が高いそうだ。つまり、獲物は音で確認する必要があるパターン」
「……それで、わりとすぐに逃げ切れたのか……」
記憶を呼び起こしてみる。確かに、スタンリーが近づいて音を立ててしまうまで、何か改め怪物はこちらに気が付いているそぶりは見せなかった。怪物がスタンリーに気が付いたのは小石を靴でこすってしまったあの音だったはず。
そうなってくると、スタンリーを追いかけれたのは視界にとらえていたからではなく、全速力で走った結果、必然的に鳴ってしまっていた足音を辿っていただけなのかもしれない。そうなると、フローレンツの手招きで立ち止まったことで、足音が消えて見失わせられたと考えるのがいいだろう。……ただ、フローレンツとの会話は声量を潜めていたとはいえ、無警戒で不注意極まりない行為だったと思う。……どれくらいの距離で音を察知されるか分からないが、反省すべきだろう。
「音といっても、多分それでも近距離の音だけだろうね。数十メートルの距離で普通に歩く分には気づかれなかったっていう話もあるくらいだし」
と、鉄扉が開き、フローレンツと白い髭の紳士が戻ってくる。何やら険しい表情を浮かべている二人だったが、スタンリーと店主が不思議そうな顔で見てくるのを確認すると、白い髭の紳士は穏やかな笑みを浮かべ、フローレンツはわずかに強張った頬をゆるめた。
「ん、すまない遅くなってしまった」
「あぁ、いえ……」
もしかして、フローレンツはスタンリーを家に送り届けるまで護衛するつもりなのだろうか。
と、スタンリーは横に立つ白い髭の紳士と目が合った。
「……あぁ、そういえば紹介がまだだったな。この人はイーデン、まぁ俺の上司だと覚えておいてくれたらいい」
「こんにちは、初めましてパーディット君。イーデン・ジェヌボーンです」
イーデンはこの世界では似合わない穏やかな笑みでスタンリーに手を差し出し、恐縮した面持ちでスタンリーは握手する。
「上司……ということは、ジェヌボーンさんも軍人の方……?」
「イーデンで結構ですよ。そうですね、私も軍人と言えば軍人ですけど、今はそこのレジスタンスのメンバーですよ」
「ということは、フローレンツさんって、レジスタンスのメンバーだったの⁉」
「あれ、言ってなかったけ?」
聞いてねぇよ。内心驚きながらそうツッコむ。
「まぁ、それは置いておいて。スタンリー君、君に極めて重要な話があるんだ」
「重要な話? 僕に?」
場の雰囲気が変わるようなフローレンツの言葉に、眉をひそめるスタンリー。
「そうだ。正確には君自身もそうだが、君ら兄妹と言ったほうが正しい。君の答え次第で、このあと妹さんに直接説明に行く予定だが……構わないか?」
「それは……内容を聞いてみないことには何とも……」
「まぁ、確かに。それもそうだ」
出会って一時間もたっていないレジスタンスのおじさん……失礼、もしかしたらお兄さんかもしれないが、いずれにしてもであって間もない人からの重要話の中身を想像してみるが、とくに思い当たるものはない。わずかに、レジスタンスに加入しないかという勧誘話かと思ったものの、ひ弱な未成年者を加入させるメリットと、そもそも初対面の人間を加入させる信用問題があるので、それはなさそうだが……。
「……あー、僕は少し席を外した方がいいかな?」
店主がその張り詰めたような空気感に気圧され、鉄扉へ歩こうと席を立つ。
「いや、お前もそのままで大丈夫だ。」
「……? それはレジスタンスに関してかな?」
「まぁ、半分あたりだ。レジスタンス関係でもあるからな……」
「はぁ、そういうことなら」
店主が再び椅子に腰かけたところで、ゴホンと軽く咳払いをしたフローレンツは、
「単刀直入に言う。スタンリー君、騎士団国に亡命しないか?」
そう述べた。