プロローグ
ギェエエエエエエエエエエエ!!!!!!!!
その吐き気を催すような見た目をした生物にスタンリーらは愕然としていた。
鼓膜が破壊されるような雄たけびを上げた生物……いや、怪物はとうてい形容しがたく、精神的拒絶を激しく引き立てるおぞましい見た目を前に、彼らはただただ呆然とたたずむしかなかったのだ。
人間の身長を優に超える巨体は、禍々しい緑色の皮膚と紫色の斑点。巨体からはえる無数の触手はうにょうにょと気持ち悪い軟体生物のような動きを出し、時折ドロッとした白く濁った体液がベチャベチャと地面に滴り(したたり)落ちる。人間で言えば頭にあたる部分は無く、まるで咲いた花のように、赤色の花弁が開いてこちらを向いており、めしべ・おしべがある中心には巨大な口がだらしなく開いていた。鋭利な刃物のような鋭い歯とだらしなく伸びている舌、そして唾液のように口から垂れている粘液。
「うっ!」
唾液が垂れるごとに当たりに漂う強烈な臭い。硫黄のように腐った卵のような腐敗臭でも、芳香剤のようにフローラルな香りでもない。甘ったるい胃を搾り取って(しぼりとって)くるような強烈な悪臭にスタンリーは鼻を押さえた。
この怪物を何と言えばよいかという質問があれば、植物のような見た目をしていると答えることが一番近い解答になるだろう。
深淵隊という邪神越えの組織と戦ってきたフローレンツも、その怪物の邪悪な見た目に慄き、後ずさりしていた。
その時である。
ギェエエエエエエエエエエエ!!!!!!!!
再び耳をつんざくような雄たけびを上げた怪物の触手が勢いよくスタンリーらに向かって飛翔した。
文字通り目にも止まらぬ速さで伸びてきた触手は、スタンリー……の真横を通り過ぎると、名を知らぬレジスタンスのメンバーの一人に絡みついて、ジェットコースターのようなスピードでメンバーを連れ去っていった。
一瞬の出来事すぎていまだに誰も理解が追いついていない。理解しがたく、もはや悪夢のようにも思えてくる摩訶不思議な出来事に呆然と眺めるしかなかった。それは、連れ去られたメンバーも同様で、「へ?」と小さく声が漏れた以外に助けを求めて叫ぶことや、身をよじって抗うことができなかった。
メンバーを捕まえた触手は数秒ほど空中でブラブラと右往左往するだけだったが、やがて触手は怪物の大きく開いた口もとへ運び……
そして……
グチャ! という鈍い音とともに、ゴリッ! バキッ! という何かをかみ砕く音。
「……」
まだ、その状況を理解できる人はいなかった。
追って頭の中で今の瞬間に起こった悲劇を整理してみると、未知なる生物に遭遇し、その見た目に恐怖を感じていたら、触手がレジスタンスのメンバーを連れ去って、そして食べた……。
「あぁ……」
全てを理解したとき、もはや気の抜けた間抜けな声しか出なかった。数秒前まで過ごしていた仲間が、目の前で謎の生物に喰われたという事実。もはや現実離れした考えられない異様な光景に、すべて妄想、自身の幻覚だと思い込もうとしていた意識が、引き戻され、残酷な真実を突き付けられた彼の精神は絶望の中にあった。
人間が食べ物を食べるときのように、口と思わしき部分は前後左右に動かされ、そのたびにグチャ、ゴリッ、バキッという想像も絶するような音が響き渡る。
「ッ!」
わずか数秒、それもほんの一瞬であった。
だが、スタンリーは確かに見てしまった。
わずかに開いた口の中に、血まみれの白目を向いた部下の顔が……。
胃が爆発してしまうと錯覚する勢いで締め付けられ、喉には胃液が込み上げてくるような不快感が広がる。
だが、それ以上に目の前でたった今起こった事。到底10代の若者が生で目撃して耐えられるような代物ではないが、それ以上に押し寄せてくる“死”への恐怖。人として死ぬのではなく、未知なる怪物に食われて粉砕死する未来が目前まで迫ってきている恐怖心は、すくなくとも凍り付いていた足を動かせるには十分だった。
「逃げろ!」
フローレンツの言葉で、彼らは一斉に走り出した。