モブ子さん鈍感ですよ
異世界召喚。
ライトノベルでよく読んだ展開がまさに私にも降りかかった。
ただし、巻き添えでな!
本来召喚されたのはたまたま同じコンビニで買い物を済ませて一足先に出た女子高生。
垢抜けた容姿で可愛いけれど、ギャルというほどでもなくクールで清楚系のモデルさんみたいに綺麗な子。
そして私はそのすぐあとに店を出た、一般OLである。
高校を卒業しその後大学を出て、まだギリ二十代なのにもう目の前にいた女子高生のようなきらめきなんて微塵もない。日々の楽しみはネットで動物の動画を見たり漫画やアニメを見る程度。ゲームは好きだが生憎今やる時間がない。一日が二十四時間って何の冗談ですかね? 絶対一日十二時間くらいしかないのでは? という気しかしない。
そもそも仕事が八時間。休憩込みで九時間職場に拘束されて、更には通勤にかかるのが大体一時間。つまり往復分で二時間。この時点で職場関連の時間が十一時間。更に睡眠時間が六~八時間と考えて……じゃあ残った時間は余裕あるだろ、って思われがちだけど家に帰って来てから食事の支度だとかその他片付けだとかあれこれやってたら大体一日終わってるわ。お風呂とか時間かかるから普段シャワーだけど、それでも一日の時間など到底足りようはずもない。
空き時間がガッツリそのまま残ってればいいけど、細々とした雑事の合間の五分十分とかだからなぁ……そんな短時間で何しろってのよぅ……お前の要領が悪いだけとかそういう話は聞きたくない。これでも精一杯なんだわ。
ともあれ、異世界召喚に巻き込まれた。
本来の目的である召喚された側は聖女として。
わー、ラノベで見た事あるー。いっぱい見た展開だー。
召喚したのはとある王国。
わー、王家が人さらいに積極的とかわー、この国終わってるーぅ!
って思うところだけど、開幕土下座だったから聖女ちゃん許してた。
いや、これがよくぞ来た聖女よ! 早速そなたにはこの国を救ってもらおう! とかのそれが人に物を頼む態度かね状態だったら開幕ジェノサイドでも許されてると思うんだけど、見てるこっちが可哀そうになるくらいに下手に出た態度だった。王族とか頭下げるだけでも一大事っぽいのに床に額こすりつけてたからね。
その上で今回召喚した理由から、聖女ちゃんにどのようにして助けてもらいたいのか、また、助けてもらった後は勿論元の場所に帰すという事を説明していた。ついでにこちらの一方的な都合で呼び出してしまった事に関しても謝罪があった。
凄い……ここまでくるととてもクリーンな異世界召喚……!
しかもちゃんと元の世界に帰せるというところがポイント高い。
うら若き乙女を突然見知らぬ異国の地に強制的に呼び出す真似をするなんて……と王妃さまらしき人物も床に額こすりつけながらも涙ほろりしてたし国王らしき人に至ってはやっぱり土下座体勢のままこちらに滞在している間の身分やその他諸々の保証はいたしますととても丁寧。
王子っぽい人もやっぱり土下座のままで万一の時は命に替えてもお守りしますとか言い出す始末。
いやあの、いいのかそれで王族よ……
王族が命に替えてちゃダメなのでは……?
聖女ちゃんが困ったようにこっちを見て、
「あの、こちらの方は……?」
と問いかけた事でその場にいた人たちは土下座体勢から顔を上げた。そう、召喚されてこっち見渡す限りこの召喚に関わった人たちが土下座してるのを見せられてたんだけど、向こうはこっちの顔すら見てない状態だったからね……気付かなくても仕方ないね。
こういう時ってほら、割となんだ余計な荷物まで召喚されてきちゃったなとか言われがちじゃないですか。
ところがどっこい。
「なんと……聖女以外の人までも巻き込んでしまうとは……!」
と王様。
「そんな、なんて事を……」
と王妃。
両者お顔が真っ青である。
両親にかわり、と前置いて説明した王子曰く。
帰せるには帰せるんだけど、聖女と一緒じゃないと無理。とのこと。
なんでもこの手の儀式はそう何度も頻繁にできるものじゃない。呼び出して、呼び出した相手を帰すまでが一連の流れ。それに巻き込まれた人だけを先に帰すとなると聖女ちゃんが帰れなくなってしまいかねないので、申し訳ないがしばらくこちらに滞在してほしいとの事。
いやうん、人さらいっちゃそうなんだけど、こんな腰の低い人さらいいる?
あと余計なものまでついてきた。こいついらないから殺しちゃお☆ みたいな展開じゃなくて良かった。
あとオマケでついてきた私に関しても身分の保証などはされるし衣食住に関しても面倒見るって言われたわ。至れり尽くせりでは?
てっきり私だけ城を追い出されて見知らぬ異世界を彷徨う事になるかと思ったわ。
仮にそうなったら人生終了のお知らせだったんだけども。生憎チートなどないし、異世界でも無双できるような知識とか知恵もないからなぁ。
そういうわけで聖女ちゃんはこの国を救うために行動する事になった。
やる事は国の端々に存在している神殿にある聖宝石とかいうのに聖女の祈りを捧げるとかどうとか。
別にそれ聖女じゃなくてもいいのでは? と思えるようなものだけど、でも聖女じゃないと駄目らしい。
そうする事でこの国を守る結界が強化されるのだとか。
結界が破壊されると結界の外を漂う瘴気が流れ込んできて、国が滅んでしまうのだとか。
王族だけが馬鹿やらかして滅ぶならともかく国民まで巻き込むわけにはいかない、とか言われてしまえば流石に断りにくい。
神殿付近にも魔物が出る事はあるらしいので護衛の騎士を勿論つけるし、世話をするメイドもつけるとの事。
国の端っこに存在する各地の神殿に行かなきゃならないので移動に時間がかかってしまうけど、せめて不便がないようにしますとか言われてるし、どっちにしても終わらないと帰れないと聖女ちゃんも理解しているらしく話はあっという間にサクサクと進められた。
ちなみに私はお城待機だそうです。
いや、聖女ちゃんと一緒に行くにしても、魔物が出るらしいし基本聖女を守るために騎士をつけるけど、護衛対象が増えるとその分人員も増やさないといけないし、そうなると移動中の荷物や食料なども勿論増える。大所帯になりすぎると移動に時間もかかるから、そうなると聖女の神殿巡礼が終わるまでの時間も勿論大きく増えてしまう。
そう言われてしまえば私も行きたーい、とか流石に言えない。
行く気もないけど。
――さて、そういうわけで始まりました異世界生活。
聖女ちゃんの神殿巡礼には騎士と同じく戦えるメイドさんたちと王子とあとは数名の魔術師というもう護衛っていうかどこの大部隊です? みたいな感じで多くの人が参加してましたね。
聖女ちゃんとはちょっとしか話せなかったけど、気を付けてねの見送りはした。
君が巡礼を終わらせないと私も帰れないからね。是非無事に帰ってきておくれ……!
いやー、それにしても目の保養だった。聖女ちゃんと一緒に行った騎士の人たち乙女ゲームの攻略対象かってくらいに顔面偏差値高かった。騎士って何、顔の良さもないとなれない職業だったっけ? って思っちゃったもの。
あとメイドさんたちも美人ばっかりだった。王子とか魔術師とかも言わずもがな。
あんな美男美女に囲まれて行動するとか私だったら耐えられない。でも聖女ちゃんも負けずに美人さんなので、あの中に交じってても何の違和感もないってのが凄い。あの中に交じってるのが私だったら……一人だけブサイクなのが交じってると目立つか、それともモブすぎてその存在に気付けないとかかもしれないな。
……悲しくなんかないぞぅ! 私の顔はブスとまではいかないが一般的かつ平凡なものだ。まぁあの中に交じったら周囲が美人揃いすぎてブサく見えるだろうけれども。
さて、お城で保護された私にも世話係がついた。
これまた美人な侍女さんと、護衛の騎士が一人。
私は巡礼に出るわけじゃないからそこまで大人数を護衛につける必要はない。というか、侍女さんだけで充分では? と思ったけれど万が一を考えて、らしい。
万が一とは?
と思ってたけどある日何の気なしに歩いてた時に壁に手をついたらそこがまさかの隠し通路になってて危うくそのまま向こう側にスポーンと転がり落ちるところだったので、護衛の騎士がいて正解だったと思った。
えっ、隠し通路とかマジであんの? っていうか壁が反転したけど!? 忍者屋敷!? こんな洋風な見た目しといて!?
いざという時の緊急通路らしい。
いざ、とは。
いや、知ってる。何となく知ってる。
ちなみにこういった通路をいくつか仕込んでるらしいので、何かの拍子にうっかり、なんて事がないように護衛の騎士がついてるのだとか。
そうだね、たった今下り坂のようになってる階段を転がり落ちそうになったからね。もし咄嗟に騎士さんが腕を引っ張ってくれなかったら私そのまま転がり落ちて途中で打ちどころ悪くて死んでた可能性あるわ。
それ以外にもほとんどいないけど中には異世界の人間という事で何か凄い知識を持ってるんだろうとか何か特殊能力あるんだろうとか思いこんで利用しようとする人間がいるから、そういうのから守るための護衛でもあるらしい。
王様たち見てるとそういう感じしないし、他の大臣とか宰相とかそういう人たちもそうではないんだけど、野心だけは人一倍あっても能力的にちょっと……みたいなのがやらかさないとも限らないとか。
大半は大丈夫だけど中にはどうしようもないのが存在している……まぁそうだよね。人の数だけ思惑ってあるものね。身の程も弁えずに上に立とうとしちゃう人とかいないとも限らないよね。
そういうわけで私の日々は基本的に侍女さんと騎士さんとの三人での生活だった。
私は色気より食い気の女なので、こっちでの食事を美味しくいただいたりした後、自分の世界の食べ物の話とかしてこっちでも再現可能なやつとかの話題提供したりだとか、こっちと向こうの世界の共通点とか色々探しつつ日々それはもうまったり暮らしていた。
聖女ちゃんどうしてるかな……こっちは驚くくらいのんびりしてるから逆に申し訳ない気がしてきた。長距離移動は大変かもだけど、せめて毎日ちょっとした楽しい事とかがあるといいな。
さて、私についてる侍女さんは美人だし騎士さんはイケメンだしで、二人並んでるのを見てると目の保養だわ~と毎日目から美という栄養を摂取していたのだけれど、どうやらこの二人幼馴染らしい。てっきり恋人とかそういうアレかと思ってたけど違ったわ。距離感近いからそうかなって思ってたけど言われてみれば確かに恋人というよりはもっとこう、身近な感じの距離の近さ。
そんな二人はお互いに幼少期の頃の話とかしてくれて、異世界っていってもアレだな、そういう部分はそこまで変わらないんだなーと私も故郷に思いを馳せたりした。
そうして日々を過ごしていくうちに、こう……身近にいる異性が親切に接してくるものだから、危うく恋におちかけたわけですよ。
というか実際あと一歩間違ってたらヤバかったと思うくらいに勘違いしてたと思う。
うぅむ、これはコンビニやスーパーで接客されただけで勝手に恋に落ちる対人経験の少ない連中を笑えなくなってきたぞ……というくらいにヤバかった。
いらっしゃいませこんにちはからありがとうございましたまでの一連の流れで恋に落ちるまではともかく、そこで脈があると勘違いする意味がわからんよそれはただの営業スマイルだ、とか思ってた私でも、流石に日々の暮らしのあれこれ面倒見てくれて優しくされたら危うくコロッといくとこだったわ。
あっぶね……顔の良い殿方が自分に対してやたら親切にしてくるというだけでこの……何、この……トキメキっていうかロープ切れそうになってるつり橋の上を歩いてるような感覚……恐怖? もう情緒がわけわからなくなる勢い。
もしかして騎士さん私の事を……? とか爆笑しすぎて腹筋がシックスパックになる勢いで笑える勘違いをするところだったわ。
露骨に表にだしてないとは思うけど、それでも浮かれた雰囲気が出てたかもしれない。どうにかすぐさま戻したけれども。
異世界だから普通に正気に戻れたけれどこれ自分の世界だったら間違いなく結婚詐欺につかまってたぞ。私みたいな女に言い寄るもの好きとかいてたまるか。いたらそいつの女の趣味を疑う。そんな女の趣味が悪いやつに口説かれても私は落ちんぞ!
……っていう流れでいくと私が落ちるのは私の事など興味のない男ってわけね。……わー不毛~。
ともあれ、これ以上の勘違いはしないように私は日々を過ごしていった。
そうして数か月後。
聖女ちゃんが無事に戻ってきたのである。
もしかしたら旅の途中でラブロマンスでも芽生えたりしてないだろうか、と思ったけれど聖女ちゃんはきっちり役目を終えたわけだし帰ります、ときっぱり宣言していた。
「え、いいの? 何かこう、見たとこちょっといい雰囲気になったっぽい人いる気がするけど」
聖女ちゃんを見る一部の野郎どもの目が完全に恋に落ちてる感あるんですが。
それもあって私は本当にいいのか? と確認したけど聖女ちゃんはにこりと微笑んだ。
「いいんです。だって私、定期的に金曜ロードショーでバルスしないと生きていけないので。ジブリの他にポケ〇ンがない世界で生きていくにはちょっと……」
「おっとまさかのポケ〇ン。何世代? って聞きたいけどその話は今はやめとこうか。厳選……努力値……うっ、頭が」
「お姉さんまさかの廃人だったんですか……私も人の事言えませんけど」
「怖がるな。私はそなたの味方だ」
「さぞかし名のある山の主と見受けたが何故そのように荒ぶるのか」
「いや荒ぶってないですけど」
「突然のジブリについ」
おっとこの聖女ちゃん中々にノリがいいぞ。思わずお互いにがしっと手を握ってしまった。
いやー、俗物的な物は興味ありませんみたいな雰囲気してるくせにこの聖女ちゃん中々にやりおる。
どうやら私たちは召喚された直後の時間軸に帰されるらしく、こっちで過ごした数か月分向こうでも経過してるという事はないらしい。良かった。帰った途端仕事無断欠勤続きでクビになってましたとかこの不景気に死ぬしかない展開だもんね。失踪して出てきた挙句異世界に行ってましたとか流石にそれじゃハロワの人も失業手当とかの手続き拒否るレベル。
聖女ちゃんも学生服見る限りちょっといいトコだから、単位が足りずに留年とかいう悪夢は避けられた。
お城の人たち大勢にとっても惜しまれ涙ながらに聖女ちゃんへ救ってくれた事への感謝を口々に述べられて――そうして私と聖女ちゃんは無事に元の世界に戻ったのである。
ちなみに元の世界に戻ってから聖女ちゃんとはライン交換した。ついでにいくつか同じソシャゲやってるっぽい事も判明したので早速フレンド申請した。
異世界に召喚された結果、私は年下だけれどもとても美人なお友達をゲットしたのである。
異世界召喚って、すげー!
――異世界から聖女を召喚した。どう足掻いても異世界の聖女の祈りでないと聖宝石の結界の力は強化されないので、これはもうどうしようもない事だ。
けれども聖女にも故郷での生活がある。だからこそ、それをこちらの一方的な都合だけで振り回すわけにもいかない。懇切丁寧にしてほしい事を説明し、またこちらの世界にいる間の生活の保障などを約束し、決して無茶はさせない事を前提に救ってほしいと頼み込む。
かつて、遥か昔異世界の人間などこの世界の者ですらないのだからどう扱ったとて構わぬ、と傲慢な考えで聖女を奴隷のように使おうとした愚王がいた。
結果はその聖女に恨み骨髄まで抱かれて、その聖女は元の世界に帰れずこの世界を呪った。
その呪いはまさに強大で、その国は聖宝石が崩壊し瘴気に覆われ滅んだ。
聖女の呪いはそれだけではなかった。いっそこんな世界、滅んでしまえばいい――口に出しこそしなくてもきっとそう思ったのだろう。
その呪いは滅んだ国だけではなく世界中へと広がった。
結果として、この世界の男女比は大いに傾いてしまった。
今までは大体半分に分かれていたはずの男女比が、今では7:3で女性が少なくなってしまったのだ。
過去、滅んだ国の王とはいえあのぼんくらとんでもねぇことしてくれたな、と巻き添えを食らった他国の者たちも思わず呪いそうになったのは言うまでもない。
それぞれの国とは魔石を用いた連絡手段があるのでそれぞれの国が聖宝石で結界を強化する時期になるとそれはもう問題はないか聖女に対して絶対失礼な事するなよとかの連絡がバンバンくる。
どこかの国がまたヘマやらかした場合、今度こそ本当にこの世界が滅びかねないからだ。
やらかした国だけが滅ぶのならまだいいが、その巻き添えで滅ぶとなったらたまったものではない。
女性の数が少なくなってしまったこの世界で、万一聖女が帰らずに残ってくれるというのであれば、それはそれで喜ばしい事だった。
この世界の女は少なく、また子を産んでも大半が男児で女児が生まれるのは稀だ。けれども聖女はその逆でかつて過去、残ってくれた聖女数名が産んだ子はいずれも全員が女児。
ほぼ確実に女児を産んでくれるのだ。できれば引き留めたい。
女性が少なすぎて結婚相手が見つからず独身のままの男性は多い。恋愛したくても相手がいない。いやいい相手がいないとかではなく物理的に数が足りなすぎるのだ。
だからこそ召喚された聖女が神殿巡礼している間、護衛についた騎士や王子がなんとしてでも落とそうと試みたのである。
結果は惨敗であった。
故郷に恋人がいるのであれば諦めがついたが、そういうわけでもないらしい。巡礼に同行しているメイドたちがそれとなく話を聞いてくれたが片思いとかそういうのでもないらしい。
では単純に共に行動している男連中が好みでないだけだろうか。ある程度幅広いタイプをそろえたというのに流石聖女、手強い。
無理強いする事で呪いが強化されると困るので決して強引にならない程度に、それでいて聖女が不快感を抱かないギリギリを攻めてみたけれど結果は惨敗。
聖女は故郷へと帰ってしまった。
まぁ、結界は強化されたので良しとしよう。多くを望みすぎるとロクな事にならないというのは歴史からも学んでいる。
けれども今回の聖女召喚は一味違った。
なんと聖女と共に巻き込まれた女性がもう一人やってきたのである。
流石に聖女と共に神殿を巡礼させるわけにもいかず、そちらは城で丁重に保護する事となった。
聖女と比べると控えめな印象であったがそんな彼女をぜひ射止めたいと名乗りを上げたのが――王子直属の護衛をしていた騎士である。
彼は見た目派手な女性よりいっそ地味な女性を好んでいた。そういう意味では見た目はドストライクだったのだ。むしろ運命の人くらいに思っていた。
だが、相手が聖女でないとはいえ異世界の女性。聖女のような特殊能力を持っていないとも限らない。
流石に大勢で取り囲むわけにもいかず、騎士の熱意にじゃあお前頑張ってそいつ落として妻になってもらえよ、と周囲もそれなりに応援する姿勢に入った。
遠い異国の地で慣れない生活で心細くなっているだろう女性に男が常時付きまとうのは流石にマズイと思われたので、騎士の幼馴染である侍女もまた彼女の世話役に名乗りをあげた。
ちなみに侍女には別に婚約者がいるのでこの騎士とどうこう、という事は絶対にないとわかりきっている。
これで侍女も騎士狙いであったなら、危うく知らぬ間にモブ子は昼ドラのような泥沼関係に巻き込まれるところであった。
最初は上手くいっていたと思う。
最初からぐいぐい行くと引かれるだろうから、と侍女が間に入り少しずつ慣れてもらって、そこからはモブ子もちょっと騎士に対して好意を持っていたように思う。
これは騎士の勘違いというわけでもなく、侍女の目から見てもそう思えたので間違いないはずだ。
会話が弾むようになって、そこから贈り物とかで徐々に好感度稼ごうとしていたのだが、モブ子はあまりそういった物に興味を示さなかった。
まぁ当然だろう。
花をもらっても部屋に飾るくらいはするが、モブ子はそこまで花に興味はない。見るのは嫌いではなくても率先して自分で花屋などで花を買うという事はしていなかったし、宝石などは流石に困る。
恋人でもない男から仮に宝石などを贈られても色んな意味で重すぎる。ドレスだって別にそこまで人前に出るわけではなかったので必要としていなかった。
むしろモブ子は色気より食い気の女であった。
侍女と今日食べたあのメニュー、あれうちの故郷だとこれこれこういう感じで出る事もあって~などというアレンジメニューの話がとても弾んだ。
何ならこっちの世界になかったメニューもいくつか教えてもらった。
材料は幸いにしてあったので、試しに料理長に話を通して作ってもらえば中々の美味。
モブ子とあまり関わらなかった城の者も新しいメニューに舌鼓を打つ事となった。異世界の聖女様じゃない方が教えてくれた料理美味しい! と知らぬところで好感度が上がっていたモブ子である。
少しずつ、距離は縮まっていたと思う。
けれども、ある日突然何もかもがなかったかのようにモブ子から騎士を見る目が最初の頃と同じくらいに戻っていた。好意はあったはずだ。けれどもそれが初対面の頃のようにすんっとしたものになっていた。
何か失礼な事をしただろうかと思ったが騎士には全く心当たりがない。侍女にもそれとなく探ってもらったが落ち度は一切なかったと侍女も判断できる。
けれども、現実は変わらない。
そうなる手前で騎士が告白でもしていたらもしかしたら未来は変わった可能性もあるが、いかんせん拗らせてるタイプのモブ子なので告白した程度では結婚詐欺を疑っただろう。異世界に来てまで結婚詐欺られる程の何かがモブ子にあるはずもないのだが。
そうしているうちに聖女が戻り、聖女と共にモブ子もまた元の世界に帰っていった。
あれだけ周囲から頑張れよと言われて応援されていた騎士は、無様にも恋敗れたのだ。モブ子が正気に戻る前にたたみかけなかった事が敗因である。
周囲からはドンマイ、とばかりに同情が半分と、お前ヘタレすぎるだろという揶揄いが半分。まぁ無理もない。折角出会いがあったのにそれを物にできなかったのだから。せめて告白して振られるとかならまだしも、それにすら至っていなかったのだから。
というか、帰る直前にほとんど言葉を交わしていなかったはずの聖女とモブ子が意気投合していた時に浮かべていたお互いの表情を見て、あっ、そもそも告白するに至る以前の問題だなと騎士は悟った。
素の笑顔だったのだ。聖女もモブ子も。
聖女は巡礼の中で確かに笑顔を浮かべていたこともあったけれど、それはどちらかというと場の雰囲気を悪くしないための愛想笑いで、モブ子もまたどちらかというと同じ理由でこれまた仕事で培った営業スマイルであった。
だが聖女とモブ子が帰る直前で見せた笑顔は、そんなものとは比べ物にならないくらいに輝いていて。
あ、これは仕方がないなと騎士はようやく潔く諦める決心がついたのである。
それがなければ最後にみっともなく縋り付いて告白しようかとも考えていたのだが。
ともあれ最終的に残った物は。
聖女によって結界が強化され当面の間は安全が約束された国と、そしてモブ子があれこれ残していった料理のメニュー。
騎士はしばらくの間モブ子が残していってくれた料理を食べるたびに涙ぐんだりもしていたが、その失恋の傷も美味しい料理にやがては癒される事となったのである。どんまい。