32 初めての――
東側の海岸付近は、南側ほど断崖絶壁ではないが岩場が多い。海に面した箇所には鉄柵が張り巡らされていて、その中でも容易に侵入されそうな所は、木の板が貼り付けられ土嚢も置かれて、簡易的な阻塞が作られていた。
しかしハロルドが辿り着いた時には、既に阻塞は破られた後だった。
倒れた銃騎士に止めを刺そうと襲い掛かる獣人の元へ、高速で駆けたハロルドは抜刀と共に剣を一閃させて、獣人の刃を遠くへ弾いた。
ハロルドは獣人と実戦で戦うのはこれが初めてだった。
ハロルドは続けざまに獣人に斬り掛かるも、ひらりと躱されてしまう。
(早い!)
剣を弾かれた獣人は武器なしでは分が悪いと思ったのか、ハロルドからは距離を取ったが、別方向からやって来た獣人に斬り掛かられて、振り向きざまその太刀をなんとか防いだ。
(流石に強い…… でも……!)
ハロルドと獣人が持つ白刃が闇夜の中でぶつかり合った。高速で繰り広げられる剣戟の火花が散って、刃の交わる硬質な音が周囲に響いた。
(アスター先輩の方がもっと強かった!)
ハロルドは気合いと共に剣さばきの速度をいきなり上げた。獣人であっても防ぐのが困難なほどの速すぎる攻撃に見舞われた相手は対応が遅れ、ハロルドの剣撃が胴体に入って血飛沫が上がった。
もっと踏み込めば、致命傷を負わせて絶命させることも可能だったが、ハロルドはそこまでは出来なかった。
狩れるのにやらなかったのは銃騎士としては職務怠慢かもしれないが、稀人であるハロルドにとっては獣人も「人」だった。
捕まった獣人たちの行き着く先が「処刑」だということはわかっているが、だからといってここで自分の判断で命までは奪えなかった。
手の平に初めて「人」を斬った感触が消えずに残っていて、姉のヒルダもかつて味わったのだろうその感覚にハロルドも動揺していたが、気持ちを落ち着ける暇もなかった。
ハロルドが現れるまでは優勢で、余裕の表情さえ見せていた獣人たちが、目の色を変えてハロルドに斬り掛かってくる。
(ここで負けたら仲間が死ぬ!)
その場は乱闘状態だった。応援で駆けつけてまだ無事な銃騎士もいるが、倒れていたり怪我をしている銃騎士の方が多い。
ハロルドは戦いながら負傷している銃騎士を庇い、誰一人死なないようにと全体を注視しながら、死力を尽くして戦った。余計なことを考えている暇はなかった。
「クソっ!」
「覚えてろよ!」
ハロルドの藍色の隊服は返り血を吸ってぐっしょりと濡れていた。襲い来る獣人たちを次々と地に沈め、味方の隊員たちも引くくらいの強さを見せ付けたハロルドに恐れをなして、獣人たちは侵入してきた経路を辿って海へ逃げた。
「良かった…… 勝てた……」
安堵感と共に呟いたハロルドはヘロヘロとその場に座り込んだ。
獣人たちは怪我を負った仲間も引き連れて退散して行ったが、気絶して動けなかったり、既に銃騎士たちによって捕縛済みの獣人については、捨て置いて行ってしまった。
ホッとしていたのはハロルドだけではなくて、その場にいた銃騎士隊の全員がそうだった。
――――気の抜けたその一瞬の隙を突かれてしまった。
後ろ手にされて手枷を掛けられていた獣人の一人が、そばにいた銃騎士を体当たりで突き飛ばし、ハロルドがいるのとは逆方向――つまりは島の中心部――に向かって、走り出した。
「待て!」
すぐに何人かの銃騎士が後を追い、ハロルドも後を追ったが、獣人の全力疾走に付いて行けているのはハロルドだけだった。
その獣人はかなり脚が早く、ハロルドでも見失わないように後を追うのがやっとだった。
やがて自然の多い海岸部を抜けて、獣人は市街地にまで入ってしまった。そして間の悪いことに、島に来ていた貴族一家を避難誘導中だったアランと出くわしてしまった。
「先輩! 獣人です!」
ハロルドの叫び声に、こちらを向いて驚いた表情をしたアランは、咄嗟に掴んだ銃を獣人に向けた。
しかし発砲するよりも早く、辿り着いた獣人によってアランは銃ごと腕を蹴り上げられていて、ゴキリと嫌な音が鳴った。
「きゃあああ!」
獣人は恐ろしい顔付きになっていて、貴族一家の幼い令嬢に向かって、大口を開けて迫っていた。
その獣人は噛みついて周囲を威嚇したかったのか、それとも、子供を人質にしようとしたが、手の自由が効かない為に口で咥えて連れ去るつもりだったのか――――
彼がなぜそのような行動に出たのか、その理由を聞き出すことは、永遠にできなくなった。
パン、と乾いた音が響いて、獣人がその場に昏倒した。
うつ伏せで倒れた獣人の胸付近から、おびただしい量の赤い液体が染み出してきて、血溜まりを作っていく。
銃弾は獣人の心臓を的確に撃ち抜いていた。即死だった。
撃ったのはハロルドだった。
「無事ですか!」「大丈夫ですか!」と、ハロルドの後ろから追いかけて来た銃騎士たちが、アランと貴族一家の元へ走って行く。
銃騎士たちは貴族一家を保護し、獣人の死亡確認をしていたり、骨折の痛みで悶絶しているアランの応急処置などをしているが――――
ハロルドは銃を握った状態でその場に膝を突き座り込んだまま、全く動けなくなってしまった。




