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8.聖女も微笑む

 参加者が婚約候補2人のみという異例のお茶会が開かれた同日同時刻、皇宮の一室で非公式なお茶会が開かれていた。参加者はたった2人。しかしその2人をこの国で知らぬ者はいない。1人はホストである皇后。もう一人はこの国で聖女の地位に在る者だった。

 かつてこの国がまだ小国だった頃、未曾有の流行病で国民の多くが死んだ。この国の存亡の危機は、突如現れた女性に救われた。女性は手をかざすだけで病気も怪我も癒やしたという。しかしそれでは国民全体を救う事はできない。そこで女性は神に祈りを捧げ神の御力を借りて病を収めたという。以降、この国では神に祈りを捧げる専任の巫女を置くようになった。それが聖女。聖女は祈りで病を抑えるためこの国の為に祈り続けてきた。やがて聖女の祈りは病だけでなく豊饒であったり財成であったり人々の願いを神に届けてくれる尊い存在となっていった。

 実際のところ初代聖女に聖なる力があったのかは理解らない。記録も残ってない古い話だ。しかし不思議な事に聖女在任中、聖女は病気に一切かからない。毒も効かない。だから聖女に近い者程その力を疑う者はいない。

 聖女は次代の聖女を指名し、引き継いでいく。聖女は急逝する事が無い為、今まで聖女不在の次代は存在しなかった。

 聖女は政治に関与しないし、権力欲のある者が聖女を継ぐことは無い。とは云え国民にとって聖女は神に等しい尊い存在でもある。その為聖女の発言力は皇帝といえども無碍にできないのだ。


 今上聖女のリィスニーナと皇后ビビアンヌ、2人は幼い頃からの親友だった。その親交は互いに立場在る者となった今でも続いている。只、昔のように気安く会える立場では無くなってしまった。今日も皇太子のお茶会を隠れ蓑にしてこっそり開催している。


「今日はえらく豪勢ね。贅沢過ぎない?」


 こっそり開かれているにも関わらず食べきれない程の豪華なお菓子がテーブルに置かれているの見て聖女は贅が過ぎるのではないかと心配した。

 聖女とて出自は侯爵家であり、以前はこの程度を贅沢とは思わなかったが長い質素を是とする神殿暮らしで質素が当たり前になっていた。


「大丈夫よ。これらは元々息子の嫁候補達との交流お茶会に出す予定だったものだし。もったいないから少し引き取ったのよ。余ったら宮中に下げ渡すつもりよ。ここは甘い物が好きな娘がいっぱいいるもの。一つも残りはしないわ」


「それならいいけど。お菓子が大量に余る何かがあったのね」


「何かという程でもないわ。バカ息子が嫁候補のご令嬢方に愛想をつかされたってだけよ」


 皇后はクッキーを一つ手に取り優雅に口に入れる。


「あら美味しい。ニーナも食べてご覧なさいな」


 侍女も下がらせたので部屋には2人だけ。この不定期に行われるお茶会の時だけ2人は皇后と聖女の肩書を外して気軽に呼び合うことができた。

 今上聖女であるリィスニーナをニーナと呼べるのは正にこの場だけだった。


「本当ね。美味しいわ」


 促されてクッキーを食べた聖女ニーナもその美味しさに感嘆した。


「でも大丈夫なの?ビビの息子の事だから心配いらないとは思うけど」


「一応わたくしの大本命が残っているから大丈夫よ。しかし今日お休みしたご令嬢方にも手厚い援助をしてあげないとだわ。行き遅れになるんではと気を揉んでいるでしょうから」


 皇后としても彼女たちは棄権したと思っているし、ご令嬢方の気持ちも理解るので責めるつもりなど無く、むしろ良縁をそれとなく探してあげないとねと思った。


「ビビ理解っていると思うけど…」


「大丈夫。私が直接紹介したら断れないなんて百も承知よ。間に誰か入れてそれとなく紹介するだけよ」


「それは失礼しました」


 二人は笑いあったがお互い理解っている。貴族家の婚姻に政略が絡まない訳がない。皇后が勧める相手は皇室に害にならない家になるのは当然ながら皇室になるべく利となる家を紹介されるだろう。勿論皇后の一存で決まらない。最終的には皇帝の判断が必要になる案件だ。聖女リィスニーナも理解っていてそれ以上の口は挟まない。聖女が政治に介入はしてはならないのだ。


 「そもそもあの愚息がさっさと決めてしまえばこんな事にはならなかったのよ。なぜ決めないのかさっぱり理解らないわ」


 皇太子妃を決めるのは皇太子本人というのがこの国の決まりで、皇帝や皇后は承認できるだけだ。だからまずは皇太子が決めなければ話が始まらない。


「あんなに素晴らしい娘なのに何が気に入らないのかしら。だからといって候補から外すでもなく仲が悪い様子もない。もうさっぱりよ」


 皇后はため息をついた。


「気休めにもならないけど親としては見守るしかないわよね」


「まぁね」


「で、その娘ってマークサンドス家のご令嬢(シェリーの事)のことよね」


「ええ、そうよ。あれだけ民に慕われていて慈悲深くて聡明な娘は他には見つからないわ」


 そしてやっぱり皇后もシェリーの本性を見抜けない人だった。


「ねぇビビ、私もそろそろ後継者を決めないとならないのよ」


 それを聞いた瞬間ビビアンヌは嫌な予感がした。親友ニーナの事はよく理解っている。この言い方をする時はこちらに都合が悪い内容を含んでいる時だ。


「まさか…ニーナ」


「付き合い長いもの、そりゃ理解ってしまうわよね。シェリーフィアス嬢が次代の最有力候補よ」


 ここにもう一人目の曇った者が居た。


「ちょっと待って!これは大事な事よ」


 皇帝よりも冷静沈着で”泰山”と評されるビアンヌが慌てた。シェリーを聖女に取られるなんて考えてもいなかったのだ。でもしかし、確かに常に微笑みを絶やさない慈愛に満ちたシェリーならば聖女に相応しい徳の持ち主と言える。(皇后考え)

 皇太子妃候補としてシェリーが最も相応しいのと同様、聖女候補としてシェリー並び立てる者が皇后には見当たらなかった。シェリーの本性を知らない皇后はシェリーを聖女に取られる可能性に震えた。まぁ知らぬが仏とはこの事だろうか。


「もう結構待っているんだけど、そちらが未だに決めないんならこっちで決めてもいいかなって」


「待って、バカ息子にも伝えるから」


「ええ、いいわよ。こちらもまだ最終決定って訳じゃないの」


 聖女が発表したらそこから覆ることはない。この件に関しては皇帝ですら聖女の決定に従う他ないのだ。


「皇太子妃 兼 聖女ってのは駄目よね?」


「それって駄目なやつじゃない。それに何の意味があるのよ。ビビ落ち着いて」


「落ち着いてる。言ってみただけだから」


 政治干渉しない聖女に皇太子妃ができる訳がない。お飾りの皇太子妃だったら。今まで通りにそれぞれを別に立てたほうが良い。なんの問題も無くなるから。それでもシェリーを取られたくないビビアンヌは気心知れたリィスニーナには言わずにおれなかったのだ。

 

「彼女は確かに最有力候補なんだけど、私は見もしないで決めたくないのよね。先代もビビと私どちらか選ぶのを悩んで私達をこっそり見て決めたそうよ。私もそれがいいと思うのよ」


 なんか雑な決め方だが、代々の聖女はそうやって決まるらしい。

 

「もし見てやっぱりシェリーフィアス嬢だと思ったら?」


「そりゃ指名するわ。でもまだ見てないからね。それに皇太子妃候補であることも考慮するから直ぐには発表はしないつもりよ。私もまだまだ頑張れるし。それに詳しくは言えないけど人柄で選ぶ訳じゃないのよ」


「そ、そう」


 ビビアンヌは余り猶予がないと思った。ビビアンヌが知るリィスニーナは見た目おっとりに反して実はせっかちなのだ。吊り目で見た目がキツイビビアンヌの方が実は気が長い。


「それで近く建国祭があるでしょ。その時の舞踏会でこっそり見たいなって思ってるのよ。ねいいでしょ?」


 やっぱり、とビビアンヌは思った。

 建国祭までは1ヶ月程だ。


「言い出したら聞かないもの。良いも悪いも無いじゃないの。でもバレないようにしてよね。大変な事になるわ」


「バレたら囲まれて見るどころじゃ無くなるもの心得ているわ」


 極上の微笑みを浮かべる今上聖女リアスニーナを見てビビアンヌは内心ため息をついた。ビビアンヌは実体験で知っていたのだ。サンアレモーラ女学園時代、リィスニーナはトラブルメーカーだったのを。


続く

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