表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/20

4.侍女に微笑む

 シェリーが全く微笑まない時間がある。それは睡眠中だ。そして夢の中のシェリーも全く微笑まないのだが、それを知る者は当然ながら居ない。

 夢の中のシェリーは現実世界と違って大忙しだ。新しい薬を開発し、魔法革命を起こし、国内に新しい産業を広め、学園の中では皆に勉強の判らないところを教え、社交界ではファッションリーダーだ。溌剌とし、ハキハキと発言し、国内を活発に飛び回っている。国外にも目を向け、数ヵ国語を操り、国から外交官としての権限まで与えられているのだ。冒険者としても超一流で若干18歳でSランクに上り詰めている。夢の中でのシェリーは持てるチート能力を発揮して八面六臂の大活躍をしている。

 夢の中でのシェリーは本当に大忙しなのだ。国内外で起きる様々な問題は、シェリーのチートな頭脳と行動力で悉く解決してきた。勿論飢饉対策だって何度も解決してきのだ。夢の中で。

 ただ夢の中でも思い通りにならないこともある。それが恋愛だった。忙しいシェリーは恋をする暇も無いのである。好ましく思う男性は居る。でもなぜか行動派の筈のシェリーが何も出来ずにいる。ただ一瞬、姿をお見かけできるだけで幸せになれたのだった。

 これはあくまで夢の中での話。しかし朝、目を覚ました数瞬は、誰しも夢の記憶が残っているもの。それはシェリーにも当てはまる。シェリーは、あんなに頑張ったんだし今日はのんびりしましょう、と思う。そう、思ってしまうのだ。夢の中で頑張って日常で休養する女、それが残念ポンコツチート令嬢シェリーの真の姿だった。


 そんな残念な生物シェリーの本性を知る世界で2人の内の1人は前に紹介したこの国の皇太子で、残るもう1人はシェリーの専属侍女だった。名をリアーナ・クレヴィルという。クレヴィル子爵家の3女でシェリーより2歳年上の20歳。同じく公爵家の執事の一人であるジェレスター・ミゲルと家中公認で恋仲にあるのだが、シェリーだけ気づいていない。シェリーにとっては最も頼りになる姉のような存在だ。

 リアーナが公爵家に仕えているのは、クレヴィル子爵家が代々マークサンドス公爵家に仕える一族で、一番年の近いリアーナがシェリーの専属侍女に選ばれたからだ。運良く2人の相性は良く、リアーナの方も内心ではシェリーを放っておけない妹の様に思っている。

 そしてリアーナは優秀な侍女だった。なのでシェリーが微笑むだけで何も考えていなくとも、リアーナが”お嬢様のご意思”として勝手に判断して采配を振るい全て上手に回している。それでいて、忠義心に厚く私情を挟まずシェリーに益にならないことは一切しない。だからシェリーはリアーナの判断を全面的に信頼しているし、口を挟んだことは一度もない。安心して思考を放棄出来るのだ。



 シェリーの起床時間を把握しているリアーナはノックをして返事も待たずにシェリーの寝室に入った。シェリーは返事をほぼしないと知っているからで、リアーナだけに許された権限の一つだ。


「お早う御座います。シェリーお嬢様」


 ベッドの上に座ってボーっとしているシェリーに丁寧な挨拶をして、返事を待つこと無くカーテンを開けていく。シェリーは夢の余韻からなかなか醒めずに放っておけば30分でも1時間でもボーっとしているので先ずカーテンを開けて覚醒を促すのだ。陽の光を浴びたシェリーはようやく完全に目を覚ました。


「お早う御座います。シェリーお嬢様」


「あ、お早うリア。今日も宜しくね」


 改めて挨拶をすれば、今度は返事が帰ってきた。2度挨拶するのは1度目は仕えるものとしての礼儀で2回めは覚醒したかの確認である。そしてシェリーの宜しくは今日も全てお任せしますねという意思表示である。リアーナは言葉では無く、頭を下げる事によって了解の意を示す。こうしてシェリーのボーっとした一日とリアーナの忙しい一日が始まる。


 リアーナの権限として、シェリー代理として権限の他、シェリーへの多少の無礼は許されている。多少の強権を発動しなければシェリーの日常を恙無く回すのは無理だ。朝起こす事すら困難になるのだ。スケジュール管理上、必要な権限なのだ。公爵家からの信頼も厚く正式に認められている権限だった。シェリーは聡明で天才だけど、ふんわりしている所があるのでしっかり足元を見守る秀才タイプの存在が必要だと、父や兄からは考えられているのだ。



☆☆☆



 その日シェリーは来客に対応していた。本来シェリーへの面会は特に厳しく精査されるのだが、兄ランクレス公爵の友人の紹介状付きでは無下には出来なかったのだ。本当は兄として一緒に対応したかったが生憎その日は陛下への謁見の許可が出た日と重なってしまった。そして本来午後からの約束だったのが客は午前中にやってきた。それなら午後まで待たせるだけだが、運悪く面会が午後の予定だった為、リアーナは所要で屋敷から出ていたのだ。

 シェリーにはベテランの侍女数人が付いているが、リアーナが居なくて安心してボーと出来ないシェリーは来客到着の報を聞いて応接室に向かってしまったのだ。静止権限を持たない侍女たちではシェリーの後をついていくことしか出来ない。


「ごきげんよう」


 シェリーはそう挨拶して以降、相手に興味を全く持てず、話をボーっと聞き流した。客は新進気鋭の商会の会頭だった。しかしそれは商品を売る話ではなく、開発する資金集めのスポンサーになって欲しいといった内容だった。サンプルもないので判断もしようも無く、夢のような話しかしてこない。そもそも何故公爵にではなく令嬢のシェリーに話しかけたのか、部屋の端に控えた侍女達ですら胡散臭いと思ってしまう内容だ。

 しかしシェリーの対応は違った。何も言わないがとても美しく微笑んだ。

 シェリーは割と無口で有名なのでその笑顔を見た会頭はそれを了承の意と思った。


「有難うございます。必ずや良いご報告を出来るよう励みます」


 会頭の言葉にぎょっとした侍女達はお互いに目配せすると直ぐにシェリーの意図を確認しようとした。


「発言をお許し下さい。お嬢様よろしいのですか?」


 意を決してそう聞いたのは侍女達の中でリーダーを任された者だ。シェリーは微笑みを強めた。それをリーダー侍女は肯定と捉えてしまった。であればこの後の細かい話は侍女の仕事であって公爵令嬢たる”シェリーお嬢様”の行うべき事ではない。 


「では、条件等は細かい話は私がお聞きしまして、正式な契約は旦那様の承認を得てからになりますーーー」


 シェリーは他の侍女に達に促されて席を立った。


☆☆☆


 昼前に帰って来たリアーナは侍女から報告を受けて目の前が一瞬暗くなったのを感じた。だがシェリーの真実を侍女達に言う訳にもいかないし、同様にシェリーの意に逆らえない侍女達を責める訳にもいかない。


(お嬢様がぼーっとして何も考えずに微笑んでいただけなんて言い訳にもならないわ)


 公爵がNOと言えばこの話は終わりになるが恐らくそうはならない。商会の会頭がシェリーの言葉は信用できないと言いふらせば、その商会は終わる、がシェリーの名誉にも傷が付くからだ。貴族の言葉は重いのである。だから公爵は損を覚悟で許可を出してしまうだろう。タダでさえ妹に甘いのだから尚更だ。かといって成功の見込みが薄い開発へ出資したのが広まるのも、それが失敗したのが広まるのも不味い。シェリーは聡明だと広まってしまっている為、ダメージは避けられないのだ。


「リアお帰りなさい」


 そんな心配を他所にシェリーは帰って来たリアーナに嬉しそうに微笑んだ。その微笑みに思わず癒やされてしまったリアーナは出来る限り何とかしてみようと思った。


 契約書にする前の基本条項を目を通したリアーナは恐らく開発は成功しないだろうなと思った。その時、先程見たシェリーの嬉しそうな微笑み思い出した。あの慈母の様な、でも親を慕う子供の様な微笑み。その瞬間、リアーナに名案が浮かんだ。


(ああそうか、シェリーお嬢様の失点を0できるよう契約に美談を盛り込めばいいんだわ)


 利益を懐に入れれば欲だが、それを寄付に回すなら美談だ。だから商会から上がる利益のシェリーの取り分全てを慈善事業に寄付する項目を盛り込めば良いのだ。幸い出資金額は裕福な公爵家からすれば問題無かった。シェリー用の予算からでも出せる範囲だった。シェリーはあまり無駄遣いをしない。ドレスや装飾品も必要に応じてでしか新調しない。だから毎年予算は余り、貯まる一方なのでシェリーの資産は下手すると一般的な伯爵家の年間予算より多いのだ。そのシェリーの個人資産から出す分には公爵家がダメージを受ける事はない。市場の活性化と生活に困っている人々への救済への一助になることを願ってというストーリにすればいい。更にこの事業が失敗しても目立たない様に数打ちすることにした。シェリーの資産は減るがお金は回してこそ意味があるのだ。方針が立ったリアーナは迅速に動くのであった。


☆☆☆


 結果から言えば、最初の怪しい開発話は成功し、出資後3ヶ月で莫大な利益を出した。その新しい化粧水は貴族の婦女の嗜みと言われるくらいに売れに売れたのだった。


 その後投資した全ての事業が次々に成功していった。シェリーからすれば夢の中で全て成功させた事業で、覚えてはいないがなんとなく(そんなもんじゃない)くらいの感覚だ。かなりの市場活性と人々の生活改善に役立ち、好景気に沸いた。そして国も皇帝自らが手渡しでシェリーフィアスに感謝状を贈った。リアーナの目的以上にシェリーの名声は高まり、以後一掃苦労することとなった。勿論公爵家も恩恵にあやかり、小麦の品種改良を3年で成し遂げるのだが、先の話だ。


(シェリーは此処まで読んでいたというのか、これでこの国から飢饉の心配はなくなった)


 兄はシェリーの聡明さに畏怖を覚えたが、只の買いかぶりなのは言うまでもない。

 更に後世、この出来事は”公爵令嬢シェリーフィアスの慈愛”として教科書に乗るくらいに有名な話になった。

 

続く

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ