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3.お茶会で微笑む

 何事にも例外はあるもの。彼女を知る多くの者の中にも例外ががいた。皆揃ってシェリーを完璧な公爵令嬢と評価する中で、シェリーは実は何も考えてないだけと理解している者がこの世に2人だけいたのである。それ故2人は苦労している。その2人中の1人がシェリーが暮らすデデルンピア皇国の皇太子アルデルンだった。アルデルンはシェリーを得んが為、日々苦労をしていた。


「アル、勿論理解っていると思ってもいいのかしら」


 ある日、母である皇后ビビアンヌにアフタヌーンティーに呼ばれ、そこで苦言を呈されてた。むしろその為に呼ばれたと言うべきか。それに対し、アルデルンは「勿論です。もう暫くお待ち頂きたく」と澄ました顔でいつもの返事をいつもと同様に返した。相変わらずな答えにビビアンヌはため息をついたが、アルデルンも内心ため息をついていた。


(僕だって理解っている!でも仕方がないじゃないか、シェリーに皇太子妃が務まる筈がない。でも僕は彼女以外を選ぶなんて出来ない) 


 シェリーが残念ポンコツ令嬢と知る故に、彼女に重荷を背負わせることなど出来なかった。でも同時に彼女しか選びたくない。他の者など考えたくも無かった。初めて会った当日、シェリーの笑顔に心を撃ち抜かれてしまったあの幼き日より彼女以外はあり得なくなってしまった。アルデルンはまだ幼かったあの日の光景に思いを馳せた。


 立太子する前で、アルデルンがまだ10歳だった時、国内の勇力貴族のご令嬢を招待したお茶会が催された。勿論皇太子妃候補を探す為なのは言うまでもなく、年齢の釣り合う小さなご令嬢達は知ってか知らずか着飾っており、当時8歳のシェリーもそんな中の一人だった。

 しかしシェリーは挨拶だけ済ますとさっさとお茶会の会場から抜け出し、庭園の端の方で、会場からは死角になっているベンチに座ってそこから見える庭園の花々を眺めだした。

 アルデルンは令嬢達の攻勢にタジタジになりながらも会話を交わしていく内に、微笑みが可愛かった子の姿が無いことに気付いた。

 その笑みをもう一度見たくて、お手洗いと称して自身も会場を抜け出した。シェリーは直ぐに見つかった。ベンチに座るシェリーは微笑みながら花を眺めていた。そのまま近づいて彼女の正面に立ってみると、暫くの間があってからシェリーはゆっくりとベンチから降りて礼を取ろうとしたので、アルデルンは慌てて静止した。


『もう挨拶はしたんだから、そのまま花を眺めていていいよ。その、僕も隣に座っていいかな』


 シェリーから直接の返事はなかったが微笑んでくれた。とても美しい微笑みで、アルデルンは恋に落ちた。アガってしまったアルデルンはその笑みを了承の意として受け取り、隣に座った。

 色々と話しかけてみたが、全く返事がない。本来なら十分に不敬な態度だが、アルデルンは隣に座っていることでドキドキしてそんな事には気付かないし、無言で微笑んでいるシェリーの醸し出す雰囲気が心地好くてそれを壊したくなくなるのだ。

 そんな何を話しても微笑みでしか返してくれないシェリーにアルデルンは思い切って告白をした。シェリーに()()になりたい伝えた。やはり返事も無く、かなり時間が経った時、突然シェリーがポツリと言った


『わたくしの返事は無い時は実は何も考えていないのでお話を聞いていませんけど、それでも怒らずに居てくれるのでしたらよろしくお願いします』


 一も二もなく了承した。シェリーが了承してくれた嬉しさに、思わずはしゃいでしまったが、その光景にもシェリーは微笑むばかりだった。

 そしてそんな光景は近からず遠からずの距離で見守っていたアルデルンの護衛達にしっかり目撃されていた。この時からシェリーは皇太子妃の最有力候補になったのである。


 彼女の微笑みを眺めて居られるならそれで良かった。

 と思っていられたのも立太子するまでで、シェリーと知り合って2年後の12歳で立太子してからは婚約者を決めろと周囲がうるさくなってしまったのだ。

 現実に帰ってきたアルデルンは、はぁ、とため息をついた。


(本当の彼女に気付かず指名してしまえたらどんなに良かったか)


 それなら実はポンコツ令嬢だったと知れても後の祭りである。指名しておいてやっぱ無しなんてことは権威ある皇室が出来る筈もない。或いは一切表に出さないなんて事もできたかもしれない。しかし初めて出会ったその日に彼女にバラされてしまったので知らなかった事には真面目な皇太子のアルデルンは出来ない。更に不都合な事に何故か現在のシェリーは世間で絶大に評価されており、このまま皇太子妃になってしまったら表に出さない訳にはいかない。周囲の期待値が高すぎるのだ。出さなければ不満が広まり、出したら出したで大失態をやらかしそうで怖い。ならば今のうちにボロを出す様に誘導する事も考えたが、そうなれば今度はシェリーが皇太子妃候補から完全に外れてしまう。

 だからアルデルンは日々尋常ではない努力をしていた。お飾りのシェリーが公務を果たしているように見せつつ実は何もしないでいい様にと自身を高め、側近を鍛え、将来のシェリーの補佐を出来る者を秘密裏に育てていたのだ。当然皇太子としての日々の執務もあり時間がいくら合っても足りないのだ。

 苦労している皇太子が、もしシェリーが実はチートスペックでそれを全く無駄にしているだけと知ったらどう思うだろうか。発狂は無いとして、きっと喜びつつも血の涙を流すのではなかろうか。


「殿下、どうしてもマークサンドス公爵令嬢(シェリーの事)はありえないのですか?どうしてもお嫌なのですか?」


 側近達はシェリーへの評価故に皆同じ様に言う。アルデルンがシェリーを嫌っていると思っている。本当は否定したいし、真実を話してしまいたい。しかし彼らは父である陛下に通じているから絶対に出来ない。シェリーを候補から外されてしまえば元も子もないからだ。その場合シェリーの評価は地に落ち、誰も妻に望まくなるかも知れないが、シェリーはボーとできれば幸せなので本人は構わないと思われる。しかし幼き日の恋心を今も胸に秘めるアルデルンには甚だ不都合である。だから自分だけの側近が必要だとアルデルンは考えている。しかしその育成にはどうしても時間がかかる。陛下にバレずにとなれば尚更だ。


 実はもう一つの手がある。皇帝に即位するまで誰も選ばないとう手だ。これならシェリーが候補から外れる事はない。そしてそれまでにシェリーを迎え入れても大丈夫な体制作りする時間に余裕も出来る。ライバルが居ないのも有利に働く。しかし現実は甘くない。国内に候補が居なければ他国より迎え入れるだけで、それは皇帝の胸三寸なのだ。そうなればシェリーを后に迎える目は完全に無くなる。それを避けるために国内で探していて候補は絞っているが慎重になっていると見せなければならなかった。そこでお茶会である。シェリー以外に呼ぶ他の令嬢は噛ませ犬なのでアルデルンは心苦しく思いつつ、でもシェリーを逃さない為には仕方がないと割り切った。上に立つ者には必須の思考法だった。


☆☆☆


 シェリーは月に一回の皇家のお茶会に参加していた。参加できるのは侯爵以上の家柄の令嬢で年齢が皇太子に近い者だけ。つまりは皇太子妃候補だけだった。皇太子より2歳下のシェリーも当てはまる。だからこのお茶会は強制だった。

 勿論王太子に婚約者が決まれば、この婚約者候補の集いは婚約者の為の会に変わるのだろうが、皇太子が今年成人するというのに皇家は婚約者を決めなかった。皇位継承権を持つ皇子がアルデルン只一人だというのにである。

 異常な状態なのだが、婚約者を決定しない以上、シェリーは参加を義務付けられている。尤もシェリーはお構いなしだ。お茶会でも思考を止めて微笑んでいるだけだから。彼女本人としては婚約者候補をお役御免になっても全く問題ないのだ。



「マークサンドス公爵令嬢も楽しんでくれているかな」


 アルデルンは他の令嬢を持てなしつつ会話を楽しみ、でもいつも通り会話に参加してこないシェリーにも話しかける。シェリーの微笑みが強まった。傍目には微笑みで返事を返した様に映るだろう。ここには殿下に対し無言で返すのは無礼と嗜める事ができる者は他に居ない。シェリーが身分上2番目になるからだ。そして何よりその微笑みを見る当の殿下が嬉しそうなのだから。


「そうか、それは良かった」


(うん、見事な条件反射だ。やっぱり今日も思考を停止してるね)


 アルデルンは完璧な笑顔を浮かべながら、内心で苦笑した。


続く

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